16章-(3)
口元に微笑を湛え、ラスティナは村人達に背を向ける。
顔面蒼白となるノフト村長。彼とは対照的に、ケインさんはこれまでの陰鬱な表情から一変し、嬉しそうに口元を緩める。
「おお、交渉は決裂か。良し良し。これで良し」
「そういえば、彼らとの交渉についてお前は反対していたなケイン? 一応理由を聞こうか?」
「決まっている。こちらに旨味がないからだ。奴らを守って我々になんの利益がある? 戦力はいわずもがな、資源や食料も期待できぬ。となれば海軍連中に襲わせ、砦を作らせた後にそっくりこちらが奪ってしまった方がよほど良い。投入する戦力も資金も最小に抑えられるだろう」
「ほう、その策はあるか?」
「任せてくれ。数人の人員を寄越してくれれば、数時間で片をつけよう」
「ねえねえケイン? ちなみに海軍連中が来たらこの村の奴らってどうなっちゃうの?」
マーリカが唖然とする村人達を横目に、楽しげな笑みを浮かべつつケインさんに尋ねる。
「そうだな……私なら、まずそこの村長を含め50代以上の年長者を全て亡き者とする。年長者は村人を諭し統率する存在となる。支配者としてはそんな存在は邪魔でしかないからな。
その後に子供を除く村の男の3分の1を処分する。これは海軍の力を見せつけ恐怖を植え付けると同時に、反抗の力を削ぐためだ。女は奴隷や生贄として売るか、現地の兵士の慰みもの。残った子供や男は全員労働力として使おう。
無論この状態でも反乱を起こされる可能性はある。そこでこの村で最も嫌われている者、蔑まれてきた者を厚待遇し、奴らの監督官として就役させる。村人達は監督官を憎み、監督官もそんな彼らへ怒りや憎しみを持つだろう……支配者への不満や怒りを逸らすため、階級制度を設けるのは基本だ。
そして残った子供達に“ジレドに逆らってはならない”という徹底した思想教育と諦念思考を植え付ければ、ここはジレドにとって都合の良い“畑”となるだろうな」
「ただただ公国側が搾取するためだけの“畑”ってことね。あらあら素敵。簡単に自分たちの故郷を捨てて降伏する敗北主義者にとって幸せ一杯の未来って感じ?」
ケインさんとマーリカの話を聞いた村人達は顔を真っ青にして絶句。
ネロシスはそんな空気を全く読まず、軽薄そうにケラケラ笑う。
「へへへ、降伏してもどっちにしろ人死には出るってことかい。んじゃあみんなでそいつを見物しないか? ステルス魔法使ってよ、海軍連中に殺される様を肴にワインで乾杯としゃれ込もう」
「あらいいわね。あたしの分もとっといてよネロシス?」
楽しげに話すネロシスとマーリカに、シュルツさんがため息を吐く。このろくでもない二人をたしなめるのかと思えば。
「……娯楽としては認めましょう。ただし、ワインとおつまみに関しては私が用意します。君達だけでは余計な出費となりそうですからね」
彼も異論はないらしい。この村の連中を見捨てるという事に……
俺はこの状況にいてもたってもいられず、立ち去ろうとするラスティナ達を呼び止めようとした。
――おい待てお前達――!
「村人全員見殺しにするってのかい!? 待ちなよ!!」
同時にコスタも異議を唱える。
だが俺達よりも先に動いた者がいた。他でもない、ノフト村長だ。
彼はラスティナ達の進路を阻むように回り込み、息を切らしながらその場で跪き――土下座して見せた。
「村長!? 一体何を――!?」
驚く村人達の声を一切無視し、ノフト村長はただただ一心不乱にラスティナへ許しを請うた。
「顔を上げてください村長。そのような事をされては困ります」
「……村人達の非礼を心からお詫び申し上げます。何卒、何卒ご再考を……!」
ラスティナは少し困ったような笑みを浮かべる。しかし続ける言葉は氷のように冷酷だった。
「村長。あなたのような立場のある人間に、大勢の村人の前でそのような行動をされるのは困るのですよ。まるで私が悪者のようじゃないですか?」
「…………!」
「その軽挙はこの私を責めているのと同様ですよ? あなたのその行動自体が非礼という他はありませんね」
「……ご再考を……どうか……」
「三度目はありません。顔をお上げなさい」
非情極まる最後通告に、ノフト村長はブルブルと体を震わせる。
顔を上げてしまえば全て終る。ラスティナ達ナインズは立ち去り、残るのは海軍達に蹂躙される陰惨な未来のみ。
ノフト村長は顔を上げず、呻くように、一言。
「この年寄りが邪魔であるなら……どうぞこの首をあなた方に差し上げましょう」
なっ……!?
「村長! さっきから何を言ってるんだ!?」
「……お前達は何も分かっていない。いや、お前達をそうしてしまったのは私だ。私の責任だ……」
「責任……そんなことのために自分から……?」
「“そんなこと”ではない! よいか、これから生きるお前達は心して聞け! 物事には決して退けぬ時があるのだ。逃げるは恥ではない、だが! 逃げる事は借金と同じだ! 逃げ続ければその時のツケが莫大な利子となり、やがてお前達の未来にのしかかる! 逃げてはならぬ、逃れられぬ時というのは必ず来る! 必ずだ!!」
「村長……」
「私の首1つでお前達の命が繋がるなら安いものだ! 退けぬのだ! 私はお前達の長としてここで退くわけにはいかぬ! 目を逸らさず最後まで見るがいい! これが責任を全うするということだ……!」
懸命に村人達へ語りかけるノフト村長。声も無く彼の姿を見つめる村人達にはどんな心境が現れているのだろうか?
……その傍らでは、ワクワクテカテカした様子でムチを構えるマーリカとネロシス。マーリカの持つムチは人の体を簡単に裂断できる切れ味を持つ。ウキウキで首切る気満々かよあいつら。
シュルツさんは流石に空気を読んだようで、首を切ろうとする二人を無言で制止。
そしてラスティナは土下座し懇願を続ける村長に対し、穏やかな微笑みを浮かべる。
「顔をお上げなさい。ノフト村長」
「…………」
「どうか顔を上げてください。あなたがそんな調子では、まともに話し合いができないではありませんか」
「お、おお……それでは……!」
「交渉の続きと行きましょうか。さあ、手を貸しましょう」
ノフト村長はうっすらと涙を浮かべ、感謝の言葉をしきりに呟きながらラスティナの手を取った。
先ほどまで俺達を捕らえるとまで言っていた村人達も閉口し、ラスティナに助け起こされる村長の姿を見つめていた。
……恐ろしい話だが、この場を支配していたのは、間違いなく“村長と村を救う慈悲深きラスティナ”という空気であった。
状況に圧倒されていたが、今思えば彼女はこの結果を全て予想していたのでは? とすら思えてくる。
緊張と緩和。人の心理を巧みに操り、相手が勝手に己へ跪き許しを請うように仕向けるその冷酷さと手腕……それが彼女のカリスマ性にも繋がっている。
これがラスティナ。悪党であるナインズを束ねる、いわば悪のカリスマというべき存在か……




