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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
十三章「最強チート転生者統一トーナメント」
178/237

13章-(14)決勝戦

 初戦から小雨の降る闘技場は、徐々に雨脚(あまあし)を強くしていた。


 厚く垂れ込む雨雲はゴロゴロと鳴り、冷たい雨を容赦なく頭上へ降らせる。


『……さて皆様。大変お待たせいたしました……』


 傘を差した実況者のアーニャが、一呼吸置いた後、会場全体へ向けて宣言をした。


『これより! 第17回ギュスペルク公爵杯、決勝戦の開幕です!!』


 観客席から割れんばかりの歓声が轟き渡った。


 先のシュウとの戦闘に巻き込まれ、確実に何人、何十人かが命を落としているだろうに、それでも観客席はほぼ満員だ。


 ……命の危機すら二の次でこの試合を見物したいのか……シュウの言った通り、まともな連中ではないのかもしれない……


『それでは選手の入場です! まずは! 時には知力、時には戦術、時には魔法で! ありとあらゆる手を尽くし数々の転生者達を下した大斧の転生者――ソウジ選手っ!!』


 恥ずかしい(あお)りに少々気後れしつつも、出ないわけにもいかないので――俺は怪我による問題はないというアピールも()ね、軽い足取りで石のリングの上に降り立った。


 いつもならここで大ブーイングの嵐に(さら)される所、だが……


「うおおっ! 来た来た待ってましたぁっ!!」


「ピンピンしてやがる! やっぱスゲエなあお前!!」


「ソウジ! お前に全額賭けさせてもらったぜ! 負けたって悔いはねえ! その代わり最高の試合を見せてくれ!!」


 意外だった。今までは俺が勝つたび、死ななかったことや殺さなかったことを避難する声だらけだったのに……


 いや、俺が不快なノイズとしてまともに聞かなかっただけで、こうした声は一定数あったのかもしれない。


 決勝まで残ったことで、俺を評価してくれる声が増えたのかも……そういうことなら、少しは張り切らないとな。


『さて対するは――ミナヅキ・シン選手! バードラント伯のご子息である転生者で、“亡国(ぼうこく)篝火(かがりび)”と怖れられし魔女とその信奉者(しんぽうしゃ)達の殲滅はご存じの方も多いはず!

また噂では、冒険者達の犠牲を避けるため名の呼称すら禁忌(きんき)とされた超常敵性魔獣・魔人・転生者達――〈名も無き理不尽(イラシャナル)〉と幾度(いくど)も戦い勝利したとされる、今6大国中から最も注目される冒険者です!!』


 実況のアーニャが煽り、観客席の荒くれ者達が熱狂的な歓声を上げる。


 だがそんな熱気にもまるで意に介さないように、シンはリングの角に備え付けられた階段をゆっくりと登り、姿を見せた。


 サラサラのブロンドの長髪を後ろに束ね、銀色に輝く瞳を持つ、美青年。


 鉛色の甲冑を身にまとい、右肩に黒に近い藍色の片マント……ペリースとか言ったか? を身にまとう印象的な姿。


 武器は左肩に背負った細身の剣と、腰に真一文字に背負う幅広の長剣だ。アンバランスに思える組み合わせは何らかの意図があってのものだろうか?


『さあ、ついに両者がこの決勝の舞台の上で――と、おおっ!!』


 シンが無防備に俺の目の前へ近づき、にこやかに握手を求めてきた。


『シン選手、命のやりとりも茶飯事であるこの武闘会において爽やかに握手を求めました! スポーツマンシップに乗っ取る態度は貴族としてのものでしょうか? はたまた余裕の現れなのかっ!?』


 目の前に差し出されたシンの右手。一瞬警戒したが、不意打ちやだまし討ちをするつもりであれば、そもそもヒールタブを俺に渡した時点で行っているはず。ドクターが事前に調べてくれていたが、毒物や魔術といったものは何も使われていなかった。


 ……あくまで正々堂々と、ということか。


 挑発を兼ねてこちらが先に不意打ちを仕掛けるのも手だが……ヒールタブを寄越してくれた礼もある。こいつの流儀に従ってやるか。


『両者、戦闘を前に固い握手を交わします! お互いのこれまでの健闘を(たた)え認め合うかのようなやりとりに、会場全体も熱く湧き上がっております!』


 アーニャの声に同調するように、観客席からどっ、と歓声が湧く。俺が真剣に不意打ちを検討(けんとう)していたと知ったらどんな顔をするんだろうか。


 と、目の前のシンが口を開いた。


「よくぞここまで勝ち上がってくれた。ずっと待ってたよ、君がここまで来ることを」


 ――まるでシード選手みてえな口ぶりだな。


「私がここに現れた時点で大勢がそういう見方をしていたらしいよ。まあ実際、出場していた者達の顔ぶれを見たが、負ける気はまるでしなかったしね」


 ――俺もその一員に入っているのか?


「もちろん。君に負けるとは微塵(みじん)も考えていない」


 ……大した自信だ。まずはその尊大な自信を叩き折ってやろう。


 すると――まるで俺の思考を読み取ったかのように、シンが満足げに笑う。


「その目だよ。慢心(まんしん)や油断はなく、さりとて恐れや卑屈もない……適度な緊張と多大な集中。それは狩人の目だ。敵を(おそ)れしかし怖れず立ち向かう。幾多の戦闘経験と決して負けられぬ覚悟を持つ者が、得てしてそんな目を宿す」


 …………?


「準決勝の相手だったコウと同じだよ。ずっと君と戦いたかった――君と私は似たもの同士だからね」


 っ!!


 思わず握手する手を離す。シンはにこやかに笑う。まるで俺の心情を把握しているかのように……


 ミナヅキ・シン。彼についての話はシュウの奴から聞いていた。



 ◆◆◆



 転生前はバカがつくほどのお人好し。それが原因で彼に近づく多くの者達に(だま)され、裏切られ――ついには心を病み、この世への憎しみと共に自ら命を絶った。


 そしてこの世界へ生まれ変わった。授けられた強大な能力とともに、何不自由のない身分と生活。そして彼へいつも温かく接してくれる家族。


 とりわけ4歳上の姉のミルアは彼を特に可愛がり、シン自身も彼女の愛情に応えようとした。


 ……だがシンの感情は、いつしか家族としての愛ではなく、男女としての愛に変わっていく。


 シンは転生前の記憶も持っている。転生者としてのシンの立場から見ればそれほどおかしくはない。だが彼は異世界人として生まれ変わった。ミルアと血の(つな)がった弟として生まれてしまった。


 シン以外から見れば、シンの感情は異端であり許されるべきものではないのだ。


 ……転生者という存在の歪さが招いた悲劇である。ミルア自身もシンが転生者ということは知っている。だが家族として受け入れることはできても――異性として受け入れることはできないだろう。


 もしもシンがその気持ちをミルアに打ち明けてしまえばどうなるだろう? 彼女はきっと裏切られたと感じるはずだ。


 転生者であろうと同じ家族として接してきたのに。弟として愛してきたのに……と。


 彼女は深く傷つくだろう。そしてこの事実はこれまでの家族との関係性をも引き裂く。本当の気持ちを伝えれば、もう二度と家族みんなで笑い合うことはできなくなる……


 だから、シンは決意した。17歳を迎えたその日、家から出ることを。


 愛する彼女の、家族の幸せのため、自分の気持ちを押し殺したまま離れよう。間違ってしまったこの感情と共に決別(けつべつ)しよう……そう心に決めた。


 だが、本当の悲劇は、その日の夜に起きた。


 彼の住む屋敷を、何の前触れもなく何者かが襲撃した。


 敵は一人。だがそいつは転生者だった。


 その男は、転生者でありながら同じ転生者を狙い無軌道な殺戮と略奪を繰り返していた。後に〈名も無き理不尽(イラシャナル)〉の一人として数えられるその男に、敵う者など一人も居なかった。


 護衛の騎士はもちろん、使用人達も全員殺され、屋敷に住む教師や乳母(うぼ)も死に、愛する両親すら慈悲なく命を奪われた。


 シンは戦った。だが勝負は一瞬で決まる。


 男の能力は〈能力簒奪(ユーザーパー)〉。シンが得たスキルはすべて奪われ、レベルをも強制的に最低レベルまで墜とされた。


 虫けら同然にあしらわれ、怪我と失意に倒れ、両親の血にまみれる彼が見たのは――目の前で、気絶するミルアと唇を重ね口内を舌でねぶる男の姿であった。


『この女は俺のハーレムに加える。お前は生かしてやろう。俺はな? お前みたいな奴から女を奪い、そいつが日々憎しみと悲嘆(ひたん)に暮れる姿を想像しながらそいつの女を犯すのが(たま)らなく好きなんだ』


 シンは……その男の言っていることが何一つ理解できなかった。


 なぜ笑っている? なぜこんな(むご)いことを理由も無く平然と行える? なぜ……奴と全く接点のない自分たちを相手に、これほど醜悪(しゅうあく)で邪悪な行いができる?


 状況に脳が追いつかず、唖然(あぜん)とするシンを男は(あざけ)り笑い、ミルアと共に姿を消した。


 ……それから5年。


 シンは各地を(めぐ)り、己の肉体を、技を、魔術を鍛え、凄まじい勢いで強くなった。


 あの男を殺すため。姉を助けるため。執念と怨念が駆り立てるままに戦い続け、ついには大陸中に名を()せるまでの存在となったのだ。


 奪われるだけだった前世と同じ道は歩まない。誰であろうと奪われたものは必ず取り返す――そんな決意を胸に――



  ◆◆◆


 

「どうやら、私のことについて少しは知っているようだね」


 シンはクスリと笑う。女ひとりのために自ら戦場に身を投じる……奴の言う通り、俺と奴にはどこか似通っている部分はあるのかもしれない。


「そう、君も心のどこかでは感じているだろう? 他の大会の連中とは違い、我々には絶対に負けられない理由がある」


 理由か……


「そう、だからこそ。そんな君だからこそ戦う必要があった。決して負けられない覚悟と執念。君には確かにその気迫を感じた。そして、そんな相手とでなければ更なる成長は見込めない」


 ――俺を使ってレベル上げってわけか? だが俺は、他の奴が言うにはレベルとやらが低いらしいぞ?


「知ってるよ。そして戦闘時に急激にレベルが跳ね上がることもね……分かっているだろう? レベルの差など無意味。時と場合によりそんなものは簡単にひっくり返る、とね」


 …………


「ソウジ。私は君との――“果たし合い”を所望(しょもう)している」


 なに……?


 ざわ、と会場全体に動揺が走った。


「君の言葉を借りるなら、どちらかの命が果てるまで殺し合う、だったかな。せっかくの決勝だ。遠慮なく、心ゆくまで殺し合おうじゃないか」


 ――なに、言ってんだお前……?


「私の首を落とせれば君の勝ちだ。私が勝ったら……ふむ、どうするか……」


 シンはこともなげに、のんびりとした様子で顎に手をやり思案する。生い立ちには同情するが、このブッ飛んだ考えにはついていけない。


 だから言った――死ぬつもりか? と。


 つまらん冗談では済まない。済ませることなどさせないと、脅しを込めて言い渡した。


 しかしシンは、にこやかに笑って返す。


「まさか。君に私は殺せないよ」


 そう言って、シンは肩に差した剣を抜く。左手に持った細身の剣は、(みね)の部分がクシ状になっている特殊な形状をしている……確か、ソードブレイカーとかいう剣だ。クシ状の部分で相手の剣を受け止め、剣を叩き落としたり破壊したりするための武器。



 シンはその剣を己の右手にあてがい――次の瞬間、自分の手を刺し貫いてみせた!


『ひえっ!? い、い、一体何を……!?』


 実況のアーニャが悲鳴を上げる中、シンは血まみれの剣の(つか)を握り、眉一つ動かさず引き抜く。


 血が飛沫(しぶ)き、おびただしい量の血がリングの水たまりに混ざり込む。


 俺は固唾(かたず)を飲みその様子を見つめていた。するとシンは微笑を浮かべ――次の瞬間、右手の傷を完全に治癒して見せた。


 これは……このスキルには見覚えがある。リントの奴も使っていた高速治癒(オートヒール)スキルか……!


「例え首を落としたとしても私は死なない。気にせず殺しに掛かるといい」


 ――首を落としても再生するのか?


「落とした首を放置していればそうなるよ。まあ、自分の首が落ちているのを見るのは正直気分は良くないから、落ちたら生える前にくっつけるがね」


 ――確かに気分は良くねえな。吐き気のする能力だ。


 吐き捨てるようにそう言うと、シンは苦笑しながら返答。


「気分を害したなら謝ろう。しかし君は、こうでもしなければ私を殺そうとしないだろう?」


 ――なに?


「……分かっているはずだ。私も君も、こんな所で負けるわけにはいかない……否、こんなぬるい戦いをしているヒマはない……死なない程度にお互い遠慮し合って何になる? そんなものはただの稽古(けいこ)と同じ。そんなぬるい戦いに意味はない。」


 ――ぬるい戦い、だと……? 俺の今までの試合がか……?


「……分かっているだろう?」


 その瞬間、俺の背中がゾッと冷えた。


 目の前のシンからは、先ほどまでの余裕な態度は微塵もなかった。


 明確な敵意、明瞭(めいりょう)な意思……明らかな殺意を、俺にぶつけていた。


「真の強さとは、真の死線を越えてこそ身につくものだ。稽古を100回1000回行ってもたった1回の実戦には遠く及ばない。そして私達に悠長(ゆうちょう)に稽古を行うヒマはない……ならば殺し合おうじゃないか。お互い退(しりぞ)けぬ理由のために……」


 …………


 命を賭けたやりとり。そんな提案を持ちかけられ、二つ返事で了承できるはずがない。


 斧を構え、無言を貫く俺に対し、シンは呆れるようにため息。


「ここまで平和ボケしているとは想定外だよ……ならばこうしようか。もしも君が果たし合いに応じず、少しでも攻撃に手心(てごころ)を加えたならば――君と一緒にいたあの小さな女の子を殺す」


 ――なんだと……!


 それは……まさか、セイを殺すと言っているのか? この戦いとは何の関わりもないあの子を殺すと……!?


 愕然(がくぜん)とする俺とは反比例し、シンの表情と声色は冷徹そのものであった。


「ただの脅しとは考えないことだ。私は“あの男”を殺すため、幾度(いくど)となく死線を越えてきた。目的のためならば中途半端な情など捨て去る“覚悟”を見せよう……この戦いと無関係な幼い命であろうと殺す。それこそ、理不尽に……」


 ――お前……


 疑問をぶつけようと思った。反論しようと思った。


 だが、止めた。なんとなく、この男の言っていることが理解できたから。


 そうだ……俺は浮かれていたのかもしれない。ここまでの試合で俺を応援し、認めてくれる人が大勢現れた。そんな人達の期待に答えたいと、無意識にも考えていたのかもしれない。


 全くお笑いだ。俺はこの世界の人々を犠牲に、自分の故郷を、大切な人を守りたいと身勝手にも考え、この世界に害をなす組織に身を置く悪党だというのに。


 賞賛など不要。感謝など不要。立ちはだかる敵に対し、どんな手を使ってでも倒す……俺に必要なのは、そんな覚悟だけだったはずだ。


 ……ならば俺のやることは、ひとつ。


 ――了解した。お前の望みと覚悟はよくわかった。


 俺は斧の石突きを地面に突き立て、石のリングの上に図形を描く。


 菱形に、横一文字を描く図形――残視の眼(クロージング・アイ)


 殺すべき輩を手に掛ける前に描く、俺にとっての祈りであり……殺しのスイッチだ。


 ――理不尽に殺すか。だったらこっちはスジを通さないとな。理不尽への正当防衛。スジを通して正しく殺す……


『ひっ!?』


 図形を描くと共に、ありったけの殺意をシンに向ける。


 悲鳴を漏らすアーニャとは対照的に、シンの奴は満足そうに笑った。


「……そう。君はそういう男だ。やはり他人のためにこそ真の力を発揮する……それでいい! それではお互い全力で殺し合おう!!」

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