12章-(14)大団円
「いや、危ないところだったね。実際」
スキンヘッドに丸眼鏡という怪しさ全開の医者は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま軽い調子でそう言った。
「うん、ここに来たのは良い判断だったよ。教会所属の回復術士は患者の心臓が止まった時点で死者として扱うからね。嫌いだね。信仰や信念ごときで目の前の命を取捨選択するってのは」
「あの……それでオリヴァーさんは……!?」
ミレノアがおずおずと尋ねると、スキンヘッド医師は彼女のふくよかな胸元を凝視しつつ、キリッとした顔で答える。
「78点……いや、ああ、あのムサ苦しい彼かね? 今のところ命に別状はない。容態は安定したのでひとまずは安心して欲しいね」
その言葉を聞き、ミレノア達女性メンバーの3人が安堵のため息を吐いた。
そんな女性陣達にエロい視線を向ける変態医師に、俺は疑問をぶつける。
――あんたはその回復術士とは違うのか?
「いきなりアンタ呼ばわりとは失敬だな君?」
あんたで十分なんだよ変態ドクターが。
「まあね? 我輩は心が広いのでね、タメ口もまあ許してやろう。転生者の君にも分かりやすく言うとだね? 街の回復術士はフロイア聖教に所属してるわけだが、例の宗教では人の魂は心臓に宿ると教えている。で、心臓が止まったら天に召されたと考えるわけだ。
おかしいだろう? 患者を助けようと一心不乱に治療を続けていて、心臓がちょっと止まった程度でいきなり治療を止めてお祈りを捧げだすんだぞ? わけわからん。治療をする側が患者の命を見切るなど言語道断。命の取捨は神の領分だ。神ならぬ我々が“これは生きてる”“これはもう死んでる”と決めていいわけがない。そういう意味じゃ奴ら、不敬にも神の真似事をしてるとも言えるな。ド阿呆どもめが」
変態ドクターは一気にまくし立てるようにフロイア聖教の術士を罵った後、ゴホンと咳払いを1つ。
「まあなんだ。司教殿にそういう不満やら矛盾やらを訴えたら速攻破門されてね。仕方ないので奴らの目が届かない人里離れた場所で治療を続けてるわけだ。
幸い、患者はひっきりなしに訪れる。冒険者や生贄目当ての人買いに傷つけられた魔人達が毎日のようにやってくるからね。もうウハウハ……もとい! 彼らを癒やし救うことこそ我輩が天に与えられた使命だと理解! んもうガッテン承知マイゴッド! と、まあそういう感じだ」
――魔人相手に大もうけか。それで変態ドクターはこんな森の中で治療してたってわけか。
「誰が変態ドクターじゃい!」
あ、しまった。声に出してたか。
「我輩の名はドクター・フランシュタイン! 二度と変態などと呼ぶな!!」
――腐乱死体?
「フラァァンシュタイィィっん!!」
怒りを込めて訂正する変態ドクター。名前呼びにくいし変態ドクターでいいか。
「で? あのオリヴァーとかいう奴はどこにいるわけ?」
マーリカが尋ねると、変態ドクターは彼女の胸を興味なさげにチラ見し、ため息と共に答える。
「ハア、13点……患者は今面会謝絶だよ。回復魔法だけじゃなく異世界の外科治療も組み合わせてようやく峠を越えたところだ。しばらく安静にさせて欲しいね」
「ああそうなんだ死ね」
「し、死ねとかツラっと言うなよ君ィ! そういうのすっっごく傷つくんだぞぉぉ!!」
マーリカの暴言に涙目で抗議する変態ドクター。いや自業自得だから。
「ハア、もうホントやんなっちゃう……ああそうそう、オリヴァー君を運んできた狼男の少年はそっちにいるから。用が済んだら彼引き取って今日の所は帰りたまえよ」
変態ドクターが指さす先に、木製のベンチに腰掛けるムラマサがいた。あの人狼の魔法はすでに切れているらしく、半裸の状態でうなだれている。
「ムラマサさん!」
ミレノアの声に、ムラマサは放心したような表情で振り返る。
「ああ……みんな」
――心臓が止まったら街の回復術士は回復しない。だからここに連れてきたのか。よくここの場所を知ってたな?
「ああ、うん。元々ここの診療所を襲えって命令されてたんだよ。ここの医者は俺達の世界の医療技術を学んでいて、いくつか機器も扱っている。国際魔術協会にとっては十分な攻撃対象だからさ」
なるほど。そういう理由があったのか。
「……みんな。その、俺……ごめん。間違ってたよ」
ムラマサは膝の上の拳を強く握り、ミレノア達3人に深く頭を下げた。
「ごめん……あいつの言う通り、一人で自分が悲劇のヒロインだと思い込んでたのかもしれない……俺の勝手な行動で迷惑かけて、本当にごめん……」
ミレノア、ジーナ、リインの三人は動かず、じっとムラマサを見つめている。
誰一人言葉を発しない、重苦しい静寂。
やがてそれを破ったのは――ジーナ。
「……謝らなければならないのは私も同じだ。各々役割をこなすべし……お前がオリヴァーに言ったように、それも私の考えの押しつけだった……お前の気持ちをくみ取ってやれず、すまん」
「リインさんもゴメンって言うよ? ムラマサってばリインさん達のために動いていたんだもんね。そこはありがとうだよね……ジャマ扱いして、ごめんなさい」
リインはポワポワした口調はそのままだが、ムラマサへ真摯に頭を下げた。
そして。
「ごめんなさい、ムラマサさん。わたしは誰よりも先にあなたと向き合うべきだった。なのにわたしはあなたを放置して、オリヴァーさんと話してばかりで……あなたから逃げてしまった。ごめんなさいムラマサさん……」
大粒の涙を流しながら、ミレノアは深く、深く、ムラマサへ頭を下げた。
「みんな……ごめん、本当に……」
ムラマサがまた謝ると、ふ、とジーナとリインがわずかに口元を緩めた。
重苦しい雰囲気から一転して、穏やかな空気が流れた。
これにて一件落着――とはいかなかった。
「で? これからどーすんのアンタ?」
マーリカであった。ムラマサへ鋭い指摘をする。
「国際魔術協会の一員になったわけでしょ? そこのパーティーは協会とは反りが合わないみたいだし? 結局パーティーから抜けるわけ?」
「…………」
深い沈黙の後、ムラマサは決意するように目を見開く。
「俺は協会を抜ける」
ざわ、とミレノア達3人が動揺するように顔を見合わせる。
「マジで言ってんの? 協会が離反した奴をどういう目に遭わせるか知ってるでしょ? 奴ら、裏切り者は地の果てまで追って命を狙ってくるわよ?」
「俺の招いたことだ。当然の罰として受けるさ」
――お前……
「……なんて顔してんだよ。俺がむざむざ殺されると思うか? こっちは転生者なんだ。どれだけ刺客を差し向けようと、全員返り討ちにしてやるさ……」
ムラマサはそう言って笑う。
これから訪れるであろう果ての無い孤独な戦いを予感しながら、それでもミレノア達三人に悟られまいとする、影のある笑顔。
しかし、そんな彼に予想外の事が起きた。
「そうか。相手が協会となると、こちらもより一層腕を磨かねばな」
ジーナは腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
「え……?」
「大丈夫なの。協会の殺し屋さんが近寄る前に、リインさんのお人形がボコボコにするの」
続いてリインが、ポワポワした口調に似合わない強い意思を込めてそう言った。
「みんな……どうして……?」
「チームですからね。わたし達は」
呆気にとられるムラマサへ、ミレノアが優しく微笑む。
「チームは家族のようなもの……ってオリヴァーさんも言ってましたからね。家族の問題はみんなの問題です。一人でなんとかしようって思ってもダメですよ?」
春の陽光のような暖かな笑み。なるほど、この笑顔にムラマサはやられたのか。見てるこっちまでドキッとされる。
「!」
隣にいたセイが何故か俺の腕にガブガブ噛みつく。痛い痛いいててて! 何なんだよ一体……
「ミレノアっ!」
突然凶暴化したセイを相手にしていたら、ムラマサが突然ミレノアの両手を握った。おいおいおい何だなんだ一体?
「ミレノア、俺……もし協会の奴らから逃げ切ることができたら、お前と……!」
オイオイ! ここでプロポーズかよ!?
ムラマサの意図を察したミレノアは、柔らかな笑顔のまま、一言。
「あ、ごめんなさい。わたし夫がいるので」
「……へ?」
全く事態が飲み込めないまま、間の抜けた顔でムラマサが聞き返す。
「へ? は? お、オット……オット?」
「ごめんなさい。隠すつもりなかったんですが、故郷に婚約者がいるんです」
「は? は? え? 婚約……? えっとどういう……?」
まだ状況を理解できないムラマサへ。ミレノアはトドメの一撃を加えた。
「……ごめんなさい」
ミレノアは困ったような笑顔を浮かべたまま、左手薬指にはめた指輪をキラリと輝かせた。
「はあああっ?! ききき既婚者あああぁっ!? のああああぁぁっ!!」
ムラマサはようやく全てを悟り、信じられない現実に両手で頭を抱えながら絶叫した。
そんな彼の様子にジーナはケラケラ笑い、ムラマサの肩をバンバン叩く。
「はははは! ちゃんとミレノアの話を聞かないから悪い! 残念だったなムラマサ……ところで」
ジーナはムラマサの首に腕を絡め、体を密着させながら耳元でささやく。
「私は今フリーなワケだが、どう思う……?」
「い、いや止めてくださいよマジ! からかわないでくださいよ! もうこりごりですよ!」
ムラマサは顔を真っ赤にしながら急いでジーナから体を離した。
「魔王退治はお休みして、ムラマサの傷心旅行を兼ねた旅の始まりなの!」
「やめてくれってばリイン! 今の俺をネタにするのホント勘弁して!! し、終いには泣くぞ俺はチクショウ!!」
ジーナの次はリインへ必死に突っ込むムラマサ。
――まあまあ。泣くなよ。
「うっせえ! 取って付けたように言うな他人事だと思って!!」
やっべ。また声が出てた。
「まあまあ。あなたの気持ちには応えられませんが、これからもよろしくお願いしますね?」
「ミレノア……あ、ああ……もう、もうどうぞよろしくお願いしますううぅぅ……!!」
「さっきからかしましいな君達! 他の患者に迷惑だからさっさと帰りたまい!!」
ついには変態ドクターまでキレ出し辺りはカオスの極みに達していた。
……まあ、めでたしってことでいいか。
幸せそうに笑うムラマサや勇者パーティーらに背を向け、俺は一人診療所から外へ出る。
木々の間から見える空はすでに日が落ちており、影絵のような枝葉のバックに紫がかった空が垣間見えた。
俺は診療所から距離を取り、一旦周囲に人がいないか確認。
周囲の安全を確認後、大きく肩を落とし、言った。
――隠れてねえで出てこいよ。俺に何か用か?
ざわ、と風が吹き木の枝葉が揺れる。
――ここには俺しかいない。恥ずかしがってねえで出てこい。話そうぜ?
すると――すぐ真後ろに何者かの気配が現れる。
勿体つけやがって……俺はため息を吐き、真後ろの奴に振り返る。
そこにいたのは、予想通りの人物だった。
――やっぱりお前か。
『久しぶりだなD級ザコ。気づけただけ褒めてやるぜ?』
目の前に居たのは――かつて俺が指一本も触れられずに敗北しかけ、イルフォンスの魔剣を破壊し、あのマーリカですら圧倒した〈七罰〉の一人。
初葉切燐人。致命傷を負いマーリカによって氷の中に封じられたはずのあの男が、飄然と目の前に立っていた。




