13章-(10)“転生者殺し”との対決
転生者殺し。
だが、そう呼ばれたコウ本人は、変な仇名を付けられてしまったという風に、居心地悪そうに後頭部を掻いていた。
……気になったので、本人に尋ねてみた。
――本当に殺したのか?
コウは俺に振り返ると……肩を大きく落とし、否定した。
「物騒なことを言うな。俺は魔獣専門のハンター。人も魔人も手に掛けたことなど一度も無い……」
そうか……少しだけホッとした。
「……だが、これまで何度か転生者と戦ったこともあってな。そういう連中は全員半殺しにしてきた」
物騒だなオイ。
「異世界に跳ばされてもう1年。最初はなぜこんな世界に召喚されてしまったのかと疑問に思う日々だった。だがしかし」
――えっ? あれ? これもしかして敵側の悲しい過去を聞くシーン……?
「ああ……聞いてくれるか、少年っ!」
――いや誰も聞きたいとは一言も――
「そう、あれは蒸し暑い夏の夜のことだった……」
あ、だめだ。
重そうな過去を話し始めた以上、話を最後まで聞いてあげるのがスジ……なのかもしれない。
……それからおよそ20分。オーバーかつ感情に訴えるように語る彼の話を全て伝えるのは流石に面倒の極みなので、かいつまんで要点だけ伝えよう。
カガミ・コウ。彼の家は道場を経営しており、彼自身も子供の頃から武道の稽古をつけさせられていた。
誰よりも強くなりたい――常にそんな思いを抱いていた。道場を継いだ後も自分を追い込むため、何度も山ごもりをしていたほどだという。
しかしある日、いつものように山を登っている途中、不運にも唐突な落石に遭い、命を落としてしまった。
……何が強くなるだ。石ころ一つでこのザマじゃないか……武道なんかしていたからこうなったんだ……
己の人生を呪い、己の夢である武道を憎み、この世の全てに絶望したとき――彼はこの世界へ転生したらしい。
そこで授かった能力が“異能殺し”。魔法やそれに準ずる異常存在を拳一つで消滅させることができる。
ついでに人でも魔獣でも、拳を当てれば一撃で昏倒させる能力も得られたのだとか。しばらくは依頼を受けて魔獣を倒すハンター業を行っていたが、次第にある欲望が胸の内で大きくなってきた。
……今の俺はどれほど強いのだろうか? 他の転生者達と手合わせし、確かめてみたい……
誰よりも強くなりたい。そんな気持ちが再び燃え上がり、ついに行動を起こす。
好き勝手に暴れ回る転生者を拳一つで懲らしめる、転生者専門のハンター。いつしか彼はこう呼ばれるようになる――転生者殺し、と。
「とまあそんな感じだ。妙な仇名はあるが殺しは一度もないぞ?」
――あれ? 重い過去とかは……?
「落石事故に遭い命を落とした。これ以上に重い過去があるかっ!?」
――ああ、そういえばそうですね。すんません。
ここんとこ非日常の連続で感覚がマヒってるらしい。そこは反省しとこう。
「フッ……転生者も出ると聞いてこの大会にやってきたわけだが、思わぬ収穫を得られた」
――収穫?
コウはニヤリと笑い、まっすぐに俺を見る。
「初めてお前の姿を見た時、震えたぞ……あの魔獣を殺した時、白コートの転生者を倒した時、盾の転生者やドラゴン使いの転生者との戦い……すべてこの目で見てきた」
コウの声色は、熱狂するように熱を帯びていた。
「お前は他の転生者達とは違う! 魔法やスキルに頼りきらず、さりとて魔剣にも依存せず、己の技と知恵、そして強靱な精神力で打ち勝ってきた! 最高だ……! お前のような男を倒してこそ、俺は“最強”を名乗ることができるのだ!!」
――はあ……
「……の、ノリが悪いな……俺の話を聞いて、こう、熱くなるやつとかなかったか!?」
――暑苦しさは感じましたよ。ええ。
「く……だがそうやってクールぶってるのも今のうち! これを見ろっ!!」
そう言ってコウが取り出したのは……耳セン?
「俺はお前の戦いを全て見たといったろう。盾の転生者との戦い……お前は言葉で相手を揺さぶり、能力を減退させた……故に耳センをすればお前の戦術は潰せる」
…………
「そしてドラゴン使いの転生者との戦いだが、これは先ほど場外ルール自体が変更された――そうだな?」
話を振られ、ネコ耳実況者――アーニャが首を振る。
『そう! 先ほど皆様にお伝えしましたが、もう一度ご説明します! 運営側の協議により、やはり転生者同士の激烈な戦闘で場外ルールは無理があるとのこと。よって! 現段階をもって一時的に場外ルールは無効とさせていただきます!!』
これを聞き、観客席にいる山賊まがいの連中が歓声と口笛で答えた。
……つまりギブアップを宣言しない限り、半殺しか全殺ししか決着とはならないというわけだ……クソみたいな話だな。
「……さて、耳センをする前に確かめておこう。先ほどの戦闘で大怪我を負ったと聞いた。ギブアップする気はあるか?」
コウに問いただされ、俺は――深く息を吸い、吐いた。
――あったら始めからここに立ってねえよ。
「……そうだ。その顔だ。どれだけ劣勢に立っていようとものともしない、その獰猛で邪悪な笑み……そんなお前と戦ってみたかった!!」
コウは耳センを装着。両足を肩幅に広げて中腰となり、右手を肩と同じ高さに、左手を腰よりやや上に掲げる構えを取った。
見覚えがある……柔道ではない、空手の型の一つだ。
構えを取り微動だにしないコウの姿。堂に入り、風格すら漂う……武道をしていたというのは間違いないようだ。
『し、試合――開始ですっ!!』
観客席から割れんばかりの歓声が上がる。
俺は背中の斧を下ろし、構えた。
相手が素手だからと油断はしない。格闘家相手ならば奴の両手は凶器と変わらない。さらに奴は転生者でもある。獲物の有無など些末な事だ……!
相手の呼吸、わずかな筋肉の動き、視線の向き――集中する。得られた全ての情報を統合し“波”を捉える――よし、“機先”が見えてきた。
すると。
コウが動いた。
2、3度左右に蛇行し、右手と左手で円を描くようにしながら近づく。フェイントを交えながらの動きか。
だが――波は捉えた!
右拳を構えるコウ。だが本命は左手。背後に隠すようにしているが、腰のひねりと視線で分かる。左からのフックだ!
俺は右にかわし、反転。奴の胴目掛け斧の腹で打ち据える!
しかし。
目の前のコウは――素早く時計回りに反転! 一瞬速く、右の裏拳を放った。
まずい。斧で防御を――
(((やめろ!!)))
今までに聞いたことのない、悲鳴に近い斧の声。
寸前で異変を察知し、俺は時間操作により素早く距離を取って回避した。
……なんだ、今のは?
こいつ、斧の奴は、なぜコウに怯えている?
確か奴の能力は“異能殺し”。
……ということは、まさか……
試しに俺は、胸の内から怒りの感情を呼び覚まし、周囲に血の霧を振りまいてみた。
すると。
「目くらましか!? 笑止っ!!」
コウが正拳突きを放つと――信じられないことに、血の霧はモーセの十戒の如く真っ二つに割れ、音も無く一瞬で消滅してしまった。
ビリビリと警戒に震える斧。
そうか。
こいつの能力は異能殺し。魔法と、魔法に準じる異常存在を殺す。
つまりこいつは――魔剣を、この斧を殺せる……!
……正直な所を言えば、俺の感情を食らい、操ろうとしているこの斧を殺せる能力というのはありがたい。さっさと殺してもらってこの斧から解放されたいとも願った。
だが、おそらくこれからもこの斧の力は必要となる。元の世界へ帰るため……元の世界をこの世界の連中から守るため、この斧は必須。
もちろん帰る時になったらぜひ殺してもらいたいのでコウとの連絡先は聞いておきたい所だが、今は不本意だが殺させるわけにはいかない。
ならば。
俺は斧を再び背に背負い、徒手空拳での構えを取った。
右足を引いて半身になり、左手は開いて目線より下に。右手は相手に隠すように腰近くに引いて握る。
……斧がない状態での戦闘。そんな特殊な状況下での戦い方も、ダンウォードのジジイから教わっていた。
「……ほう、これは……!」
コウは俺を見て嬉しそうに笑い――
『な、なんということでしょう……!』
アーニャは愕然とした声を上げた。
『ここに来てソウジ選手、なんと斧を収めて拳を構えたっ! これは……誰が予想できたでしょうか!? ここに来て! まさかのステゴロ対決っ!!』




