16章-(11)
転生者を2人退け、残りは銀髪黒マントの男、ヴェインのみ。
俺が無言で斧を構えていると、ヴェインがニヤリと笑みを浮かべた
「固有抵抗の法則……生物相手に直接魔法を発現させることはできない。だがそれには例外があるんだろう? 魔力、つまり強大な理子を持つ者であれば直接攻撃は可能だと」
――その通りだが、それがどうした?
「俺にそれを語ったのは失策だったな。俺は回復術士だ。あらゆるものを回復させることができる」
――ほう、それで?
「わかってないな。あらゆるものを、と言っただろう? それは怪我の回復だけじゃない……魔力の回復。周囲から理子を集めることもできる」
なに? こいつ、まさか……
「魔力過剰回復!!」
ヴェインが唱えると、奴の足下に白い魔方陣が発現。血の霧を通し、大量の理子が奴へ流れ込んでいるのを感じた。
「ははははっ! この魔力を回復し続ければ、いずれお前へ直接攻撃できるだけの魔力を得られるだろう……さらに俺の回復魔法は味方の魔法の回復もできる!」
――魔法の回復……?
「回復魔法とは相手の体の構造や能力を理解した上で行う魔法! これが俺の能力の2、解読回復! そして能力の3、相手の持つ魔法を模倣し放つ、再現回復……! さっき不発に終ったキリオの即死魔法を模倣してやろう! 固有抵抗の法則では、格上の者からなら格下相手に直接攻撃できる……その法則をお前の体で試してやる!!」
……なるほど。ならば魔力を回復される前に。
俺が斧を構え攻撃態勢に入ると、それに合わせてジン、キリオの二人がヴェインを庇うように立ちはだかる。
ヴェインが回復し切るまで時間稼ぎするつもりか。ここにきてようやくチームワークを発揮するってわけか?
……しかしこれは厄介だ。
俺は内心で歯がみする。奴が理子を集めているのは事実。このまま時間を与えると奴の言う通り即死魔法とやらが効くレベルに達してしまうだろう。
ジンとキリオの防衛陣を抜き、ヴェインへ致命傷を与えるのは至難だ。相手は先ほどとは違い俺への油断がない。チート能力の限りを尽くして防御されれば崩すのは容易ではない。
それに足下の爆弾もある。俺一人で逃げ延びるため、あえて目の前の連中には教えていないが、時間を掛ければ俺も巻き添えを食ってしまう。今さら爆弾の事を話したところで連中は苦し紛れのウソと捉えるだろう。
ならば目の前の3人をさっさと倒し、迅速に船から逃げるほかはない。
ジンとキリオの相手をしている時間は無い。問題のヴェインを一体どうやって止めるべきか……
焦りの感情が、チリチリと首の後ろを這い上がってくる。
俺はあえて一度深呼吸し、頭を冷却させる。冷静になれ。考えろ。敵の能力を、状況を整理し分析しろ。
回復の能力。傷を癒やすだけの能力を拡大解釈し、さまざまな能力を発現させている。これが転生者の強みだ。自分のイメージによって能力を自在に飛躍させることができる。
だがそれは諸刃の剣でもある。悪いイメージを刷り込めば、あっという間に自滅に追いやることができるのだ。
ならば奴を倒すにはウソを信じ込ませる“ハッタリ”が重要。奴の能力に欠陥はないか? 矛盾点は? 今奴は膨大な理子を集めている。そのことによるリスクは何が考えられる?
理子を集めると何が起こる? 理子とは魔法の源。肉体と結合することで身体能力向上や高い耐久性などを得られる。
……肉体と結合する? 物質と結びつく特性が? それを大量に集めるとすると――
そうか! 解は得られた! 後は奴にこのハッタリを信じ込ませるだけだ……!
「何を笑ってる? 何がおかしい?」
ヴェインに問われ、俺は笑みを湛えたままチープな悪役のように解説をする。
――理子を集めるだと? そいつは自殺行為に等しいな
「何……?」
――魔力。つまり理子は俺達の体にも多く含まれる。この体の理子の働きにより、固有抵抗の法則が現れる。
「……何がいいたい?」
――理子は肉体と結合する。つまり肉体にある原子・分子と結合しやすいという特性がある。ほかの原子と結びつきやすい物質とは、つまり性質が不安定な物質ということ。不安定な物質は安定した状態となるため他の物質と積極的に結びつこうとする。
「だから、何がいいたいんだよ!?」
いらだちを隠さないキリオの声。俺は気に留めずに解説を続ける。
――わからないのか? 不安定な理子を大量に集めれば、集められた理子は安定を目指し周囲の原子・分子を無差別に取り込みはじめる。つまりだ――
「あ……」
ヴェインが何かを悟った、瞬間。
ボコン!
音。肉体内部で何かが弾けたような音。キリオとジンが振り返ると――ヴェインの右肩が、まるで風船のように膨れ上がっていた。
――始まったか。
ボコン、ボコン、ボコン、ボボコッ!!
「あ、ご、おおおおああっ!?」
ボコボコと不快な音を立てながら、ヴェインの全身が肥大化。腹部を中心に風船のように醜く膨らみながら、みるみる体積を増やしていく……!
「ヴェイン! オーバーヒールを解除しろ! 元の体になるようヒールを使うんだ!」
――ヒールを使うだと? 理子は魔法を放つ前に使用者へ多く集まる性質がある。その量の理子を集めた状態で魔法を放ってみろ。過剰供給でそいつの体は自壊する。
……なんてな。このセリフももちろん大ウソだ。
ヒールで魔法の解除をするという敵の案に対し、俺は追加のハッタリを行った。魔法の解除は自殺行為。さらに理子の過剰供給はいずれヴェインに死をもたらすのだと。これで解除されることもなくなり、ついでに最終的に自滅するという何の根拠も無いウソを刷り込むことができた。
「あああああ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ッ!!」
まんまと俺のウソを信じたヴェインは、更に体を膨れ上がらせる。
能力の暴走――自身の能力を懐疑しネガティブなイメージを持ってしまい、能力がマイナス方向に働く状況のことだ。
イメージ次第で能力を拡大解釈できるということは、イメージ次第で能力を減退・暴発させることも可能ということ。それがチート能力の最大の強みであり最大の弱点なのだ。
……だがまずいな。すでにヴェインの体は元の体とは比べものにならないほど肥大化し、このデカい船の甲板の一部を覆うほどまで成長している。
“あと数秒でお前の体は自壊する”と言うべきだったな。これで際限なく膨れ上がり、自壊――破裂でもされたら、どれほどの規模の爆発が起こるか想像できない。下の爆薬もある以上、放置するのはあまりにもリスキーだ。
……仕方ない。
俺はため息を吐いた後、言った。「全部ウソだ」と。
「……は? ウソ? 何が……?」
――俺がさっき言ったことだ。
「…………ど、どこから……?」
――最初から。全部俺のウソだ。
その瞬間――ボシュウっ!!
空気が一気に抜けるような音と共に、ヴェインが元のサイズへと一瞬で戻った。
「か、体が……元に戻った……」
「ヴェイン! 良かった――あ、服が……」
「え……ゲッ!」
ヴェインの服は体が膨れ上がった時に破れてしまった。元のサイズに戻れば当然生まれたままの姿となる。ヴェインは大慌てで近くにあった己のマントの残骸を腰に巻いた。
ともあれ、参ったな。結局あのヴェインも倒せずじまいか。ここからどうやって攻めるべきか。
そう考えていると――船内から一人の人影が現れた。
「やめないかお前達! 今ので勝負はついた。提督の名において命ずる、すぐにソウジへの攻撃を止めてとっとと降伏するのだ!」
――なにやってんだよ、ネロシス。
「ありゃ? へへへへ、バレた?」
3人の転生者達が騒然とする。船内から出てきたネロシスが、切断した提督の生首の口を獅子舞のようにパクパクさせながら現れたからだ。
「て、提督が……」
「どうする? 戦うのか? 退くのか?」
「ど、どうすると言っても……!」
キリオ、ジン、ヴェインがそれぞれ困惑の声を上げる。
……真実を伝えるなら今か。
俺は困惑する3人の転生者に対し、船に爆薬が詰められていたこと、そして公国が転生者をいいように操っている現状について語ってみせた。
「爆弾……お、俺達ごと吹き飛ばそうとしていた……?」
「う、ウソだ! コイツ、また俺達を騙そうとしてるんだ! フィーナが公国のスパイだって? そんなわけないっ!!」
唖然とするジンとは違い、キリオは反発し激高する。まあこいつがこういう反応するのは想定内だ。
だから言った――なら本人に尋ねてみろよ、と。
「フィーナ! 来てくれ!! 君に聞きたいことが――フィーナ!?」
「ああ、そういやあ提督様ご一行を始末する前、この船からいち早く逃げ出してるカワイコちゃんが3人いたなあ。背の高い前髪ぱっつんの娘か? 金髪赤目か? エグいミニスカ履いたチビ女か? どれがお姫様だよ? それとも全員お前達のお姫様か? へへへへ」
ネロシスは提督の生首を指先で器用にクルクル回しながらそう答える。
「フィーナ……そんな…………」
キリオは打ちひしがれ、その場で両手を付いてうなだれた。
これまで沈黙を保つヴェインに対し、俺は改めて尋ねた。
――どうする? まだやるか?
“戦う”と答えたなら、ここで3人まとめて息の根を止めるつもりだった。爆弾の脅威が去った以上、足下を気にせず戦える。腰を据えて掛かればこいつらは脅威ではない。ネロシス抜きでも全員殺れる。
そう思った瞬間、再び胸の内から抑えきれぬ殺意が吹き出てくるのを感じた。“戦う”と言え。早く言え……!
だが、ヴェインから返ってきた言葉は俺の望みとは異なるものだった。
「……もう戦う理由がない……投降する……」
その言葉を聞いた瞬間――俺は脱力し大きくため息を吐いた。
……知らないうちに殺意に呑まれていた。斧によるものか、心の内側に居る俺の知らぬ怪物によるものなのか……ともかく、今は無益でスジの通らない殺しをしなかったことを喜ぼう。
「だとよ。へへへ、残念だったなソウジ?」
ネロシスが軽薄に笑う。まるで俺の心の内まで見透かしているように。
俺は反射的にネロシスから顔を逸らす。と……視界の端に映った。
俺が航行不能にした船。時減爆弾で沈めた船。それらの船から揚陸用のボートが出て、一直線にパスコウ島へ向かっているのを。
――あいつら……
「ああ、海岸に向かってる連中か? 問題ねえよ。海岸にはあの女がいるからな」
ケラケラと笑うネロシスの声を聞きながら、俺は遠くのパスコウ島の海岸を見やる。
海岸周囲は――氷使いであるあいつの仕業だろう。一面氷で閉ざされていた。




