16章-(9)
ブオン!
風切音とともに振り下ろされる刀。俺が半歩下がって攻撃を避けると――
ギイン!
素早く突進してきた男が斬り上げ攻撃。素早く斧で刀をガード。
そして――真後ろに回った3人目が疾駆。俺の心臓を狙い刀による突きを放つつもりだろう。
斧の視界を借り、真後ろの男の動きを見切り――寸前で時間操作“加速”。
十分に引きつけた後に一瞬で回避した。あの勢いでは突っ込んだ男は止まれずに同士討ちするはず。
通常ならばそうだ。だが敵は――転生者である。
俺は見た。突進する男の突きを、まるでホバー移動するように滑らかに横移動して避ける転生者の姿を。
「……回避スキルだ。自動で相手の攻撃を回避できる。同士討ちを狙ったようだが俺達には通用しない」
そう言い、3人の転生者は勝ち誇ったように笑って見せた。
攻撃前に連中はご丁寧にも名乗ってくれた。銀髪黒マントの男がヴェイン。茶髪で黒いローブを羽織り手の甲に紋章を持つ男がキリオ。長い黒髪を1つに束ね着物のような服を着た男がジン。
“転移”タイプの俺とは違い、全員この世界へ生まれ直した“転生”タイプらしい。全員が揃って刀を持っている事に違和感を覚えるだろうが、これはそれほど珍しいことじゃあない。
ミズリス調べだが、転生者に好まれる武器の圧倒的一位は刀。同率二位が銃器・西洋剣らしい。確かに刀使いの転生者は良く見かけた。漫画やら映画でもよく題材になるからな。選ぶ奴は多いし被ることもあるのだろう……間違っても斧なんて選ぶ奴はいねえだろうしな。
などと考えていると。
「アーツ解放! “縮地”!!」
着物の男ジンがそう唱えると、彼の姿がかき消える。目に止まらぬほどの速度で接近し、抜刀!
俺は斧の柄で攻撃を防ぐ。敵の攻撃は全く見えなかった。しかし攻撃の“波”は見切りつつある。来ることが分かっていれば見えずとも対処は可能。
「アーツ! 時雨飛斬!!」
ヴェインが刀を大上段に振り下ろすと、同時に俺の頭上からカマイタチのような攻撃が幾重にも降り注ぐ!
目には見えぬ攻撃だが、察知はできた。あらかじめ薄く血の霧を散布していたおかげで、“感覚”として攻撃の種類や規模は掴める。必要最小限の動きで難なく回避。
「アーツ! 桜花千散っ!!」
キリオの縦横無尽に放つ斬擊。しかしこれも危なげなく回避。斧からもたらされた動体視力に加え、“機先”による見切り。血の霧から伝わる感覚……こいつらの攻撃は手に取るようにわかる。
チート転生者3人との多対一の状況。しかも全員俺を殺す気満々ときている……かなりマズい状況かと思ったが、フタを開けてみればそうでもなかった。
戦ってみてすぐに気づいた。こいつらは転生者を相手にした戦闘経験が皆無だと。
互いに連携を取ることはほとんどなく、身体能力や“アーツ”とやらに頼った攻撃を正面から放つのみ。敵の動きを予測したりフェイントを挟んだり、といった考えすらない。
これがこいつらの戦い方だったのだろう。圧倒的な力で正面からねじ伏せるしか能がない。雑魚相手の殲滅にのみ特化した戦法。どれだけ経験値とやらを得ていようと、そんな戦いは戦闘経験とは言わない。
これはチート能力の弊害といえるかもしれない。経験不足からろくな戦い方が身についてない。経験を含めたこいつらの一人ひとり戦闘力は武闘会で戦ったクルミ以下だろう。3人掛かりだろうと容易に見切ることができる。
そこで俺はあえて攻撃は行わず、3人の攻撃への回避に専念した。
息を切らさず、余裕の表情を取り繕う。“お前達の攻撃なぞ通用しない”というポーズだ。相手の自信を喪失させて能力の減退を誘う……ハッタリは対転生者戦での基本戦術だ。
そしてこの戦術は徐々に効果を現してくれた。
「クッ! 当たらねえ……!」
「なんなんだコイツ! たかがレベル16の“ウォーリア”が、なんでレベル90以上の俺達の攻撃を避けられるんだよ!?」
「知らん! 何かのスキルか魔法だろう!? お前の鑑定スキルで調べろ! 相殺スキルを放て!」
「さっきから鑑定スキルは使ってんだよ! でも何にも表示されねえ! スキルはゼロだし魔法もほとんど使ってねえんだ!」
「こんな低レベルの奴が隠蔽スキルを使おうと俺達に隠せるはずがない……魔法か? スキルか? アーツか? こいつ一体どんな力隠してるんだ……!?」
人数やレベル差から余裕の態度だった3人だが、攻撃が当てられない事で徐々に焦りと動揺が広がっているようだ。
……そろそろ仕掛けてみるか。
俺は3人に対し小馬鹿にするように笑い、言った。
――ずいぶん長い準備運動だな。いつになったら本気を出してくれるんだ?
3人の表情がこわばり、徐々に怒りの表情へと変化した。
いいぞ。怒れ。怒れ。お前達の最大級の攻撃をこの船の上で放ってみせろ。
「……じゃあ本気見せてやるよ……無属性魔法奥義……反物質砲!!」
瞬間。
キリオが展開した魔方陣から、触れた物全てを消滅させる反物質による光線が照射!
視界を白く染め上げるほどの閃光。直撃すれば俺の命は一瞬で消し飛ぶだろう。だが俺は――その時、無意識に笑みを漏らした。
――掛かった!
俺は斧から濃縮した血の霧を噴霧。敵の閃光の軌道を霧でわずかに逸らしつつ、姿勢を低くし疾走する!
閃光は船団の頭上を飛び、パスコウ島から遠く離れた海上へ着弾。
膨ッ!!
その瞬間、まるで山のように噴き上がる巨大な水柱と、鼓膜を突き破りかねないほどの轟音、叩きつけられるよう激烈な衝撃波が船団全体を襲った!
幾多の悲鳴。大きく揺れる船。攻撃の余波まで考えが及ばず船の揺れに翻弄される転生者達――ここが勝機だ。
とっさにスキルか何かで踏みとどまるキリオへ、俺は傾いた甲板から駆け下り突進。大斧を振り上げる!
「うああっ!? ば、バリア! バリアがっ!?」
防御魔法は放てまい! お前は今足場を固定させるスキルを使っている! 魔法は一度に1つ。スキルもアーツも魔法の一種! 今のお前に防御する術はない!!
確実に殺った。そう思った、その時。
「ディフレクション!」
ギイン!
着物の男、ジンがキリオを寸前で庇い、俺の攻撃を素早く弾く。
そのままジンは返す刀で斬り上げ攻撃。俺は船の揺り返しを利用して甲板を蹴り、二人から大きく距離を取った。
「何をしている! 船に影響を与えるような攻撃は控えるよう言っていたはずだぞ!! おい、お前達からも奴らに言え! 厳守させろ!!」
指揮官とおぼしき壮年の男が悲鳴に近い声を上げ、ヴェイン・キリオ・ジンへ彼らに近しい3人の女達がそれぞれ彼らへ訴えていた。
……この世界の転生者の多くに、六大国側が監視と誘導を兼ねた異性のスパイがあてがわれると聞いたことがある。どうやらあの女達がそうらしい。
女達からの言葉で、ヴェイン達三人の転生者は戸惑いと歯がゆさを滲ませた表情を浮かべる。これでさっきのような弩級の超魔法をポンポン放たれる心配は無くなったわけだ。
こちらとしてはこの状況は願ったりだ。あんな攻撃を何発も放たれれば、守っているパスコウ島自体が消し飛びかねないからな。
「あいつに俺達のアーツは通じない。魔法を使うしかないのに……俺のフルパワーの魔法を直撃させられれば一瞬なのに……!」
「抑えろキリオ。取り乱せばさっきみたいにあの男に利用される……あいつはそれが狙いなんだ。ここは冷静に、3人で力を合わせて――」
「……いや、ヴェイン、キリオ。ここは一人ずつで奴と戦ったほうがいい」
「は!? なに言ってんだよジン!? そんなのアイツにハンデやるようなもんだろ!?」
「聞け、キリオ。3人掛かりだからこそ危ういのだ。どんなスキルかはわからんが、どうも奴は俺達の攻撃を予測することができるらしい。俺達はこの作戦で会ったばかり。連携なぞ取れるような状態でもない。奴はそんな俺達の状況を見抜き、攻撃を避けながら俺達の実力を十分に発揮できないよう仕向けている」
「なんだよそれ!? そんなスキル聞いたことねえよ!!」
「俺もそんなスキルは知らん。だからこれは仮説に過ぎない……しかし思うに、奴のスキルは敵の攻撃に合わせて発動する防御型。闇雲に攻撃するのでは分が悪い。ここは俺の出番かもしれん」
キリオとヴェインを待機させ、着物の男、ジンがこちらへと進み出る。
「俺のスキル“ディフレクション”もまた防御型だ。俺のスキルに対しどのような動きを見せるのか……お手並み拝見、だ」
そう言い、刀を正眼に構え直してジンは静止。表情から一切の感情が消え失せる。
まさに無の境地に足を踏み入れたかのように、ただ俺の動きを冷静に注視し集中しているようだ。
“ディフレクション”。キリオへの攻撃を防いだスキルだかアーツだったな。防御型と言ったからには、やはりこちらの攻撃を防ぐ技と見てよいだろう。
俺は中腰で斧を肩に掛け、挨拶代わりに相手への挑発をかまして見せた。
――スキルだのレベルだのRPGみてえなこと言ってるが、あの手のゲームはザコ狩りでレベリングが基本だよな。なら俺は絶好のカモだ。で? レベルとやらは上がったか?
遠くのキリオは怒りに満ちた表情を浮かべていたが、目の前のジンは眉1つ動かさず静止。
挑発にも乗らず、こちらが動くまで待ち続けているつもりだろう。
……流石にこのままではらちが明かない。俺は仕方なく待ちの戦法の相手に対し攻撃を仕掛けることにした。
正面からジンに突進し、斧を大上段に振り上げ――次の瞬間刃の軌道を左足へと変える。
唐竹割りと見せかけて足を狙う三日月斬りだ。まずはフェイント込みの攻撃で相手の出方を見る。
しかし――ジンは動かない。しかも驚くべきことに、こちらの斧すら視界に入れずひたすら真っ正面を凝視。
こいつ一体何を考えている? 得体の知れなさに胸の内から不安感がにじみ出る。
するとその時、唐突にジンが動いた。
「ディフレクション!」
叫ぶと同時に、ジンは足下数センチ近くまで迫っていた斧を一瞬で弾き返してみせた。
……ほう。
俺は弾かれた反動を利用し半転。敵の右足側を狙った斬り上げ攻撃。
「ディフレクション!」
けたたましい金属音と反動。これも難なく防がれるか。俺は続けて右胴への振り抜き、左肩への袈裟斬り、股上への斬り上げを行ったが全て防がれる。
ディフレクションと叫ぶと敵の攻撃をオートで防ぐスキルなのだろうか。だがここまでは想定内。
俺は気づかれないように甲板のチリを足で払い、ジンの足下近くへ巻き上げさせた。ジンが足を動かした瞬間を狙って時間操作魔法、“撒微止”を放つ。
微細なチリや小石の時間を遅らせることで、それに触れた相手の足を削る魔法。奴はこちらの斧に気を取られている。気づかれることはないはずだ。
しかし。
「ディフレクション!」
スキルを叫ぶと同時に、ジンは足下の撒微止すら刀で弾き返して見せた。
「今のは魔法か? だが俺のスキル“ディフレクション”は物理攻撃・魔法攻撃・デバフ・状態異常……あらゆる攻撃を弾き返すことができる。もちろん、お前が先ほどかわした反物質砲ですらな」
ジンは表情こそ冷静だが、その語気にわずかに得意げな感情を覗かせた。“お前の技くらい俺にも簡単に使えるぞ”。そんな子供じみた意趣返しを含ませていたようだ。
……この程度でマウントを取れたと大喜びか。ならせっかくだ。もう少し増長させてやろう。
俺はあえて先ほどと同じ単調な攻撃を何度も放つ。相手から見れば俺が焦って乱雑な攻撃をしているように見えるだろう。
「やれやれ……無駄だ。お前の攻撃は何一つ俺に届かない。俺のスキル“ディフレクション”は最強の防御スキルであり……最高の攻撃スキルにもなる」
俺の7度目の攻撃を弾いた後、ジンは俺の胴を狙って刀による横薙ぎを放つ!
「終わりだ……!」
“ディフレクション”で敵の攻撃を弾き、体勢が崩れた所でトドメの一撃を放つ。それがこのスキルの本質ってところか?
……浅いな。
結局のところこいつは、敵の攻撃に反応して反撃するだけしか能が無い。単調。単純。戦術すらない。他人からもらったスキル頼りの小物だ。
本当の戦闘技術とは、幾多の死線と実戦経験を経てようやく会得できるものだ……そいつを今から教えてやる。
俺はわざと姿勢を崩し、相手の攻撃を誘ったところで――時間操作魔法を発動。
ジンの左側面へ移動し刀の攻撃を回避。同時に相手へ斧を振り下ろした。
移時限斬り。相手の攻撃を見切り、回避不能のタイミングで攻撃を仕掛ける技だ。
「なあっ!? で、ディフレクションっ!!」
ジンは寸前で反応。スキルを使って俺の攻撃を弾こうとした。
……移時限斬りは基本的に防御不能の技といえる。相手の意識・体勢・動きから防御ができないタイミングに攻撃を放つからだ。
もしもだ。もしそんな状況で、スキルの力で無理矢理攻撃を防いだならば――
ガギィィン!!
甲高い金属音。俺の攻撃はジンの刀によって完全に弾かれた。
だが――ドオン!
ジンは反対に俺の攻撃の衝撃まで防げず、後方のマストまで吹っ飛んでいった。
俺は油断なく斧を構えたまま奴の様子をうかがう。すると――聞こえたのはジンの悲鳴。
「うぐおおおっっ! 腕が、足があああっ!!」
見ると、ジンの右腕や左足首の関節があらぬ方向にねじれていた。
俺は無意識に鼻を鳴らす。スキルによって無茶な体勢で斧の攻撃を防いだのだ。当然踏ん張りは利かず吹き飛ばされる。さらに衝撃で関節にもダメージを受けた、といったところか。
移時限斬りは基本的に防御不能。防ぐとすればクルミのように全方位にバリアを張るか、シンのような空間操作魔法か、ムラマサのように音速を超えた速度で回避する他はない。
ジンのスキルは先に挙げた連中ほど強力なものではない。故に回避はできず、無理矢理防いだことでのツケを支払うこととなったのだ。
「じっとしてろ。すぐに癒やす」
痛みにもんどり打つジンへヴェインが掛け寄り、緑色の光を放つ魔方陣を展開。ヒールタブを使った色に似ているな。ということは回復魔法か何かだろうか。
ヴェインは回復に専念している……ということは、次の相手はあいつか。
俺は、正面に立つ怒りに満ちた表情の男――キリオと対峙した。




