12章-(15)リント再来
――お前、その姿は……?
目の前に佇むリント。特徴的な白い髪に赤く輝く瞳。露悪的な笑みは相変わらずだが――奇妙な事に、彼の姿はまるでホログラフか何かのように背景が透けて見えている。
何かの魔法か? 映像だけを俺に見せている……?
『ああ、この体は“メンタル体”だ。今は第四エネルギー体で活動している。肉体の方は封印されっぱなしだからな』
――第四……?
『早い話が幽体離脱みたいなもんだ。霊体だけで活動できる魔法だと思ってくれ』
“そんな事も知らないのか”といわんばかりの表情で肩を落とすリント。性格の方も相変わらずのようだ。
『それにしてもよく俺に気づいたな? いつ気づけた?』
――あの夜、ミズリスのアオイに襲われた時だ。寝ている俺を起こしたのはお前だろう?
そう。あの時。
ラスティナが俺に呼びかける前に、何者かが俺へしきりに“起きろ”と呼びかけていた。
聞き覚えのある男の声。そしてあの日からうっすらと感じられた何者かの視線。ずっと何者なのかと記憶を辿っていたが……今になってようやく思い出せたのだ。
しかし、リントは俺の指摘に対し、ニヤつきながらゆっくり首を横に振る。
『ああ、お前を呼んだのは俺だ。だけど俺はその前からずっとお前を見てたんだぜ? 俺を封印した後、列車強盗達に出くわした所からな』
……つまり、奴を封印した後からずっと霊体のままこっちを観察してたってわけか。
――何が目的だ? 復讐の機会でも狙ってたのか?
『まさか。この体じゃ何もできねーよ。もし出来たとしたらとっくにやってる』
まあ確かに正論か。では何故俺達を監視していた……?
俺がそのことを尋ねると、奴は今日の天気について答えるような気軽さで語る。
『ヒマだったからさ。他に見たいモンもなかったし、じゃあお前等の行く先でも暇つぶしに見てやろうかと思ってさ』
――理由はそれだけか……?
『ああ。別に俺は封印されっぱなしでも不自由はないし、そもそも封印される前もやることなさ過ぎてヒマを持て余してたからな。レベルが高すぎるのも辛いもんだぜ……』
――はいはい。
『相変わらずムカつくなお前……まあいいさ。まあそんな感じでD級ザコのお前がブザマ晒してるのを後ろで楽しもうと思って見てたわけだ』
――そりゃよかったな。楽しめたか?
皮肉交じりに聞くと、奴は何故かニヤニヤ顔を収め、真剣な顔を俺へ向けた。
『元の世界のために、この世界の侵略計画を潰す……マジなんだな、お前』
――なんだ? 突然?
『マジなんだよな?』
繰り返し俺の意思を確認される。俺は少しだけ考え、現在の自分の心境を伝えた。
――初めは元の世界に帰れさえすればいいと思っていた。だが旅をしていて、少しずつこの世界の事を知って、だんだんと実感が伴ってきた。この世界の連中をこのまま放置すれば、確実に俺達の世界に侵攻する。
俺にそれを止める力があるなら、俺がナインズにいる事で止められるなら――止める。馬鹿げた侵略計画は必ず叩き潰す。
そう宣言すると、リントは満足そうに1つ頷いた。
『オーケー。それが聞けて満足だ。スッキリしたぜ』
――どういうことだ? 何を企んでる?
『…………』
なぜかリントはバツが悪そうに、ボリボリと後頭部を掻く。
なんとなく気配で察した。まさか……
――手伝ってくれるのか? お前が? 俺を?
俺がそう訊くと、リントは心底嫌そうな顔をこちらに向けた。
『なわけねーだろ。なんで俺がお前なんかに……』
だよなあ。逆に安心した。
『……ただ』
リントは視線を外したまま、ぽつりと呟く。
『1つわかったことがある。世界は広い。自分一人の視点で何が正しくて何が悪なのか決めることはできない。俺の考えだけで理解できて完結できるほど、世界はちっぽけで単純なものでもない。ちっぽけな俺は……多くを見て、知って、学び続けなければならない……』
……なんだ? 知らない間に成長したな、こいつ。
いや、そうかこいつ……今までの俺達の旅をずっと見ていたんだよな。
いろいろな奴らの生き様を知り、学び、少しずつ成長していたのか。
そういえば、以前リントは元の世界でイジメを受けていたってな話をしていたな。
ムラマサとのやりとりやマーリカからの言葉で、何か思うことでもあったのか……
『ま、お前はムカつくが、色々と学ばせてもらった。楽しませてくれたことはまあ……感謝してやるよ』
意地でも上から目線を忘れない律儀さに、俺は思わず吹き出しそうになった。
『……何がおかしい?』
――いや。何でもない。敵意がないとわかってホッとしたんだよ。
『フン、ムカつくぜマジで……それじゃあ、本題に入らせてもらう』
リントは1つため息を吐き、真剣な顔を俺に向ける。
『奴が来ている。くれぐれも油断はするな』
――奴? 誰のことだ?
『俺とお前に関わる奴だ。あいつだよ』
いや誰だよ、と曖昧すぎる回答に対して問いただそうとした、その時。
ガサリ。
右方向から草むらをかき分ける音。
振り返ると――俺はありえない奴の姿を見た。
「…………」
黄昏時の暗い空の下でも分かる、鮮やかな赤い髪をした少女。
――ミュー……!?
思わず少女の名を呼んだ。
港町シパイドで出会った、元奴隷の少女。
だがありえない。あいつは……港町シパイドで死んだはず……!?
「久しぶり。元気そうだね、ソウジ君」
声は頭上。
振り仰ぐと――頭上の空間を斬り裂き、一人の少女が舞い降りる。
リントと同じ〈七罰〉の一人、黒髪に黒いセーラー服、相対的に雪のように白い肌が印象的な少女。
九浦敷梗子、であった。
◆◆◆
――キョウコ……
「ごめんね。すぐに逢いに行きたかったけど、こっちでも色々あってさ」
やや頬を上気させ、満面の笑みで近づくキョウコ。俺に会いたかったという言葉にウソはないようだ。
だが俺は――1歩、2歩、後ずさり、奴から距離を取る。
「ソウジ君……?」
戸惑いの表情を浮かべるキョウコ。
だが俺は知っている。
この女が過去何をしたか、ミズリスの連中から聞いている。
「あはは、ちょっと驚かせちゃった? でもごめん、どうしても見せたいものが――」
――何を企んでいる?
思わず語気が鋭くなる。キョウコは予想外のことにやや面食らったように慌てる。
「え? え? どうしたのソウジ君? さっきからちょっと変だよ?」
…………
「あ……もしかしてリントとの戦いであなたを置いて逃げたと思ってる? 違うよソウジ君、あれはスキルの性質状仕方なく――」
――ミズリスという組織を知ってるか?
俺がミズリスの名を口にすると、キョウコの表情が一変した。
事態を理解し、す、と瞳が冷たく細まる。
「なるほど……彼らがあなたに吹き込んだわけ……」
――当初お前は彼らミズリスの仲間だった。各地の転生者達を見つけ、保護し、組織の拡大に最も貢献していた……当時あの組織の実質的なトップだったとシヅキから聞いた。
「ええ。この世界の人々に虐げられているのを黙って見ていられなかった。そんな時に彼、シヅキがあの組織の構想を語ってくれて、わたしはそれを元に組織をまとめ上げた」
――だが裏切った。
俺の一言に、キョウコはぴくりと不快げに頬を動かした。
――今から約4ヵ月前の事だ。お前はどうしても会わせたい人物がいると、ミズリスのメンバーを呼び出した。ミズリスの者達は信頼しているお前の言葉を一切疑わず、ノコノコとおびき寄せられた。
そこに待っていたのは、右弦国ジレド・下弦国ミレンジア・左弦国ヴェルハッドの3国から派兵・編成された、100近い異端狩りの精鋭部隊だった。
強大な力を持つ転生者でも奇襲には弱い。事態を把握し逃げ切るまでに14人の転生者が命を落とした……大した戦果だな。六大国側についていたとは意外だったよ。
そう。これがミズリスがキョウコを敵視する理由。組織を作り、転生者達を集め、言葉巧みに誘導して異世界人に殺させた。それがミズリスのシヅキが語った話だった。
一体何が理由で彼らを裏切ったのか。なぜこの世界側に付いているのか。
そして俺に接触し、以前この世界の真実を語った彼女の、本当の狙いは何なのか。
彼女の真意を知るべく、俺はその言葉に、表情に集中する。
すると彼女は――異様なほど、落ち着いた笑みを浮かべる。
「ああ、やっぱりね。彼らの言い分だけを聞くとそう勘違いしちゃうよね」
勘違い……?
「覚えていてソウジ君。一方だけの意見だけを聞くと真実を読み違える。わたしはね、みんなが幸せになる道を常に考えて行動している」
――みんなが? どういう事だ?
「わたしもね、騙された被害者なんだよ」
なに……!?
「聞いて、ソウジ君」
キョウコは俺の目を真っ直ぐ見つめながら、経緯について話し出した。
「わたしは初め、この世界で虐げられている転生者を守りたくて行動していた。けどね、同時に思った。このままだと転生者とこの世界の人達はずっとお互いを恐れ、憎みあったまま終ってしまう。この世界でずっと生きていきたいと思っている転生者もいるのに、この状況を放置してたらいつまでも争いはなくならない。いつまでも犠牲者が出続ける……」
――それで?
「だからわたしはこの世界の人達に呼びかけ続けた。お互いが手を取り合い、共に生きていける未来はきっと作れる。話を聞いて欲しい。思いを感じて欲しい。6大国のさまざまな役職者、“編纂者“と呼ばれる組織、地方にいる貴族にまで、少しでもこの世界に影響力をもつ人達にそう呼びかけていた」
…………
「結果はあなたの知ってる通り……彼らは初めわたしの提案を受け入れてくれたと思った。だからミズリスのメンバーを連れて、お互い対等な立場で話し合おうとしたのに……彼らは裏切ったの。会談をするフリして兵を潜ませて、わたし達を罠に掛けた。
……信じられなかった。わたし達の思いに応えてくれたとばかり思っていたのに、彼らはわたし達を認めず、排除し、争う道を選んだ。戦いなんて本当は誰も望んでいない。誰だって傷つけ合うのは辛くて、苦しくて、悲しいはずなのに、どうしてわからないんだろう。どうして彼らはそんな事も分からず、目の前の憎しみに囚われているんだろう……」
…………こいつ。
「そしてシヅキを初めとしたミズリスは異世界人を憎み、異世界人はわたし達の世界への侵略計画を加速させている。誰も彼も、目の前の問題や感情だけに左右されて、本質を忘れている。
みんな、争いのない平和で優しい世界を求めているはずなのに。お互いが手を取り合って協力すれば叶えられないはずはないのに……争ってばかりじゃ……」
――それが理由か?
「え?」
聞き返すキョウコに、もう一度尋ねた。
――それがミズリスの連中を裏切り、14人が命を落とした理由か……?
「……そう。彼らが転生者への差別心を捨てられず、手を取り合おうとしなかったから……裏切られたのはわたしも同じだから……」
――ミズリスの連中は知ってたのか?
「……えっ?」
――あの時、お前が呼んだミズリスの奴らは、お前が異世界人との話し合いをさせることを知っていてあの場に集まったのか?
「……残念だけど、それを伝えるときっとみんな集まらなかったから。確かに、彼らから見ればわたしが裏切ったように見えるよね……」
――“裏切ったよう”じゃない。“裏切った”んだよ、お前は。
「ソウジ君……?」
きょとん、とした顔で俺を見つめるキョウコ。
なるほど、マジで自分のことを客観視できていないらしい。
――1方の意見だけを聞くと真実を読み違える。確かにお前の言う通りだ。お前の話だけを聞くと、お前が最も正しいように思える。
「え? え?」
――だが詭弁だ。お前の行動は全てお前の思い込みと決めつけだけだ。
みんな本当は争いたくない“だろう”。だから手を取り合い協力しあえば解決する“だろう”。偏見を取り払い、冷静に話し合い思いを伝えれば争いはなくなる“だろう”……すべてお前の思い込みだ。そしてお前はミズリスのメンバーに対し、異世界人との会合を知らせると拒絶される“だろう”と思い込み、彼らを罠へとおびき寄せた。
原因はお前の思い込みだ。すべてお前の勝手な思い込みが招いた悲劇であり、お前の責任だ。お前は被害者じゃない。紛れもない加害者なんだよ……!
「……何が言いたいの?」
キョウコは困惑するように俺へ反論した。
「それじゃあ何? あなたは誰も幸せなんて望んでいない、みんな憎しみあって殺し合うような世界を望んでいるって、そう言いたいの……?」
――極論かざして論点をブレさせるな。お前は結局あのムラマサと同じだ。自分の思い込みで勝手に動き、周りを巻き込んで自分の考えだけを押しつけた。“目の前の問題や感情だけに左右されて、本質を忘れている”……この言葉、そっくりお前に返してやる。
「……」
言葉1つで変われるほど、人は簡単じゃない。
しかし、少しでも自分のしたことの重大さを理解してくれれば、ミズリスの連中の憎しみの理由を分かってくれればそれでいい。
そう思っていた。
だが、キョウコは――己の過ちを悔いるどころか、俺へと哀れむような視線を向ける。
「朱に交われば赤くなる……ナインズという組織に居続けたことで、あなたの視野はどんどん狭まってしまった……分かるよ。1つの組織に属していると、だんだんと目的と手段が入れ替わってしまう。
“街のみんなのため”に工場で働く人が、いつしか“働いている工場のため”に平気で管理業務の勝手な簡略や数値の改竄といったの不正行為をするようになる……“元の世界に帰るため”という目的が、“この世界を破壊する”という目的にすり替わってしまったり、ね……」
――お前、マジで言ってるのか……?
「ソウジ君。わたしは今、新しい“国”を作ってるの」
キョウコは、彼女の側にいたミューを俺の目の前に連れてきた。
「この子を初め、ナインズが捕らえていたシパイドの人達はわたしが全員救った。そして彼らと一緒に新しい国を作る。六大国・編纂者・フロイア聖教・魔人および魔王軍・ミズリス・ナインズ……どの組織にも属さない、真に中立で公平な国家。
ソウジ君。わたしがここに来たのは、あなたにわたしの国に来て欲しいから。わたしと二人で、この世界を変えましょう」




