14章-(5)
「……はーい。それじゃーウェンディちゃんに、ちょっとばっかしインタビューかましたいと思いまーす」
マーリカは一度ムチで地面をしたたかに打った後、ロープで縛り上げたウェンディを冷酷に見下ろした。
――武器構えてインタビューか。一体どんなとこで育ったらそんなドン引きの皮肉が口に出せるようになるんだ?
「あら? あたしの過去が気になる感じ?」
――皮肉だが?
「あっそ……言いたいことは色々だけど、今はコイツを締め上げるのが先よね。で、ウェンディちゃん? あんたに指示を与えた奴はジレドのギュスペルク公爵で間違いないのよね?」
ウェンディ――褐色の肌に黒髪、まつげの長い切れ長の金の瞳を持つ美貌の女性だ。特に印象的なのは、頭の上にピョコンと生える耳。そう、彼女は魔人でもあった。
するとウェンディは、フフンと余裕の笑みを浮かべて見せた。
「やれやれ……クライアントの名をみすみす話すと思うのかい? わたしはこれでもプロ。例え任務を失敗しようと命を落とそうとも、己の役割は必ず果たすのがプロというものさ……!」
……いや、あんたさっきマーリカが軽く脅しただけでビビって名前とか諸々反射的にしゃべってたヘタレですよね? 一体何をいきなりカッコつけてんです?
「ふーん了解。んじゃ、トランスアキシャル面とサジタル面どっちが好き?」
マーリカの発言に、ウェンディは首をひねる。
「?? フフ、いきなり横文字出してインテリ気取りかな? やれやれこれだから意識高い系は」
――いや、多分こいつが言いたいのは、輪切りと縦の半分割どっちで斬られたいかって話だと思うが。
「えっ? ええっ!? ま、ままま待って待ってお願い冗談ですごめんなさいまだ死にたくなーい!!」
半泣きで懇願するウェンディ。マーリカは肩を落としながら再度尋ねる。
「……で、クライアントはギュスペルク公であってんのよね?」
「そうです間違いございませんです! しゃべったからもう助けてくれるよね? くれるんだよね!? お願いヘルプミー!」
プロの誇りどこいった。
「……長らく魔王軍と事を構えてるからかしら? こんなヘタレ寄越すとかだいぶ人材不足みたいね、ジレドって」
――みたいだな。
「あれえ!? 助けてくれるんじゃないのお!? わ、わたしもしかしてしゃべり損!? さては誘導尋問とかいうやつか!? おのれよくも騙してくれたなっ!!」
そして死ぬほどうるせえ。刺客ってようするに暗殺者みたいなもんかと思っていたが、どうやらその考えは改めないといけないらしい。
……というより、ジレドの刺客だって発言自体疑ったほうがいいんじゃねえかこれ。
「ふー……ジレドの事をたっぷり吐かせてから殺そうと思ってたけど、このお嬢ちゃんだと大したこと知らなそうよね。ここで殺っちゃおうか?」
マーリカが冷酷にムチを構え、ウェンディは大きく取り乱す。
「ひえっ! やっぱり初めから殺す気だったんじゃないかぁぁっ!! あああっ! そ、そこの女の子! お願いします助けて下さいマジ雑用でもなんでもしますからマジでマジマジっ!!」
セイはウェンディの全力の命乞いを受け、悲しそうな、不安げな顔で俺を見返した。
……ああ。わかってる。
――その辺にしとけ。何も殺す必要ないだろ?
俺がそう言うと、マーリカはあり得ないものでも見るかのようにこちらを向く。
「なに甘いこと言ってんの!? コイツあたし達を殺すか拉致るかするためにここに来たのよ!? ブッ殺すのは確定として、情報聞き出した後は首をジレドの王宮まで届けてやるのがセオリーでしょうが!?」
――殺すまでもねえって言ってんだよ。実際何もされてねえし、戦意もすでに失ってるみたいだしな。
「……スジ通ってんの? それってさ?」
――通ってるさ。不要な殺しはしない。それが俺のスジだ。
俺がそう言うと、傍らのセイがうんうんと力強く頷いてくれた。
自分の行動が果たして正しいのか。時々分からなくなる事もあるが、セイに肯定されるとなんとなく自信がついてくる。
「そんな甘い対応してたら次から次へと刺客を送られるっつの。いくら刺客を差し向けようと無駄だってこと分からせるために殺すって言ってんだけど?」
――次の奴が明確に殺す気で来たならそうすればいい。こいつは殺すまでもない。
「……じきにその甘さが命取りになるわよ?」
――問題ないさ。お前もいるしな。
「……甘ったれたこと言ってんじゃないわよ。全く……」
マーリカは少しだけ照れたように顔を逸らし、興が削がれたようにため息を吐いた。
戦略的にはマーリカの言っていることは正しい。しかし俺は、それ以前に人としての正しさを求めたいのだ。
「……およ? な、何やら助かる流れ……?」
ウェンディは両耳を寝かしながらビクビク周りを見回し――視線が俺に止まる。
「助けてくれた……? 極悪非道のナインズが? なんで? え? ……あれ? もしかしてこの男……わたしに惚れてるんじゃ……?」
オイこら。
「さっき捕まった時も殺さずにいてくれたし、今も必死になってわたしを庇ってくれている……これは間違いなくこのわたしにフォーリンラヴ……!?」
待てコラ。
「なんだそういう事なら早く言って欲しいな! よしそれじゃあ君? 今すぐこの縄をほどいてくれるかな?」
ウェンディは今までビクビク怯えていたのが嘘のように、突然俺に対して鬼のように調子に乗ってきた。何だコイツ……
当然拒否したが、ウェンディの余裕ぶったニヤニヤ笑いは収まらない。
「えっ無理? じゃあフフフ、解いてくれたら一日デートしてあげる……と言ったら?」
――縄解くのもデートもどっちも拒否するわ。
「フフン、好きな女子に対してついつい意地悪しちゃう男子特有のアレだね? はあ~しょうがないなあ全く……」
……だんだんストレスが溜まってきた。殺しはしねえが、縛ったまま森に放置でよくないかなコイツ。
「うんとさ、ソウジ。殺していい?」
ムチを構えてにこやかにそう言うマーリカ。気持ちはすげえわかるが俺はきっぱりと拒否。
「ふふふ、やっぱりわたしを庇ってくれるんじゃないか? やはりこの男、間違いなくわたしにゾッコンラヴ! やれやれこれがモテ期ってやつかなやれやれ」
殺さないけど、うーんこれはブン殴りたい。
隣のセイも見たことないほどゲンナリした様子だ。同情や憐れみといった気持ちを返して欲しい。切実に。
「……ていうか、結構強い奴かと思ってたんだけどね。こんなアホが釣れるとか思わなかったわ」
マーリカは脱力するように大きく肩を落とした。
彼女いわく、手練れの魔人は大きな耳や両手の爪など、あえて獣の部分を残して人の姿になる「部分変化」を好んで使うらしい。
そういえば闘技場のネコ耳実況者とかもそうだったな。獣の聴力や膂力など、戦うために必要な能力を得るために部分変化を行うらしいが……
「いや~わたし実は人へ変化するの苦手で、耳とか尻尾とか中途半端に残っちゃうんだよね~」
ウェンディは彼らにとって恐らく恥であろう事実をヘラヘラ笑いながら話す。
「……じゃあさ、あたし達をどうやって追ってきたの? あの移動魔法は術式残滓残さないよう手の込んだ細工してたはずだけど?」
以前マーリカに聞いたが、ネロシスはナインズの中でも移動魔法に長けており、彼が使う魔法を探知できるものはこの世界にほとんどいないのだとか。
しかし目の前のウェンディは――
「なはは、術式残滓を探るとかそんな国選術士みたいなことできるわけないよー。魔法で姿を消された時はヤバって思って焦ったけど、高台に登って周囲を見渡したら、すごい遠くに歩いてる人影が見えたんで、たぶんあれだなって思って追っていったらビンゴでした。以上」
…………
これは、どっちかっていうと……
「魔法使ったネロシスの奴の問題よね。街から視認できる距離に移動魔法を使ったのは失策……てか、多分あいつのことだからこうなることを織り込み済みだったことも考えられるわ」
――どういうことだ? まさか……
「追っ手が嗅ぎつけてくることを想定して街に近い場所へ移動魔法使ったってことよ。あいつのミッションはナインズの名の影響力を高めて、六大国に混乱をもたらすことだからね。
わざとわざと刺客が来るように仕向けてあたし達に倒させて、“ナインズは差し向けられた刺客も全て返り討ちにする実力がある”ってな話を吹聴するつもりだったのかも」
俺達に刺客の相手をさせて自分だけのうのうと仕事の実績を上げようってわけか……ふざけた話だが、あいつの性格からありえない話でもないな……
「いや~、色んな街で騒ぎを起こしてるナインズだから、もしかするとあの武闘大会でもなんかやらかすんじゃないかな~と思って来てみたら本当に現れてびっくりしたよ! ……フフ、先見の明というやつかな? ああ、自分自身の才能が恐ろしい……!」
得意満面に話すウェンディに、俺とマーリカは大きく肩を落とした。
……こんな奴に捕捉されるとか、ナインズの評価ダダ下がりだなこれは……
「さて! いっぱい話したし、そろそろこの縄解いてくれていいよねっ!」
――解くわけねーだろアホか。
「じゃ、じゃあちょっと緩めるくらいは……」
――ダメだ。
俺がすげなく突っぱねると、ウェンディは苦しげな表情で浮かべる。
「その……なんていうか……こうギッチギチに縛られると、胸がすごい苦しくて……」
…………
思い出す。彼女を捉えてマーリカに縛ってもらった時。
正面を向いた彼女の胸は……かなり大きかった……
「……オッパイ星人」
ぼそりと呟くマーリカに、俺はなぜだかぎくりとした。
――いや、だがまあ、そういう事なら少しくらい緩めてもいいんじゃ……
「ダメに決まってんでしょうが! 乳ひとつでほだされてんじゃないわよこのオッパイ星人!!」
「っ!!」
なぜかマーリカとセイの二人から言葉と視線で責められる。いや、別にこいつのプロポーションに惑わされたわけじゃ……
「フフ、やはりこのわたしにトゥルーラブといった有様! ああ争わないで皆の者。全てはわたしが美しすぎるのが罪……!」
そしてこの状況を誤って受け取ったウェンディが、さらなる痛々しい増長を見せる。
……まあ、お前が原因で間違いねえよ。この状況はな。
「よし! それで、わたしはいつ自由になれるのかな?」
俺とマーリカ、セイはお互い視線を交わし、ため息。
「じゃあ……こいつの処遇は明日決めるってことでいいかしら?」
――そうだな。もう夜も更けたし、そろそろ寝よう。
セイは頷き、眠そうに大きなあくびをした。
「……えっ」
取り残されたウェンディは、わかりやすく慌てふためく。
「こ、こんなにいっぱい話したのに! やっぱりほんとの事話したら解放するって話は嘘だったんじゃないかああっ!!」
「誰もそんなこと約束してねっつの。アンタはこっち来なさい」
泣き叫ぶウェンディをマーリカが引きずり、三人は先ほど建てたシェルターの中へと入っていった。
俺は彼女達の様子を見届け、大きく脱力した。
なんか……すっげえ疲れた……
しかしこのままじゃ俺の寝る場所がない。俺は枝と硬い葉で作った歯ブラシの代用品で歯を磨いた後、ロープを編んでいつものお手製ハンモックを作った。
普段の10倍は疲れたが、疲労の分は寝て回復しよう。
ロープが硬いせいで寝心地は最悪だが。その辺は気合いだ。……これで本当に休息できるのか疑わしいがとにかく寝よう。
そして、ハンモックの上で目を閉じた。
……だが、ウェンディ・ルー。
彼女を縛ったまま放置したこと。その判断が大きな過ちであったことを、俺達はこの後知る事になる……




