13章-(18)魔剣の力の解放
「全力でかかってこい、か……いいだろう。君にその価値があれば、ね」
シンは両手の剣を構え、真正面からの突進。
俺は躊躇なく斧を――血の霧で形作った血の斧を振り下ろす。
「さて、まずは手並みを――!?」
ザゴンっ!
シンが余裕の表情で血の斧を避けると――奴が立っていた地面が、血の霧によって両断された。
流石にこの威力は想定外だったようだ。石のリングにまるで地割れのような巨大な跡が残されたのだから。
「……ありえない。ただの霧が、どうやってこれほどの威力を……?」
唖然とするシン。だが俺は攻撃の手は緩めない。
斧を振るうと追随し、直径6メートル近い巨大な血の斧も振るわれる。
自ら回転し、遠心力を利用した斧による連続攻撃。それを巨大な血の斧によって行えば、威力・リーチ共に規格外の暴威となる!
「チイっ!」
シンが聖剣を振るい、銀閃を発動。血の斧と銀閃が衝突する。
だが血の斧は消えず。濃縮した血霧が銀閃を飲み込み、シンの聖剣と振り下ろされた。
チュイイイン!!
血の斧との剣戟音はしかし、斧の巨大さに見合わぬ高音。そして火花を上げる聖剣。
まるで金属を削るドリルのような。
「まさか……そうか。そういうことか!」
シンは空間操作によってワープ。
獲物を逃した血の斧は、そのまま石のリングに二つ目のクラックを刻みつけた。
「血の霧自体がリングを斬ったわけじゃない……霧の内部の“鉄”の仕業か?」
2つの剣を構えるシン。その顔に先ほどまでの余裕はなかった。
「血に含まれる鉄イオンを操り、微少な鉄の欠片を作る。それを高速回転させ、あたかも射砂削流機の要領で削り斬った……」
ご解説痛み入るな。奴の言った通り、血の斧でリングを切ったのは血に含まれる鉄によるものだ。
血の操作により無数の鉄片を作り、血の操作により内部の霧を高速回転。交感する血と湧き上がる憤怒の中、斧の声だけが鋼鉄のように冷たく俺の脳内に響き渡った。
(((造作もない。魔剣を扱うとはこういうことだ)))
「……リーチと破壊力は大したものだ。だが何の工夫もない攻撃がこの私に通用すると思わないことだ」
シンは笑みを収め、冷静な瞳で俺を睨む。
「君の攻撃の“波”は既に捉えている。すぐに教えてやろう。それがただの小手先の技に過ぎないと」
俺は――奴の言葉を否定するように、とびきりの邪悪な笑みを浮かべてみせた。
(((小手先か。言ってやれ。ソウジ)))
斧の声に応え、俺は口を開く。
――お前の小手先の予想なんぞいくらでも覆してやるさ。
「……面白い!」
シンが好戦的な笑みを浮かべながら疾走。
迎え撃とうとした瞬間――奴の姿が一瞬で消える。
空間操作。ワープして姿をくらませたか。
突如、左後方からシンが聖剣を振りかぶり現れる。
(((まだだ)))
斧の声。そう、斧の言う通り、この隙だらけの動きは恐らくブラフ。
本命は――頭上か!
俺が前方へ跳んでかわすと、左後方から来ていたシンの姿が消え、ほぼ同時に上空から聖剣による突きを放つシンが現れた。
「かわした!? 馬鹿な……」
唖然とするシンへ、俺は追い打ちのための行動を起こす。
霧で作った血の斧の――ロックを解除。
「これは……!?」
丸太のように太い血の鎖を伸ばし、直径2メートル近い巨大な血の刃がシンへと飛翔!
「当たらん!」
素早く身を翻すシン。
しかし、その瞬間彼の瞳は再び驚愕に見開かれる。
「な……?」
聖剣を握っていた彼の右腕が――ぼとりと落ちた。
噴き上がる血と共に腕を切り落としたのは――血の鎖から伸びる長いトゲ。
シンは気づいた、長く伸びた血の鎖から、鋭いトゲが無数に生えていることを。
無論トゲの一本一本の内部には、鉄片が高速で回転されている。かすっただけでも皮膚は裂かれ肉は削がれるほどの威力。
俺はそんな血の鎖を、巨大な刃を引き戻し、大上段に構え。
獲物を微塵に撹拌するミキサーの如く、高速で回転させた。
劫っ!!
血の刃が、鎖が、一瞬で何十周も巡り視界を赤黒く埋め尽くす。その様、暴威はまさに血刃の嵐と言い表すほかはない。
『……はいっ! これ以上はわたしのような普通の人類にはついていけませんので、これにて実況のアーニャは去らせていただきます。サラバっ!』
全力逃走するアーニャに当てないよう気をつけながら、俺はさらに斧を振るう速度を速める。
リング上のあらゆるものを無尽に刻み尽くした。普通ならば肉片1つ残さず撹拌されているはず。
だが奴は――シンはただの転生者ではなかった。
「オオォッ!!」
雄叫びを上げながら、シンが血の嵐から姿を現した。
既に両腕は肩から消失し、脚や胴を何カ所も斬り裂かれながら――突進。
聖剣を歯で咥え、切っ先を俺に向けて突きを放った!
素早く実体の斧でガードすると、衝撃で俺は後方へ吹っ飛ばされる。
奴は手負い。体を回復される前にトドメを刺さねば!
再び血の斧を振るおうとした、その時。
(((屈め! 魔法だ!!)))
斧の声が脳内を走り、俺は反射的に屈む。
瞬間――キイン!
と、澄んだ金属音のような音が響き――俺の頭上を何かが斬り裂いた。
見ると、鏡面上の薄い板のようなものが頭上にあり、鏡像の俺が驚愕の表情で俺を見返していた。
何だ? 今の魔法は……?
「――空間操作。空間へ一時的な断層を作り、空間ごと対象を裂断する魔法だ」
声に振り返ると、すでに両腕を高速治癒させたシンがいた。
両手に剣を構える姿に、もはや一切の油断はない。
「斬られたように滑らかな空間歪曲面は光を反射し、鏡のように映る。だがこの空間の刃は、人の視認速度より速く対象を切断する……見てかわせるとは思わないことだ」
しかしその瞬間、シンは熱狂するような笑みを浮かべた。
「ソウジ! 先ほどの攻撃はなんだ!? “機先”の読みを越える動き! さてはその魔剣の意識も混ぜていたな? 素晴らしい! 魔剣使いとしての力、否! それ以上のものだった!!」
――余裕だな。さっきのも見切れるとでも言うつもりか?
「……余裕? まさか」
すると、突如としてシンの足下に金色の魔方陣が展開される。
血の霧を通してわかる。奴を中心に凄まじい量の“理子”が渦巻いている――ピリピリと肌が張り詰めた空気を感じ取る。それほどまでの、魔力。
ようやく本気を、全力を出すということか……!
「さあ! ここが最高潮だ! 共に死力を尽くし果たそう! ソウジ!!」
(((来るぞ! 首だ!!)))
分かっている。斧の声が届くより速く、俺は頭を下げてシンの空間の刃をかわし切る。
……血の霧には魔法の源、“理子”を遮断する力がある。斧の血を己の血として扱うことにより、“理子”の流れが感覚的に分かってきた。
固有抵抗値。体に含まれる“理子”は外部からの理子の影響に抵抗する。それにより相手の体へ直接魔法を与えられない……血の霧を己の体の一部としたことで、その法則が身をもって実感できる
血の霧の内部は言ってみれば俺の内側。故に俺の魔法は普段通り使えるが、外部からの魔法、理子の流れには激しく抵抗する。
血の霧の内部で奴の魔法が放たれるたび、感じる。皮膚より外側の神経がピリつくように反応する。
魔法が発動されるよりも早く。奴の魔法の“太刀筋”が読める……!
右斬り上げ。左横薙ぎ。左袈裟斬り。右袈裟斬り。真上の唐竹割り。
鏡面を残す空間の刃を寸前で見切り回避しつつ、俺は攻撃の手も緩めない。
血の斧を操作し、回避と同時に反撃をシンへ叩き込む!
シンは魔法で鏡のような盾を発生。空間歪曲による防御壁だ。
だが血の斧は魔法を遮断する血の霧の能力も併せ持つ。防御壁は紙切れ同然に斬り裂かれ、シンは寸前で身を翻し回避した。
俺はすぐさま血の斧による追撃を放つ。
しかしシンはこちらの攻撃を紙一重で全てかわす。回避スキルか、“機先”による先読みか、あるいは実戦経験からくる“勘”なのか……
「はははは!!」
シンが笑いながら空間操作。空間断層による刃が幾重にも放たれる。
俺はそれらを紙一重でかわした。そう、血の霧の感覚による先読みを持ってしても紙一重……こちらの体勢の変化や回避パターンを先読みしている。これが“機先”のレベルの差ってわけか?
だが負けられない! ここでこんな奴に殺されるわけにはいかない! セイやマーリカ、俺の仲間を殺させるわけにはいかない!!
意地でも勝つ! 意地でもこいつを倒す!!
「おおおォォッ!!」
ああァッ!!
気づけば、俺とシンは互いに叫び、互いに攻撃を放ちながら互いの攻撃をかわし続けていた。客観的にその情景を認識した、刹那。
シンの動きも、俺の動きも、まるでスローモーションのように遅く感じ取れた。多量のアドレナリンによる思考の加速――今思い返せばそれは、ZONEと呼べる状態に入っていたのだろう。
俺の横薙ぎによる一閃をシンは上体を大きく反らして回避。と、同時に唱えた。
「――〈間断八華〉! “五肢”を断ち無塵に裂き誇れ……!!」
魔法。俺の両手足と首を狙い、空間の刃が八閃ほぼ同時に放たれた!
これまでと違い、詠唱を伴う魔法――魔法の詠唱は精神を統一し、高精度・高威力の魔法を放つためのもの。
つまりこれは――正真正銘、俺を確実に殺すための魔法!
かわしきれない! 時間操作で逃げるか?
……否!! 奴は体勢を大きく崩している! この機を逃せるか! ここで仕留めなければならない!!
ならば奴の攻撃は!?
(((受け切る――受け流す!!)))
可能か!?
(((無論だ! 俺達ならばやれる!!)))
ならば行く! ならば征く!!
俺は構わず突進!
右腕・右足・左脚・左足・首――五肢を狙った空間の刃を前に、自ら前進した!!
そして。
ありったけの怒り――俺の魂の底からの感情を吹き上げ、高濃縮した血の霧を周囲へ噴霧!
“理子”の流れを拒絶する血の霧は――理子の流れに従い全てを断裂する空間の刃の太刀筋を変える。
8つの空間の断層は、俺を避けるように軌道を変え、さながら万華鏡のように俺の周囲に無限に続く鏡像を張り巡らせた。
……かわした。
かわした! 奴の全力攻撃をかわした!!
殺れる! ここで奴を仕留める!!
血の霧で空間の刃をかわし切り、俺は実体の斧を握り、奴へ突進!
シンが両手の剣を握って反撃。だがその動きは俺と斧の“機先”により見切っている!
ギガァン!
斧の横薙ぎで両手の剣を弾き飛ばし、さらに突進。
距離を詰めて斧を構えると――シンは、笑った。
両手を広げ、まるで俺の攻撃を待ちわびるように、両手を広げて見せた。
……上等だ! ここでこいつの首を刎ね飛ばす!!
斧を振りかぶり、振り下ろそうとした、
その刹那。
――あ…………?
急速に全身の力が抜け――俺は斧を振りかぶった姿勢で斧を落とし――
そのまま、地面へと倒れ伏した。




