12章-(5)異世界面接会
――なんだこれ。
思わず心の声が口をついて出てしまった。
だが……目の前の頓痴気具合を見れば、誰でも唖然とした声を出してしまうだろう。
「あー違う! そっちの短い木材は門に使うやつだ! 向こうになかったか? 会場用の木材はまとめて置いてたはずだぞ?」
目の前で指示を出している男はネロシス。ナインズの“6”に属する陽気なチンピラ風のリーゼント男だ。
ナインズでも異彩を放つ男だったが……ことさらに異様なのは、青いツナギにヘルメット姿という凄まじく既視感のある格好でいることだ。
「お、来たな! 久しぶりじゃねえかソウジ!」
白い歯を見せて笑うネロシスに、俺は状況の珍妙さに脱力しつつ尋ねる。
――なんだよその格好は?
「ん? お前のいた世界じゃこういうカッコで建物を建てるんだろ? 苦労したんだぜ手に入れるのに?」
――いやブルーカラーはどっちかってと製造業の方だが……てか工事って、アレのことか?
俺が視線を向けると、目の前には巨大な木の柱2本を軸に、放射状に木材と柵を組んだ構造物が立っていた。
パッと見てだいたい高さ5メートル、直径が10メートルのデカイ傘の骨組みのようにも見えるが……
「おう! なかなか立派だろ?」
――いや、だからなんだよあのオブジェ?
「見てればわかるさ。これからレイザ達が被せる所だ」
レイザさんも来てるのか? てか被せるってなんだよ?
そう尋ねようとした時――バサリ。
無数の羽音と風に翻るシート状の音。
振り返ると、レイザさんを含め同じ種族の5人のハーピー達が、空を覆わんばかりの巨大な白いフェルト生地を運んでいる姿を見た。
レイザさんは俺と目が合うと、フッ、と一瞬笑い、それから例の傘の骨組みに大きなフェルト生地を被せてしまった。
調整しながら生地を広げ、手際よく周囲の柵をロープで固定していくハーピー達。そこで俺はそのオブジェの正体に思い至った。
――ゲル、か? モンゴルの遊牧民が使う住居……?
確か世界史で習った気がする。白いサーカス小屋のような、ドーム状の住居だ。
「ああ、お前の世界ではそういう名前なのか? 城にいたリザードマンの連中があの形式の家を作るんだよ。作るのも畳むのも簡単なんで、遊牧民には都合のいい家らしい」
……効率を求めると、やはり似たような形になるのだろうか? 同じような生活をする異世界人となら、奇しくも住居の構造もこちらと似通ってしまうらしい。
「よしよし。後はテーブルと椅子を運べばメンセツ会場は完成だな。後は転生者達を迎える門を組み立てて……本番15時には余裕で間に合う! お前ら、その調子で頼むぜ!」
「「「おぉーっ!!」」」
ネロシスが半笑いで檄を飛ばすと、周囲で作業をしていたレイザさん達ハーピーやリザードマン、その他さまざまな種族の者達が拳を上げて呼応した。
……面接に参加するというマーリカと、なぜか彼女に捕まり連行されていくセイと別れ、こうしてネロシスが設営する面接会場に訪れたわけだが。
なんか、予想以上に大がかりなものを作ってて、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。元はといえば俺の一言で作られてんだよな、これ……
どうしよう、やっぱ少しくらい手伝ったほうがいいよな……?
ネロシスに手伝えることがないか聞こうとした時、背後から声を掛けられた。
「……想定外のタイミングでしたが、また無事に君の顔を見られたことを嬉しく思います。ソウジ君」
振り返ると、黒づくめの執事服を着た大柄の男性――シュルツさんが優雅に一礼をしていた。
――あ、いや、えっと……
「ああ……君は別にかしこまらなくても構いません。職業病のようなものなので。私の場合ね」
シュルツさんは肩を落とし、軽く苦笑を浮かべる。
まあ、本人がそういうのなら、カジュアルな感じで接してもいいのかな?
――なんでまた面接なんて開こうと思ったんですか?
「無論戦力の拡充が目的です。君以外にも我々の味方となる転生者が現れてくれれば、今後戦力面での問題も解消されるでしょうし」
シュルツさんはするりと身を起こし、ズレた眼鏡を人差し指と中指でかけ直す。
「戦力は貴重です。他国の牽制・侵攻や自国の防衛のみならず、交渉の際のブラフとしても有用ですからね。目に見えてわかりやすい戦力は、特に。」
――だとしても、ムラマサ一人にこの規模の会場を作るのはやり過ぎっていうか……
「……彼だけではありませんよ。ここに訪れる転生者は」
驚き振り返ると、シュルツさんは眼鏡の奥にある刃物のような鋭い眼差しをこちらに向けた。
「多くの転生者は大国の飼い殺しとなりますが、例外もそれなりにいます。ミズリスしかり、例の追放された転生者しかり……大国に恨みを抱いているなら大いに結構。憎しみと怒りのほど、この場で見極めさせていただきます」
――俺は六大国に恨みなんてない。
憎しみと怒り。
まるで俺のことを言われたような気がして、反射的にそう言った。
しかしシュルツさんは俺の反応すら予期していたかのように、優しく笑う。
「もちろん。君はただ我々の都合に巻き込まれた被害者ですから……」
優しく笑う。
俺の胸の内など全て見通していると言わんばかりに……
「さて。約2時間後には転生者達が現れる手はずになっています。“6”がこの地域のツテを総動員させて呼び込みましたからね。それでは、そろそろ準備をしましょうか、ソウジ君?」
――は?
反射的にそう言うと。シュルツさんの眼鏡のレンズがギラリと光る。
「先ほど、ネロシス君に面接の手伝いを買って出ようとしていましたね? では君には手伝っていただきましょう。転生者達の判別するための、面接官としてね」
◆◆◆
15時になり、ゲルの中からちらりと外の様子を見た。
よく晴れた空の下、門の下に集まっている人影は……6人。
転生者達の中にはあのムラマサの姿もあった。
……しかしよくこんな人里離れた場所までわざわざ来られたな。
「“6”がいろいろツテを辿って、どの国や組織にも属していない転生者に声かけてまわったんだってさ」
俺の思考を読んだように、背後のマーリカがそう言った。
――しかし大丈夫か? こんな場所にあんだけ転生者が集まって……六大国の連中が黙ってるとは思えないんだが……
「彼らもこの面接会に関しては把握しているでしょう。しかし問題はありません。下手に手出しをすれば被害をこうむるのは向こうですから」
シュルツさんが椅子に腰掛けたまま、こちらへ口を開く。
「もしもこの面接会の阻害をすれば、彼ら転生者達が抱く六大国への印象は決定的なものとなる。武力による介入などもってのほか。しかも転生者へ武力を行使するということは、彼ら側に付く転生者を動かすことも同義。下手な事をすれば、六大国側の転生者に余計な疑惑や疑念をもたらす可能性もあります」
「まあ、六大国側からすれば、あそこの連中を味方にするのは難しいし、敵と見なすにしても数は少ない。手出ししてもメリットはないから捨て置くほかない、って感じかな」
なるほどな。二人の発言に納得していると……外の連中に動きがあった。
なんだ? ざわつく彼らの視線を辿ると――
「ムハハハハ! ようく来たな! 転生者どもよ!!」
聞き覚えのあるドラ声。その時、俺はあり得ない奴の姿を見た。
「貴様ら、ナインズへの入隊を希望するからには! 相応の覚悟を見せてもらうぞ!!」
見覚えのある鉛色の鎧と長いヒゲを蓄えた大男。紛れもなくダンウォードであった。
――おい誰だよあのジジイ呼んだのは?
「あたしじゃないわよ当然」
「朔夜隊の動きを察知して勝手に来たみたいですね……」
ふう、とシュルツさんは額に手をやり、ため息を吐く。
「ムウン!」
外の転生者達が一斉にざわつく。見れば、ダンウォードが何故か上半身の鎧を脱ぎ、さらに上半身裸の状態になり鍛え抜かれた大胸筋を見せつけ始めた。
「ヌハハハハ! これだけの人数を前に、久々に熱くなってきたわい!」
胸筋を交互にピクつかせながら、ダンウォードは輝かんばかりのストロングボディを披露するべく、次々にマッスルポージングを決める。
「ぬうん! ぬぬぅん!! さあ! 貴様らの覚悟を見せてみよ! 一人ずつ掛かってこい! お前達の熱いたぎりと筋肉の火照りを見せて――ぬふぅ!?」
ゴキン!
鈍器で大岩を叩くかのような音と共に、ダンウォードが背後からの打撃に昏倒した。
ブン殴ったのは、デカイ氷のハンマーを担ぐマーリカ。
「お粗末さまでしたー」
ドン引きする転生者の前でマーリカは一礼し、筋肉ムキムキマッチョマンの変態を台車に乗せ、颯爽と去って行った。
彼女と入れ替わるように転生者達の前に現れたのは――羊のような角を生やしたメイド服姿の少女、ユウムであった。
「え、えっと、そ、それでは準備が整いましたら一人ずつ! お、お呼びいたしますので……し、しばらくお待ちください!」
がちがちに緊張しながら言い切り、ロボットのようにぎくしゃくとした動きでこちらへ戻ってくるユウム。
大丈夫か、これ。
きっとあそこにいる転生者達と同じ感想を思った。




