13章-(4)出迎えるセイとネロシス
「よう! 一回戦進出おめでとう!」
控え室に帰った時、出迎えたのは――ナインズの一人、金髪リーゼントが特徴のネロシス。
――何であんたがここにいる? 仕事はどうした?
「おいおい、人をサボり魔みたいにいうなよ。一応仕事で来たんだぜ? 楽しんではいるけどな」
――仕事?
その時、傍らにいたセイが泣きそうな顔をしながら俺の足下へ掛け寄ってきた。
「その子だよ。その子を守るためにここに来た」
――なに? セイを……?
ネロシスからセイへ目を向けると、彼女は手に持っていた包帯を俺にかかげ、ハラハラした様子で俺に目で訴えてくる。
……手当てしてくれるつもりなんだろうか? 確かに先ほどの戦いでけっこうな血を流した。今は血は止まっているが、また無理に動けば傷口が開く恐れがある。
俺はセイの頭を軽く撫で、学ランとシャツを脱ぎ上半身裸の状態になる。血で癒着しかけていた傷口が引きはがされ、脱ぐ瞬間痛みで顔をしかめたが……幸い傷口は開いていないようだ。
「ナイト“5”……マーリカの奴が行動中、巫女ちゃんを一人にしとくわけにはいかねえ。知っての通り、ここは荒くれものが集うブラッドスポーツの大会だ。一応会場でチェックはしているが、何人か手配書が出回っているようなろくでもねえ奴らも紛れ込んでる。そんな連中の近くに我らのお姫様をおいとくわけにゃいかねえ。だろ?」
――それであんたがナイト役か。手配書出てんのは俺等も同じだろうけどな。
「……言ってなかったか? 手配書出てるのはお前とマーリカの二人だけだ」
――聞いてないが?
「そりゃ悪かった! 人目を惹くのは華のあるお二人に任せるべきと思ってな」
――羨ましいか? 代わってやろうか?
「人々の恐怖と憎しみの的となるナイトオブナインズ。その構成員として全国に指名手配……最高だな。ロマン溢れる話だ。だが残念だな、キャスティングは既に決まっててな……ああこれも言ってなかったか? 悪い悪い」
――組織名乗るなら報連相の一つくらい守ってみせろよ……
嫌味を吐き捨て、ふと視線を落とすと――あたふたしながら俺の腹にある傷口付近を包帯でぐるぐる巻きにするセイの姿を見た。
――あーそっか……巻き方知らねえか……うん、もう大丈夫だ。助かった。
「!!」
俺がそう言っても、セイは首を横に振り強情に包帯を巻き続ける。
……いや、気持ちはありがたいが……これじゃ手当ってか、包帯で締め上げてるだけってか……
「お、スジがいいな巫女ちゃん。ちょっと貸してみろ、ここでこうしてこう締めれば……ホレ、これでいい感じになった」
ネロシスはセイから包帯の端を取り上げると、手慣れた様子で包帯をきちんと巻いて見せた。
「……」
「巫女ちゃん他にも包帯持ってるのか? んじゃあちょいと借りるぜ?」
ネロシスはセイから包帯を取り上げ、傷を負った肩や腕、胸を手早く包帯で手当てしてみせた。
「これでOK! 巫女ちゃんもよく頑張ったな!」
「!」
ネロシスは腰をかがめてハイタッチしようとするが、セイはなぜかむくれた様子でプイっとネロシスから顔を背けてしまった。
「ありゃ? 反抗期か? はは、お子様は成長著しいな!」
ネロシスは全く気にせず、むしろ楽しげにヘラヘラと笑う。反対にセイの方はネロシスのノリについて行けないのかゲンナリとした表情を浮かべていた。
「さーて、親睦が深まったところで、大丈夫かソウジ? お次の相手も転生者だ。しかもなかなかの有名人だぜ?」
――深まったのは親睦よりも溝のほうだと思うが……そんなに強い奴なのか?
「ん、いやなあに、お前さんなら倒せるって! お前さんがこれまでどんな奴らと戦ってきたかは知ってる。なあに、今回も楽勝楽勝!」
――転生者相手に楽勝した記憶なんてほぼないがな……
「オイオイ弱気は頼むぜ!? こっちはお前さんに有り金全部賭けてんだからよ!!」
――なに賭けてんだよ! やっぱ任務そっちのけで遊んでるだけだろお前!!
「い? あ、ああ~違うちがう誤解だって! この金は一応組織のために? ……まあ投げ打ったのは私財なんだけどな。いや、あー、まあそんな所だ! 組織のための健気な活動! ……なんだぜ?」
ならなんで疑問系で終ってんだよ……全く。
俺は溜息を吐き、脱いでいたシャツと学ランを着る。
すると気づく。シャツも学ランも、先ほどの戦闘で破れた個所が完全に修復されているのを。
……こちらの世界に転生された者は驚異的な身体能力のほか、体に備わる治癒能力も格段に上がるとされている。
そしてその特性は着ていた衣服にも現れる。自己修復機能……衣服が負った傷は、しばらく時間をおけば勝手に治ってくれるのだ。
おまけに汚れや臭いまで取り除く便利機能まで備わっている。本当にありがたい。これ一着しか着るもんないのにいちいち洗濯してられねえからな。
血も止まったことだし、見た目には先ほどの戦闘のダメージは残っていないように見えるだろう。
対転生者戦においてこれは重要だ。ハッタリを仕掛ける時にこっちが死にかけ同然の見た目じゃ説得力も半減するからな。
「……思ったより早くスケジュールが進んでるな。ま、今回は転生者が大勢参加してるからな。無理もない」
ネロシスは天井を見上げ、地下一階からその先の闘技場を見据え、呟く。
……俺からはほぼ物音は聞こえていなかったが。やはりこの男も“ナインズ”。その実力は侮れないようだ……
「んじゃあ俺達はここいらで退散させてもらうぜ。ま、司会のネーちゃんに呼ばれるまで仮眠でもして待ってるといい」
ネロシスは鬱陶しいウィンクを一つかますと、ここから離れたくない様子でジタバタするセイを抱え、颯爽と立ち去っていった。
静寂に包まれる控え室。
……正直ありがたい。次戦も相手は転生者だ。ギリギリまで体力は回復させておこう。
木製の古めかしいベンチに体を横たえ、瞳を閉じて深呼吸を繰り返しながら、限られた時間で体をリラックスさせた。
しかし精神だけは抜き身の刃のように鋭く冴え渡らせる。
次の相手もチート転生者。
油断は即敗北、あるいは死に繋がる相手だ。
己を追い込まず。さりとて弛緩もせず。
心の奥底で刃を研ぐように。静かに。闘志だけを蓄積させた。




