13章-(20)次なる目的地
ドサリ。
移動魔法による亜空間から抜け、俺は荒れ野の上へと仰向けに落とされた。
緑色に輝く魔方陣が消えると、雨を落とす灰色の空と、楽しげにこちらをのぞき込むネロシスの顔が見えた。
「よ、お疲れ!」
移動魔法を使ったのはどうやらネロシスのようだ。
こっちが激戦を終えたってのに、いつも通りの軽い口調とうすら笑い。俺はうんざりしつつ、ゆっくりと身を起こす。
「……っ!」
ネロシスの反対側にいたセイが、ハラハラした様子で俺の肩を掴む。
怪我をしているのだから寝ていろ、と言いたいのだろうか? 俺は小さく笑い――脇腹に刺さったナイフを勢いよく抜いた。
一瞬激痛が走った……が、問題ない。多少血は出たが、すぐに傷口はふさがった。
試合前に飲んだヒールタブの効果がまだ残っていた。骨折による痛みも全くないし、本当に便利なアイテムだな、あれ。
ホッとしたように小さく微笑むセイ。彼女の頭を軽く撫でながら、俺は周囲を見渡した。
周囲に建物はなく、ポツポツとまばらに生える木々ばかり。
反対側に目をやると――遠くに、円形のコロシアムを擁する街がひとつ。俺が先ほどまでいた街だろう。ずいぶん遠くまで運ばれたもんだ。
「目的は無事達成ね。お疲れさん」
マーリカだ。背後を振り返ると、口惜しそうな無念そうな顔で、恨みがましい視線を俺に向けている。
俺の体も無事守り通せたようで何よりだ。俺がホッと胸をなで下ろすと、マーリカが特大の舌打ちを返してきた。
「いや~しかし激戦だったなあ! あの戦いでかなりレベルアップしたんじゃないか?」
――俺は他の転生者連中とは違う。レベルなんてもんはわからん。
ネロシスにそう返すと、今度はマーリカが口を開く。
「とは言っても、いくつか有用そうな技も身につけられたし、いい経験になったみたいね」
俺は頷きながら、これまでの戦いを振り返る。
ハッタリ、“機先”、そして魔法。転生者達を相手にするならこの3つの要素は必要不可欠。武闘会での戦闘でより強く認識し、そして転生者との戦い方も身についてきた。
新しい技も得られた。移時限斬りに加え、血の霧の操作……
なんとなくシンとの戦いを思い返す。「本気を出させなければセイを殺す」と一方的に宣言し、戦いを挑んできたあの男。
あの発言は紛れもなく本気だった。だが奴の本当の目的は相手と全力でぶつかり、死線を越えることで更なる力を得ることだった。
最後に満足そうな笑みを浮かべていたことから、どうやら奴の望みを叶えることはできたようだ……結局最初から最後まで奴の思惑通りに進められていたな。まあでも、こちらにも得るものはあった。
一応、感謝はしておこう。もう二度と会いたくはないが。
「ソウジもレベルアップしたし、マーリカも目的を達成。そして俺も大儲けさせてもらった! いやあ誰も損しない最高の結果だな」
……ん?
ネロシスの発言に疑問を覚え、問いただした。
――お前、確か俺に全財産賭けたとか言ってなかったか?
「おうよ! あのコウって転生者との戦いまではお前に賭けてたさ! ただ決勝戦はミナヅキ・シンに全賭けさせてもらった。いやあ話を聞くと、どうも奴さん、能力的にお前の上位互換みたいな奴なんでな! 善戦されてヒヤヒヤしたが、無事負けてくれて助かったぜ……!」
――お前なあ……
「いやいや! もちろんソウジに賭けたい気持ちはあったぜ!? だが……フッ、一流のギャンブラーってのは夢は追っても夢は見ないものなのさ……!」
――うっせーカッコつけんなこの野郎っ!
「決勝まで勝ち進めたのは姫さまの応援のおかげかもな! 姫さんにも感謝してるぜ!」
「!」
俺からの文句はどこ吹く風で、ネロシスは楽しげにセイと両手でハイタッチ。てかいつの間に仲良くなったんだか。
そんな二人の背後には、金貨がパンパンに詰まった大袋が鎮座していた。
――おいその金、実質俺が稼いだようなもんだよな? 俺にも少しは分けてくれるんだよな?
「アンタをここに呼んだのあたしよね? あたしにも分け前あるのよねネロシス?」
俺達二人の追求も、ネロシスはヘラヘラ笑って取り合おうとしない。
「何を言っておられるのやら? 賭けたのは俺の金だし、リスクを負ったのも俺一人。だったらリターン得るのも俺だけのはずだ。自己破産のリスクを負わず、儲かったから取り分よこせってのは違うだろ? そう、そんなのはスジが通らねえっ!」
ズビシっ! とキメ顔で俺を指さしながら言い放つネロシス。
色々言いたいことはあるが、こっちは何も金の3分の1よこせとか無茶なこと言ってるわけでもないのに……普段は鷹揚に構えているくせに、金が絡むとメチャクチャ器小さくなるなコイツ……
『……俺の金? それは聞き捨てなりませんね』
唐突にピアス型受信機から声。この声は、シュルツさんか。
『君に渡した金銭はそもそもナインズの活動資金。余分な金を得たというのなら、まず一度こちらに返納していただかなければ』
「……あー、おっともうこんな時間だ! 今夜は黒髪の麗しい淑女とジャスリンの街一番のワインを楽しむ約束があるんだった!! というわけでここらでおいとましとくぜっ!!」
ネロシスは素早く金の詰まった袋を回収すると、すぐさま移動魔法を発動。魔方陣の中へと姿を消した。
『逃がしませんよ? 財政が逼迫し1ガロでも必要な状況です。地の果てでも追い取り立てさせていただきます』
シュルツさんはゾッとするほど冷たい声色で宣告し、通信はそこで途切れた。
ネロシス……とりあえず、ご冥福を祈っておくか……
「はー……とりあえずこっちも出発しましょうか?」
肩を落とすマーリカに同意し、俺はふらつきながらも立ち上がった。
多少休ませては欲しかったが、影武者とはいえこの国の王に近しい者を手に掛けたのだ。いつ追っ手が来てもおかしくはない。できるだけあの街から離れるのが賢明だ。
「っ!」
フラフラと歩いていると、セイが俺を支えようと一生懸命俺の背中を押してくれている。あまり助けにはなっていないが、苦笑しつつも彼女に礼を言った。
――ありがとよ。
「……!」
セイは溢れんばかりの笑顔を見せ、さらに力強くグイグイ背中を押してくれる。「あまり無理するなよ」とも言っておいた。
マーリカは俺の前で、両手を首の後ろに組んですたすた歩く。
あまりに迷いなく歩くものだから、俺は彼女に尋ねてみた。
――どこか行く当てがあるのか?
「行く当てってか、次の目的地は決まってる。ネロシスから渡されたのよ、コレ」
ピッ、とマーリカは懐から一枚の小さな板を取り出してみせた。
焼き印により、なにやら細かい字が記されているようだが……
「パスコウ島……ここから北北東に進んだところにある島よ」
――島……? その島に何かあるのか……?
俺が尋ねると、マーリカが振り返り、ニヤリと笑う。
「ジレドの軍が近々その島を急襲するんだってさ。世界の敵、ナインズとしてはすぐにもそんな計画は叩き潰さないとねえ」




