12章-(11)復讐の始まり
「ナインズの前で命乞いか? みっともないな。俺を追い出した時の威勢はどうしたんだよ」
ムラマサは5メートル近い屋根からひらりと降り立ち、外套のポケットに手をいれたままこちらへ歩いてくる。
「命乞いだと……?」
オリヴァーはこれまでの生真面目そうな表情から一転し、怒りの表情を露わにする。
「頭を冷やし反省しているかと思えば、お前がナインズに入ろうとしていると聞いた。流石に黙って見ていられなくなったのだ」
「ハ、今度は言い訳か? ただでさえ暑苦しい見た目してんのに見苦しさまで追加すんなよ鬱陶しい……安心しろ。ナインズには入っていない。いや、入る価値すらなかった」
ムラマサの視線が、ジロリと俺を捉える。
「あの場にいたのは全員一線級の転生者達だった。能力も高く経験値もそれなりに積んでいた。なのにこいつら、俺達全員を落としやがった……! 唖然としたぜ。こんなに見る目のない奴らなのかと。
たったレベル17のザコ転生者をありがたがって迎え入れてるくせに、レベル90以上の俺達はいらないんだと……世界を敵に回した武闘集団? お笑いだぜ。レベルの差も理解できない程度で何が世界だ? 馬鹿馬鹿しい。」
「え、なに、マジ? 自分が落とされた理由もわからないの? んで落ちたのは自分のせいじゃなく、落としたあたし達がマヌケだからってガチで思ってんの? 本気?」
信じられない馬鹿を見たような顔で笑うマーリカ。ムラマサはそんな彼女へ露骨な怒りと侮蔑を込めて笑い返す。
「くだらねー中二病集団のお遊びに付き合ってらんねーから自分から見切りつけてやったんだよ。世界とか語っちゃう前に現実のステータス見れば? あ、見れないのか。異世界人だもんなアンタ。悪い悪い」
…………言動の幼さで理解した。
どうやら、本当の事をいっていたのはオリヴァーの方みたいだな……
「はー……んで? ムラマサくんは何しにここに来たわけ? あたし達に恨み言いいにわざわざこんなとこまで駆けつけてくれたわけ?」
マーリカが呆れたように問うと、待ってましたとばかりにムラマサが満面に邪悪な笑みを浮かべる。
「ああ。あの後、見る目のある組織からスカウトされてさ。どうもあんたらナインズと敵対することになるらしいから、挨拶くらいしとこうかと思ってさ」
す、とムラマサがポケットに入れていた右手を掲げてみせた。
すると――オリヴァー達4人の顔色が変わった。
「“国際魔術協会”の3眼紋……! よりにもよって“編纂者”共に下ったか!」
ムラマサの手の甲に、三日月と3つの眼をあしらった紋様が描かれていた。どうやらあれが国際魔術協会のシンボルのようだ。
……国際魔術協会。キョウコの奴に聞かされたな。魔法を使わずに生活を豊かにする技術や器具が生まれれば即座に技術者ごと抹消する、己ら魔術師達の地位を守るために暗躍する歴史の“編纂者”……
これまでたくさんの転生者達が訪れ、さまざまな世界を侵略・支配したこの世界の者達が未だに旧態依然とした暮らしをしているのは、“編纂者”達が得られた知識や技術をことごとく消して回っているからだとされる。
……魔法以外の技術や知識を残せれば、9回目の新月による問題も解消できただろうに。“編纂者”達はこの世界の連中が侵略に明け暮れている原因の一端を担っている。ナインズの敵であり、俺にとっても許せない輩だ。
「お前等勇者パーティーやナインズ達とは違って、国際魔術協会の人達は俺の本当の価値を分かってくれた。
たかがヒーラーだと侮り、俺の意見をことごとく無視したオリヴァー! 俺のステータスすら見ずに面接の態度だけで落としたナインズ! 俺は心の底から感謝してるぜ? おかげで俺の本当の居場所、本当の力を見つけることができた!」
ゲラゲラと笑うムラマサに、オリヴァーは深い落胆と怒りを込めて尋ねる。
「……本気で言ってるのかムラマサ? お前は、この世界のため魔王を倒すと誓ったはずではなかったか? 世界の発展を妨げ、貴族や王族を背後で操り、民へ不平等を強いる利権団体へ与するなど……冗談では済まされんぞ……!」
「もう遅い。お前は俺を切った。そして俺はお前らの敵に回った。どんな言葉も何の意味もない。もう遅い。もう終わったことなんだよ」
「ムラマサァァっっ!!」
「俺が抜けて自滅していくところを見物してやってもよかったが、良い機会だ。新たな俺の力を試すついでに、くだらねえ過去を俺の手で精算してやる」
ムラマサは左手をポケットから引き抜くと、一輪の山吹色をした花を掲げた。
「えっ!? それ“ウルフマンズ・パイプ・カクタス”じゃん!」
――知ってるのか?
「めっちゃレアな魔法の贄になるやつよ! 一年に一度、深夜0時から1時までの間しか咲かない花なのよ! フリーズドライした奴とかそれはそれは素敵なお値段で取り引きされてね……ってか、なに、くれんのそれ!?」
んなわけねーだろう。
ムラマサはマーリカの発言に肩を落とし、呆れたように答える。
「魔法の贄としか見ていないか……この花には強力な興奮作用と高い強壮成分が含まれていてな。煎じて飲むと病弱な村民でも三日三晩戦い続ける野獣のような力を得られるとされている……だからこそ“ウルフマンズ”、つまり狼男なんて名前が付けられている」
ムラマサは満月のように真円の花を鼻先へ向け、香りを嗅ぐような素振りを見せ……ジロリと俺達を睨み付ける。
「さて問題だ。俺の能力は“薬効特化”俺はこれまで傷を回復させる薬しか扱ってこなかったが……実は回復薬以外の薬効も倍増させられる」
なに……!?
「もしも俺がこの花を摂取したら……どうなると思う?」
パン、とささやかな破裂音と共に、ムラマサが手に持っていた花が砕け散った。
その瞬間。
「う゛ぉオオオオオオオガァアアアアアッッ!!」
ムラマサの体が膨らみ、衣服が弾け飛び――
俺達の目の前に、3メートル以上の巨躯をした、灰色の狼男が姿を現した。




