13章-(7)恐るべき竜の王
『ド、ドラゴロード!? “黒染の森”の奥深くに棲むとされた伝説の怪物!! 咆哮は千里を駆け、飛翔により森は吹き飛び、口からの炎は山すら砕く……! み、みなさん退避を! この闘技場のバリアではドラゴロードのブレスは防げません! わたしも逃げるので皆様退避をーっ!!』
全長30メートル近いドラゴンは一瞬頭を下げ、次の瞬間巨大な口を開き、咆哮!
ヴヴォォォオオ゛オ゛ァァッッ!!
体が、地面が震える。この世の覇者たる存在に、生物としての格の違いを知らしめるかのように畏れ、恐れ、怖れ震えている。
圧倒され、その場に縫い止められたように動けない俺の頭上に、ドラゴンの大質量の爪と前足が振り下ろされようとしていた。
……気圧されている場合か! 動け!!
自分自身を叱咤し、すんでの所で回避。
ズドオッ!!
闘技場の石製のリングがガラスのように容易く砕け、飛礫が弾丸のごとく俺の体に突き刺さる。
むろん致命傷となる部位は避けたが、腕や足の数カ所に飛礫が突き刺さり、肉を抉られた痛みが血と共にじくじくと現れる……回避してもこのダメージか。もはや生命体というより一個の天災だ。こんな奴とまともに戦えるのか……?
“降参”の二文字が頭をよぎった。
だが、その時――
恐怖による生存本能が脳を活性化させているのか……ドラゴンはゆっくりと、いやにゆっくりと前足を引き上げ、ゆっくりと、ゆっくりと態勢を整えようとしている。
奴はこちらの動きすら見定めていない。遅い。あまりにも遅い。
……勝機、か?
その瞬間。俺の体にまとわりつく呪縛じみた恐怖心は解かれる。
ノルアドレナリンがアドレナリンに取って代わる。怒りと共に血が全身を駆け巡り、腹の底から爆発的な力が湧き上がる。
殺せる。目の前の存在は――殺せる!!
俺は我知らず咆哮を上げ、ドラゴンの前足、足首に攻撃を加えた。
疾駆し、二回転半の遠心力を加えた会心の一撃!!
しかし――ギイン!!
金属音と共に、俺の斧は大きく弾かれた!
――なに……!?
「無駄だ。そのドラゴンのウロコの硬度はジスフロン鋼を遙かに凌ぐ。この世界の金属で最も硬い金属を凌駕する……攻撃し続ければ、砕けるのはお前の斧の方だろうな」
遠くでシュウが愉快そうに講釈をたれる。まるで俺達の戦いを頭上から眺めるゲームプレイヤーの如き超然とした口ぶりで。
舐めやがって……ゲームはいずれ終わる。今がその時だと教えてやる!
ヴヴォルァッ!!
地面のゴキブリを叩くように、ドラゴンは俺の姿を追い執拗に両前足を地面に叩きつける。
俺は走りながら斧の視界がもたらすナビゲートに従いかわし、同時に飛散する飛礫に時間魔法を掛ける。地面の微少な塵の時間を遅らせ、触れた敵の足を削る“撒微止”……!
ギイイン!
金属がぶつかるけたたましい音。しかしドラゴンの足は無傷。ウロコに傷跡すら見られない。
ならば……!!
俺は足下に転がっていた2体のオークの死体を両手で掴み、ドラゴンへ向けて放り投げる。
そしてすかさず時間操作。俺がダメージを受けないレベルに調整し、時間を遅らせる――“時減爆弾”!!
ドラゴンは目の前の邪魔な死骸を払いのけるように、首を振って頭部で死体に触れた。
その瞬間――発破!!
親指を地面に下ろした瞬間、体がブッ飛び散りそうなほどの衝撃と暴風が全身を襲う!
斧の柄を地面に突き立ててどうにか耐え、全身になだれ込む風塵を払いのけて見る。
目の前のドラゴンは。
ドラゴンは……無傷!?
――嘘だろ……
「爆発系の魔法か何かは知らないが、残念だったな。」
シュウが余裕綽々でほざく。
「ドラゴロードの鱗は強力な魔術耐性を持つ。物理攻撃は効かない。そして魔法攻撃も無効化!! 竜の王に勝てる奴はこの世にいない! 俺以外には存在しない!!」
くそ……この世界のチート共はなんだってこう全攻撃カット能力ばっかり持ち寄ってきやがるんだ?
だからこその“チート”の称号か……しかしどうやって攻める? 人語を解さないバケモノである以上、以前のクルミ戦のようにハッタリも効かない……!
奴の言う通り人が戦って勝てる存在ではないのか? いや考えろ! 弱点はある! 必ずどこかに弱点はあるはずだ!
斧を構えると、ダンウォードの爺さんの声が脳内で響く。
『相手がどれだけ強大であろうと弱点はある。そのように作られているからだ。神ならぬ身である生命は、わざと不完全に作られておるのだ』
何が神だよ。こんな状況で神も何もあったものかよ……
『よく見ろ。よく観察しろ。敵の体を見よ。敵の表情を見よ。敵のわずかな身じろぎすら見逃すな。答えは必ずある。お前の斧をたたき込める隙が必ず一点見つかるはずだ』
答えが見つからない場合は?
『執念深く探せ。でなければ作れ。お前の手で敵の弱点を作り出せ』
無茶苦茶いいやがる……
けれど少しだけ気が楽になった。ドラゴンの攻撃をかわしながら、俺は相手をすみずみまで観察する。
すると――1個所、曇天においてなお白銀に輝く鱗の中に、くすんだ色をした鱗が一枚。
他の鱗とは異なり、歪んで生える鱗が首筋に見えた。
あれは……もしや、脱皮し損ねて残った鱗の一枚……?
あれだ。
あれが奴の弱点だ!
俺は斧を地面に突き刺し、同時にロックを解除。
刃だけを地面に残し、ドラゴンへ向かって疾駆する!
迎撃すべく巨大な前足を振り下ろすドラゴン。
俺は体を振って右にかわし、同時に地面を蹴って跳ぶ!
ドラゴンが振り下ろした前足に飛び移り、鱗を足場に体を登る。
ヴヴォァっ!!
短い怒声と共に、ドラゴンは体をゆさぶり俺を振り落とそうとした。
俺は奴のご自慢の鱗にしがみつき離れない。巨大な翼による風圧にも歯を食いしばって耐え、隙を見てさらに登る。
前足を伝い、肩へ、首へ!
グガッ!?
ドラゴンは困惑の声を上げ、俺の動きを追うように首を巡らせる。
俺はドラゴンの首の周囲を素早く巡る。二周、三周……五周。これで十分だ。
歪んだ鱗の周囲に鎖を巻き付けた後、長い首を一気に駆け上がり、跳ぶ!
ようやく俺の姿を捕捉したドラゴンが、空高く飛び上がる俺に向け巨大な牙を剥いた。
馬鹿な獲物を喰い殺してやろう……そんな顔だな。思い知るといい。
どちらが愚かな獲物だったのかを――!
俺が斧に思念を送ると、縫い止められていた斧の刃が地面から離れた。
大きく跳ね上がった刃は、高速で回転しながら鎖を伝い戻ってくる。
ドラゴンに5重に巻かれた鎖に従い、回転する刃がドラゴンの首を五周!
ギャギャギャギギギギ!!
耳障りな金属音と凄まじい火花を上げる刃。首筋の歪んだ鱗は、執拗に襲う刃の猛攻に耐えかね、脆くも弾け飛んだ。
出来た。
たった今、無敵の竜の王にただ一つの弱点が出来上がった。
あとは――そこに斧をたたき込む!!
戻ってきた斧の刃を柄にセット。自由落下と共に斧を振り上げた。
柄を握る手に力を込め、鱗のはがれたやわな皮膚目掛け――斧を振り下ろした!!




