2章-(6)未来とは即ち懸念
俺は、彼女に気になっていたことを色々と尋ねてみることにした。
「ん? ああ違う。私は“ナインズ”ではないよ。
元々は傭兵をしていたんだが、ミスをして捕まりこの城につれてこられた。今はダンウォード殿の麾下部隊に属している……ああ、ナインズの“7”は、今外でとある任務についていると聞いている。任務の詳細はわからないな」
あの場で会った全員がナインズかと思ったが、どうやら違ったらしい。
――魔人というのは、その、そういう人種のようなものなんですか?
「ああ。そう思ってくれていい。元々我々の祖先は君達のような姿をしていたが、“理子”の影響を強く受けたせいで見た目が大きく変化したそうだ。
……ああ、理子とは魔法を使う時に消費される小さな粒子、のことらしい。“フロイア聖教”では、〈太源理子の始祖〉がこの理子を生成している、と説いているが色々あいまいでな。詳しいことは同じナインズのケイン殿にでも聞いてくれ」
フロイア聖教。グランスピリット。どちらも聞き覚えのある単語だ。
確か……ラスティナがナインズの望みだと言っていた。フロイア聖教の滅消。グランスピリットを持つ転生者の抹殺……
――ナインズの望み。この世の破壊だと聞きましたが……本気なんですか?
「誰がだ? ナインズか私、どちらが本気で望んでいるか、という問いか? その答えなら、両方ともイエスだ」
――あなたも、世界の破壊を望んでいると?
「ああ。一度壊してしまったほうがよいと考えている。我々魔人の立場、現在の6大国のやり方、何事も犠牲を強いるこの世界のあり様……一度破壊し、もう一度作り直すべきだ。そうでなければこの世のねじれや歪みは直せはしない」
レイザさんは、恐ろしく真っ直ぐな瞳でそう語る。
俺に言わせれば、そういう思想はテロリストと同じなんだがな……
「どうした? ナインズの一員として荷担するのが恐ろしくなったのかい?」
――いや、あまりにも荒唐無稽だし……なんというか……
「君の不安を当てようか? 人に手を掛けるのが恐ろしいのだろう?」
…………
「君達転生者の話は聞いたことがある。とても平和な世界から来たことも。
戦いを知らず、覚悟もないまま、さらに同じ世界から来た転生者を殺せという……確かに酷な話だよ」
――やはり、いずれ人を……殺せと、命じられますか……
「ああ。残念だが間違いない。そして君に拒否することはできないだろう。
……だが、私達は君に頼るしかないんだ。国を相手にするとなれば必ずその国についた転生者も相手にすることになる。そして転生者は、同じ転生者でなければ太刀打ちできない。
こんな場所まで連れてこられ……身勝手なことだが、私からは“頼む”としか言えない……」
心苦しそうにレイザさんはそう言い、頭を下げた。
俺は、彼女に対して何も言うことができない。
先ほどの話を聞くと責めることもできないし、かといって同情して彼女達の力になるなど、無責任に言えるはずもない。
だいたい、彼女が俺をこの異世界に引きずり込んだわけではないのだ。彼女に怒ったとしても意味はない……
沈黙。
明るいパーティー会場には似つかわしくない、重い雰囲気。
それを察したのか、レイザさんが急に話題を変える。
「そ、そういえばソウジ! 君は食事を食べているか?」
――いや、まだ――
「それはいかんな! 君はまだ若い。食べられる時にめいっぱい食べねばいかんぞ!」
――いや、まあそうかもしれないんですが――
「料理が多すぎて何から手を付ければいいかわからないのだな? いいだろう、私が君の分をよそってきてあげよう!」
――いや、別にそこまでしなくても――
「選ぶ料理は私のオススメでいいかな? では私の皿の保護を頼もう。90秒後に帰投する!」
レイザさんは料理の入った自分の皿を押しつけ、代わりに俺の皿を取り上げて、まるで立てこもり犯を鎮圧するSWATの如く怒濤の勢いでテーブルへと突進していった。
彼女の勢いに押され何人か弾き飛ばされているのが見える。大丈夫なのかあの人……?
ハラハラしながら見守っていると、本当にジャスト90秒で戻ってきた。
作戦終了後、ヘリの中で仲間と健闘をたたえ合うSAS空挺部隊隊員のような笑顔でレイザさんが帰ってきた。
右手の皿には、これでもかこの野郎といわんばかりの量の料理が山盛りだ。
……まさか、あれ全部食えってのか……?
「? 何を言う? 君はまだ成長期だろう? これくらいの量は平らげて見せねばいかんぞ?」
レイザさんは「え? このくらい普通だよね?」といわんばかりのキョトンとした表情で俺を見た……俺が持ってた皿にも大量の料理があった……そうかこの人、異次元に通じる胃袋を持ってる系の人なのか……
全部食うかは置いといて、とりあえず片手で立食を楽しめるキャパを超えているので俺は料理を崩さないよう慎重な足取りで料理をテーブルまで運んだ。
皿を置くとぐらりと怖い動きで揺れる。崩壊に思わず身構えたが、なんとか持ちこたえてくれた……量以前に、このバランスを保ったまま食うのは無理じゃないか……?
「あっ! やっと見つけた! ソウジ!」
このやけに明るい声。
マーリカか……
「あれれ? どしたの? ひょっとしてまだ怒ってたりしちゃったり?」
――別に……
「ホントかなぁ? もっと素直になってもいいんだよぉ?」
マーリカは笑みを浮かべながら俺の顔をのぞき込む。
こいつ、挑発しているつもりか? 俺を怒らせて何が楽しい……
「よしなさいマーリカ。そういう態度は彼をさらに追い込むだけです」
シュルツさんまで現れる。
物腰柔らかく接してくるあたり、実のところマーリカよりこの人は信用できない……
「……嫌われたものですね」
自嘲的に笑うシュルツさん。別にこの人を嫌っているわけじゃない。
ただナインズを、この場にいる全員を基本的に信用していないだけだ。
「んふふ、未だ疑心暗鬼の中って感じ? 捨てられたショックで誰かれ構わず吠えるワンちゃんみたいね。カワイイとこあるじゃんソウジ?」
うん。こいつは嫌いだ。
嫌悪感全開の俺の目を見て、しかしマーリカは興奮するように頬を赤らめる。
なんなんだこいつ……




