15章-(10)
コスタと結婚しろ――唐突すぎる展開に俺の脳が追いつかず、数秒間立ち尽くしてしまった。
その間に。
「……へ? はあ!? あんた何言ってんだいロブ!!」
「はああっ!? 一体何言っちゃってくれてるわけ!?」
「!! ~~~っ!!」
コスタとマーリカ、そしてセイの3人がそれぞれリアクションをする。
コスタ本人はともかく、マーリカやセイの二人が猛烈に反発しているのは……いや深くは考えないほうがよさそうだ。
ともかく俺はロブの発言の真意を探るべく、冷静に尋ねた。
――それは一体何の冗談――
「冗談じゃねえっ!!」
極めて真剣なトーンの声が返ってきた。
しかもよく見れば、ロブは両目から涙を流している――まごうことなき男泣き。退けぬ理由と折れぬ決意を宿すこの目、これはまさに漢の目っ!?
「頼むよ! 俺達にはソウジ、あんたが必要だ! 海賊エルマノスが蘇るにはあんたの力が必要なんだ!!」
「ど、どういうことだい!? ソウジを仲間に誘いたいのはわかるけど、なんであたしと結婚なんて話になるのさ!?」
「……お嬢には船を下りてもらう。その代わりソウジを新しいキャプテンにする!」
――はあ!?
「何だいそりゃあ! あたしを船から下ろそうって気かい!? そう言われてホイホイ下りるわけ――」
「お嬢! この際言わせてもらうぜ! あんたに海賊は似合わねえんだよ!!」
「な……」
絶句するコスタ。ロブは土下座をしたまま静かに語る。
「知ってるんだ。クルーの奴らも全員分かってる。あんたは海賊なんかよりも服飾の世界に憧れを持ってるってな」
「そ……そ、そんな事……」
「隠してるつもりかもしれないが、あんたの部屋に衣服の絵が描かれた大量の木板があることも知ってる。だいたいその服も自分で縫って作ったもんだろ? 大した腕だよ。あんたなら立派な職人になれる」
「これは……しゅ、趣味みたいなものだから……」
「俺達のためにキャプテンを名乗ってくれたのは本当に感謝してる。でもよ……もういいだろ? 俺達のために自分の夢まで諦めるこたぁねえ。海賊の娘らしく、もっと自由に生きてみろよ」
「…………」
沈黙するコスタ。ロブは俺へ向き直り、口を開く。
「ソウジ。お嬢の旦那になるのは誰でもいいってわけじゃねえ。キャプテン曰く『俺より強い男だけ』って条件付きだ……けどこの条件はムチャクチャ過ぎる! 病に罹る前のキャプテンは俺達クルー全員が束になっても全く歯が立たねえほど強い人だ。ハッキリ言ってバケモンだ。あの人より強い男なんて……と途方に暮れていた時に現れたのがお前だ!」
ビシリ! とロブの人差し指が俺を差す。マジかよ……
「異次元の力を持つ転生者! しかも年も近い! まさに降って湧いた幸運! このチャンスを逃せば海賊の名がすたるってもんだ!」
――人を勝手にカモ扱いしてんなよ。
「カモじゃねえ! あんたにとってもいい話だろうが! 顔もいい、スタイルもいい、気立てもいい! こんないい女いねえだろ?」
いや、確かにコスタは美人だし、事情も分かるが、結婚とか普通に無理だし……
「お嬢にとってもチャンスだろ!? 海の事は旦那のソウジに任せて、好きなだけ自分の夢を追えるんだからよ!」
「……うぅ、でもでも、そんな結婚なんていきなり……」
コスタは照れて顔を赤らめ、モジモジと普段の振る舞いとは異なる女性らしい仕草を見せる。
「キャプテンの病がいつ治るかわからねえ。もしかするとずっと治らないままかもしれねえ。それまでずっと代理を続ける気か? さっきも言ったが、あんたの旦那にふさわしい男なんてこの機会を逃せばそうそう現れねえぞ? お嬢、よ~く考えろ。この話、悪くねえだろ?」
「…………」
ちらり、とコスタの視線が俺に注がれる。品定めされるような視線に俺は少しだけたじろいだ。
コスタは顔を赤らめたまま、顔を背けてぽつりと呟く。
「……よく見りゃ顔も結構……う、うん、悪くないかも……」
オイオイコラコラ!
「よっしゃあ! 式の後は新生エルマノスの旗揚げだ! 港に帰ったら宴だ宴っ!!」
――待てって! 俺は了承してねえぞそんな話!
「何が不満なんだよ? まさか……そっちの貧相な女とデキてるってわけじゃねえだろ? 見てたがそんな素振りなかったしよ」
「は? 貧相って誰の事? コラオッサン」
マーリカが怒りの形相で睨み付けるが、ロブは浮かれた様子で構わず続ける。
「前居た世界に好きな女がいるとかか? でもよう、また元の世界に帰れる保証ねえだろ? 帰れなかった時の事も考えて、ここは1つ身を固めてみちゃあどうだ? ほれほれ、こんな美女と結ばれる大チャンス逃したら一生後悔しちまうぞ? な?」
――いや何としても帰ってみせるわ! 帰れない前提で話進めんな!!
俺がそう言うと、ロブの頬がぴくりと動く。
どうやら俺が本気で拒否していることを感じとったらしい。先ほどまでの笑みを収め、ゆらりと立ち上がる。
「そうかい。どうしても飲めねえってか……だったらここは海賊らしくいかせてもらおう」
ロブの周りにはいつの間にかエルマノスのクルーが大勢集い、俺に向かって剣呑な笑みを浮かべてみせた。
「野郎共! お嬢の花婿をとっ捕まえろ!! その後はこの木板にソウジの血判を押す! 血判さえありゃあ後はどうとでもなるからな!!」
「あたしの未来の旦那だ! 間違っても腕ごと切り落とそうとするんじゃないよお前達っ!!」
ロブの発言に加え、コスタまでもがノリノリでクルーに呼びかける。
「「「オオッ!!」」」
クルー達は手に手に凶器を携え、意気揚々と俺を狙って突進! いや怪我負わすなっていう話どうなった!? 殺す気満々じゃねえのかこいつら!?
俺は当然ながらまともに相手してられないので、クルー1人ひとりの動きを見切り素早く回避。“機先”を習得しておいて本当によかった……
「うわーっ!」
「ゴレンの奴が落ちたぞーッ!」
どうやら勢い余って船から落ちた奴がいるらしい。
と、背後からロブが俺を厳しく非難する。
「何やってやがるソウジ! この船は海面から20メートル近い高さがある! 飛び込み台からダイブするのとはわけが違う! 落ちて海面に叩きつけられれば死んじまうこともあるんだぞ!?」
……マジか?
今ので怪我を負っているなら命に関わる。すぐに助けねば……俺は素早く船の縁へ走り寄り、海面をのぞき込む。
その瞬間。
「うはは掛かったな馬鹿めっ!」
「誰も落ちてねえよ! 海賊が船から落ちるマヌケを晒すかってんだ!」
「これでお前の逃げ場はねえ! 観念しなっ!!」
人が落ちたってのは嘘かよ!
というか、これで俺は船の縁に追い詰められた格好になる。流石に逃げ場が無い。
仕方ない。斧を使うわけにはいかない以上、徒手空拳で迎え撃つしかないだろう。
……こんな武器もった集団、しかも海賊として手練れとされてる奴らに通じるのか。不安だがやるしかない。負けたら一生ここで海賊だし。
目の前には悪魔のような形相で「血判! 血判!」とわめきながらなだれ込む怖すぎる海賊達。俺は覚悟を決めて身構えた。
その時だった。
「うぎゃああああっ!?」
突然の白光。そして海賊達から上がる悲鳴。
見ると――セイが俺を守るように背を向け、男達へスペルソードを構えていた。先ほどの音と悲鳴はスペルソードの電撃魔法か。
「う、うう……」
男達はスペルソードの切っ先を避けるように移動。しかしセイもその動きに合わせるように剣を向け、男達を牽制し続けた。
そんな様子にしびれを切らし、ロブが一喝。
「何やってやがる! 大の大人が子供相手にビビってんじゃねえ!」
「し、しかしロブさん! この女の子……完全に目が据わってるんですぜ!? 危ねえってマジ!!」
男達が恐怖で上ずった声を上げる。一体どんな表情してんだよセイ……
すると、またしても予想外の人物が現れる。
「うぐぐ……あの~、ソウジさん、皆さん? 随分長いことお船が停まってるみたいなんですが……もう岸についたとか? 目的地の島に着いたとかですかね……?」
ウェンディだ。どうやらエルマノスの船が無人であったため、わざわざこっちの船まで上がってきたらしい。
若干やつれた様子で顔を青くしている所から、まだ絶賛船酔い中のようだ。
――まだ陸地には着いてねえよ。おとなしくトイレに戻っとけ。
「ふへえぇ……このお船も揺れるぅ……う、うっぷ……」
口を押さえ、船の動きに合わせてフラフラするウェンディ。彼女の進路上にいる海賊達がスプラッシュの恐怖に戦慄し逃げ惑う。
「何やってやがる! 海賊が娘一人を相手にビビってんじゃねえ!」
「し、しかしロブさん! この女、とんでもねえ爆弾抱えてるんですぜ!? 違う意味で危ねえんだって!!」
「うっぷぷ……も、もう限界……」
「おいこっち来んな! 船の外で! できれば誰も居ない方角に向けて吐いて――ってぎゃあああああっ!!」
……間に合わなかったか。俺は心の中で犠牲となった海賊達に合掌する。
ていうか、先日に引き続きオチが酷すぎるぞこれ……
「もうメチャクチャだね……流石にこれ以上は続けられそうにないし、ここは一旦……って、なんで武器構えてんだいあんた?」
コスタに問われ、マーリカが手に持ったムチを素早く後ろに隠す。
「ん? 別に? さっきちょっと落としちゃったから拾っただけよお? んふふ?」
……あいつはあいつで危ねえなあ。一体何する気だったんだか……




