15章-(7)
コオオォォォォォォ……
目の前の異形は深く息を吐いた後、ゆっくりと両足を屈め――跳躍!
細い体から考えられないほど、凄まじい速度で躍りかかる!
――チッ!
素早く斧でガード。鉤爪が斧へ叩きつけられ、甲高い金属音と重い衝撃が全身へ波のように伝わった。
――フンっ!
俺は鉤爪をブロックしたまま、左足で異形の胴に回し蹴りを叩き込む。硬く、異様なほど軽い感触。まるで地面に刺した木の枝でも蹴っ飛ばしたかのようだ。
異形は蹴りの威力に逆らわず、ふわりと空中に浮いて、そのまま着地。
ゆらゆらと一度左右に揺れた後、何事も無かったかのように再び襲いかかってきた。
危なげなく斧でガード。反撃せず、ひたすら相手の攻撃を防ぎ続ける。
……鉤爪のリーチ。攻撃のパターン。体の動き、呼吸――掴めてきた。相手の動きの波。
約20回目の攻撃。俺は異形の振り下ろしを紙一重で避け、相手の左手からの突きも斧でいなす――ここだ。
素早く半転。カウンターとして横薙ぎを放った。敵は体勢を崩し避けることはできない。
斧の刃が異形に触れる――寸前。
異形が唐突に後方へ跳んでかわす。まるで見えない縄にでも両腕を引っ張られたかのような動き。
……奴の持つ両手の鉤爪、魔剣が奴自身を引っ張ったのだろう。予想外の動きだったが、まだ攻められる!
俺は素早く異形に近づき、奴が着地する寸前に追撃! 大上段から斧を振り下ろす!
すると異形は空中で素早く半転。何をする気かは知らんが、奴の動きは“機先”で見切っている。俺の攻撃が先に届く!
そう思っていた――瞬間。
突如鉤爪が伸び、リーチ外からの突きが放たれた!
……馬鹿な!
俺は攻撃を中断。時間操作魔法“加速”により寸前でガード!!
威力により俺の体が後方へ跳ばされる。両足で甲板をブレーキングしながら、敵の武器を改めて見る。
異形の右手の鉤爪だけが倍以上に伸びている――いや違う! よく見ると右手の鉤爪が左手のものとくっついている!
そうか。あの時、異形は半転しながら左手の鉤爪の刃だけを抜き取り、右手鉤爪の鉤状部分に引っかけた。そしてそのまま鋭く研がれた柄を使い、突きを放ったということか。
……こちらが相手のリーチを見切ったタイミングを見計らい、リーチ外からの強襲を計る……これは、奴もまた“機先”を使えると見て良いだろう。
手強い。かなり厄介な相手だぞ、こいつは……
異形は右手を振って引っかけていた鉤爪を落とすと、左手からバシュン、という圧縮空気が漏れたような音。どういう仕組みかはわからないが、左手に新たな鉤爪が装填された。
そして両手の鉤爪を構え――空高く跳んで斬りかかる!
相手の重量は軽い。受けるよりも打ち払い、相手の体勢が崩れるのを狙おう。
俺は異形の攻撃に合わせて斧で迎撃した。
ガキャンッッ!!
狙い通り、異形は斧の重量に負けて反対側へ吹き飛んで行く。
よし。このまま時間加速。受け身が取れない状態で斧を叩き込んでやる!
そう考え魔法を使おうとした、その時。
異形は空中で両腕を広げ、空気抵抗を増やし滞空時間を伸ばす。
……なんのつもりだ? こちらの追撃から逃れるつもりなのか? だがこのままでは船から落ちてしまうぞ。
俺が疑問に思っている中、異形はくるりと宙で一回転し急速降下。
ガシュン!
船の縁に降り立つと――再び天高く跳び上がった。
斧を構えるが、奴は俺の頭上をも飛び越え、反対側の船の縁に再び降り立つ。
ガシュン!
するとまた頭上を飛び越え反対側へ。そこからまた逆側へと異形は何度も頭上を反復する。
ガシュン!
ガシュン! ガシュン!
ガシュン! ガシュン! ガシュン ガシュンガガガガガガガッ!!
そこで俺は、奴が何を狙っていたのかを知る。
……グラリ。
この船が、タンカーに匹敵するほどの巨大帆船が、異形の動きに合わせて傾き始めた!
「のわわあああっ!!」
「掴まれお嬢! この高さから海に落ちたらひとたまりもねえぞ!!」
遠くで悲鳴を上げるコスタとロブ。マーリカはこの状況でも問題ないだろうし、彼女に守られるセイも無事であろう。
問題は俺自身だ。揺れ幅がどんどん大きくなり、まともに立っていられなくなってきた。この状態ではまともに戦うことはできない!
視界の端にマストから垂れるロープが見えた。
時間加速で近づき、あれを掴めば――
そう思った、瞬間。
ガシュン!
異形が、唐突に俺の眼前へと降り立つ!
――クッ!
とっさに距離を取り、斧で牽制の横薙ぎを放つ。異形は鉤爪でこともなげに防御してみせた。
だが――グラリ!
船が大きく傾き、俺はそのまま倒れ背中をしたたかに打つ!
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!
何かを連続で穿つような異様な足音。見れば、異形が針状に尖った足で甲板を突き刺しながらこちらへ近づいてくる!
あの足は船の揺れに耐えられるようにできているのか――マズい!
俺は甲板の上を転がりながら敵の鉤爪を回避。
しかしまたも船は揺れる。今度は頭側が大きく傾き、まるで重力が真逆に働いているかのように体が頭から滑っていく!
ドシュドシュドシュドシュ!!
異形が鉤爪を大きく広げながら追いすがる。
……このままこいつの狙い通りにさせるか! 俺は素早く斧の石突き部分で甲板を貫き、斧にぶらさがる格好で停止。足下に船の縁と海が垣間見えた。
頭上を仰げば、鉤爪を構えて猛然と迫る異形。
俺は斧を握る手に渾身の力を込め、鉄棒の大車輪の要領で一回転。
――くらえっ!!
鉤爪が届く前に、遠心力を込めた蹴りを異形に叩き込んだ!
蹴りの衝撃で異形の足が甲板から抜け落ち、奴は乾いた音と共に真下へ転げ落ちていく。よし、このまま海に落ちてしまえ!
そう思ったが――グラリ。
またしても船は傾く。船の急激な動きがもたらす遠心力で体が押しつけられ、身動きがとれなくなる。
と、頭上を見たその時――目の前に恐ろしいものを見た。
異形だ。船から落下する寸前で跳躍。動きのとれない俺を目掛け、真上から鉤爪を構え、獲物を狙う猛禽類の如く急降下してくる!
俺は全身に掛かる船の遠心力に抗い、わずかに船が傾いた方角を目指して転がる。
同時に奴が降下する甲板の一部へ時間魔法。“時減爆弾”――甲板を爆弾化させて吹き飛ばす!!
奴の鉤爪が甲板に突き立った瞬間、起爆!!
甲高い破裂音が霧深い峡谷に響き渡った。
こちらが巻き込まれないレベルに威力を調節したが――それでも直撃すればまず腕が吹き飛ぶほどの破壊力だ。
敵の大ダメージは免れないはず……そう思ったが、甘かった。
失念していた。敵は――あの異形は、魔剣使い。
魔法への対処など、魔剣使いであれば造作も無いことなのだ。
爆発による煙が晴れると、同時に血の色をした霧が姿を見せる。
血霧操作――あらゆる魔法を減衰・消失させる魔剣の能力のひとつ。
そして現れた異形は、無論ダメージ1つ負わず、無傷であった。
……これまで魔法頼りの奴相手によく使ってきた血霧。魔剣による戦法。
なるほど。逆にこちらが使われる側になると、こいつはやりづらいと感じるものだ。どうやって対処するべきか。
斧を構え思案する。と、異形はこれまでと違った動きを見せる。
……その時、俺は思わず声が出そうになるほど、おぞましい光景を目の当たりにした。




