プロローグ:2
ガギンと回転する斧の刃が柄に装着。俺はその勢いを生かし一回転。
「遅いんだよ斧使い!」
紫音が日本刀を構え即座に防御魔法を唱えた。斧による横薙ぎに備えたか。
……本当に単純な奴だ。
俺は一回転し――後ろ回し蹴りを紫音の右膝にたたき込んだ。
「がっ……?」
ごぎり、という小気味よい音。
膝の靱帯が挫かれた感触。
斧にばかり気を取られているから、足下の魔法防御がおろそかになる。
「っっあああああっ!!」
膝がくの字にへしゃげ、紫音は悲鳴を上げながら仰向けに倒れた。
……これで、こいつのスピードは死んだ。
俺はゆっくりと両足を肩幅に広げ、斧を頭上高く掲げた。
当然振り下ろすつもりだ。パワー頼りの斧使いらしく力任せに叩き潰す。
「ひっ! ひ、ひいいいっっ!!」
情けない声を上げながら紫音は華奢な刀を盾代わりにする。
だが防御魔法はうまく発動しない。焦りか、驚いてか、おののき故か。
……俺は構わず渾身の力で振り下ろした。
ドン!
という腹に響く音。盾にした刀ごと奴の肉体は砕け散った。
地面がえぐれ赤黒とピンクの血肉が弾け飛ぶ。
「うわああっっ!!」
背後で悲鳴。見れば、倒れていた金髪の男が、奴のちぎれた腕を腹から払い落としていた。
……仕事が、もう一つ増えたな。
「あ、ああ……」
金髪の男が地面でもがくように後ずさり。
だが、女の方を見るや、男は意を決して弓矢のやじりを俺に向けてきた。
震える指先。カタカタ鳴る弓矢……完全に怖じ気づいているようだ。
まあいい。転生者ならば質さねばならない。
斧の血を振り払い、俺は一歩踏み込む。
ひっ、と小さく情けない悲鳴を上げる男。
そんな男の前に――相方の黒髪の女がかばうように立った。
「や、やめろエイミ! その男は――あのナインズなんだぞ!!」
「大丈夫……あなたが用のあるのは、私でしょ?」
――やはりお前が転生者だったか。
「蒔田英見。私の名前よ。それであなたは――四舵総慈くん……でしょ?」
名前を呼ばれたのは久しぶりだ。誰に会っても“ナインズの転生者”としか呼ばれていなかったな。ここの所。
――で、蒔田。お前に訊きたいことがある。
「知ってるわよ。『ナインズが転生者に必ず訊くこと』有名だもの」
「だ……ダメだ! 殺されるぞエイミ! 逃げるんだ!」
「大丈夫よアレン……私は大丈夫……」
震えながら俺をにらみつける蒔田。俺は構わず問うた。
――お前、元の世界に帰りたいか?
「っ!」
蒔田は鼻白み一歩だけ後ずさった。
「“帰りたい”と言うんだ!エイミ!! ナインズは『帰らない』と言った転生者を残らず殺している! 君は……元の世界へ……!」
「――いいえ。私は帰らない」
ほう。
俺は斧を持つ手に力を込める。
「馬鹿な! エイミ!?」
「わ、私は……この世界で大切な人に出会ったの! 正直、帰りたくないっていったら嘘になるけど……一度くらい家に帰りたいけど……あの人と、アレンと二度と会えないなら、帰らない!」
……ほう。
「エイミ! 君は――ダメだ君は生きるんだ! 君には本来生きるべき世界があった! 僕なんかのために……エイミ! 生きるべきなんだ、君は!」
アレンは決意し真っ直ぐ俺にやじりを向ける。
……いい目をしている。迷いなく、震えもない。覚悟を宿す眼差しだ。
「やめて! いいの、あなたと会えなくなるなら……死んだも同然だもの……きっと……」
「エイミっ!!」
完全に悪役だな俺は。まあ慣れてるが。
ため息を吐き、俺は蒔田へ再度質す。
――お前も知ってるはずだぞ。この世界の動乱を。
「……!」
――あと3ヵ月だ。あとたった90日で、9回目の新月を迎える。
――あと90日後にこの世界の連合軍が俺達の世界へ、日本へ侵攻する。お前はそれでも帰らない気か? 故郷がこの世界のクソ共に蹂躙されるかもしれない時に?
「……嫌よ。私だって、そんなの……」
肩を震わせる蒔田。だが彼女はキッと俺をにらみ返した。
「私は……非難されたって構わない。それでもこの人と一緒にいたいの。戦いよりも……アレンとの時間を大切にしたいの……!」
――そうか。残念だ。
「やめろ! やめろナインズ! やめろぉぉぉっっ!!」
覚悟するように両目をつぶる蒔田。
俺は斧の鎖に手を掛け――斧を下ろし、いつものように肩に掛けた。
「……えっ」
くだらねえ。これ以上のノロケに付き合う義理はない。
きびすを返して引き返す俺に蒔田が声を掛けた。
「見逃してくれるの……?」
――お前みたいなヘタレ、殺したところで意味はない。勝手にしろ。
「あ……!」
「エイミ!!」
背後は見てないが、どうやら二人で喜び合ってるようだ。
……あいつらの中じゃ、俺はあの紫音同様に出会った転生者を皆殺しにするような奴だと思われてたのか? 失礼な奴らだ全く。
ふう、と息を吐くと――唐突に胸の奥から強烈な感情が突き上がった。
怒り。背中の斧だ。
『なぜ殺さなかった!?』という怒り――いや、これはもはや渇望だ。強烈で、鮮烈な、殺人への渇望。
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ――
クソが……!
襟に手をやり、首に提げていた懐中時計を学ランから引っ張り上げた。
どす黒く染まっちまった銀時計。右手で握りしめ手のひらで秒針の振動を感じ取る。
規則正しい秒針の振動に、殺意に猛る俺の鼓動を重ね合わせる。冷静に。鉄のごとく冷静に……
呼吸が整いじわり、じわりと熱が冷える。斧に“怒り”を与えすぎた俺の自業自得。とはいえ……くそ。ここでムカついたらますます斧を喜ばすだけか。
気をまぎらわせるために時計盤をじっと見る。
規則正しく回る秒針。キチリ、キチリ、キチリ。
……もう時間は残されていない。
あいつの指示に従い、帰還を望む転生者達と合流すべくこの世界側についた転生者やギルドを残らず叩き潰しているが……こんなペースで奴らの言う『異世界征伐』を阻止できるのか?
なにより俺には時間が残されていない……
俺は元の世界へ帰らなければならない……彼女との約束のために……
――瑞希。
時計盤を見ながら歯がゆさに頭をガリガリとかく。
なぜこんなことになった?
なぜ、俺はこんなファンタジーじみた腐れ異世界に跳ばされた?
イルフォンス、ダンウォード……そしてマーリカ。あの三人が死んだのは……
キチリ。キチリ。キチリ。
秒針が巡る。時は廻る。
……もう半年か。
ここに跳ばされた時の事を俺は今でも鮮明に思い出せた。