13章-(2)憎むべき不条理
鼓笛隊が勇壮な音楽を奏で、出場希望者と思わしき連中が一斉に闘技場へなだれ込んできた。
事前に聞いた話では、ここで希望者同士を戦わせ、数を半数に減らした後に本戦のマッチングを行うのだそうだ。
俺の背後で希望者達は、剣撃を盾で防ぎ、火花を散らすようにつばぜり合い、魔法を撃ち合う派手な立ち回りを繰り広げている。
だが俺は一向に気に留めず、先ほど切り落とした魔獣の頭部を斧で砕いた。
死骸から被害女性の遺品を取り出すためだ。せめてどこか、安心して眠れるような場所に弔ってやろうと思っていた。
すると、鋭い歯と歯の間に、銀色に光るものを見つけた。
拾い上げる。血まみれの手の中にあったのは、小さなロケット。
拾った拍子にロケットが開き、魔術による光が漏れ出る。
ホログラムのように映像が浮かび上がった。静かに微笑むのは先ほど喰い殺された女性。その背後に居るのは、彼女の娘であろうか? はつらつとした笑顔で女性を後ろから抱きしめている。
仲良く幸せそうな様子で浮かぶ二人の姿。
……俺は、体の内側から焔のごとく噴き上がる怒りに打ち震えた。
かつて、幸せに暮らす親子がいた。六大国のこととは無関係に、慎ましく暮らす家族があった。
ただ魔人であるという理由で家族は引き裂かれ、母親は喰い殺され、そして娘もおそらく無事ではいまい。
彼女が何をした? なぜ彼女はこんな末路を迎えねばならなかった? 一方的な欲望のために一方的に犠牲となり、そしてその死をも娯楽の一つとして扱われ……
……許されていいのか? こんな不条理が! こんな理不尽が!!
全身の血が逆流するように猛り狂う怒りの感情。
しかしその時、斧が俺の背後に忍び寄る人影を“視”た。
素早く斧でガード。ギイン! という金属音が響き、襲撃者が数歩距離を取った。
「フン、予選会の最中だぞ? よそ見してるとは余裕だな」
白いロングコートに日本刀を持った少年がニヤリと笑う。
黒い髪と特徴的な獲物……こいつも転生者か。
「それじゃあお手柔らかに……テキトーに行きますかっ!」
転生者は飄々とした調子でそう言い、次の瞬間凄まじいスピードで左側面へ回り込む。
「吼えろ! 轟雷破断っ!!」
転生者が叫んだ瞬間、俺の頭上に落雷が迫る。
すると瞬間、飛び上がった転生者の刀が雷を受け止め、凄まじい電光と共に大上段斬りを放った!
俺は剣撃を避け、大げさなほど飛び退いて地面に放電される雷撃をも避け切った。
魔法……いや“スキル”って奴か? だが魔法であれスキルであれ、魔剣の“血の霧”によって威力を減衰させることは可能だ。
俺は煮えたぎる怒りを放出するように大量の血の霧を散布。
……目の前の男に恨みはない。だがニヤついた顔でこんなクソのような大会に平然と出ていることは腹立たしい事この上ない。
せっかくケンカを売られたんだ。盛大に八つ当たりさせてもらう。
「ハッ! 魔剣頼りのザコが! 本当の戦いを教えてやる――嘆き叫べ! 風塵瞬閃!」
叫ぶと同時に、転生者の姿がまたも消え、目で捉えるられぬほどの速さで斬り掛かる!
ガガガガッ!
転生者が刀を振ると、同時に緑色に輝く無数の風の刃が発生。その多くは血の霧で無効化させたが、それでも全ては打ち消せない。
剣撃自体は全てガードしたが、無数の風の刃が俺の全身を切り刻む!
「どうした! 防戦一方じゃないか! 一発でも俺にダメージを与えてみろ!」
……風の刃は肌のごく浅い個所しか切っていない。ただのかすり傷だ。刀による致命傷さえ回避していれば何も問題は無い。
「魔法でも使ってみろよ! あんたも転生者なんだろ!?」
こんなかすり傷を負わせて有頂天か……魔法を使うまでもねえ。
俺は斧を構え、あえて隙だらけの大ぶりの横薙ぎ攻撃を放つ。
「パワー頼りのノロマめ! 当たらなきゃ意味ねえんだよ!」
予想通り、転生者は攻撃をかわしまんまと懐へ入ってきた。
俺は半転し、同時に斧の柄から右手を離し即座に逆手へ持ち替える。
ビリヤードのキューを扱うように、左手を石突きに添えるように構え――
「……へ?」
懐に入った転生者の腹へ、石突きによる突き上げを放った。
「ごぶぅぅっ!?」
……スピード野郎を沈めるための一撃。イルフォンスの奴から教わった戦法だ。
全力で突けば奴の腹ごとブチ抜くこともできたが、あえて加減し空中へ浮かせる。
空中に放り出された足の一本を素早く掴み、反対側の地面へ力任せに叩きつけた。
「あがぁっ……!」
衝撃で肺の空気を全て吐き出し、一瞬動きを止める転生者。
無論、この隙を見逃すはずはない。
「ひぃっ!?」
地面に両手足を広げ仰向けに倒れる転生者へ、俺は斧を両手で握り、頭上高く振り上げた。
「ま、ま、参った! 俺の負け――」
怒りのままに、全力で振り下ろす。
ドゴァッ!!
土砂が衝撃で噴き上がり、地面に大きなクレーターが現れる。
白コートの転生者は……生きている。
俺がわざと斧の軌道を反らせた。奴の左耳から1センチほどの地面に斧が深々と突き刺さっていた。
――ノロマめ。命乞いが遅い。
俺がそう吐き捨てると、
「はは……あははは、は……」
白コートの転生者は、両目に涙を浮かべながら笑う……ムワッと広がるションベンの臭い。奴の股間を中心に黄色い液体が静かに広がっていた。
俺は鼻を鳴らし、斧を引き抜いて踵を返した。
俺の目的は陽動。これだけ引っかき回したんだ。俺の役目はここまでだろう。
静まりかえる闘技場。予選会に参加していた連中も全員動きを止め、固唾を飲んで俺を見つめているようだ。
『ちょ、ちょっと待ってください! どちらへ向かわれるんですか!?』
ネコ耳実況者が慌てて俺の背後に取りすがる。
――出口はこっちで合ってるんだよな?
『な、何をおっしゃります! 予選を突破されたのですよ!? 本戦が始まるまで控え室でお待ちください!!』
――悪いが棄権する。後はお前らだけで勝手にやってろ。
再び出口へ歩き出そうとする俺の前に、ネコ耳実況者が素早く回り込んだ。
――どけよ。
『ひっ!? で、でも絶対どきませんよ!? あなた、ご自分の立場分かってます!?』
――は?
『す、凄んでも無駄です! あなたが棄権する事は許されません! そうですよね! 皆さん!!』
ネコ耳実況者の声に反応し、闘技場に詰めかけた見るからに荒くれ者の連中が声を上げる。
「当たり前だ! 今さら逃げんじゃねえぞ!!」
「そうだ! 萎えること言ってんじゃねえよボケェ!」
「殺せ! 殺し合え!! 俺を楽しませろ!! ここに来るのにいくら払ったと思ってやがる!!」
「殺せ! いや死ねや! むしろ死んでくれえ!!」
闘技場を包み込む「殺せ」コール。どうやら俺があの転生者を殺さなかったことがよほどお気に召さなかったようだ。
……代わりにあの連中をぶっ殺してやりたい。今はそんな気持ちだ。
と、その時、通信ピアスを通してマーリカの声が届く。
『いい感じに会場が温まってるわねえ。オッケーそれじゃあこのまま続行して』
――続行だと?
『うん。このまま選手として戦い続けなさい』
なぜそんなことを……と言いかけたがやめた。
こいつのことだ。どうせ俺を鍛えるためとか言い返すに決まってる。いつものように、俺が苦しむ様をしばらく見物するつもりなのだろう。どいつもこいつも……
『このまま帰ればこの闘技場の人々全員を敵に回しますよ!? どうしますか! このままおとなしく控え室に戻りますか!? それとも――』
――控え室はどっちだ?
俺が尋ねると、ネコ耳実況者はパアっと明るい笑顔を浮かべた。
『賢明な判断です! みなさま拍手を! 拍手をお願いします! 脅してようやくヤル気出してくれたこの超怖い転生者さんに盛大な拍手をっ!』
彼女に煽られ、闘技場の連中が「それでいいんだよ馬鹿野郎!」と俺を罵りながら万雷の拍手を送る。
……任務関係なしに暴れてやろうか? ったく……
クソッタレ共の身勝手なエールを背中に受けながら、俺はしぶしぶ選手控え室へと向かった。




