12章-(12)追放ヒーラーの真の力
……以前、俺は吸血鬼やらゾンビやらとも戦った。
居てもおかしくはないと思っていたが……狼男か。マジかよ……!
ぐしり、ぐしりと壊れた石畳を踏み砕きながら、ムラマサだった狼男がゆっくりこちらへ歩む。
俺は素早く背中の斧を構え、臨戦態勢。
「セイ、あんたはそっちに隠れていること。絶対顔出さないでよ?」
「っ!」
ムチを構えるマーリカに促され、セイは緊張の面持ちで頷き、隅の折れた太い石柱とガレキの間に身を潜めた。
「くっ……武器を取れ! フォーメーションをベータに! どんな手を使うかわからんぞ!」
俺達が態勢を整え終えてから、呆気にとられていたオリヴァー達がようやく危機を感じ、慌てて役割ごとのフォーメーションを取り始めた。
……戦力面ではあまり期待できそうにないな。あいつら……
瞬時に目の前の狼男に視線を戻すと……奴はグググ、と喉を鳴らし、だらりと舌を垂らしながら声を上げる。
「牙牙牙牙牙牙牙牙……慌てるなよオリヴァー。まずはナインズ、お前からだ」
笑っているのか? グラグラと腹の奥底を震わせるような重低音。まるで重機の駆動音を無理矢理人語に変換したような声だ。
「安心しろ。死なない程度に秒で終わらせてやる……犠犠犠犠……」
随分と舐められたもんだな。だがまあ、軽く見られればその分つけいる隙も生まれやすい。
転生者との戦いはハッタリが肝要。尊大な自信と自負を一撃で打ち砕き、圧倒して恐怖と焦燥を植え付けた時、ようやくこちらに勝機が訪れるのだ。
チート転生者相手に正面から力でねじ伏せる事は不可能。故に奴の心を恐怖で塗りつぶす、目の覚めるような一撃さえ与えられればいい。
一撃だ。たった一撃でいい。戦いの流れを変える決定的な一打。
敵の動きを見ろ。冷静に、確実に、与える……
その時。
奴の動きに全神経を集中していた俺の視界から、奴の姿が一瞬のうちにかき消えた。
瞬間――パアン!!
タイヤがバーストしたかのような破裂音の後、俺は後方へ数十センチ弾き飛ばされた!
ぐっ……!
土を抉りながら両足でブレーキング。斧を握る両腕にはまだビリビリとした衝撃が残っていた。
何が起きた?
奴が消えた瞬間、斧の視界が奴の動きを捉え、ほぼ反射的に斧を盾にした。つまり攻撃されたのか?
こちらの視界はおろか、思考すら追いつかないほどの速度で?
あの破裂音……まさか奴は、音の壁を越えた……のか?
「狗狗狗狗狗。追えなかったか? 見えなかったのか? 豆鉄砲でも食らった面だな。狗狗狗……」
目の前には、右腕を突き出した狼男が立っていた。
しゅうしゅう、と全身から焦げたような音と煙を吹き出している。
……空気摩擦によるものか。どうやら本当に、音速を越えた攻撃を仕掛けたらしい。
「これでも加減してるんだぜ? 自分でもどれくらいの力が出るのかわからないからな。ほんの慣らし運転みたいなもんだ……狗狗狗狗。続けるかナインズ? 次は80%くらいの力で行かせてもらう」
……一撃を与える隙も無い。今のところ勝算はない。
胸の内で広がる動揺と焦り。背中が冷や汗でじっとりと濡れる。
だがそれでも。俺は目の前の化物相手に、余裕の笑みを浮かべて見せる。
――しょうもねえマウンティングしてねえで掛かってこい。お外ではしゃいでんじゃねえよ犬コロ。
勝機が無いなら自分で作り出すまで。己の心を奮い立たせるように、ハッタリを続けた。
俺の発言を聞いた人狼は、口を大きく開いてゲラゲラと笑う。
「牙牙牙牙ッ。レベル17がイキってて超ウケるんでけど? それじゃあお言葉に甘えてもう少しハシャいでみるか……!」
瞬間。
パアン!!
先ほど同様の破裂音と同時に、前後左右から7発の打撃!
奴の姿は捉えていた。斧がすべて“視”た。周囲を巡る奴の動き、6度のフェイント、7度の打撃の位置まで全て。
しかし――肝心の俺の動きがついていけてなかった。斧の視界を認識する思考、体を動かす反射神経。そのどれもが人狼の動きよりも遅い!
とっさに魔法を――“加速”を使い、打撃を全て斧で防ぐ!!
だが。
――ぐふっ……!
ダメージによりぐらりと視界が揺れる。が、両足に力を込めなんとか態勢を保つ。
……打撃自体は全て防いだ。しかし、防いだ瞬間、全身に2メートル近い巨大な拳で何度も殴られたような衝撃が走った。
おそらくは衝撃波。音速を超えた打撃によって生まれたのだろう。
こればかりは防ぎようがない。魔法によって作られたものでない以上、あの血の霧ですら防げない……!
「牙ッ牙ッ……よくガードできたな。だが衝撃波までは防げないか……狗狗狗」
笑う人狼。奴へ視線を向け、俺はギョッとした。
全身の体毛が焼け焦げ、さらに手首や首がほぼ千切れかけ、おびただしい血液が噴き出している……!
音速以上の速度で動いた代償だ。
俺の時間操作は世界に新たな定義を書き加えたことでああはならないが、奴の魔法は薬効特化。そもそも肉体を高速で動かすことを想定していないのだから、もろに肉体へフィードバックを食らったようだ。
過ぎた力を得たばかりに自滅したか……胸をなで下ろしかけた、その時。
「んんん? なんだ、まさか俺が大ダメージ食らったように見えるのか?」
まるで髪の寝癖に気づいたような気軽さで、奴が言った。
「人の話はちゃんと聞けよ。ウルフマンズ・パイプ・カクタスには興奮作用の他に高い強壮作用がある。血行を促進させ、肉体を活性化。即ち……!」
ドグンッ!
人狼はまるで全身を波立たせるように体を大きく揺らすと、全身の怪我を瞬時に癒着、回復させてしまった!
「これが“薬効特化“の真の力! オリヴァー!! お前が馬鹿にした回復しかできねえヒーラーの力なんだよ!!」
なんて奴だ……肉体を超強化するだけでなくオート回復効果まで持たせてやがる……
この世界の魔法の効果は1度にひとつ。同時に別々の効果の魔法を放つことはできない。
だが奴は“薬効特化“という1種類の魔法により、何の矛盾もなく複数の魔法効果を得ることに成功した……厄介だな。どうやって倒す……?
「なにやってんのよソウジ! アンタの時間魔法はどうしたの!?」
後方でマーリカが、腕組みをしながら眉をつり上げて怒鳴りつけてきた。
――使った。だから直撃は全て防いだ。
「違うっつの! アンタ真理については掴んだはずでしょ!? あのロボット倒した時みたいに一気に時間加速してアイツバラバラにできるはずでしょうが!!」
――できない。
「はぁ!? なんで!?」
――加速状態で敵を直接叩くと“時減爆弾”と同じ事が起こる。俺の時間を加速するということは相対的に敵を時間停止させた状態と同じだからな。
時減爆弾はまだまだ威力の調整が必要な能力だ。敵が完全に止まった状態に見えるほど時を加速させ、攻撃すれば……周囲一帯が吹き飛ぶ大爆発が起こる。奴はもちろん、俺達すら消し飛んでしまうだろう。
「“時減爆弾”、って……アンタあの技まだ捨ててなかったの!? あたしはどっちか捨てろって言ったでしょ!?」
そう。マーリカはあの水中遺跡にいた時に確かにそう言った。
彼女の言う通り、“時減爆弾”を犠牲に時間加速の定義を組み換えていれば、まさに漫画やアニメにいる時間操作キャラのように、止まった時の中で相手を一方的にフルボッコにすることも可能だった。
だが、“時減爆弾”は俺の使える技の中で最も火力のある技だ。もしもこの斧で破壊できない相手が現れた時、あるいは敵の数が多すぎて時間加速だけでカバーできない局面に陥った時、この“時減爆弾”ほど頼れる技もないのだ。
――火力は必要だ。後々の事も考えて残した。
俺が答えると、マーリカは大きくため息を吐いて、ぽつり。
「……器用貧乏って言葉、知ってる」
――知らん。黙れ。
「知ってんじゃん。全くもう、魔法の選び方まで不器用なんだから……」
きっとマーリカの指摘は的を得ているのだろう。いろんな技に半端にリソースを割くよりも、1種類の技を磨き鍛え上げた方が戦略的にも正しいのだろう。
だが俺はもうこうすると決めた。いくら半端と指摘されようと、手元にあるカードだけで勝負をする他はない……!
「狗狗狗狗。時間操作魔法か……なるほど鈍重な斧で俺の攻撃を防げるわけだ。だが俺の攻撃を防ぐだけで精一杯か? 直撃は避けても衝撃波は避けられない。ダメージは蓄積し続ける……どうするんだ? このままだとお前、俺のサンドバックのまま終わるぜ?」
人狼が余裕たっぷりでそう言った。奴の指摘通り、このままではジリ貧。奴が攻め続ければいずれ俺は倒されるだろう。
攻撃に打って出る必要があるが、どう戦う?
時間加速により奴に触れる寸前まで加速するか? これなら“時減爆弾”のような結果は起こらないし、奴の目からみればほぼ一瞬で攻撃されたように感じるだろう。
……いや危険だ。奴は音速以上の速度で行動し、フェイントを織り交ぜた複雑な攻撃を繰り出せる。つまり思考速度、反射神経も極大増幅されていると見て良いだろう。
もし加速した状態の攻撃をかわされ、カウンターを食らったら……直撃は免れない。
衝撃波だけでも軽く足に来てるほどのダメージだ。奴自身は俺を殺すつもりはなさそうだが、直撃を受ければ命すら危ういだろう。
ならば時減爆弾は? その辺の草やガレキを爆弾化させるか?
……これも問題だ。近くの物を爆弾化させると俺にもダメージが及ぶ。
ならば爆発しない程度に時を減らす“撒微止”は? いやこれも微妙なところだ。奴にはダメージを瞬時に回復させるだけの回復力がある。“撒微止”で足を抉ったとしても、そのまま構わず攻撃してくる可能性が大いにある。
時を“巻き戻す”魔法も使えない。俺が戻せるのは魔法のみだし、そもそも奴の魔法は“薬効特化”。自分の体へ直接掛ける魔法だ。それに巻き戻しを使うとなると、直接敵の体内に魔法を与えられない“固有抵抗値”による問題が立ちはだかる。
魔法による直接攻撃が難しい、となると、直接攻撃で倒す他はないわけだ。
“機先”により敵の攻撃を読み切り、カウンターを見舞うことができれば……だが奴の動きは斧しか捉えられない。そして斧から得られた断片的な映像だけでは、“機先”による先読みもできない。
焦りの感情により、後頭部がじくじくと圧迫されるような感触を覚える。
万事休すか……いや! まだだ!! まだやれることはある! 打てる手はあるはずだ……!
その時。
(((任せろ……)))
声。頭に響く声。斧の奴の声だ。
(((任セろ……お前のからダを任せロ……まえノ様に体ヲ俺ニよこセ……)))
いつもの冷酷な声とは異なり、斧は歓喜に歪んだような声で俺に語りかけた。
ゾッと背中が冷える。こいつ……まさか俺の体を乗っ取るつもりか?
いや違う。こいつは人の感情を食らうことが目的。俺の窮地を救い、次第に自分への依存心を高め、俺の精神を屈服させることを狙っているのだろう。
俺が斧に依存しっぱなしになれば、冷静な判断も出来なくなる。そうなればさまざまな感情が発露し、まんまと奴のエサが増えるという算段だ。
そうはいくか……といいたい所だが、今の俺では奴の動きを追うことすらできない。
例え時間加速で思考力や反射神経をブーストさせたとしても、肝心の体は加速させられない。その逆も然り。魔法は1度に1回が原則だからだ。
奴の攻撃を防ぎ、カウンターを見舞うには……斧の視界と思考力が必要。
クソ……この場は、こいつに従うほかはねえか……!
俺がそう決意した時。
あり得ない奴が、俺の目の前に現れた。
「もういい。ナインズ。これは俺の、俺達の問題だ」
大剣を構えた大男――オリヴァーであった。




