13章-(13)意外な出迎え
選手控え室。
壁際の粗末な木のベンチに腰掛け、2・3度深呼吸をする。
そろそろ解かねばならない。先ほどコウから受けた“異能殺し”を。
“異能殺し破り”……簡単に言えばそれは、能力が発動する時間を停止させることだ。
2度の検証から、コウの能力の発現はコウ自身が認識することがトリガーであることが分かった。
つまりそれは、極端に言えばたとえ拳が当たっていたとしても、コウ自身が全く気づいていなければ能力は発動しないということ。
拳が当たる直前、奴の意識を一瞬でも反らすことができれば、能力発動までのタイムラグを稼ぐことができる。
……先ほどの戦闘で俺が奴の拳に当たる寸前、俺は3度目の血の霧を放っていた。
一瞬視界を奪わたコウは、即座に魔法を殺してみせた。そしてそのまま俺を殴ったが――この時奴は血霧を殺す事に意識を向けていたため、俺を殴ったと認識するまでに数瞬の遅れが生じた。
そこを突いた。殴られた瞬間俺が先んじて時間操作を発動。“異能殺し”が発動する“時間”そのものを停止してみせたわけだ。
殴ると同時に能力が発動していれば手の打ちようがなかったが、たとえ一瞬でも時間があれば話は別。時間を操る俺に分がある……もちろん確実に奴の能力を止められる保証はなかったので、最後の切り札として残していたわけだが。
そしてこの“異能殺し破り”には欠点はある。一つは一度しか使えない事。魔法は一度にひとつ。再び“異能殺し”を使われていれば俺はあっけなく倒されていただろう。
もう一つは……時は再び動かさなければならないということ。
“異能殺し”を止めたままでは他の時間魔法が使えない。魔法は一度に一つだけだから。
次の戦いの前に解除しなければならない。深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせ……決意した。
よし……解除!
胸の懐中時計を握った、瞬間。
まるで眠りに落ちるかのように、俺の意識は一瞬でブラックアウトした……
………………
「――ぃ」
………………
「――っかりしろ、おい――」
どれくらい気絶していたのだろう。
誰かの声が聞こえる。複数人からの声。体を揺すられる感覚。
ゆっくりと目を――開ける。
「おお、気がついたか!」
体格のいい数人の男達が安堵の表情を見せた。
……いや、誰だこの人達は?
「一時はどうなることかと……あ」
俺の表情で察したのか、いかつい3人の男が軽く頭を下げて素性を明かした。
「俺達もここで戦っていた闘士だよ……いや、もう負けてしまったから元闘士というべきかもしれないけどね」
この武闘大会の闘士……見た目からすると、転生者ではなくここの世界の住人のようだが。
話を聞くと、予選を突破して早々に転生者に当たり、第一試合であっけなく敗北してしまったらしい。
それじゃあ俺のような転生者を恨んでいるのでは? そう尋ねると、彼らは首を横に振った。
「いや、転生者と当たると分かっていればこうなると予想はできていた。別に恨んじゃいないさ。それに――」
3人組の中央にいた男が、憧れと興奮に満ちた瞳を俺に向けた。
「君のような男と出会い、そのファイトを間近で見られたことはこの上ない幸運だ」
両脇の男達がそれぞれ口を開く。
「予選前の魔獣を殺してくれた時はスカッとしたよ。予選突破した者には一律でファイトマネーが支払われる。金のために出てはいるが、実はいつも胸くそ悪い思いをしていたんだ」
「転生者との戦いはなんていうか……とんでもねえな! 圧倒的な力を持つ転生者達相手にあらゆる手を使って食らいつき、そして倒しちまう……不思議だ。あんたも転生者のはずなのに、なぜだか応援したくなる……」
…………
俺が唖然としていると、再び中央の男が口を開いた。
「3度の激闘を演じた君と少しだけでも話をしたくてね。それで控え室を尋ねてみたら、気を失って倒れているじゃないか! 全く、こっちの心臓が止まるかと思ったよ……」
そう言って彼は安堵の表情を見せて笑う。
……この大会で戦う理由はナインズからの指令のため。そして転生者との戦いで強くなるという極めて個人的な理由のためだった。
けれど、俺が戦っていることで他の誰かの心に何かを残すことができた。
……妙な気持ちだった。戸惑いの方が強いが、胸の奥にわずかばかりの充実感があった。
「そうだ、さっきここに居た一人が、君の仲間らしき者達を呼びに出ているんだ。そろそろ戻ってくるころかと――」
その時。
ドタバタと騒がしい足音と共に、息を切らしたセイとネロシスが扉から現れた。
どうした? と声を掛ける前に――
「っ!!」
セイが俺に突進するような勢いで抱きついてきた。
一瞬骨折部位に激烈な痛みが走ったが、歯を食いしばって耐えた。
痛がっていたらこの子をさらに傷つけるかもしれない。セイは相変わらず言葉を発しない。それでも俺の腹に抱きついたまま顔を押しつけるこの子に、どれだけ心配を掛けていたかが分かる……
「骨折した時は特にリアクションなかったのになあ。お前さんが平気な顔してたから大したことないと思ってたのかね? 倒れたって聞いて血相変えて飛び出したんだぜその子? いやはや、懐かれてるねえ」
ネロシスの言葉に「そうか」と返し、一向に離そうとしないセイに俺は少しだけ苦笑。
背中を軽くさすり、落ち着かせるように何度がポンポンと軽く叩いてやった。
元闘士の男達も笑い、和やかなムードが広がる。
「どうぞ」
視界の横から水の入ったコップを手渡された。
ああどうも、と受け取り、水を口にしながら手渡した相手の顔を見て――俺は盛大に吹き出した。
――ゴホッ、お、お前……クルミ、か?
栗色の髪と瞳の少女――間違いない。大会の一戦目で戦った盾を持つ転生者、アマスラ・クルミであった。
俺が吹き出した水を真新しい銅色の盾で完璧にガードし、クルミは盾からひょっこり顔を出して微笑んでいた。
――なんでお前がここに……?
「わたしだけじゃないですよ? ほら」
彼女が左に一歩退くと、後ろにいた人物が姿を見せる。
――シュウ……?
魔獣に転生した転生者、ヒジウラ・シュウ。青紫色の肌と黒い角を生やした彼は、俺が驚く様を見てニヤリと笑った。
「なんだ、ピンピンしてるじゃないか。一応この俺に勝った男なんだから、こんな所で倒されちゃあ困るけどな」
――お前ら、どうして……?
「そっちの元闘士の人達と同じだ。決勝前に、お前の顔を見ておきたくなった」
――俺はお前らの敵だったのに?
すると、背後からまた別の男の声。
「……本当にな。自分でも良く分かんねえ……」
振り返ると、黒髪に白コートの少年が立っていた。
こいつも見覚えがある。確か魔獣を倒した後、予選会で俺に襲いかかってきた転生者――
「アカシノ・リョウマだ。あんたに倒されてからさんざんだったよ。観衆の前であんな姿を晒した挙げ句、一緒のパーティーにいた女の子達も全員離れちまったし……」
リョウマは憎々しげに俺を睨む。ちなみにズボンは会場にいた観客から買い取ったらしく、コートに不釣り合いなみすぼらしいものを履いていた。
……頭に血が上っていた状態だったとはいえ、今思い返してもあれはやり過ぎだったな。
すまない、と俺が謝罪を口にすると、リョウマは舌打ちと共に首を横に振る。
「謝るなよ……むしろこれでよかったんだ。結局あの女達は俺が強い転生者ってことでくっついてきただけだってわかったしな」
リョウマは鼻を鳴らし、腕を組みながら己の心境を語る。
「最初はあんたが無様に負けるところを期待して観戦していた。けどさ……どれだけ劣勢に立っていても絶対に折れない、諦めないあんたの姿をみていたら……なんだかこっちも熱くなってきてさ。そんな奴に負けてんじゃねえ、負けたらマジで許さねえ。気が付いたらそんな風に思っててさ……」
……そうか。
「みなさん、ソウジさんに負けてファンになったみたいですね」
そう言って笑うクルミに、リョウマが全力で否定。
「ち、ちげーって!! 誰がこんな奴の……!」
「なるほど、リョウマさんってツンデレなんですね?」
「それも違ぁう!!」
二人の掛け合いを見ていたシュウが、ぽつりと呟く。
「ここに来るまでさんざんビビって『大丈夫ですかね? いきなり攻撃されないですかね?』ってずっと俺に尋ねてきてた奴が、随分元気になったな……」
「ブッ! そ、それは言わないのがお約束でマナーですよシュウさん!!」
クルミとシュウ、リョウマの三人が楽しげなやりとりをしている所へ、また新たな人物が扉から現れた。
「フウ~、あれほど患部を打たれるなと念を押したのにまんまとダメージ負ったバカタレ患者はここかね?」
ドクターとミス・キドゥの二人だ。元闘士の3人を押しのけるようにズカズカやってきて、尊大な態度で俺を見下ろす。
――悪かったよ。で、悪かったついでにまた鎮痛剤を頼みたい。
「全く反省が見られないのは気のせいかね? 君のようなバトル馬鹿につける薬なんてないよ。薬の無駄だからね」
そう言いつつ、ドクターはニヤリと笑う。な、何か嫌な予感……
「何か失敬な想像してるようだが、これは君にとって朗報だぞ? みたまえコレを……えーとどこやった?」
上着やズボンのポケットをゴソゴソまさぐり何かを探す変態ドクター。段取り悪りぃ……
「改めて! みたまいコレをっ!!」
ようやく取り出したのは、小瓶に入った緑色の小さな欠片。
「ヒールタブ! 相当な貴重品だよキミぃ? これで君の怪我も治せるだろう!」
――なに……!
ヒールタブ。以前アオイと戦った際、シヅキがアオイに手渡したアイテム。
あの時は両断されたアオイの腕が、薬を一粒飲んだだけでたちどころに癒えてしまっていた。
ドクターが持っているのは一錠の半分。小指の先ほどの半月状の薬に、どれだけの効果があるかは分からないが……
「予後は悪くない。たとえ半錠でも十分その怪我は治せるだろう。ささ、謹んで飲み下したまえ!」
…………
「まさか鎮痛剤で我慢すればいいとか思ってないだろうね? 君骨折ナメとりゃせんかね? 何度でも言うが、普通は数ヶ月入院するような大怪我負って試合とか正気ではないし普通に死ねるリスクも――」
――分かってるよ。得体の知れないモン飲むのに抵抗があっただけだ。
あと瓶に入っていたとはいえ、ドクターの尻ポケットから出てきたモンを口に入れたくないという気持ちもあったが、この怪我を治せるなら四の五の言ってる場合じゃない。
ドクターから受け取った瓶から薬を取り出し、口に含む。
「あ、ヒールタブならこの場合、噛まずに飲んだ方がいいですよ」
クルミが再び水を注ぎながら、この薬について解説してくれた。
「ヒールタブの特性として、噛むと傷を急速に治して、飲むとゆっくり傷を治してくれるんです。でも噛まずに飲むと、同時に体力もある程度回復してくれる。だから長期戦に臨む時は飲み込むのが一般的なんです」
なるほど。俺は言われた通り、水と一緒に薬を飲み下した。
香草のような若干の青臭さを感じたが、薬に特に味はない。
アオイが使った時のような派手な光は現れないが、骨折した患部が若干温かい……治癒が効いている証しなのかもしれない。
「うむ、次の決勝までまだ時間はある。せめてその間まで安静にしていたまえ」
ようやく落ち着いたセイの頭をなでながら、俺はドクターの言葉に頷く。
しかしふと、そこで一つの疑問が浮かぶ。
――このヒールタブ、貴重品って言ってたが、誰がそんなものをくれたんだ……?
「ん、ああ薬の出所かね? ここは怪我人が多いので集金――もとい怪我をした闘士連中の様子も見て回っていたんだが」
――金の亡者か。
「職務への意欲が高いと言って欲しいね! ともかくだ、あのコウとかいう暑苦しい転生者の診ていた時、突然現れた男がこの薬をくれたんだよ。君に渡して欲しいと言ってね」
――どういう事だ? 何者だそいつは?
「君と同じ大会に出ている転生者だよ。確か名は……クリス。故バードラント伯の子息だったはずだ」
――生まれ変わりタイプの転生者か。転生前の名は?
俺が尋ねると、ドクターの代わりにシュウが答えた。
「……ミナヅキ・シン。決勝でお前と当たる相手だ」
シュウがその名を口にした瞬間、元闘士の3人やクルミ・リョウマの顔に緊張が走った。
闘士達はともかく、この3人のチート転生者すら緊張する相手とは……
「気をつけろ。悔しいが、あいつは俺達とは格が違う……あの最強の転生者、七罰に次ぐ実力を持つとされている相手だからな……」




