2章-(9)進むべき道は闇
さまざまな拷問器具がところ狭しと設置されていたのだ。
多くのトゲが生えた車輪、火にくべられた跡のある真鍮製の雄牛、やはり無数のトゲが生えた椅子、拘束具と血痕付きの寝台、使い古されたギロチン台……
ヨーロッパの暗黒史をまざまざと見せつけるような、残虐な装置の数々。
……これも『伯爵』の持ち物だろうか? なんらかの研究のため異形にされたオグン。彼のようにここで“実験”の被害者が数多く――
「あ、そこあたしの部屋ー」
朗らかにほざくマーリカ。お前の部屋かよ!!
「そだよー。統一感を重視した素敵なインテリアでしょ?」
お前の破綻した性格に合わせたコーディネートか。恐れいるわ。
「でね、これが一番のお気に入り! アイアンメイデンっていうんだけど知ってる? まずあたしが中に入るでしょ? で、ソウジが言葉責めしながら、ゆっくりジワジワ開けたり閉めたり――ってどこ行くのよソウジ! 放置プレイ!?」
やっべえ。本気で頭痛がしてきた……まともにつき合うとSAN値下がりそう……
てか、前からそうじゃないかとは思ってたがやっぱりコイツ重度のSM趣味があるようだ……
「あのねえ! 放置プレイってただ無視すればいいんじゃないんだからね!? 放置ときどき言葉で責める、そのアメとムチ的な――」
――知らねえし聞きたくねえし、頼むからひとりで遊んでてくれ……
「ひとりで遊んでるのも飽きちゃったのよ! ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃん! 減るもんじゃないし!」
減る。SAN値が間違いなく減る。
つうか、あいつが体に巻いてる包帯はあいつ自身がつけた傷なのか? 最初会った時、どんな酷い目にあったのかと同情した俺の気持ちを返してほしい。
「ねえねえ、ソウジってばー!」
……そもそも、なんでこいつは俺にばかり絡んでくるんだ? ネロシスあたりとでも仲良くなりそうなのになんで俺にばかり……
マーリカをまくため、早足で廊下を歩いていると……またも扉。
ラスティナがどこにいるかわからん状況だし、一応確認するか。
俺が扉に手をかけた瞬間――ドン!
と、行く手を阻むように扉の枠を誰かの腕が押さえた。
振り向くと――息を荒くしたイルフォンスがそこにいた。
「俺の部屋だ……入るな」
わざわざ走って止めにきたのか? どんだけ部屋見られたくないんだよ。
「中も見るな。俺が確認する……」
人一人が入れる分だけ扉を開けて、イルフォンスが一人で部屋に入った。
一瞬だけだが、部屋の中を見ることができた。
……焼け焦げた肖像画や、ススだらけの銀杯。引き裂かれている衣服……まるで火事があった家の跡から持ち出したような物が部屋の一角に安置されていた。
俺を部屋に入れたがらない理由は、あの焼けた家具が原因だろうか? 人に言えないいわくでもあるのか……?
イルフォンスが部屋から出てくると、ラスティナはいないと告げて再び別の場所の捜索に移った。
最後に奴から「絶対に入るな」と念を押されたが。そう言われると逆に興味がわいてくるんだよな。
……もちろん他人のプライバシーを暴く趣味はない。部屋の扉には触れず、次の場所の捜索に移る。
突き当たりの角を2回曲がり、外壁が朽ちてほぼ渡り廊下状態になった場所を抜けると階段があった。
そこを上がると……遠くのほうに異様な部屋が見えた。
控えめに言って、ゴミ屋敷。
率直に言えば、ゴミ集積場の入り口に近い。
ドアの前にも、半分開いたドアの中も大量の物があふれ出ておりカオスを超えてソドムじみた邪悪さすら放っていた。
……あそこも、探さなきゃいけないのか……?
近づくと直で危険な臭いを嗅いでしまいそうなので、遠くでどうしたものかと悩んでいると――中で、ガサガサと何かが動く音。
何かとんでもない化け物でも出てきそうで思わず身構えていると……現れたのは、見覚えのある大男。
「……ああ、君か。来ることはわかっていた。想定通りだ」
やけに疲れた顔をした、長身長髪の男。ケインさんだ。
そういえば彼はパーティーには来ていなかったな。事情を話すべきだろうか?
俺が説明のために口を開こうとすると――ケインさんの傍らでまたゴソゴソと音。
何だ? と再び身構えると……丸メガネを掛けて耳の尖った小柄な女性が現れる。
「どうも。ヨルトと申します。初めましてソウジさん」
キリッとした表情で握手を求めるヨルトさん。
握手を交わすと、ニコリともせずすぐにケインさんの傍らという定位置に戻る。
レイザさんと同じ印象を受けたが、あちらの軍人然とした生真面目さに対し、彼女にはなんとなくダメ社長を補佐する敏腕秘書のような生真面目さを感じた。
「事情は知っている。ナイト“1”……ラスティナを探しているのだろう?」
ダメ社長、もといケインさんは眉間に深いシワを寄せながらこちらの事情を的中してみせた。
――なぜそれを?
反射的に尋ねた。そういえばこの人は俺が来ることも「想定通り」と言っていた。パーティー会場にもいなかった彼が、なぜこちらの事情を知っているんだ?
「……私は、ナインズでは一応、参謀の役割を負っている」
ケインさんはこめかみに指を当てながら、陰鬱そうにため息を吐く。
「情報は常に把握している……どこにいても、何をしていても……」
思い返すと、この人は他の人たちからも博識さを頼りにされているようだった。
……もしかすると知っているのか? 俺が元の世界へ帰る方法を?
ラスティナは帰る方法を知っているようだった。昨日はうやむやになったまま情報は得られなかったがこの人なら――
「知らぬ」
俺が質問をする前に、ケインさんは素早くそう答えた。
え? なんだ? 俺は何も言ってないぞ?
俺の言いそうなことを予想し先回りした……? いや、それにしてもやけに勘が良すぎるような。
「――ケイン様」
ヨルトさんが冷たくそう言うと、ケインさんは驚いたようにくぼんだ両目をわずかに広げる。
「……済まない。忘れてくれ……ラスティナはここにはいない。失礼する」
ケインさんは一方的に話を打ち切り、二人はゴソゴソと部屋の奥へと引き返していった。
今のは一体……?
なんか、マズいことを口走って慌てて逃げたようにも見えるが……?
「あ、ソウジさん」
雑然と積まれた荷物の間から、ヨルトさんが突然ひょこっと顔を出す。
俺は驚いて上げそうになった悲鳴を必死に飲み込んだ。心臓に悪いぜこの部屋。
「ケイン様がおっしゃってました。そこの廊下を真っ直ぐ進むと良い、と」
ヨルトさんが指さした先を俺はじっと見つめる。左の廊下は松明すら設置されておらず、その先は完全な闇だ。
「明かりはこれを持って行くと良い、ともおっしゃられました。どうぞ」
取っ手つきの燭台とロウソクを手際よく渡された。ど、どうも、と礼を言う。
――真っ直ぐ進め、というのは、あそこにラスティナが……?
ヨルトさんに尋ねる。すると彼女は顎に軽く手をやり一瞬思考した後、口を開く。
「わたしにはわかりかねます。しかしこうもおっしゃってました。
――暗闇の最果てに、あなたを旅へと駆り立てる運命の女性に出会える、と」
なんだそれ? ラスティナの事か?
占いじゃあるまいし、ずいぶんと詩的な言い回しだな。
つうか、あいつが運命の女性とかマジ勘弁。旅に駆り立てるってか手前勝手の旅に引き擦られている状態なんだがな。
「伝えるべきことは伝えました。ではわたしも失礼をば」
ぺこりと45度のお辞儀をし、ヨルトさんは再び物のあふれかえる室内へと潜っていった。
……ナインズの参謀役といっていたが、占い師かなにかなのかあの人は……?
こちらの事情を完全に把握していた。俺が言わんとしたことも先に言い当てたそぶりもあった。
なんか、まるで……こちらの過去から未来まで見通しているような……?
そう考え、かぶりを振った。
馬鹿な妄想だ。忘れよう。
今は――あの暗い廊下。あそこを進むだけだ。




