13章-(17)絶体絶命
「そもそも機先は左弦国ヴェルハッドのさらに東、極東のとある島国で生まれた技術だ」
シンは一旦剣を下ろし、笑みを浮かべながら解説を続ける。
「元々は“雲水之先”と呼ばれていてね。とある武術の達人が、他流派の達人と戦うことを想定し編み出したものだ。
武術を極めるとは、一切の無駄を削ぐことに似ている。技を修め体捌きを磨き続けていると、自然と無駄な動きが無くなり、より洗練した効率的な動きができるようになる……これが何を意味しているか、分かるだろう?」
俺は、ゆっくりと頷いた。
“機先”を使える今ならわかる。この男の言いたいこと、つまり――
「効率を求めた無駄のない動きは似通ってくるものだ。例え流派、武術が異なろうと、呼吸・視線の動き・体捌き――武術を極めるほどに流れ、すなわち“波”が際立って見えるようになる。
『攻撃を“点”で捉えるなかれ。まずは“面”を知り“波”を見るべし。然統れば雲水の先を知ろう』……私の師匠だった、自称仙人の受け売りだけどね」
なるほど。以前戦ったロボット達や、コウが使ったアーツにも感じたことだ。洗練された動きであればあるほど、その先の動きや狙いもなんとなく分かってくる。
武術の達人が編み出した対達人用の技術……それが“機先”の原型……
「西側へ伝えられた際、文献に“機先”と訳されたことで名前が変わってしまったらしいが、根本の部分は同じだ。しかし、知っているからといってそう簡単に使えるものでもない。“機先”を修めるには相応の戦闘センスが要求される。
異世界人でも使える者は少ないし、転生者に関してはスキルでいくらでも補えるわけだから使うものはいない……と思っていたんだけどね。私以外にも“機先”を使う者がいたとは驚いたよ」
――そうかい。ところで俺相手なら負けることはないと豪語していたが、こいつは想定外だったか?
「そうでもない。君の試合は見させてもらっていたから予想はしていた。後は“機先”の練度のほうだが、相対してだいたいわかったよ」
シンは剣を構え直し、冷酷に笑った。
「“機先”の練度は私と同じ――いや、私の方が少し上、かな」
言い終える前に、俺は時間操作で加速。奴の胴を狙って横薙ぎを放つ!
ガイイン!
けたたましい金属音と共に、攻撃をブロックしたシンが後方へ吹き飛び、両足でブレーキング。
「……駄目だよ。その技ももう見ている」
俺は思わず舌打ちを漏らす。防御を見越して奴の足下に“撒微止”を仕掛けたが、すべて聖剣の銀閃に斬り刻まれた。
シュウ戦での戦いも予習済みってわけか。だったら……!
俺はさらに血の霧を追加で加え、遠心力を生かした斧の連撃を繰り出す。
しかしそれらの攻撃はシンによりいとも簡単に防がれる。
「駄目だよ。まるで駄目だ。“機先”の波を読まれまいとフェイントも加えているようだが、動きにムラが出来てしまっている。それでは本末転倒だよ。迷いのある剣はそもそも私に通用しない」
ギャガッ!
ソードブレイカーにより俺の斧が大きく左に弾かれる。
ならば――時間加速!
弾かれた勢いで反時計回りに一回転。右脇腹を狙った移時限斬り……!
だが。
時間加速を用いた回避不能の一撃は……易々とかわされた。
同時にシンの足下に展開する金色の魔方陣。
“空間操作”。魔法によって一瞬でワープし回避したか……!
「視線の動き、呼吸、体捌き――その技もそろそろ“波”が見えてきたね」
空振りし体勢が崩れた隙を見逃さず、シンが恐ろしいスピードで距離を詰める!
――くっ!
ソードブレイカーによる突きをとっさに防いだ、
その瞬間。
「そこだ」
まるでコマ落としのような動きで、突如として聖剣による横薙ぎが俺に迫る!
回避不能の瞬間を狙った攻撃――移時限斬り。こいつ、空間操作魔法で俺と同じ技を――!?
だが、その手は食わん!
ガギャァッ!!
「……なに?」
聖剣の刃は俺に届かない。斧が石のリングに柄を突き立て、聖剣の攻撃を防いだからだ。
奴が魔法を使った瞬間、斧が魔方陣の発生を“視て”いた。状況とこれまでの経験から敵の攻撃を予測し、寸前に俺へ伝えていたのだ。
とっさに時間操作により斧の動きを加速し、聖剣の攻撃を防御。魔剣の力を借りることで、この一瞬だけ奴の“機先”を越えることができたのだ。
そして奴は今、両手の剣を斧によって防がれている状況。この好機は見逃さない!
俺は時間加速を組み合わせた左回し蹴りをシンの胴に叩き込んだ!
「ぐふっ!」
回避不能の蹴りをまともに食らい、シンは数歩たたらを踏む。
「……ふ、はははは!」
シンが笑う。ひどく好戦的な歓喜。
俺は奴の体勢が整う前に距離を詰め、遠心力を加えた渾身の一撃を放つ。
シンが素早くガード。こちらの左上への斬り上げをまともに受けたことで、奴の体が空中へと吹き飛んだ。
……どこまでそのガードが保てるか試してやる。
斧のロックを解除。空中で逃げ場のないシンへ向け、斧の刃を飛ばして追撃!
「ははは! ははははははっ!!」
シンは笑いながら斧の刃を防ぎ続ける。
時間加速を用いた十重二十重の連撃を、空中で吹き飛びながら両手の剣で正確にガード。
さらに――ギャリっ!
斧の鎖を右手の聖剣で巻き取り、こちらの斧を奪い取って見せた。
俺は地面を蹴り、空中にいるシンを追って跳ぶ。
シンは左手のソードブレイカーを手に、白い歯を見せて笑った。
……斧を追って跳んできた俺を迎え撃とう。そんな腹づもりなのか?
だったらそいつは大マヌケだ!
シンの笑みが凍る。
俺が頭を下げた瞬間――俺の背後から猛然と斧が飛翔してきたからだ!
奴へ向かって跳んだのは斧の動きを悟らせないため。俺が奴の注意を引き、斧は空中で軌道を変えて俺の背後へ。
そして俺が頭を下げた瞬間に時間加速。結果、奴からすれば想定外の斧の奇襲を受けた形となった。
「フッ!」
シンはとっさに両手の剣を交差し斧の攻撃を防ぐ。
だが斧の重量に負け、体勢が崩れて頭が下に。さらに両手から剣も落としてしまった。
ガードが崩れた――ここで終わらせる!
俺は空中で斧を握りしめ、自由落下とともに振り上げ。
地面に落ちるシンへ向け――振り下ろす!!
ズドゥゥン!!
会場全体を震わせるほどの轟音と衝撃!
しかし。
俺の攻撃は、届かなかった。
「……ふははっ」
シンだ。奴は両手の剣で俺の斧を受け止め切った。
衝撃で奴の足下のリングは砕け、奴を中心に蜘蛛の巣のようなひび割れがリング全体に広がる。それほどの攻撃にすら笑って受け止めたのだ。
「まさしく読んで字のごとくの“時間差攻撃”だ。さすがに少し焦ったよ……あぁ楽しい! 君との戦いは心が躍る!」
――防御するだけで精一杯か? 口数の多さは余裕のなさの現れだぞ。
……まさしく今の俺のことだけどな。空間操作で一瞬で体勢を整え、さらに手放した剣も両手に戻したようだ。
とはいえ、全弾受け切るとかバケモノかこいつ……!
すると、俺の挑発に対しシンがクスリと笑う。
「防御するだけ? まさか、こちらの攻撃はもう終ってるよ」
――なに?
と、
左の脇腹に違和感。
見ると――1本のナイフが、俺の腹に深々と突き刺さっていた。
――が、くぉっ……!!
遅れてやってくる激痛。思わず右膝を突くと、さらに大量の血がナイフの刃を伝い、柄から下へボトボト赤黒い球が落ちる。
「君の斧を受け止める寸前にね。懐のナイフを一本空間転移させておいた。君が降り立つ場所は分かっていたから先に仕掛けておいたんだ」
シンは俺の流す血を見ながら、楽しげに笑う。
「この程度、命のやりとりというにはまだまだ軽い。ここからが本番だ。まだまだ私の知らない実力を隠しているのだろう? 全力を見せてみろ。死力を尽くして私を殺せ。でなければ君の大切な者が死ぬ」
ふざけた事を……!
だが、どうする? どうやって奴を倒せばいい?
こちらの手札は全て知られている。ハッタリは効かない。“機先”は先に相手に読まれ、こちらの魔法すら全く通用しない。
奴の攻撃手段や魔法を探って裏をかく……というのも難しい。奴はクルミやシュウ、コウのようにスキルや魔法に頼り切ってはいない。魔法の仕組みの裏をかいたところで動揺は誘えず、冷静に攻撃手段を変えられるだけだろう。
オマケに奴は使っている魔法の全容を見せていない。データが十分に揃っていない状態で下手な予測をすれば、最悪命取りになりかねない……
このままでは勝てない。
シンに対抗するには――やはり奴の力が必要だ。
できれば頼りたくなかったが……俺は意を決し、奴の名を呼んだ。
――リント。
すると。
俺の周囲の光景が一変する。シンも、実況のアーニャも、観客達も動きが止まり、周囲の色も完全に消え失せる。
時間が止まったようなモノクロームの世界。と、頭上から余裕たっぷりの声が降ってきた。
『呼んだか? D級ザコ』
リントだ。ひらりと俺の前に降り立ち、不遜な笑顔を見せつける。
――ここは何だ? 実際の世界とは違う、精神の世界、みたいなもんか……?
『まあそんなとこだ。で? 何の用だよ?』
――分かってるだろ? 見てたんだろお前?
『…………』
リントは腕を組みながら冷笑を浮かべる。
――このままでは奴に勝てない。対抗するにはさらなる力が必要だ。
『ほうほう』
――前に言ったよな? 7罰としてのスキルを教えると。今がその時だ。そのスキルって奴を教えてくれ。
『ふーん……』
俺が頼み込んでも、奴は腕を組んだまま素知らぬ顔でニヤつく。
――おい、状況を考えろ。お前と遊んでる場合じゃねえ。今すぐスキルを――
『状況の前に立場を考えろよ』
――は?
『それが人に物を頼む態度か? 教えてもらう立場でよ?』
……こいつ。
セイの命が掛かっているような状況でこの言い草。さすがにイラッときたが、努めて感情を抑える。ここでコイツとケンカしても何の意味もない……
ため息と共に感情を押し殺し、俺はしぶしぶリントへ向けて頭を下げた。
――お願いします教えてください。
顔を上げると――リントは見たこともないくらいの満面の笑みを浮かべていた。
『それでいいんだよ。最初っからよ』
……なんて単純な奴だ。思わず先ほどの怒りもどこかへ行ってしまった。大概のお願いも頭1つ下げればホイホイ叶えてくれそうだな、コイツ。
『しかし7罰のスキルか……』
リントは値踏みするかのように俺を見下ろしたあと、肩をすくめてこう言った。
『……ダメだな。今のお前に教えた所で何の意味もない』
――どういうことだ? 約束が違うぞ……!
俺が抗議すると、リントはやれやれと言わんばかりに首を横に振る。
『話は最後まで聞けよ。今のお前が使う7罰のスキルだと奴には通用しない。つまり新しい手札は当てにならない……となるとどうする?』
――山札から引いたカードが使えない……なら、今ある手札で勝負を賭けるしかない……
俺が答えると、リントはニヤリと歯を見せて笑う。
『そうだ。アンタはまだまだ自分の手札の強みを理解できていない。例えば――その斧だ』
斧……?
『アンタの斧、魔剣は、実体は剣ではなくその内部の“血”だとされている』
――なに言ってんだ? わかるように言ってくれ。
『つまり、その斧はただの入れ物。内部に渦巻く血液――これまで斧が食らい啜った犠牲者の血。これまで斧を振るってきた先代魔剣使い達の血。そしてお前自身の血――憎悪と怒りの念が紡ぐ呪わしき血の連環……それこそが魔剣の正体だ』
……魔剣の正体が、血……?
『今までおかしいと思わなかったか? 魔法は一度にひとつ。だが魔剣は魔法に準ずる存在であるにも関わらず、身体強化・精神の同調・遠隔操作・血霧の発露……その能力は多岐にわたる。あまりにも矛盾している』
…………
『答えは1つ。実体は1つ。魔剣の血はそれを握るお前の血と混ざり合い、身体の強化や精神への感応などさまざまな力を同時に顕現させる。分かるか? 血だ』
――何がいいたい……?
『魔剣を操るということは、魔剣の“血”を操れるということだ……もう分かるよな? アンタの血は魔剣の血。だったら魔剣の血はアンタの血も同様。つまり――』
――操れる……俺の意思で、俺の、魔剣の血を……
『……レクチャーはここまでだ。さて、この事実を元にお前はどんな答えを導き出す? せいぜい見物させてもらうぜ』
リントはそう言い残して煙のように姿を消した。
同時に止まった時間が戻り、モノクロームの精神世界からこれまでの世界へと戻る。
「……どうした? 先ほどのように、私へ攻撃を仕掛けないのか?」
シンは笑みを浮かべながら、拍子抜けしたように小さく肩を落とした。
「まさかその程度の出血に臆したわけじゃないだろう? これは果たし合いだ。多少の流血など些末に過ぎない」
…………
俺はナイフからとめどなく流れる血を見つめ、ため息を1つ。
――血か。確かに些末だ。どれだけ流れようと大した意味はない。
シンが同意を示すように笑みを浮かべる。
だが。
――どれだけ流れようと全て俺の血だ。流れようが流れまいが全ての血は俺のものだ。
「……? 一体、何を言って……!?」
――俺の血も魔剣の血も全て俺のものだ。だったら俺が操れないわけがない……!!
瞬間。
俺の意思に呼応するかのように、斧が震えながらハウリングのような高音で鳴く。
ナイフから滴る血が、地面へ落ちる瞬間――止まった。
ギイイイイイィィィン……!
ナイフの血が。地面に流れ落ちた血が。周囲の血の霧に混じり溶けて広がる。
すると、これまで無作為に広がっていた血の霧が動きを見せる。風の流れに逆らい、生き物のようにジワリ、ジワリと空間へ染みるように蠢き、一ヵ所へと集合する。
「これは……一体……!?」
シンが唖然とする間に、霧は一個の形を成した。まるで俺の斧をトレースしたかのうような、濃縮した霧が形作る巨大な赤黒い斧……
――ナイフ一本の傷なんざかすり傷にもならん。全力でかかってこい。俺の全力でお前を叩き潰す……!




