2章-(5)宴もたけなわ
一階の大広間。
壁の松明や燭台の明かりで、パーティー会場は黄金色の光に包まれていた。
真新しいクロスの敷かれた長テーブルがいくつも並び、その上には豪勢な料理の数々。香ばしい肉や刺激的なスパイスの香りが鼻をくすぐり、思わずツバを飲んでしまった。
「オラオラ突っ立ってないでドンドン食え! 飲め! 熱いうちに食わねえと料理に失礼だぞお前ら!」
「ムホホ! ペリトソースを使ったローストビーフか! こいつをまた食えるとは思わんかったわ! イル殿もどうじゃな?」
「……多めによそってくれ」
ネロシスが会場をさらに盛り上げ、ダンウォードとイルフォンスは自分たちの食いたいものを次々取り皿へ放りこむ。
俺はといえば、給仕係のメイドからもらった空の皿を持ったまましばらく会場の端で呆然としていた。
ざっと見渡して、会場の人数は100人以上いる。
いったいどこにこれだけの人数が隠れていたのだろう?
いや……それよりも気にかかるのが、彼らの姿だ。
パーティーを楽しむ人々の中に、トカゲのような顔と鱗を持つ者。オオカミのような顔をした毛むくじゃらの男。目も鼻もなく、縦に裂けた口だけが顔にある性別不詳の存在。そんな異形の者達が混ざっているのだ。
……ここが異世界だ、ということを改めて思い知る。俺が知る世界では断じてない。異形のモンスターが当たり前に存在する世界。
というか、あの中で飯を食っても大丈夫なのか? テーブルの料理と一緒につまんで食われたりしないだろうな……?
「あらあら~あなたが噂の転生者さん? 想像していたよりもカワイイのね~」
フワフワした口調の女性の声。振り返ると――俺は思わず一歩後ずさった。
赤い髪の女性。だがその背中には、タコのような赤い触手が8本生えている。
両手は人間と同じだが足は先端で触手のようになっている。彼女の周囲には透明な水が綺麗な球形になって湛えられており、本人はその水の球の中でふわりと浮いていた。
「あれえ~? もしかして、“魔人”を見るのは初めてかな~?」
――魔人……?
「わたしたちみたいに、いろんな形をしてる種族のことよ~? よく魔獣と一緒にされちゃうけどわたしたちもあなた達と同じ“人間”だから、いきなり襲ったりしないよ~? だから、あなたもいきなり襲いかかったりしないでね~?」
水の中で女性がしゃべると、水の球の表面にわずかな波紋が広がる。水を振動させて声に変換しているのか。器用だな。
しかし、いかにもRPGとかに出てくるモンスターみたいな見た目だが彼らは普通にコミュニケーションがとれる存在のようだ。
ということは、魔獣……というのが、俺が想像しているモンスターのようなやつなんだろうか? 区別できる自信がないな……
「このパーティーはね? わたしたちみたいな魔人や特別な力を持つ人間達が、『伯爵』から解放されたことを記念するパーティーなの~。もう少しでみんな生け贄にされるところだったからね~」
生け贄。そういえば昨日もマーリカに似たようなことを説明されたな。
『伯爵』は本当にいたらしいし、あの話も全て嘘だったわけじゃないのか……
「ここでは、普通の人も魔人もおんなじ立場ってわけ~。だからね~? この機会に、お互いのことをよく知るのもいいと思わな~い?」
ん? なんか嫌な予感が――
そう思った瞬間、女性が突然タコ足で俺の体を縛り付けた!
「あははっ! わたしはオクトゥっていうの~。転生者さんのお名前は~?」
オクトゥがタコ足の強力な力でずるずると引っぱってくる。てか、魔人はいきなり襲わないんじゃねえのかよ!?
野郎の触手責めとか誰得なんだ――ゴボボっ!?
水の球の中に顔が突っ込んだ。思わず目と口を閉じる。
「ねえねえ転生者さんってば~? 何も言わないならもっとイタズラしちゃうよ~?」
色っぽいオクトゥの声が、水の中で幾重にも反響する。ってか、言わないんじゃなくて言えないんだよ! 水の中だからな!
というより、この額に当たるプヨプヨした丸い二つの物体はまさか……
やばい、目をつぶっているから余計に想像が働いてヤバイ!
「……そのくらいで頭を冷やせ、オクトゥ」
エロと酸欠でパニックに陥りかけた俺の耳に、凜とした女性の声。
その瞬間。
「冷たあああぁぁいっ!!」
オクトゥは突然タコ足を離し、俺は水の球から抜け出せた。
せき込みながら見ると、水の球の中に複数の氷が浮いている。オクトゥはそれを慌てて外に弾いていた。
「大丈夫かい? ソウジ」
氷の入っていた空の器を手に、そう声を掛けてきたのは――ショートカットの女性兵士。
そう、昨日城から落下しかけた時、俺を助けてくれた翼の女性だった。
だが――俺の目の前にいる女性は両手も足も普通の人と変わらない。一体これは……?
「ん? ああこの姿か。魔人は完全な人の姿をとることもできるんだ。さすがにあの手じゃパーティーを楽しむには不便でね」
わずかに口元を緩め、翼の女性は改めて挨拶をしてくれた。
「私の名はレイザ。君の事はダンウォード殿から聞いている。これからもよろしく願う」
ピシリ、と効果音が出そうなほどレイザさんは規律正しく礼をし、握手を求めた。
俺が会釈をしつつ握手を返すと――背後からオクトゥの声。
「ちょっとレイザ! いきなりなにすんのよ~!?」
「君は飲み過ぎだオクトゥ。君のような者がいるからますます魔人が誤解される」
「なによぉ~? ちょっとしたスキンシップじゃないのよぅ~?」
「酒のせいにしてセクハラをしていたように見えたが?」
「うっ……」
ぎくり、と表情がこわばるオクトゥ。
「気をつけるといいソウジ。あの女は無類の年下好きでな。何人もの少年があの女の犠牲になっている」
「え~? 犠牲だなんてひど~い。みんな最後は気持ちよさそうにしてたよぉ~?」
「壮絶な形相で溺死していたの間違いだろう? 外でやらかしすぎて捕まり、最後はこの城まで連れてこられたことをもう忘れたか?」
「……反省してますぅ~」
そう言いつつ、オクトゥはタコ足で数本酒の瓶を取り水の中で豪快に飲み干した。全然反省しているように見えないんだが。
「まったく……他の魔人は彼女より紳士的だ。安心してくれ」
キリリとした表情を崩さないレイザさん。彼女なら他の連中よりも信頼できるかもしれない。




