13章-(11)魔法を無力化する能力
ステゴロ、つまりは殴り合いか……
武器も魔法も用いず、己の拳だけで勝負をつける……なんてつもりは毛頭ない。
確かに素手での戦い方は学んだが、所詮は付け焼き刃。2、30年近く武道を学んできたような相手に勝つのは無茶というもの。
しかも相手はチート転生者だ……魔法なしで勝てる相手ではない。
だが相手は魔法を無効化する。
ならばどうするか。
……無効化“させない”方法を探すしかないだろう。
“異能殺し”で殺せるのはどの範囲までなのか? こちらの使うどんな魔法までを殺せる?
一度に殺せる量は? 殺せる数は? 奴の認識外の魔法まで殺すことは可能か? 能力発動時間は? 持続時間は?
……ひとまずは調べる。その上で有効な手がないか検分しよう。
「そうだ、それでいい……」
コウは歯を剥いて獰猛に笑う。
「くだらん魔法なんぞに頼る必要は無い! 己の体! 己の心! そしてこの拳でこそ、己の真の力を証明できるのだ!!」
…………
耳センで奴にはこちらの声は届かない。なら、せっかくだから宣言しとくか。
――お前のその奢りが致命傷だ。
どんな魔法も殺せるという自信、自負……そこに付けいる隙がある。
逆に言えば奴は魔法に対する警戒心が極めて低いと言える。有効な魔法が見つかれば即座にはめることができるだろう。
……弱点を作る。あらゆる魔法を消し去り、さらに格闘戦にも長けるこのチート転生者に弱点はない。ならば作る。弱点を作りそして倒す……!
俺は意識を集中し、背負った斧から再び血の霧を発生させた。
奴の能力を調べるためだ。“異能殺し”の能力についてじっくり見物させてもらう。
「この後におよんで目くらましなどっ!!」
コウは当然のように血霧を消失させた。
俺は奴の動きに集中する。体の動き、連動して血霧が消えるまでの時間、そして……
「……?」
コウが怪訝な表情のまま、己の拳に付着したチリを左手で払った。
奴には理解できていなかったのだろう。あれは血霧に隠して放っていた撒微止。血霧は俺の魔法に干渉をしない。それを利用し、霧に乗じてリングの砂や石ころをバラ撒いておいたわけだが。
血霧も撒微止もすべて打ち払われた……だが僥倖だ。これで奴の能力の大まかな全体像を掴むことができたのだから。
“異能殺し”の能力について分かったことはざっとこんな感じだ。
1.“異能”を殺す能力は両手・両足を中心に発動する。
2.能力発動の時間は拳を突き出してから0.1秒後。
3.能力が発現する範囲はおよそ半径1.5メートル
4.能力発現後、コウが認識後さらに範囲を拡大できる(0.8秒後に視認範囲に対する能力追加付与)
奴が右ストレートで血霧を払った瞬間、右手以外にも左手、両足からも血霧が一時消失した。
恐らく、コウが“殺す”と意識し放った攻撃を中心に魔法は消されるようだ。両足や左手の血霧が消えたのは、“異能殺し”発動の予兆のようなものだろう。
これは重要な情報だ。つまり奴は全身から“異能殺し”を発動させられない。“異能殺し“は相手の意識を奪う能力も持ち合せている……つまりこちらが奴の顔や腹を殴った瞬間、意識を殺されるような心配はないわけだ。
しかし、いくつかの疑問も残る。
一つは、血霧に隠していた撒微止をも殺せたこと。
奴は認識していない魔法も自動で殺すことが可能なのか? それとも単に“異能殺し”発動中だったため、血霧と同時に撒微止が消されただけだったのか……? このあたりはもう少し調べる必要があるだろう。
そしてもう一つは“魔法を殺す”能力と“殴った相手を昏倒させる”能力について。
魔法は一度に一つが原則のはず。なぜ異なる能力を同時に発動させられる? 以前戦ったムラマサとは違う。こいつの能力は明らかにおかしい……このカラクリを見極める必要がある。
「くらえいっ!」
考えているそばから、コウの右回し蹴りが放たれる!
とっさに回避しようとしたが――その瞬間ひとつの考えが浮かんだ。
俺の魔法がどこまで通用するか、試してみるか……
時間操作魔法を発動。“加速”による回避を試みた。
瞬間。
「ぬ……!?」
俺は狙い通り、一瞬で1メートル後方まで距離を取ることができた。何の問題もなく時間操作魔法が発動。
つまり奴の能力は……魔法を自動で感知して消すことはできない。あるいは、“異能殺し”発動中に直接触れた魔法しか殺せない。どちらにせよ、俺の体へ魔法を掛ける分には何の問題もないということだ。
……よし、多少の勝算は見えた。奴に通用するか試してみよう。
「今度は魔法で逃げたか! そんなものに頼るとは無粋な!!」
コウが素早く距離を詰め、右下から左上へアッパー気味の裏拳を放つ。
しかしこれはブラフだ。本命は俺の右足を狙ったローキック。“機先”によりすべて見切っている。
俺は一歩退いて奴の裏拳・蹴りからも逃れ、奴の顔を目掛けて右ストレート!
「甘い!」
コウは首をわずかに左へ反らせ、最小限の動きで回避。同時に両手を開き、俺の腕を掴みに掛かっている。俺を反対側へ投げ飛ばすつもりのようだ。
その瞬間。
「ぶぐぉっ!?」
コウは顔を思い切り右にそらし、たたらを踏む。
俺の左回し蹴りが顔面に直撃したからだ。
『ソウジ選手の蹴りがコウ選手にクリーンヒット! な、なんという凄まじいスピードの蹴り! 皆様の中に今の攻撃が見えた方は果たしておられるでしょうか……!!』
実況のアーニャが熱を込めてそう言い、観客席の荒くれ連中が歓声を上げた。
「ぐ、う……何だ、今のは……?」
驚愕の表情で俺を見返すコウ。もちろん種明かしをするつもりはないし、言った所で耳センのせいで聞こえはしない。
「おのれぇっ!」
コウが一瞬で距離を詰め、怒りとスピードを込めた渾身の突きを放つ!
俺は半歩退いて回避し、返す刀で左上から裏拳を振り下ろす。
「ちっ!」
素早くコウが反応。ガードを固めた、瞬間。
「がふぉっ……!」
左斜め上へ向けた後ろ回し蹴りが、奴の脇腹にめり込んだ。
コウの大柄な体が一瞬浮き上がり、そのまま仰向けに地面へ倒れる。
『おおーっ!? またも見えない攻撃がコウ選手を襲う! そしてコウ選手、倒れたまま起き上がらない! ここでテンカウントを行わせていただきます!』
このまま起き上がるなよ……そんな俺の願いも虚しく。
『おおっと! コウ選手が何事もなく復活! 素晴らしいタフネスを見せつけてくれます!』
若干フラつきながらも、コウは素早く立ち上がって見せた。
「貴様……」
コウは俺を睨み付け、先ほどの攻撃について指摘した。
「時間操作魔法を……使ったのか?」
俺は答えない。だが奴の指摘は大当たりだ。
時間操作、“加速”中は敵に直接攻撃することができない。そんなことをすれば“時減爆弾”と同じ事が起こるからだ。
だから蹴りが当たるギリギリの所で加速を解除。これにより周りから見ている連中は一瞬で俺の攻撃が奴に当たったように見えただろう。
……しかしこの技には欠点がある。それは、チート転生者には通用しないということ。
以前戦ったアオイの時もそうだった。途中まで加速し、直前で解除したにもかかわらず、あの女は俺の斧の一撃を簡単に防いで見せたのだ。
規格外の反射神経のなせる技か、あるいは自動で攻撃を防御・回避できるスキルによるものかは知らないが……通常であればこの技は転生者には効かない。
ではなぜコウには当てられたのか? 理由は俺が奴に回避する隙を与えなかったからだ。
先の左回し蹴りが当たったのは、奴が直前に体を左へ反らしたため。奴の意識は完全に俺を投げることに集中しており、さらに体勢的にも左からの攻撃に対応しづらい状態だった。故に奴は蹴りを回避できずに直撃した。
後ろ回し蹴りに関しても同じだ。先に放った裏拳を防ごうとしたため、右斜め下へのガードがおろそかになっていた。そこを突いて蹴り上げてやったわけだ。
……攻撃が回避されるなら、回避されない状況へ追い込めばいい。思惑通り、奴は対応できずに攻撃をモロに食らったのだ。
「時間操作……他の魔法と比べても扱いづらくできる事も少ないため、ハズレ能力なんて言われていたが……話が違う。それともお前が使っているからなのか?」
俺は沈黙のみで返す。
「それに俺の攻撃すら当たらん……回避スキルか何かか? だが俺は回避スキルを初めとした防御スキルを無効化する“スキルジャマー”のレベルをカンストしている……どんなスキルもすべて無効化しているはずなのに……」
そんなスキルまで持ってたのか。まあ、俺はスキルなんてものも使えない状態だから関係ない話なんだが。
「俺が必中スキルを使ったとしても、お前なら時間操作で逃げられるだろうな……ならば」
コウはそう言うと、おもむろに人差し指を空中に向け、2、3度横へスライドさせる動きをした。
確かあれは……何かステータスとかを見ている動きだったはず。戦闘中にステータスを? なぜ?
俺が疑問に思っていると、コウから不吉な一言が漏れた。
「なるべくなら使いたくなかったが、仕方ない……“アーツ”を解放する……!」
アーツ……?
耳慣れぬ単語に首を傾げていると――唐突に斧からの視点が共有!
奴の両手の間から何か光るものが現れ……高速で射出されこちらへ迫る。
俺は素早く身をひねって回避!
その瞬間――ドオォン!!
けたたましい破裂音。見れば、俺の背後のリングの一部が突然爆発したように砕けていた。
しかし今のは一体……
「練気アーツ“飛掌波”……よくかわしたな」
練気、アーツ……?
まさかこいつ……本当に格闘ゲームのキャラクターのような“技”を使って見せたのか……!?
「なぜ避けられるかは分からんが、ならば当たるまでアーツを撃ち続けてやろう。どこまで防げるか見せてみろっ!!」
言うや否や、コウは6メートル近い高さまで跳び上がる。
すると――突如彼の姿が6つに分身。跳び蹴りのポーズのまま急降下!
「六星焦降脚っ!!」
時間操作により距離を取って回避! 直後、俺が立っていた場所をコウが6つの分身と共に蹴り砕いているところが見えた。
さらに着弾と同時に凄まじい熱量の火柱が上がる……なんなんだこれは。もう何でもアリかよ……!
『ひええっ!! た、退避退避――っ!!』
アーニャは慌てふためいてリングから降りて隠れる。
それに取って変わるように、炎の中からゆっくりと立ち上がるコウの背中が見えた。
「……どうした、掛かってこないのか……? ならば遠慮なく攻め続けてやろう」
こちらへ振り返るコウの視線、覇気に一瞬身がすくむ。
だが俺は恐怖心を吹き飛ばすべく、怒りの感情をたぎらせ――再び血霧を発生させた。
「また目くらましか!」
もちろんそんな目的で使ったわけではない。
奴の能力について調べるため……いや、それだけに留まらない。これまでに抱いていた魔法とスキル、さらに奴が使った“アーツ”について確認をするためだ。
魔法は一度に1回。別々の魔法を同時に使うことはできない。
ならばスキルは? アーツとやらは? あれも“魔法”の一種ではないのか……?
アーツを放った瞬間、奴のスキルの“異能殺し”も同時に発動しているのか?
まずは確認する。そしてもし俺の推論が正しければ――“異能殺し”を破ることができるはずだ……!




