14章-(3)
――マーカー……?
『それじゃダメだ。そんな気の抜けた調子じゃあ発動しない。対象を絞って集中する必要がある……』
いや別にスキル使ったわけじゃねえんだが。そんな俺の反論もリントの耳には入っていないようだ。
奴は少し考え、そして妙案を思いついたように笑みを浮かべた。
『よし、じゃあスキルを使いたいものに向かって指を差して、唱えろ。そこの木でも足下の石ころでもいいぞ』
――適当なこと言ってないかお前? そんなことでスキルとやらが発動すんのかよ。
『やる前から文句言ってんなよ。いいからやってみろって』
――騙されたと思って、ってか?
『騙すならもっと気の利いたホラを吹くさ』
呆れたように肩をすくめるリント。まあ、確かにくだらない言い合いしてる時でもない。
俺は気を取り直し、奴の言った通り、目の前の木を指差し、唱えた。
――マーカー。
すると。
枯れかかった低木の上部に、妙な表記が浮かびあがる。
【marker】枯れ木【/marker】
……?
【marker】と、スラッシュの入った同じ文字。その間に入っている“枯れ木”とは、俺が指を差した木の名称……なのか?
まるでゲームのような、よくわからない表示が浮かんだ。確かに少し驚いたが……これがスキル? これに一体どんな能力が?
『“マーカー”のスキルの特徴は、あらゆる魔術・スキルより優先して発動することにある』
――優先……?
『例えばだ。お前が前戦ったコウって転生者がいたろ? こちらの魔法やスキルを殺す能力を持っている奴だ。お前が“マーカー”スキルを放ったと同時に、奴が“異能殺し”を放ったとする。結果はどうなると思う?』
――マーカーのスキルが殺される……
『いいや違うね。この場合はマーカーの能力が優先して発動される』
――なに……?
『もちろん、強制ではなく優先だからな。コウが“異能殺し”の能力をマーカーより先に持続して放っていればマーカーは発動されない。使えば確実に勝てるようなスキルじゃあない、が……“優先”して発動するという利点の大きさ、アンタなら分かるよな?』
――ああ。戦闘中は数秒の行動の遅延が命取りになることもある。“異能殺し”みたいな後出しジャンケンでやられない能力。それだけでも十分に価値はある。
俺がそう答えると、リントは“良く分かってるじゃないか”といわんばかりに、上から目線で頷いて見せた。
……昔の俺なら癪に障っていただろうが、こいつのスタンスがなんとなく分かってきたからか、今は特に腹立たしい思いも感じなくなってきたな。
『そういうことだ。で、肝心のマーカーの効果についてだが……』
そうだ。そいつが一番重要なポイントだ。
このよくわからんスキルとやらは、どんな効果をもたらしてくれる……?
『マーカーのスキルの効果は、スキルの対象へ視線を集中させることだ』
…………
……は?
『このスキルの対象、つまりそこの枯れ木に使ったとすればだ。スキルを使ったお前以外の人物がそこの枯れ木へと無意識に視線を集中させてしまう』
――視線を集中させて……どうなる?
『以上だ。これがマーカーのスキルの効果だ』
……は?
――ちょっと待て。いやオイちょっと待てコラっ!
俺のツッコミに対して、しかしリントはキョトンとした表情で返すのみ。
『なんだよいきなり大声出して?』
――お前、7罰のスキルはこのマーカーだけだっていったよな?
『ああ。それが?』
――お前が使った結界や、キョウコの使った透明化とは全然違うじゃねえか! なんのつもりだこれは!
『……違わないさ』
リントは腕を組みながら、真剣な表情で回答した。
『俺の結界もキョウコの透明化も、マーカースキルの派生に過ぎない。俺達とお前に違いがあるとすれば――スキルのレベルだ』
――レベル……?
『お前は今初めて自分に備わっていたスキルに気づいた段階だからな……ああ、やっぱりレベル1。初期レベルのスキルじゃあ効果に期待しても仕方ない』
スマホのフリップ操作の要領で、空中へ指を動かしながらリントはそう言った。
――つまり、なんだ。レベルってのを上げれば、お前らみたいな効果も出せるようになる、ってことか……?
『そういうことだ。ま、今は地道にスキルのレベルを上げてけばいいんじゃねーの?』
なるほど……それで、レベルってのは使っていけば上がっていくものなのか?
リントへそう問うと、奴は当然といわんばかりに肯定した。
『今は使い物にならないかもだが、地道に使い続ければレベルは上がる。育てれば今後の戦いでも有利に……って、なんだコイツ?』
リントの視線を追うと、空中に10センチくらいの大きさの赤ちゃんがいた。
いや、背中にトンボみたいな半透明の羽が生えている。しかしこのビジュアルは……
――おい、こいつもしかして……妖精、か?
俺はリントに尋ねるが、しかし彼も目の前の存在に首をひねる。
『いや……こんな奴は俺も初めて見た。なんだこいつは……』
呆然と見つめていると、目の前の妖精は、小さい板に書いた文言を満面の笑みで掲げて見せた。
“次のレベルアップまで あと760EXP”
――おい。
『俺に聞くなよ。俺も初めて見たんだ』
――どういうことだよ? あれ絶対例のマーカースキルと関係してるだろ……?
『俺はあんな妖精みたいな奴は見たことない。
恐らくだが、俺や他の7罰は転生した段階でマーカースキルはカンストしてたから、あんなナビゲーターみたいなのは出てこなかったんだろう……たぶん』
どうやら、リントもこの妖精みたいなのについてはさっぱりわからないようだ。
――えーっと……なあ……
妖精のようなものに話しかけたが、目の前の妖精はそしらぬ顔でホバリングし続けている。
……そもそもこいつは実在してるものなのだろうか? リントみたいに、姿だけを投影しているってこともある。
俺は妖精の体に触れるべく、そっと手を伸ばす。
すると。
『キャー』
可愛い声で笑いながら、妖精はすぐさま姿を消してしまった。
……
……なんだ、今のカワイイやつ……!
『なんなんだろうな……スキルを使いこなしていない奴のため、“太源理子の始祖”が寄越したナビゲーター……か?』
俺は一度会ったことのある“太源理子の始祖”――伯爵のことを思い出し、即座に否定した。
――いや、あいつ達があんなの造って寄越すとは思えねえんだが。
『確かにな……分からないことだらけだが、あの妖精っぽいのが掲げていた残りEXP、つまり経験値だが……こっちで調べても数値に過不足はない。正体はわからないが、ステータスが一切わからないアンタのため、スキルのレベルを教えてくれる存在、なのかもな……』
――なんだよそのフワッとした結論は……!
『仕方ねーだろ、俺だって初めて見たんだ! まあ、敵対的なものにも見えなかったし、別にほっといてもいいんじゃねーの?』
――そう、かもな……
『まあ、もしまた何か妙な動きがあれば教えてくれ。それじゃあ俺は教えられる事は教えたし、ここいらでおいとましとくぜ』
――あ、おい勝手に――!
『ああ、一応言っとくが、あのマーリカって娘やナインズの連中には俺の事黙っといてくれよ? 意識体だけで動けるって知られたら、俺の体が何されるかわかったもんじゃねえ。
とりあえずは、スキルでも地道に磨いてりゃいいさ。そんじゃな』
一方的にそう告げ、リントは煙のようにその場から消えてしまった。
スキルを磨けって言われてもな……あのマーカーとやらを使い続ければいいのか?
だがあのスキルは視線を奪う第三者がいてこそのものだ。誰に使えばいいんだか……
と、思っていたその時。
くいくい。
制服の裾を引っ張られる感覚。なんだ? と振り返ると。
「っ!!」
背後にいたのはセイだった。鞘に納刀した状態のスペルソードを構え、フンフンと鼻息荒く俺に対峙している。
……ああそうか。そろそろ訓練してやる時間だったよな。
彼女の希望により、俺は朝・夕だいたい1時間ずつ、彼女へ剣術の指導をしている。
朝飯を食べた後、夕飯を食べた後に訓練してやってたから、今日も訓練を受けようと待ちかねていたのだろう。そして俺の帰りが遅いからわざわざ探しに来たってところか。
……もしかして、あのリントの姿を見られたか?
彼女に「変な奴見たか?」と尋ねたが、セイは首を傾げ、ぷるぷると首を振る。
『誰が変な奴だよ』
そして姿を見せずに毒づくリントの声。まだいたのかお前。
……気を取り直し、俺はやる気満々で剣を握るセイを見下ろし、どうしたものかと頭を悩ませる。
正直今は訓練なんかよりも、このマーカースキルのレベルとやらを上げたいところなんだよなあ。
しかしセイもまた“今日はパス”といって素直に引き下がるようなテンションではなさそうだ。
どうしたものか……
いや、待てよ。
セイを見て、俺は1つのアイディアを閃いた。
例のマーカースキルとやら、この子に使ってレベル上げすりゃあいいんじゃないか……?




