16章-(13)
「出るぞ。私に続け!」
レイザは勇ましい声と共に大空へ飛翔。彼女を追い、部下である3人のハーピーが続けて空を駆ける。
力強い羽ばたきを数度行うと、レイザはあっという間に50メートル以上の高所へと辿り付いた。
「ここからはお前の出番だ。ザベル」
レイザは、己の鉤爪で両肩をつり上げている男へと声を掛けた。
ザベルという男も魔人だ。全身に黒い鱗を纏ったトカゲそのものの顔。左目に大きな古傷を負う隻眼のリザードマンである。
「おおう、素晴らしい乗り心地だ。今なら100メートル先のマッチ棒でも撃ち落とせそうだぜ」
「……文句があるならここで落とすがいいか?」
「はは、皮肉じゃあねえさ。その証拠に、下のマッチ棒を燃やしてやる」
ザベルはレイザにつり上げられたまま、手に持った矢の導火線に火を付けた。導火線の先には火薬の詰まった陶器製の容器。
矢を着弾させた後に引火・爆発する。対象が木材の建造物ならば効果的。とりわけ木造帆船などは大いによく燃えるだろう。
ザベルはキリリと静かに弓を引き、一瞬止まる。己の尾を振ってバランスを取りつつ、レイザが飛翔する際の揺れを相殺。弾道が安定する一瞬を見極め――放つ!
パアン。眼下の海軍船に着弾し、ささやかな破裂音が届く。
だが数十秒後――海軍船から黒い煙と明確な火の輝きが見て取れた。
消火しようと甲板で慌てふためく海軍達を尻目に、ザベルは正確無比に、冷酷無比に第二、第三の焙烙火矢を放つ。たちまち帆船はいたる所で出火。海上のたいまつが如く燃え上がった。
ザベルの眼下では、彼が攻撃した以外の船も炎上していた。彼同様にハーピーに吊り下げられた部下達の働きであろう。
「ははは。高所から一方的に鳥打ちかい。いい戦いだ。こいつは気分がいい!」
「いい戦いか……お前はこの戦いをどう見る?」
レイザに問われ、ザベルは矢の切れた弓を放り捨てながら尋ねる。
「うん? どういう意味だそりゃ?」
「この戦いには朔夜隊の者が投入されているが、その数は限定的なものだ」
「ナインズの方々がほとんどの敵を引き受けてくださったからな。俺達はオマケみたいなもんかね」
「そうかもしれん……だが、投入されたメンツに違和感を覚えないか?
北東に陸戦部隊長のブラド、北西に潜水部隊長のオクトゥ……そして強襲部隊長のザベル。なぜ隊長格の者達をわざわざ前線まで引っ張り出して来たのだろうか? 己の部下を率いている私やオクトゥはまだわかるが、なぜ部下を一人も連れていないブラドまで投入したのだろう?」
ザベルはしばらく考えるが――やがて諦めたように首を振る。
「わからねえな。というより、そもそも上の人間の決める事を俺達が考える必要あるのかね?」
「……末端の兵士ならばまだしも、お前のような立場の者がそのような無責任な発言をするのは問題だぞ、ザベル強襲部隊長殿?」
「へいへい、お固ねえレイザ飛空部隊長殿は。で、なんで俺達責任ある役職者は雁首並べて駆り出されたんだ?」
「おそらく、これが朔夜隊の初の戦闘だからだろう」
ザベルはますますわからんと言いたそうに眉根を寄せた。レイザは構わず続ける。
「我々は元々贄として捕らえられ、ナインズの方々に解放された後、朔夜隊として編成された。多くは魔人だが生まれた部族も信条をも異なる、まさに寄せ集めの部隊と言っていい……このまま六大国と対峙して戦い抜けると思うか?」
「まあ……厳しいな。まず隊としての統率をどう取るかが問題だ。ナインズの方々への恩義、六大国への恨み……それだけじゃあまだ弱い」
「隊をまとめるには指揮官が必要だ。だが急場で据えられた指揮官では誰もついては来ないだろう。故に示す必要がある。指揮官としての力量を」
なるほど、とザベルは納得したように頷いた。
「俺達が呼ばれたのはそういう理由か。まず己の力量を示すこと。ちまちま信頼関係やらを築く時間なんざねえからな。なるほど手っ取り早い」
「ケイン殿はそこまで考えて我々を投入した。勝てる戦と見込んでの判断だ。勝つことは確定済み。初戦闘で勝利を収めることで隊全体の士気向上と、我々指揮官への求心力を高めることが狙いだ」
レイザはそこで一呼吸置き、ザベルに改めて尋ねる。
「……だがこれで満足してよいのか? わざわざ部隊の長たる我々が投入されたというのに、ただの勝利で満足してよいのだろうか」
「そりゃ、どういうこった?」
「与えられた仕事をただこなすだけではそこらの一兵卒と同じだ。期待を上回る働きをしてこそ、長としての立場を示せると私は考える」
「ほう……つまり?」
「ただ勝利するだけではない。こちらの兵にただの一人も犠牲者を出さず、怪我人すら出さぬ“完勝”を目指すべきだろう」
レイザの言葉に、ザベルは愉快そうに大笑いした。
「ははは! そりゃあいい!! そうこなくちゃなあ、目標ってもんがあってこそ燃えるもんだしなあ!」
「火矢は尽きた。海賊達の露払いはこれくらいで十分だろう。次は資材船の奪取だが、あそこにも敵兵は潜んでいるだろう」
「オーケー。愉快な空の旅は終いだ。こっからは強襲部隊としていいとこ見せなきゃなあ」
レイザと部下のハーピー達は高度を下げ、炎上や沈没をする海軍達の船の中で唯一無傷だった資材船へ向かう。
ザベルと彼の部下二人を下ろすと、さっそく資材船から数人の兵士が姿を見せた。
「援護は必要か?」
レイザに問われ、ザベルはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「いらんよ。マストで羽でも休めてな。片付けたらまた呼ぶ」
ザベルは腰に差していた一本の槍を抜く。すると、たちまち彼の隻眼は戦場で生きる者としての戦意と気迫に鋭く冴え渡った。
二人の部下を下がらせ、たった一人でゆっくりと敵兵へ歩むザベル。
「く……」
海軍兵士は彼の気迫に一瞬怯みを見せるが――
「汚らわしい魔人ごときがああっ!!」
二人の兵士が剣を振りかぶり、突進!
ザベルは静かに息を吐き――動く。
ズガッ!
雷光のごとき速度で正確に兵士ののど笛を貫き、反転。もう一人の兵士の攻撃を難なく避け、返す刀で兵士の頭部を槍でしたたかに殴打した。
……穂先の重さを利用し、よくしならせた槍の打撃。衝撃は兜を貫通し、兵士は頭部から血を流して倒れた。おそらく即死であろう。
「い、一瞬で二人も……!?」
戦慄する海軍達。彼らを尻目に、ザベルは血まみれの槍を構えて悠然と歩み、歌う。
「……青い月夜を仰ぎ見て、あなたの願いはひらひらに。
燃える焚火は切なげに。乾いた風が告げている。私はひとりただひとり。
幾夜が巡ろう。幾度出会おう。心乱すな狩人よ。
おまえの骸はひらひらり……」
それは戦場への手向けの歌。それは己自身への戒め縛る呪いの歌。
積み上がる海軍達の骸の上に、彼の鎮魂歌が切なく添えられた。
◆◆◆
そして、ケインは高台にて戦況のほどを認識した。
ソウジが死ぬ予見は予想通り外れ、海軍船のほとんどが沈没・炎上。恐ろしいほどに順調だ。
「加勢にと思ったのですが……どうやら私の手は必要ないようですね」
そう話すのはシュルツ。ケインの隣で、戦場を冷たく見下ろしている。
「そのようだ。わざわざ来てもらってすまなかったな」
「何を謙遜を。全て予想通りなのでは?」
「そうでもない。全てが予想通りならば、私は今頃永久の眠りについていただろう」
「滅びの予知はまた外れですが。残念でしたね。我々にとってはこの上ない朗報ですが」
と、前方で戦況をうかがっていたヨルトが声を上げる。
「ケイン様」
「ああ。ようやく来たか」
ケインは海へと目を向ける。視線の先では3隻の海軍船が、コスタ達の海賊船に追われてまっすぐこちらへ向かって来ているところだ。
「迂回してきた海賊船から逃れ、さらにマーリカの氷を避けるとなるとここに来ざるを得まい……そろそろか。準備しろ」
ケインの声に反応したのは、ジーパ村の戦士達。彼らは車輪つきの投石器を高台の縁まで動かし、投石器の先に無数の物体を載せていく。
それは……子供が一抱えできる程度の小さな樽であった。
「良し。放て」
ケインの宣言と共に、村人は投石器のロープを断った。
ガコン!
空中に放り投げられる無数の小樽。それら一つひとつには小さな明かりが灯っていた。
導火線に灯る火――そう、小樽の中身は全て爆薬だったのだ。
Kaaboooooom!!
小樽は次々と爆発し、3隻の海軍船へ続々と着弾。先頭の一隻があっという間に火だるまとなり、残り2隻からも火の手が上がる。
「バリスタに急ぎ火矢を取り付けよ。残った2隻に放て。3隻全て灰にしろ」
冷酷なケインの指示に従い、村人達は容赦なく火矢を船に射かける。
「Aaaahhh!!」
「AAAaaaaaahh!!」
悲鳴。海軍達の断末魔。たまらず海へ飛び込む海軍達。その頭上からさらに、村人達が放った弓矢が降り注ぐ。
海軍達は待ちに待った陸地にたどり着く事無く、鮮血に染まる赤い海へと沈んでいった……
「どうやら、これで片付いたようですね」
シュルツの言葉に、ケインは一度海上を広く見渡した後、答える。
「そのようだ。想定通り予知は外れ、我々はまた生き残った……ヨルト、鳴らすといい」
「承知いたしました」
ヨルトは大きな巻き貝で作った笛を持ち、海原へ向けて高らかに鳴らした。
彼女の増幅魔法により戦場の隅々までその音は届く。それは戦闘終了を告げる音であり、こちらの勝利を寿ぐ凱歌でもあった。
コスタやマーリカ、ソウジ達にも音は届き、戦場から離脱していたロブ達もその音色を耳にした。
「え……もう終ったんですか? 開戦してから1時間かそこらしか経ってないのに……?」
「これが……ナインズの力ってことですかね……?」
ロブは配下の船員達に答えず、唖然とした様子で遠くの海軍船の残骸を見つめていた。
「あの軍師さんやソウジ達以外にも、ナインズの兵隊はどいつも化物揃いみたいだな……」
「なあ、あれやっぱり見間違いじゃないよな? あのデケえハンマー持ったライオン男……あいつ、やっぱり10年前に滅んだバルキュア王国の将軍ブラドだよな? “明星の金夜叉”って言われてた……」
「じゃ、じゃあお嬢の船に乗っていたハーピーの女は……? 異端審問の兵1000人を相手に、たった一人で魔人の村人全員を無傷で救ったとかいう、“ブリッツ村の奇跡”のレイザなのか……?」
「あのトカゲ男も知ってるぞ。ジレドの軍隊相手に1ヵ月近く戦い続けた、シャーン族の生き残りの戦士……確か、ザベルって奴だったか……」
「……じゃあよう、あの……ソウジと一緒に居たワンピースの女……マーリカとか名乗ってたが……ま、まさか本当にあのマーリカだったのか? たった一人で左弦国ヴェルハッドの隠密部隊壊滅させて、転生者すら倒したことがあるっていう、“凍血の少女”……? 死んだって話だったが、まさか……」
ロブは腕を組んだまま、船員達の話を青ざめた顔で聞いていた。
「……ロブさん、俺達、もしかして……」
ロブは船員の言葉をくみ取り、ゆっくりと頷いた。
「ああ……俺達はどうやら、とんでもねえ奴らと同盟結んじまったようだな……」
今さら調べたのですが、「団」は「隊」よりも規模が大きい括りのようです。つまり「隊長」より「団長」の方が立場が上になる模様。
……レイザの肩書きは後でしれっと修正させていただきます……




