13章-(1)ジレドの武闘会
『みなさまっ!! ようこそここトルキア・コロッセオにお越しくださいました! ありがとうございますっ!』
石造りの巨大なリングの中央。頭にネコ耳を生やした魔人の女性が、拡声魔法を付与した杖をマイク代わりに周囲の観客へ呼びかける。
すると周囲の観客席にひしめく彼女のファンらしき男達が一斉に歓声を上げた。
ここはコロッセオ。つまりは――闘技場だ。
「う~わ、ひっさびさ。全然変わってないわーここ」
隣のマーリカが懐かしむように周囲をキョロキョロしだす。
俺達は一番外側の観覧席。この闘技場のほぼ全景を見渡せる位置にいるわけだが……かなりデカイ建物だ。1万人くらいは収容できそうだな。
もちろん俺の元いた世界じゃこれくらいの大きさのドームはさほど珍しくもないが、この異世界でこれほどの規模の建物はお目にかかれない。
魔法でこしらえたか、奴隷使ってコツコツ作ったかは知らないが、石積みの巨大な建造物ってのはなんだかロマンをくすぐられるよな。
……って、んなことはどうでもいい。
――どいつだ? ジレドの公爵とやらは?
「んー……ああいたいた。向こうの特等席でふんぞり返ってる奴」
マーリカの指し示す先に、装飾つきのデカイ椅子に腰掛ける小太りのオヤジがいた。右手に酒を満たしたグラスを持ち、左手は毛皮のコートを羽織る美女の腰に……ベっタベタな権力者像そのままの姿に軽く脱力しかけた。
あいつがこの国、ジレド公国を治める公爵。ようはこの国の王……のニセモノだ。
「準備はできてるでしょうね? ソウジ?」
――ああ。
マーリカの軽い調子の言葉に俺は頷く。
ここに来た目的はあの男――ジレドの王のニセモノを抹殺するためだ。
◆◆◆
――ジレドの武闘大会?
「そ。2日後に公爵杯のデカイ大会が開かれるみたいでね」
2日前、キョウコやリントが姿を消した後、俺はマーリカからその話を聞いた。
この国、ジレドを滅ぼすためのお膳立てについて。すなわち――
「今度の武闘大会にはこの国を治める公爵、ギュスペルク候が来ることになってる。せっかくだから挨拶代わりに首もらってこうかってお話」
ギュスペルク公爵……六王が集う会議にも来ていたこの国の王。正直あそこにいたどいつがその公爵なのかはわからないが、そんな事よりもだ。
――いきなりこの国の王様殺しにかかるのかよ? そんな簡単にいくのか? ってか、王様一人倒してすぐに取れるもんか? 国とかってのは?
「うんまあ来るのは公爵サマ本人じゃなく影武者だしね。警備は割とザルだから」
――ニセモンじゃねえか!!
「だから挨拶だっつったでしょ? あとさっきの質問にも答えるけど、王様一人倒しても国は変わらないわよ。跡継ぎも一応いるし、逆に簡単に王様殺っちゃうと国民が危機感覚えて国と一致団結しかねないから悪手この上ないんだけど」
――倒すのは偽者の上に、下手するとこの国の国民全員からナインズが敵視されるってことか? 大会で襲ってなんのメリットがあるんだよ?
「だーかーら。単なる挨拶なんだって」
マーリカはニヤリと、悪意たっぷりの笑顔を浮かべる。
「公爵の影武者を襲う目的は2つある。1つはこの国の民や公爵連中にあたし達ナインズを存在を深く刻みつけること」
――確かムラマサの話じゃ、もう既に俺達の手配書が出回ってるらしいが? 今さらアピールする必要あるか?
「あれはこのための下準備にすぎないのよ。手配書で細々と知られるだけじゃ、単なる賞金首で終っちゃう。それじゃあ困るのよ。あたし達は世界を敵に回した大悪党、この世を揺るがす巨悪でなければいけないからね」
――というと?
「つまり、この世界に大きな影響を与えられる存在として認識させる。知名度が上がれば必ず人が集まる。この国やこの世界に不満を持つ勢力がね」
――悪名を必死に広めていたのはそのためか。
「そういうこと。組織の拡大に繋がることはもちろん、そういう勢力を使ってこの国の各所で暴れさせれば、徐々にこの国も疲弊してくるだろうしね」
……敵国内部に兵を随時送り込み、各地で火の手を上げさせ、国を内側からボロボロにする……このやり方は確か、六大国の会議でヅィークが語ってみせた、俺達の国を滅ぼすための計画だったはずだ。
ラスティナはその時、“そっくりそのままお前達の世界で同じことをしてやる”と言っていたが、本当に宣言通りのことをしようとしているようだ……
「で、話続けてもいーい?」
マーリカは手を腰にやりながら、やや不機嫌そうにそう言った。俺は話の腰を折ったことを軽く謝り、公爵の影武者を襲う目的の続きを促す。
「……そんで、公爵の影武者を襲う目的その2! それはズバリ……アンタよ!!」
ズビシっ! と、マーリカが人差し指を俺に向ける。
――俺?
「あたし達ナインズの名前を知らしめると同時に、アンタの存在を公にする――ナインズの構成員に転生者がいる、ってね」
そうか。
この世界の連中は転生者を畏怖と驚異の存在として扱う。そんな奴がナインズにもいると知られれば――
「影武者とはいえ、公爵の殺害というニュースと一緒に一気に広がるわよ? ナインズの目的である世界の破滅……転生者も荷担しているとわかれば、あたし達の本気度がよりリアルに感じられるでしょうよ」
騒乱と恐慌。そしてその果ての闘争が待ちきれないとばかりに、マーリカは溢れる加虐心に歪んだ笑みを浮かべた
付き合っていられない……と理性では思っていても、胸の奥底で熱い滾りが蠢くのを感じた。
……自分の本質が殺人を愉しむ怪物であるということを思い知らされる。
きっと俺の行動や理念には正義などどこにもないのだろう。何をやっても何を成しても己の欲望のための欺瞞に過ぎない。
だがスジは通す。この争乱に、俺なりのケジメは必ずつける……!
「これまでの第一目標は魔王軍への救援だったけど、今の優先度はこっちの方が上だから。魔王軍の使いの連中も了承してたし、むしろ喜んでたわよ? あたし達が暴れれば国統軍の勢いも衰える。何よりの助けになるんだってさ」
――なるほどな。それで、どういう手はずでその影武者を仕留める? 二人で直接乗り込むのか?
「んっとねー……つまんないザコとの余計な戦闘はメンドいから、あたし一人で忍び込んでサクッと殺っちゃうのが楽なのよね。だからソウジもついてこられると割とジャマっていうか」
――ジャマ者ですいませんでしたね。
「スネないスネない! 可愛いんだからもう……ソウジには陽動として動いてもらうつもり」
――具体的に何をすればいい?
俺がそう訊くと、マーリカはニッコリと嫌な笑顔を浮かべた
「んっとね、武闘大会の出場者としてエントリーしてもらおうかな?」
◆◆◆
――それで、どこでエントリーすればいいんだ?
俺は、広い闘技場にはしゃいで観覧席のフェンスから危なっかしく身を乗り出すセイの襟首をガッチリ掴みながら、マーリカに尋ねる。
「南側にある中央階段から下れば行けるわよ? んでも、確か予選は11時ごろだから、あと1時間くらいは休んでなさい」
休めっつってもなあ。
……正直、やることなくてヒマだ。
俺があくびをかみ殺していると、マーリカが小さく肩を落とす。
「退屈そうね? んでもこれからちょっとした余興やるみたいだから、時間がくるまで楽しみましょ?」
――余興?
そう尋ねた丁度その時、ジャン! とシンバルの金属音が闘技場に反響した。
音の方角へ目を向ける。鼓笛隊のような一団がラッパや太鼓を手に、勇壮な楽曲を演奏し始めた。
『さてみなさま! 予選会までしばらくお時間がございます! そこで皆様の退屈を紛らわせるため、ちょっとした演目をご用意いたしました!』
ネコ耳姿の魔人の女性が、短いスカートをヒラヒラさせながら宣言。一番下の観客達は彼女の下着を拝もうと身を乗り出して声を上げている。
……なんか既視感あると思ったら、あれだ。コミケか。
『前座とはいえ命を賭けた戦いには目が離せません! 10回勝てば自由! 負ければ即命を失うサバイバルマッチの開幕です!』
闘技場が大きな歓声で包まれた。サバイバル……?
『初めてここに来たニュービーの方のため説明しましょう! サバイバルマッチでは、選ばれた闘士が大会側で捕らえた魔獣と戦う演目となっております。闘士は現在奴隷の身ですが、10回連続で勝てば晴れて自由の身となります!』
ざわ、と数人の人々が困惑の声を上げる。
『……あ、信じてませんね? “奴隷が自由になるわけない”って思ってます? ところがそうではないんです! 何を隠そう、私もその元奴隷でしたから!』
朗らかに答えるネコ耳女性。確かに、よく見るとゴツい筋肉こそないが、アスリートのように引き締まった体をしている。
ただのアイドルまがいかと思ったが、そこそこの実力があるのかも……とか思ってたら。
「!!」
隣にいたセイがまたも突然凶暴化し、俺の腕に噛みつこうとしてきた!
危ねえ! 即座に腕を引いてかわすと、ガチン、という音と共にセイの顎が閉じられた。
俺があんまり構ってやらないから怒ってるのか? だからって噛みつこうとしなくてもいいだろうに……
「お子様とじゃれつくのもいいけど、そろそろ出てくるわよ」
呆れるマーリカの声に俺が視線を戻すと、またも一際大きくシンバルが鳴った。
『それではっ! 最初の挑戦者の登場です! みなさま、大きな拍手をお願いします!』
ホルンが高らかに鳴ると、闘技場の壁面に設えられていた大きな扉がゆっくりと開く。
中から出てきたのは……ひどく怯えた表情をした中年女性であった。
なんだ? あんな状態で戦えるのか……?
金属製の黒い盾と荒い作りの剣、傷だらけの兜を纏った女性は、不安げに何度も周囲を見回している。
『それでは、自由を賭けたサバイバルマッチのスタートです!』
シンバルがもう一度大きく鳴ると――同時に闘士の女性が動いた。
剣と盾を放り投げ、必死の形相で観客席へと駆け寄る。
「助けて!! お願い誰か!! 助けてっ!!」
――な……
「なんでもするから!! このままだと魔獣に生きたまま喰い殺される!! お願いだから助けて!!」
まさか。
ここに出場する闘士ってのは、戦える人間ではなく……
本当に、ただの、この国の人間に無理矢理捕らえられた奴隷……?
唖然としていると、彼女は遠くの立ち見席にいる俺を見て、やや安堵した顔で懇願した。
「転生者様!! お願いですたす――」
その言葉は続かなかった。
彼女の上半身が、背後に高速で迫っていた魔獣に囓り取られてしまったからだ。
シュー……
と残った下半身から噴水のような血が噴き上がり、観客達から割れんばかりの歓声が上がる。
ボジュッボリッボリッボリッボリッ。
……魔獣が女性を咀嚼する生々しい音が聞こえる。
全長10メートルほどの巨大な魔獣はムカデのような体をしていた。人の腕のような足、頭部は目の部分が触覚になった巨大な人間の顔という異形である。
魔獣は口の下からおびただしい血を垂れ流し、口の端にへばりついていた女性の髪の毛をじゅるりと長い舌で舐め取り、愉悦の表情を浮かべた。
『おーっと、1人目の挑戦者はあっけなく食べられてしまったあーっ! 武器を捨てて魔獣に背を向けていたので当然と言えば当然の結末! ……自分の命や自由は自分の力で勝ち取らなければならない。他人に助けてもらおうだなんて虫が良すぎるんですよ』
ネコ耳の実況女性は冷酷に呟く。
俺は……自分の体が震えていることに気づいた。
目の前の光景が恐ろしいからではない。
自分の胸の内で、怒りの感情が急速に膨れ上がってきたからだ。
「ヒューッ! やっぱこうじゃないとねえ。ど派手に噴き上がる血ィ見ないとここに来たって気がしないのよねえ」
マーリカはセイの両目を隠したまま、楽しげにケラケラ笑う。
――セイを頼んだぞ。
「えっちょっとソウジ!?」
俺は観覧席のフェンスに登り、そのまま真下の闘技場へと飛び降りる。
見下ろす先には――残った女性の下半身をも貪る異形の魔獣。
俺は斧を振り上げ、落下と同時に魔獣の首を叩き斬った!
ドオン!!
衝撃で闘技場の地面の一部が噴き上がり、同時に魔獣の巨大な人型頭部が天高く浮き上がり、ドスンと落ちる。
ギャアアアァア! キイイィイィイイピィイイイイイイィッッ!!
赤紫色の血を流しながら、ムカデ型魔獣が後退する。よく見ると反対側にもトンボのような頭部がある。どうやら初めから頭部が二つある生き物のようだ。
俺は斧を地面から引き抜き、逃げる魔獣へ全力で投擲。
回転する斧はムカデ魔獣を真っ二つに斬り裂き、勢いのまま反対側の壁に突き刺さった。
しん……と静まりかえる闘技場。
ピクピクと痙攣し絶命するムカデ魔獣。
絶句し固まるネコ耳の女性。
俺は斧を呼び寄せ、ひとりでに戻ってきた斧をぶっきらぼうに掴むと、貴賓席でこちらを見下ろすギュスペルク公爵の影武者をにらみ付けた。
影武者野郎はニヤリと笑い、指で軽く指示を出す。
するとその意図を呼んだネコ耳実況者が慌てて声を上げる。
『……あっ! よ、予定を大幅に前倒しいたします! これより本武闘会へ出場する選手の予選会を始めたいと思います! 出場希望者の方は急いでください!!』




