13章-(15)シンの実力
試合開始のコールの前に、シンが動く。
左手に持ったソードブレイカーを握りしめ、突進。
俺は冷静に奴の動きを読み、斧で迎撃を試みる。
まずは基本。数歩後ずさりながら彼我の距離を見切り、敵の武器をはたき落とす。
打ち合えば重量の重い斧が勝つ。ダンウォードのジイさんから教わった戦術の一つだ。
だが――ガギィン!
シンは左手一本で斧の攻撃を受け止めてみせた。基本戦術は通用しないということか。規格外の転生者相手では……!
そして受け止めたのはソードブレイカーのクシ状の部位。シンの口元に笑みが走る。
こっちの斧を折る気か! マズい!
バックステップと同時に斧を退かせる。
するとシンはこの機を逃すまいと素早く接近! 大斧が振れられぬ懐へ入ろうという算段か。
ならば――
俺は素早く反転。斧を引き右手を逆手に持ち、ビリヤードのキューのように斧の柄を持ち構える。
イルフォンスから教わった、スピード野郎を潰す石突きの一撃!
シンの腹を狙いすまし全力で放つ!
しかしシンはこれも防ぐ。細いソードブレイカーの一本で受け止め、威力を削ぐため自ら空中へ跳び、ひらりと軽やかに降り立つ。
「……その技は予選会で見たよ。こちらの突進を狙ったカウンター……分かっていても少し背中が冷えるね」
微笑を浮かべながら語るシン。一瞬遅れ、こちらの攻防をようやく理解した観客席から熱狂的な声が上がった。
『初手から激しい攻防を見せてくれます! もはや私の解説も追いつかない……いや解説など無粋! 最高の男達が見せるこの一戦に言葉なぞもはや不要なのです!』
実況のアーニャもまた興奮したように煽り立てる。見ている側からすれば素晴らしい試合なのかもしれない。
だが……これはただの試合ではない。
ここからが本当の果たし合いだ……
俺は怒りの感情を呼び覚まし、斧から大量の血霧を発生させる。
「血の霧。敵の魔法を減衰させ、さらに視界を奪う……ここからが魔剣使いとしての本領というわけか」
シンは辺りを包む血の霧にも余裕の表情を崩さない。
俺は姿勢を低くし、滑るように移動。
霧の流れを乱さず動き、剣を持つ手と逆側、奴の右側面へ接近し斧を振るう!
ギイン!
シンはこともなげに左手のソードブレイカーで斧の攻撃を弾く。この程度の目くらましなどこの男には通用しない。
……だがそんな事はわかりきっている。俺の狙いは別にある。
「ではこちらも仕掛けさせてもらう」
斧の攻撃を防がれ、姿勢を崩す俺へ向けて素早く動くシン。こちらの攻撃などお見通しと言うわけか?
……その自信が足下をすくう。
撒微止。霧に乗じて俺の周囲に仕掛けている。
魔法発動時は魔方陣が現れるが、霧がその魔方陣すら覆い隠す。奴がこの魔法を察知することなど不可能。
そう考えていたが――甘かった。
「……フッ」
奴が鼻で笑うと、奴の周囲に銀色の軌跡が舞う。
すると次の瞬間――ザウッ!
血の霧も、撒微止をも銀の軌跡によって斬り裂かれ、一瞬にして周囲の霧が晴れてしまった。
何だ、これは……なにかの魔法、スキルか……?
困惑していると、実況のアーニャが解説。
『出ました! 魔術を斬り裂き無効化する銀の軌跡! あれこそがシン選手が腰に差す、聖剣の力なのです!』
聖剣、だと……?
『ご存じのない方とご存じなさそうなソウジ選手に説明しましょう! 聖剣とは、魔剣を元に鍛冶スキルを持つ転生者が作り上げた意思を持つ武具の総称です!
その能力は身体強化、思念の共有、遠隔操作のほか、先ほどの銀の軌跡を振るうことで魔法を減衰・無効化するというもの! ほぼ魔剣と同じ能力を持ちますが、こちらの聖剣は使用者の感情を食らうことはないため、デメリットも無しという魔剣の上位互換のような武器となります!!』
……は?
はあ!? ちょっと待てコラ! デメリット無しの魔剣だと!? そんなんズルいわ!! 俺が欲しいわ!!
と、俺が内心憤っていると、シンの奴が俺の心情を読み取ったかのようにクスクスと笑う。
「上位互換……といっても聖剣はしょせん模造品。オリジナルの魔剣には第四、第五支階と、5段階の能力が隠されているとされる。聖剣は先ほどの“銀閃”以上の力は出せないから、潜在的にはそちらの魔剣の方が上だと思うよ」
ああそうかもな。俺がその第四・第五の能力とやらを使えればな。
実質今俺が使っているこの斧の上位互換となんら変わらねえじゃねえか……
「さて、楽しませてもらっているが、まだまだ本気というわけじゃあないんだろう? 君の実力はこんなものではないはずだ」
シンは左手のソードブレイカーを構え直す。口元には笑みを浮かべてはいるが――
「……まさか、手を抜いているわけじゃないよね?」
その目は、全身の血が凍りそうなほど冷えていた。
「この右手に、腰の聖剣を握らせることなく君が倒れたならば……君の仲間を全員殺す。くれぐれも私を失望させるなよ……」
――やってみろ。その前にお前を瞬時に肉塊にしてやる。
「それは楽しみだ。是非やってみせてくれ」
言うや否や、シンは凄まじい速度で突進!
俺は怒りと共に再度血の霧を吹き上げ、奴を迎え撃つ。
濃密な血の霧の中でも身軽に動き、左右のステップとフェイントを織り交ぜながら、凄まじい速度の連続突きを放つ。
俺は斧のナビゲートに従い、奴の攻撃を正確に防御。
同時に、奴の攻撃の“波”を見る。少しずつだが、“機先”による先読みができてきた。
仕掛けるならば――今か。
シンからの27度目の攻撃。俺はわざとギリギリでかわし、姿勢を崩すことで隙を見せた。
するとシンはため息を吐き、言い捨てる。
「――もういい。終わりにしよう」
俺の首元を狙った疾風のごとき突き――こちらの見せた隙にまんまと食らいついた。
そいつを待っていた!
俺は瞬時に腰を落とし、頭を下げて攻撃を回避。同時に足下へ向けて斧の横薙ぎを放つ!
しかし、奴はそれをも予期していたように、軽々と地面を跳んでかわす。
「まったくの浅知恵――」
瞬間、シンの笑みが消える。
時間操作。俺が横薙ぎの姿勢から瞬時に斧を頭上へ構え、全力の唐竹割りを放ったからだ。
そう、これはコウとの戦いで使った、時間加速による防御不能の瞬間を狙った攻撃(後にマーリカがこの技を〈移時限斬り〉と命名)だ。
防御の暇すら与えぬ、空中に浮き逃げられぬ相手へ放つ絶対致死の一撃。
確実に殺った――そう確信したが、甘かった。
バゴォッ!!
リングを破砕する轟音と土砂。だがそこに奴の血肉は見られない。
顔を上げると、シンの姿はすぐに見つけられた。何かの技か魔法を使ったのか、斧の打撃点より後方へ逃れていた。
今ので仕留め切れないか……ならばこんなのはどうだ?
血の霧に乗じて姿を隠しつつ時間加速。奴が体勢を整えるより先に背後へ周り、後頭部へ斧の柄を振り下ろす!
ガキィン!
けたたましい金属音と共に、奴は左手の剣で斧の柄を受け止めた。
「……その技も見たよ。とはいえ、恐ろしい技だ。避けるので精一杯だよ」
シンが安堵したかのように息を吐き、微笑を浮かべる。
「けれど残念ながら、私はまだ右手に剣を握っていない。これが君の全力だとしたら――!?」
シンが愕然とする。ようやく気づいたか。
俺が柄で攻撃した理由。俺の斧に刃がついていない理由。
先ほどリングを破砕した時、同時に斧の刃のロックを外した。そして奴の背後へ周り攻撃を受けさせ、動きを止めて防御不能の状態にしたところで、斧の刃を戻す。
……これは以前戦ったケイシに使ったものだ。この技は流石に見ていないだろう。
シンが振り返ると、高速回転する刃はほぼ目と鼻の先。回避も防御ももはや遅い。
約束通り、その首はもらう――
ギャキイッッ!!
金属音。
回転する金属刃が強制的に止められた音。
なんだ? 今一体何が……?
目を向けて、俺はギョッとする。
シンだ。奴が斧の刃を止めた。
手に持っていた剣ではなく――己の歯で、だ。
「ひまのうぁなふぁなふぁはな(今のは中々かな)」
口の両端から血を滲ませ、シンは刃を噛んだまま笑う。
とても……嬉しそうに。
ギ、ギ、ギギギ……
耳障りな金属音。シンが斧を噛む力を更に強めているようだ。
まさかこいつ――このまま斧をかみ砕くつもりか!?
――チイっ!
俺は素早く石突きによる突きを放つ。シンは後方へ吹き飛ぶが、攻撃は完全と受け止めていた。
同時に斧の巻き取り装置を稼働。そこでようやく奴の口から刃を離すことができた。
しかし……なんて奴だ。とんでもねえ身体能力してやがる……
「……時間操作魔法。この世界に来た転生者が自分の魔法を選ぶとき、多くの者がまずその魔法を選択する」
楽しげに語るシン。だが俺は構わず、容赦なく攻撃を仕掛ける。
「だが使ってみて愕然とする。相手の時は操作できない。自分の時を早めれば体力をごっそり削られるし、その状態で相手を攻撃すると自分を巻き込む大爆発が起こる……あまりにも扱いづらいため、時間魔法はいつしか“ハズレ”として扱われてきた」
右下へ斬り下ろし、右上へ斬り上げ、真横への振り抜き――自ら回転し遠心力を活かし、連撃に次ぐ連撃を仕掛けるも、シンは涼しい顔ですべてを受け止め受け流す。
「……そんな時間魔法を未だに使い続ける者がいたことも驚いたが、まさか使いこなすとはね。魔法の威力と精度は精神状態と“想像力”によって左右される。
例えば転生者によく選ばれる魔法といえば火炎・流水・氷結・金属操作・物理強化、といった魔法だ。
これらに共通するのは“イメージのしやすさ”。普段の生活でもよく目にするし、漫画やアニメなんかでもよく扱われるから具体的なイメージをしやすい」
俺の斧を細いソードブレイカー1本で易々と受け止めつつ、シンは口上を続ける。
「時間操作魔法も漫画やアニメでよく見かける能力だ。だが“時間”なんてものは目にも見えないし定義もあいまいだ。イメージがしにくいため、能力としての質や幅も限定される。他の魔法と比べると明らかに目劣りする」
――何が言いたい……?
「褒めてるんだよ。感動すら覚える。あの時間操作魔法をここまで仕上げ、あまつさえ自然に戦闘メソッドへ組み込んでみせる。一体どうやってあの時間魔法をここまで使いこなせるようになったのか、非常に興味深い……」
シンに指摘され、俺は自分自身の変化にようやく気づいた。
確かに初めの頃は“時間停止”や“加速”で相手の攻撃を回避したり、“巻き戻し”で相手の攻撃を跳ね返したり……といった、追い詰められた時に使う事しかできなかった。
だが今は加速で体力を削られることがなくなり、攻撃手段の1つとしてごく自然に使いこなしている。
……あの時だ。夜の森でアオイと戦ったあの時、俺自身の魔法の“真理”を定義づけたことで、俺の魔法の質は明らかに変化した。
以前に比べ、時減爆弾や撒微止などの魔法も使いやすく感じる。威力の調節が難しい魔法だが、時間を定義づけたことで“時間”という概念の具体性が増し、より高精度に扱えるようになったのだろう。
“移時限斬り”なんて技は最たるものだ。あそこで時間を定義づけ、加速による副作用の問題を解消しなければ、この技を手に入れることは決してできなかったはずだ。
……そうか。なんだかんだで、俺は着実に成長できているのか。
「私の使う魔法も教えようか?」
なに……!?
気軽な口調に、俺はいらだちを隠さずに返答。
――余裕だな。まだまだ本気を出す必要ないってことか?
「何を言っている? 逆だよ。その余裕を消すために教えるんだ」
――な……?
「私の扱う魔法は“空間操作”。先ほど君が見せた時間操作による唐竹割り……空中で身動きの取れない私が後方へ逃れられたのは、この魔法のおかげだ。
空間操作によって極短距離へワープ。絶対致死の攻撃を回避できたというわけだ」
空間操作……
「さて、これで私の優位性は無くなった。これで心置きなく全力を出せる」
すると――シンは右手を背後に回し、剣の柄を握る。
背中に差した、幅広の聖剣を――抜いた。
「シダ・ソウジ。君を“敵”と認めよう。私を脅かす存在として、倒しておかねばならない宿敵として認識する」




