16章-(10)
「レベル16のゴミが、イキってんじゃねえぞ……」
キリオが憎々しげにそう吐き捨てる。
俺は無言でキリオを見る。すると奴はビクリと一瞬体を震わせた。
船の揺れを利用した奇襲攻撃の恐怖が未だに尾を引いているらしい……使えるな。レベルやら魔法は使い手の精神状態によって大きく左右される。奴の恐怖心を利用し心を完全にへし折ってやれば戦闘不能に陥れることもできるだろう。
しかし物事はいつもこちらの思惑通りには動かないものだ。キリオは俺に恐怖したことを屈辱ととらえ、逆に激しい怒りをたぎらせた。
「……反物質砲が撃てないからと調子に乗ってるんだろうが、俺の魔法はあれだけじゃない」
ほう。それじゃあ他にどんな力が使えるんだ? そう尋ねようとした時、傷が癒えて落ち着いたらしいジンがご丁寧にも解説してくれた。
「流石はキリオ。全能の魔術師の力を拝ませてもらおう」
――全能……?
「無知とは愚かだな。キリオはギルド登録して即日にSSS冒険者として認証を受けた男だ。使う魔法は“創作魔法”……即ち攻撃・防御・バフ・デバフ・状態異常、あらゆる魔法を自在に作り出して操れる。しかも威力や範囲、効果時間すら調整可能だ。まさに最強の魔法使いと言っていい存在なのだ」
SSS冒険者……? よくわからんが、他の冒険者よりも強い冒険者、という認識で良いのだろうか?
しかしそんなことよりもだ。創作魔法……どんな魔法も即座に作れる上に制限ナシで使い放題ってことか? こりゃまた、とんでもねえチート能力だな。
「奇跡は二度も起こらない。さっきみたいなマグレが通用すると思うなよ――展開!」
キリオが唱えると、奴の背後で無数の魔方陣が一斉に展開する。
「プリセット術式発動。筋力・耐久力・俊敏性・知力・精神力・幸運の6ステータス全てに能力値+50の最大量バフを一括付与。同時に眼前敵性存在に対し6ステータス全てに同量のデバフを付与」
キリオの周囲が魔法による祝福を受けたらしく、何やらキラキラとした輝きに包まれる。同時に俺の周囲は何やら青黒いモヤのようなものが立ちこめた。
デバフを掛けられたようだが、試しに軽く斧を振ってみても特に普段と変わりはない。
一度に複数のバフ魔法? そして相手に直接デバフ魔法だと?
……まさしくザコ狩り特化の戦術だな。呆れて物もいえない。
俺がため息を吐くと、何を思ったのかキリオは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「フン、自分の体が異様に重く感じるだろう? これがデバフの力だ。逆に俺は全てのステータスを極大上昇させている。わかるか? 今、お前が勝てる要素は完全にゼロになったんだよ!」
わかってないのはお前の方だろうと言いたいところだが、こいつの勘違いはこちらの付けいる隙といえる。ありがたく活用させてもらおう。
「さて、ボロ雑巾のようになるまでいたぶってやってもいいが……ここまで俺をコケにしてくれた礼だ。お前は、虫ケラのように一発で殺す」
すると、キリオの手の甲の紋様が赤く発光。空中から一冊の本が現れ、白紙のページに新たな記述と魔方陣がひとりでに刻まれた。
「創作魔法発現……記述、“即死魔法”。概要、敵の脳を発破魔法で完全破壊。ただし威力は頭蓋内部までに留める。我、キリオ・ジルコーンの名において“存在を許可”する――〈発現〉!!」
カッ!
と、何やら本から赤い光がほとばしった。今のが創作魔法とかいうやつか。
…………
……ん? ああ。そうか。もう発動させたのか。じゃあ死なないとな、俺。
俺はゆっくりと体を後方へ傾け、甲板の上へ仰向けに倒れ込む。
したたかに後頭部を打ってしまった。とても痛いが、頭をかばうと怪しまれるので我慢だ。
「おお! 流石は全能の魔術師! 即死魔法で一撃か!」
「神に等しい力を持つ冒険者……確かにその力、拝ませてもらった」
ジンとヴェインが口々にキリオを褒め称える。俺は連中に気づかれないように斧を握り締めた。
「やれやれ。大した事じゃない。SSS冒険者ならこのくらい出来て当然なんだよ」
肩をすくめ、しかし抑えきれぬ喜びに笑みを浮かべるキリオ。
奴が背中を向けた瞬間――仕掛ける!
「!? キリオ、後ろだっ!!」
「ば――!?」
時間操作“加速”。一瞬で背後へ移動し斧を振り下ろすが――寸前で回避された。ご自慢の自動回避スキルってやつか。完全に失念していたな。
「な、な、なんで!? なんでお前!? 即死魔法は!?」
甲板に尻をつき、半ば半狂乱の体でわめくキリオ。
俺は無言で斧を引き上げると――叩き割った甲板の下、船倉にぎっしりと詰められたあるものを見た。
あれは……レジエントの街で見たことがある。なるほどそうか。
この船の連中の考えが掴めた。つくづく程度の低い連中だ。
「答えろっ!! どうやってレベル98の俺の即死魔法を無効化させたんだよ!!」
このまま放置してもやかましいだけだな。俺は仕方なく教えてやった。
固有抵抗の法則――魔法は人や生物へ直接発動させることはできない。掛けたとしても大幅に効果が減衰されるのだと。
「そんな……そんな話聞いたことねえよ! なあ、お前達は……?」
キリオが振り返ると、ジンとヴェインもゆっくりと首を振る。やはり全員知らなかったようだ。
以前リントが言っていたが、固有抵抗の法則は冒険者なら誰でも知ってることらしい。だがこいつらはそんな事も知らないようだ。理由は想像がつく。与えられた圧倒的なチート能力のせいだ。
固有抵抗の法則には例外がある。それは圧倒的な魔力を持つ者が魔力の低い者へ攻撃した場合。魔獣や戦闘能力の低い魔人相手ならば、たとえ固有抵抗値で減衰されても十分なダメージを与えられる。だから固有抵抗すら知らずにここまでこれたのだろう。
――ちなみに、さっきの即死魔法やデバフの他にも、お前が掛けたバフ魔法も全て無意味だ。魔法は一度に1つしか使えない。複数同時に掛ければ魔法同士が相殺し、全て無効化されるからな。
……話の中にあえて一部ウソを混ぜた。複数同時に魔法を唱えても相殺はしない。単に発動する順序が変わるだけだ。
これは奴の能力を減退させる“ハッタリ”だ。俺のウソを信じ込むことで奴の能力自体も大幅に縮小する。
これで奴のバフ魔法も封じた。後は創作魔法とやらをどうやって潰すか、だ。
俺は考えながら相手の次の出方に備える。だが――キリオは俺の発言にショックを受けたようで、その場にへたり込んでしまった。完全に戦意が喪失している。
よし。戦わずに済むのなら最良。内心喜ぶ俺の前に――未だ士気を衰えず立ちはだかる男が一人。
「あのジンとキリオを退けるとはな。お前の力はよくわかった」
ヴェイン。他の二人の有様を見てもなお俺に戦いを挑もうとしている。
しかもどこか余裕そうな様子だ。何を考えている? こいつは油断ならない相手のようだな。
俺が身構えると、ヴェインはクッ、と口の端をつり上げて笑う。
「……まだ気づいていないのか? お前は1つ大きなミスを犯した。俺達に語った魔法のルールの中に、お前を倒すヒントがあったのさ」
ほう。そりゃあご高説たまわりたいもんだ。
俺はヴェインと対峙しながら、自分の足下、船倉へも警戒を続ける。
船倉にぎっしりと詰められていたもの――あれは間違いなく、この世界の爆弾。
そして壁や床に描かれた魔方陣はおそらく威力を上げるためのものだろう。
魔法による攻撃でないならば、魔剣の血の霧でも防ぐことはできない。目の前の連中の対処をしながら一体どうやって逃げ延びるべきだろうか……
◆◆◆
「どうなってる! スレンジオムスから転生者が3人! いずれも規格外の能力者だと鳴り物入りで編入したというのに! なぜたった一人の転生者にああも押されているのだ!?」
旗艦フラーベルシュ船内。ヴァッシ提督は3人の転生者に付いていた娘達に対し声を荒らげる。
「わかりません! 彼らは転生者として確かに強大な能力を有しております! しかし……あの男、あの転生者は他の者とは違うようで……」
「わかりませんで済むかド素人共が!! 所詮首都住まいの転生者か! 戦場の立ち回りすら理解しておらん! かくなる上は……!」
ヴァッシ提督はちらりと傍らの術士を見る。術士の男は無言で頷いてみせた。
「ほ、本当に爆弾を使うつもりですか!? あの転生者1人を殺すため、3人の転生者をも犠牲に!?」
取り乱す娘に対し、ヴァッシ提督は冷酷な瞳を向ける。
「……思い出したんだよ。黒づくめの服装。奇怪な形状の大斧……あの男は“ナインズ”。ナインズの転生者だ……!」
「な……」
「6大国へ宣戦布告し、影武者とはいえギュスペルク様を手に掛けた異常集団。その手先の転生者を始末できたとあらば、あの3人の転生者共を失ったとて余りある戦果だ。本国より更なる栄誉と報奨を得られるだろう」
「し、しかし転生者を見殺しにしたとなれば、将軍が黙っておりませんよ!?」
「陸軍の連中なぞ知ったことか! この海の上では我々がルールだ!!」
「……このこと、本国にも伝達させていただきます……!」
そう言い残し、三人の娘達は移動魔法により姿を消した。
「連中、逃してよかったのですか?」
護衛騎士の一人に尋ねられ、ヴァッシ提督は鼻を鳴らす。
「構わん。結果さえ残せれば外野が喚こうとどうとでもなるものだ。それよりも我々の退避が先だ。いけるな?」
「ひとまず魔法で隣の船へ移動します。その後発破魔法を起動。跡形も残りませんよ」
「ふふん、あの転生者の一片くらいは残せよ? でなければ戦果を証明できぬからな」
歪んだ笑みを浮かべるヴァッシ提督。だが、その笑みは長くは続かない。
足音だ。甲板へ続く出口からではない。
ありえないことに――無人であったはずの船倉の奥から、こちらへ近づく足音が1つ。
「なるほどねえ。このデカい旗艦すら木っ端微塵にする異常な量の爆薬。さては、あの3人の転生者達がもし反乱した時に脅しとして使うつもりだったのかな? んで追い詰められたら連中ごと木っ端微塵と。へへへ、いいねえ派手で!」
闇の中から現れたのは――金髪のリーゼントに赤い皮の上下を羽織る男。
緊迫した船内で場違いなほど軽薄な笑みを浮かべる男に、ヴァッシ提督は言いしれぬ不気味さを感じた。
「貴様……どこから入った!? 移動魔法か!? 外側から魔法への対策を講じたこの船へどうやって!?」
「理子を通さない術式のことかい? へへへ、今さらだな。さっきの女達が移動魔法を使えた理由は? こっから移動魔法で逃げるために術式に穴を開けたろ? おかげですんなり入り込むことができたぜ」
「…………提督」
護衛騎士が剣を抜き、魔術師が魔法拳銃を男に向ける。
「うむ。その前に聞こう。貴様も“ナインズ”か?」
「へへへ。ナインズの“6”、ネロシスさんだ。覚えておけよ? あの世で自慢できるからな」
ネロシスは軽薄に笑い、腰に下げた44口径の重厚な魔法拳銃を引き抜いた。
「フン、魔銃使いか。スペルシェルは通常の魔法より威力は低い。魔法防壁で簡単に防げる」
魔術師がこれみよがしに緑色の魔法防壁を展開し、護衛騎士や提督の周囲に張った。
相手のそんな様子に、ネロシスは首を振り大仰に肩をすくめる。
「威力はデカいが精神状態に左右される魔法。そして威力は低いが安定した威力を出せる魔法銃……最近、弱点を補うために銃を携行する魔法使いが増えてんだよなあ。どっち付かずってのは一番ダメなやつだ。魔法なら魔法、銃なら銃とサッパリ区別つけようや」
「ジレド国選術士12位、紅衣博術士の称号を得る私の防壁を破るつもりか? たった一挺の魔法拳銃で?」
「へへへへ、サッパリしてていいだろ?」
ネロシスが銃のシリンダーを開けると、魔法によるものか、ウエストバッグからひとりでにスペルシェルが浮き上がり次々とシリンダーへ装填。
ガシャリ、とシリンダーを収め、ネロシスの笑みが冷酷に染まる。
「それじゃあ、ご自慢の防壁をサッパリブチ抜いていこうかい」




