2章-(7)宴の終わり
「はあ……それよりもソウジ君。君の背にあるそれは魔剣ですね?」
俺はマーリカを無視し、シュルツさんにうなずく。
「なるほど変わった斧だ……マーリカ、君はこの斧の由緒を知ってますか?」
「えー? 知るわけないじゃん? あたしができるのはお宝の目利きだけ。武器のウンチクはダンウォードのオジイちゃんの専門だって」
「魔剣はそのお宝とは違うと?」
「全然違うよ。だって金にならないもん。自分の認める相手以外には襲いかかってくるような欠陥品、誰も金払って買いたいとは思わないからね」
シュルツさんは得心したように頷く。
そして俺の視線に気づくと、俺が思っていた疑問を穏やかに答えた。
「ああ、彼女は元々盗賊だったんですよ。だから貴重品や古代の文献にも詳しく、そこから魔法についての造詣も深い」
「盗賊なんてダサい名前で呼ばないでよ。トレジャーハンターって言ってくれる?」
「……実際にやっていた悪行は盗賊以上でしたがね。貴重品の奪取のため村一つを平気で潰すような凶行は数知れず。彼女の悪名は諸国に知れ渡っています……」
「失礼しちゃう! あのフェッズ村の連中でしょ!? あれは仕方なく――あれ? コルガの谷にある村のことだっけ? それともジド墓地の墓守連中の村のことだっけ?」
……どうやらこの女に消された集落は一つだけにとどまらないようだ。
たしかに彼女の強さは目の当たりにしたが、その実力以上にものの考え自体がブッ飛んでいるらしい。
「ふむ。しかし魔剣を手に入れたとしても、やはり守りの面では不安がありますね」
「そーねー。転生者の体と服があるとはいえ、防具の一つは欲しい所かも」
――体? 服? なんの話だ?
「説明してなかったっけ? 転生者はこっちに来る前に体が分解されるんだけど、再構成されるときにその体や服にたくさんの理子が含まれるの。
理子が結合した転生者の肉体は人を超えた強靱さ・俊敏さ・膂力を発揮する。当然魔法との相性も抜群だから、よく言う“チート能力”ってのが発揮されるんだよね。
そして身につけていた服もまた、理子によってその辺の鎧よりもはるかに頑丈になるの。だから、転生者はこっちの世界の鎧より元の世界の服のままの方が強いってわけ」
――えっ……でも俺は……
「そこなんだよねー問題は……」
マーリカは特大のため息を吐いた。
「おそらく、『伯爵』の召還儀式が不十分だったからでしょう。
我々は伯爵が君を召還している最中に攻撃を仕掛けました……伯爵が少しでも抵抗すれば、君の体は分解されたまま消失していたことでしょう。しかし伯爵は己が倒される間際まで君の身を案じていた……それほどまでに君に執着していた、その理由が解せない……」
――えっ……じゃあ俺はもしかしたらあんたらの手で死んでたかもしれないってことか?
「あ……いやまあ、君が無事で何よりでしたよ? ええ」
ゴホンゴホンと大仰にせき込むシュルツさん。あんた最悪だよ……
「は、話を変えますが、やはり見たところ頭部の守りが不十分ですね。ではソウジ君、これを差し上げましょう」
シュルツさんが、懐からなにやら灰色をした布を差し出した。
広げてみる。どうやらこれはマフラーのようだ
「首に巻けば、頭部全体を保護する斥力が発生します。一定以上の速度のものが近づいた時に自動で発動するよう術が織り込まれているのです……気休め程度ですが、素の状態よりかはマシでしょう」
俺がまじまじとマフラーを眺めていると、頼んでもいないのにマーリカが俺の首にそれを巻きだした。
おい待て、別に今身につける必要ないだろ? 暖かい室内でそんな――っ!?
突如、左耳に鋭い痛みが走る。
マーリカが、俺の耳に白いリング状のピアスのようなものを付けたのだ。
「あたしからはこれをプレゼント! ナインズ一人ひとりに指令を伝える通信器だから、勝手に外しちゃだめよ?」
マーリカは自分の耳にもあるピアスを指し示しながら、クスクスと笑う。
勝手に人の耳にピアス穴開けといて、ずいぶん勝手なこと言うなコイツ……
「……おい」
聞き覚えのある陰気な声。イルフォンスか?
振り返ると――パシン!
と、俺の手に銀色の指輪が投げつけられた。
「俺からも、だ。そいつをくれてやる……」
――は?
いやいや、野郎から指輪のプレゼントとか勘弁願いたいんだが――
「薬指はアレだから、ここは左手中指かな? 人間関係を円滑にするって意味があるみたいよ? 今のソウジにピッタリだよねー」
またもマーリカが勝手に俺の左手中指に指輪をはめた。
――おい! なに勝手に――って抜けねえ!? おいなんだこの指輪!?
「なにって、ソウジを守ってくれるアイテムの一つじゃない? 外す必要なくない?」
「…………だといいな」
なにか意味深なことを呟くイルフォンス。くそ、呪いのアイテムとかじゃねえだろうな……
「おぉ!? なんじゃ~おまえらぁ!! ずいぶん仲よさげえ、じゃのぉ!?」
顔を真っ赤にしたダンウォードが千鳥足でこっちに近づく。
……うえ、酒クセえ。酔っ払いのジジイの相手とかマジ勘弁。
「はあ……まああれだ。反面教師ってやつだな。覚えときなソウジ。酒は嗜むものであり、飲んで呑まれるもんじゃねえ、ってな」
酔っ払うダンウォードを横目でみながら、ネロシスは肩を落とす。しかしその口元はあざ笑うように緩みっぱなしだ。
つうか、なんか言った後にウインクかますのやめてくれねえかな。
「ははは。皆楽しんでいるようで何より……ですかね?」
シュルツさんは思いっきり目を泳がせながらそういった。俺の目を見て同じこと言えんのかあんた?
(……おい、ババア)
(そういう呼び方冷めるからやめてくれる? イルフォンスお坊ちゃま? イキリたいお年頃なのはわかるけどさあ?)
(実際アラサーだろあんた……それより、あんたあの転生者にずいぶん肩入れしてるように見えるが?)
(えー? そう? アンタが色気づいて妄想たくましくしてるだけじゃない? 童貞らしくさあ?)
(……一応はっきりさせたいんだが、あんた、まさかあの転生者に惚れたんじゃあ――)
(ばっ!? 馬っ鹿! ちがうっつの! あたしはただソウジにその――性的な興味があるっていうか――)
(……考え得る限りの最低の答えだな。ツンデレ気味なのが輪を掛けて変態臭い)
(フン。でもソウジはアンタにも渡さないよ? ……あれはずっとあたしが探していた相手。かけがえのない、あたしの“死の太陽”なんだから……)
俺が振り返ると、イルフォンスが顔を背け、マーリカがニコニコと嫌な笑顔を向けてきた。
……俺の背後でボソボソ話しているようだったが……気のせいか?
俺が不審げに二人を見ていた、その時。
バン! と広間の扉が勢いよく開け放たれた。
息せき切って現れたのは――今朝、俺の部屋で怯えていた、あのメイドだった。
「すみません……すみません……わたしのせいです。わたしの……」
両目から涙を流しながらへたり込み、取り乱すユウム。
「落ち着け。何があった?」
「まずは深呼吸を。大丈夫です。ゆっくりと……」
レイザさんとシュルツさんが素早く対応する。
なんだ? あそこまで混乱するとは尋常じゃない。一体何があったんだ?
「いないんです……どこにも!」
一体誰が――?
「ラスティナ様が! どこにもいないんです!!」
……楽しいパーティーは、そこで打ち切りとなった。




