13章-(8)勝つための秘策
ドドォォン!!
着地。リングに突き刺さる斧を引き抜くと――血の雨が降り注いだ。
ギギヒイイィィイィ! ピイィイィィィ!!
首から噴水のような血を吹き上げ、竜の王は情けない悲鳴を上げている。
ほとんどの生き物に当てはまる弱点……それは動脈だ。
あの脆い鱗の下には太い動脈があったようだ。動脈を断たれればどんな生き物でも失血して死ぬ。例えそれがドラゴンであろうとも。
だが……この手応え。致命傷にはまだ浅い……?
疑念を証明するように、ドラゴンが首から血を吹きながら、こちらを睨んだ。
怒りに燃える金色の瞳。それが細まり、ゆっくりと頭を天に向ける。
胸から長い首を伝い、何かがドラゴンの頭部へと駆け上がっていく。
一瞬で理解した。こいつの次の攻撃――ここにいてはマズい!
身を翻し素早く退避! その数瞬後、俺の立っていた場所に巨大な火柱が噴き上がっていた。
炎のブレス――ドラゴンが口から吐いた炎により、リングの一角が溶岩で溶かされたようにドロドロになっていた。
ヴォルルォオオッ!
ドラゴンは怒りにまかせ、周囲に炎のブレスを吐き続ける。
あたかも水圧の勢いで暴れるホースのように、無差別に炎を吐き続け、リングの周囲のみならず観客席の一部まで破壊される!
くそ、無茶苦茶やりやがって! セイ達は無事か!?
逃げ惑う観客席の人々を見回していると……すぐそばの足下で悲鳴。
『ひえええっ!! お、お、お助けえええっ!!』
あのネコ耳実況者だ。逃げ遅れたらしく、周囲が火の海に包まれるなか、頭を庇いながらうずくまっている。
――チイッ!!
俺はその場で方向転換し、炎を避けながらネコ耳実況者の元へたどり着く。
『ひゃあっ!?』
素早く抱え上げてその場を離れる。振り下ろされたドラゴンの後ろ足が、俺の頭上をかすめ大地を砕いた。
……とんだ誤算であった。
俺はこれまでドラゴンの動きを“機先”によって先読みし、危なげなく回避し続けていた。
しかし想定外の彼女を助けるため、予定外の動きをしたことで、機先の予測に外れてしまった。
その結果。
――ぐおッ!!
ドラゴンの太い尾が胴に叩き込まれ、俺はネコ耳実況者を抱えたまま宙を飛び、リングに落下。
とっさに彼女を庇うと、脇腹に猛烈な激痛が走った!
この痛み……アバラでも折れた、か……?
痛みに耐えかね、反射的にネコ耳実況者を体からはがし、リングの外へ落とした。
『あたた……あ、そ、ソウジ選――』
――頭出すな!! 隠れてろ!!
『ひゃ、ひゃいっっ!!』
俺は斧を支えに、なんとか立ち上がる。少し体を動かしただけで脇腹を抉るような痛みが何度も襲ってくる……こりゃ完全に折れてるな。
手痛いダメージは受けたが……それでも勝ちは見えた。
当初から想定していた作戦の一つ。怒り狂うあのドラゴンを使えば――あの方法で勝てる!
時間魔法を使って加速。極力体を動かさずに移動を続ける。
それでも時折呼吸が止まりそうになるような激痛が体を襲う。しかし耐える。歯を食いしばり走りつづけた。
グォウルルル……!
俺の動きに合わせるように、ドラゴンの首が俺を追って動く。先ほどの炎のブレスを俺に当てたくて仕方がないようだ。
……お望み通りにさせてやろう。
俺は足を止め、ドラゴンと相対する。
ドラゴンは怒りのまま、ほぼ反射的に炎のブレスを放った。
愚かにも俺の真後ろにいるシュウもろとも――!
ドオオン!!
荒れ狂う凄まじき熱波と衝撃。俺は一瞬先に時間加速によってその場から回避。
直撃を受けたシュウは――
「残念だったな。ドラゴロードの攻撃は俺には通用しない」
無傷。全くの無傷であった。
「“支配者の血”は支配下の者達からの攻撃は全て無効化できる。頭を使ったようだが、この能力の前には全て無意味だ」
――これだけの惨状を起こしておいて言うことはそれだけか? 頭の中まで魔獣と同じようだな。
「観客席に被弾したことか? 最初に実況の女が避難するように言ってたろ? やつらそれでも残り続けた。自分の命がヤバイ状況ですら楽しんでいるような、どうしようもない連中なんだよ……それに、アンタも見ただろ? ここにいた連中は人が殺される様を楽しめる悪党共だ。哀れむ必要なんてないね」
奴の言う通りなのかもしれない。ここの連中の犠牲を気に掛ける必要はないかもしれない。
それでも……明確な理由もなく一方的に命を奪うことは、スジが通らない……
「ソウジ、だったよな。あんたは実際よく頑張ったよ。」
シュウは、勝ち誇った様子で俺にねぎらいの言葉をよこす。
「あのドラゴロードにダメージを与え、あそこまで追い詰めたのは人間でアンタが初だ。これは誇っていい」
ドラゴンはシュウが開いた転送陣により、また元の住処へと帰っていく。シュウはそれを見届け、大きく肩を落とす。
「けどもう終わりだ。あのドラゴロードの力をよく思い知っただろう? 俺はあいつと同じ……いやそれ以上の力を持つ。魔獣達の王だ」
――それで?
「ギブアップしろ。これ以上は無意味。怪我を負ったアンタに勝ち目は万に一つも無い。これは警告だ。死にたくなければもう降参しろ」
――わざわざどうも。だが負けるのはお前だ。
「なんだ? まだ何か策があるのか? まさかそれは――」
す、とシュウが半歩後ろへ下がると――ドゴン!
斧が頭上から落ち、奴の眼前に深々と突き刺さった。
ドラゴンのブレス攻撃を避けると同時に、俺が放っていた攻撃だった。
「これが勝つための策か? 悪あがき以外のなにものでもない」
攻撃を余裕で回避し、哀れみを込めた笑みを向けるシュウ。
そして俺は――大きく溜息を吐き、顔をうつむけたまま、笑う。
「……なにがおかしい?」
困惑の表情を浮かべるシュウ。
まだ気づかないのか。面倒だが、教えてやるか。
俺は笑みを収め、真っ直ぐに指を指す。
シュウの背後――巨大なトーナメント表の下部に書かれた一文を。
――敗北条件の3、場外に逃れた者、または落とされた者は敗者と見なす。
「な……?」
『え、え~っと……』
リング下に隠れていたネコ耳実況者がノロノロと起き上がり、トーナメント表を見て目を見開く。
『ハッ!? た、確かに大会規則として明記されております! そ、そしてシュウ選手の足下は……ほぼガレキと化しております! こ、これはもう場外といって良い状態なのでは!?』
そう。
俺は初めからこれを狙っていた……場外に追い落としての勝利。奴が何らかの隙を見せたら即座に落とそうと考えていた。
そしてあのドラゴンを利用した。奴のブレス攻撃をシュウに当てる。無論それで倒せるなどとは考えてもいない。
ブレス攻撃を防いだシュウの足下は、周囲のリングがブレスの熱で溶け、ほぼ孤島のような状態で残る。
そこで斧を放った。奴は余裕で避けるだろう。それが狙いだ。初めから目標は奴自身ではない。
奴の足下。残った最後のリングも破壊し、事実上の場外にする事。それこそが俺の作戦だったのだ。
「ふ、ふざけるな! これはリングが壊れただけだろうが! 俺は場外に落ちていない!」
完全に予想外だったのだろう。シュウは慌てふためいて抗議する。
『お待ちください! ただ今、大会本部がこれを場外とするか審議を行うとのこと。しばらくお待ちください!』
ネコ耳実況者がなだめるが、シュウは動揺してか更にヒートアップ。
「そもそもこんな脆いリングを設置してるのが問題だろう!? 明らかにそっちの不始末だろ!? 転生者を呼んでおいて、こんな粗末な設備ならこうなるのは当たり前――」
『……えー、たった今、たちどころに審議が決定しました。運営側が用意した設備には全く問題はなく、リングが壊れるなどありえない。よってシュウ選手が立っているのはリングの残骸ではなく場外。しめやかにシュウ選手の敗北が決定いたしました』
「んなあああっ!?」
『動揺して運営側にケチをつけるという痛恨のミス! これもソウジ選手の策略だったのかぁーっ!? ともかく、ソウジ選手の二回戦進出決定! おめでとう、そしてありがとうございました!』
命を救われた礼なのか、深々と頭を下げるネコ耳実況者。彼女の背後では、避難場所から戻ってきた荒くれ共達がブーイングの大合唱。
ともかくこれでまた休める。戦いの緊張が解けて脱力すると――脇腹に獰猛な痛みが走った。忘れていたわけではないが、負ったダメージの深さをまざまざと思い知らされる。
なるべく表情や動きで悟られないよう、俺は痛みをこらえつつゆっくりと控え室へ向かった。
そして戻った先には、意外な人物が待っていた。




