13章-(12)満身創痍の勝利
俺が血の霧を振りまいた瞬間、コウが再びアーツを発動!
「霧ごと霧消しろ! 紫電突閃!!」
コウの体が紫の光に包まれ、恐ろしい速度で接近! 拳を突き出したままこちらへ飛翔し突っ込んでくる!
直撃すれば命に関わる怪我を負うかもしれない。
だが俺は動かない。
見極める。奴を引きつけ、奴の能力を見極める……!
コウの拳が霧の中に入った瞬間。
俺は愕然とした。
霧は――消えなかったのだ。
寸前で時間操作。“加速”により移動し、奴の拳から逃れた。
すると俺の回避と同時に、思い出したかのように血の霧が“異能殺し”により消し飛んでしまった。
……やはりそうか。
俺の予想通りだ。魔法を殺し、さらに敵を一撃で倒す“異能殺し”。このスキルは同一のものではなかった。
これまで奴は霧に触れた瞬間“異能殺し”によって霧を消すことができた。しかし先ほどの攻撃では消すことができなかった。
何故か? 答えは簡単“アーツ”が先に発動していたからだ。
魔法は一度に一つ。先にアーツを発動していたため、“異能殺し”は霧を消すことができなかった。そしてアーツの解除と共に“異能殺し”が遅れて発動。結果として霧が消えるまでに大きなタイムラグが発生した。
この結果はアーツだけでなくスキルにも同じことが言えるはずだ。魔法を消してさらに敵を一撃で倒す能力。だが実際は同時に発動しているわけではない。
魔法に触れたとコウが認識した瞬間魔法を殺し、敵に拳を当てたとコウが認識した瞬間相手を倒す。奴の能力とはつまりそういうものだ。単に、別々のスキルが段階的に発動していただけに過ぎない……!
この結果を踏まえ、奴の“異能殺し”を破る案が一つ浮かんだ。
しかしこの案は非常にリスキーだ。もしもの時以外に使うわけにはいかない。
ならばここは――地道に奴にダメージを与えて倒す他はない!
「ぬううん! 地裂伝播ッ!!」
コウが地面を殴ると同時に、金色に輝く衝撃波のようなものが蛇行しながらこちらに迫る。
時間操作によって回避すると、コウは構わず矢継ぎ早にさまざまなアーツを放つ。
……初めはこれまでにない動き、技の規模に戸惑い、“加速”によって逃げ回るだけしかできなかったが。
次第に“機先”の波を捉えられるようになってきた。アーツのバリエーションは豊富だが、どうやら系統は5か6つ程度に分かれているようで、いくつかのアーツは発動のタイミングや規模もほぼ変わりない。
まさしく格ゲーのようにプログラムされた動き。どうやら“機先”との相性は抜群のようだ。これほどハッキリと波を捉えたことはない。
「くそおっ! なぜ当たらん! 当たれええっ!」
コウの奴にだんだんと焦りの色が見えてきた。
そもそも、奴が“アーツ”を使ってきたのも俺の時間操作に対応できなかったことが理由。要するに俺に近づかれたくないからこんな派手な技を乱発しているだけなのだ。
一方で俺は“機先”の見切りによりもはや魔法すら使わずに難なく回避を行えている。余裕の表情を作りながら回避を続けてきたが……そろそろ奴の心の折り時か……?
「空斬脚・八漣!!」
コウが技名と共に目にも留まらぬ速さで空中を八度蹴る。すると目に見えない刃状の真空波が八つこちらへ飛来!
だが血の霧の動きによってハッキリと場所がわかる。回避は可能。
それよりも奴は今の大技を発動させたことで体勢が大きく崩れた……ここで攻める!
俺は屈んで真空波をかわし、同時に時間操作。一気に奴の目前まで移動し、みぞおちに右拳を叩き込んだ!
「ぐおっ! く、クソがっ!!」
苦し紛れの右ストレート。しかしこいつの動きはすでに見切っている。首を右に傾けて回避すると同時に、左の回し蹴りを胴に見舞う。
「がふっ……!」
ぐらりとコウの姿勢が崩れる。これで倒れるか……?
しかしその期待はすぐに裏切られる。コウはすぐさま立ち直り、独特の構えを見せる。合掌から手の平どうしを少し離すようなポーズだ。
そして、追い詰められたコウは不吉な一言を口走る。
「当たらんなら……逃げようのない技を放つ……!」
なんだ? なにか……ここにいるのはマズい!
「全体攻撃アーツ、打剛衝!!」
瞬間――ドウッッ!
コウが両手を叩いた瞬間、凄まじい衝撃波が俺の体を貫き、一瞬両足が地面から離れる。
時間操作が遅れ、奴のアーツをモロに食らってしまった。幸い今まで使ってきたアーツに比べ威力自体は低いようだ。
だが。
――お、ご……っ!
……忘れていた。戦闘に夢中になり、肝心な事を失念していた。
骨折。患部は絶対に打たれるな――ドクターからそう言われていたにも関わらず……!
おまけに今の攻撃で骨折による激痛がぶり返してきた。戦闘中のアドレナリンのせいで感じていなかったのか、もう既に鎮痛剤の効果は切れているようだ。
奢り、慢心……痛みがない事で調子に乗りすぎた、そのツケがここで……!
「隙ありいいぃっ!!」
激痛により背中を丸める俺を見逃さず、コウは千載一遇のチャンスとばかりに猛進!!
まずい、時間操作を!
しかし、俺の意思とは裏腹に、俺の焦りと怖れが集中力を乱したのか、魔法は上手く発動しなかった。
目の前まで迫るコウ。目と鼻の先まで肉薄する奴の必殺の拳。
こうなれば――イチかバチか、あの案を使う!
そして。
ゴガッッ!!
“異能殺し”。敵を一撃の元に倒す必殺の拳が、俺の左頬へクリーンヒットした。
体の芯が震えるような痛烈な一撃。俺は衝撃で一歩、二歩、三歩と後ずさり、ぐらりと体が後方へ倒れかかる。
勝利を確信し、安堵の笑みを浮かべるコウ。
一撃で敵を倒す能力……?
ふざけるな。たった一撃で倒されるものか! こんな所でこんな奴に負けるわけにはいかない! のんきに負けている場合ではない!
瑞希。あいつのために――あいつのいる世界のために! クソでかく重いもん背負う覚悟を持って俺は戦っている! 例え血反吐を吐こうと俺は倒れない!!
負けてる……場合じゃねえっ!!
ドン!
全身の筋力を稼働させ、倒れかかる姿勢から無理矢理体勢を元に戻す。反動で前方へ倒れる所を、右足で力強く一歩踏みしめた。
衝撃で石のリングに幾多のヒビが入り、俺は大きく肩を落とし、息を吐く。
そして――驚愕と恐怖に青ざめたコウに対し、血に染まった歯を見せて、笑ってやった。
耳センのせいで声が届かない奴に伝えてやった――その程度か? と。
「う、う……うおおおっっ!!」
もはやアーツを放つことさえ忘れ、焦燥に飲まれたままコウが突進。
口元の血を拭い、冷静に奴の動きを見る。次の攻撃も手に取るように分かった。
カガミ・コウ。奴の敗因をあえて挙げるとするならば。
相手の魔法やスキルを無効化させ、魔法やスキル頼りの者を一蹴する“異能殺し”
……そんなスキルに頼り切ったことが敗因だ。
コウが放った破れかぶれの右ストレート。
俺は難なくかわし、同時に右膝を奴の腹へと突き上げた。
「ごぶぁっ!!」
宙へ浮くコウの大柄な体。俺は左手で右拳を包み、宙にあるコウの背中へ右ヒジを叩き込んだ!
ゴガンっ!!
石のリングに全身を打ちつけ、それきりコウは動かなくなった。
『お、おお……』
今さらのように遠巻きで見ていたアーニャが近寄り、コウの周囲を巡ったり脈を測ったりしだした。
そして。
『か、完全にのびております……ノックダウンです! このわたしアーニャも実況を忘れてしまうほどの凄まじい攻防! 最後に立っていたのは……ソウジ選手っ!!』
歓声と怒号が入り交じった幾多の声がコロシアムを満たす。
俺は目を閉じ、緊張により早まる動悸を静めるべく、ため息をひとつ。
勝ったか……紙一重の勝利。
もしも奴が“異能殺し“のスキルに全く頼っていなかったら、一撃で倒せない相手でも取り乱さずに戦える奴であれば……俺の敗北は確定していた。
“異能殺し破り”は一度しか使えない。もう一度殴られていれば、そこに倒れていたのは俺だっただろう。
だが今は勝利を喜ぶ……気にもなれないな。
骨折部位の激烈な痛みが勝利の余韻をかき消し、俺は痛みに冷や汗をかきつつ決して表情には出さず……選手の控え室へと向かった。




