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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
十二章「追放勇者の復讐劇/顛末に下る罰」
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12章-(2)ムラマサとの邂逅

 ……ミズリスの連中と出会った夜から、5日。


 薄曇(うすぐも)りの夕陽の下、俺とマーリカは肩を並べてボンヤリと座り込む。


 視線の先には、浅瀬(あさせ)の川に入って遊ぶセイの姿。


 先ほど小雨が上がり、夕日に照らされて現れた大きな虹に興奮したようで、大はしゃぎでその辺を駆け回った後に川にまで突っ込んでいったのだ。あれで歓声(かんせい)のひとつでも上げてくれればもっと可愛らしいのに。


「あーあ……ヒマね、マジ」


 マーリカがボンヤリと呟く。


 ――良いことだろ。戦いがないことに越したことはない。


 同じく遠くのセイを眺めながら、俺が呟く。


 この5日間、以前までの戦いがウソのように穏やかな日々を送っている。


 俺達の目的は転生者やらロボットやらと戦うことじゃない。元の世界へ戻るための“鍵集め”と魔王軍との接触だ。無駄な戦いは無いほうが良いに決まってる。


 だというのに、隣の元盗賊は順調な旅路に不満タラタラだ。


「つっても毎日代わり映えなさ過ぎだっつの……どっか村でも襲おうかな」


 ――やめとけ。


「レベル上げよレベル上げ。あんたら転生者はザコ狩れば狩るほど強くなるんでしょ? ケーケンチ貯めたいと思わない?」


 ――思わねえし、そもそも俺はミズリスの連中とは違ってレベルとかわからねえんだよ。


 そう。ミズリスのリーダー、シヅキが言うには“伯爵”を封じていることが原因らしい。


 ステータスの閲覧やスキルといった転生者独自の技は、転生者を召喚した〈太源理子の始祖(グランスピリット)〉が与える加護のようなものらしい。


 俺の場合その加護を与える伯爵を封印したことで、そういった転生者独自の加護から外れてしまっているようだ。


 あんな奴の加護なんぞ受けたくはないが、彼ら他の転生者達から見ると俺はそのせいで大幅な弱体化を強いられているらしい。気持ちとしては複雑だが、まあこうなった以上自分だけの力でやっていくしかあるまい。

 

 夕暮れの虹を眺めながら、俺はあの日の事を思い出した。



 ◆◆◆



「僕達のことだが、しばらくは秘匿(ひとく)して欲しい」


 シヅキはその理知的な瞳を俺に向け、そう言った。


 ――あんたらは帰還を望む転生者を集めているんじゃなかったのか? 存在を秘匿してどうする?


「“しばらく”は隠して欲しいんだ。来たるべき時が来れば、大々的に名乗るつもりだ」


 シヅキの言葉を引き継ぐように、ラスティナが口を開く。


「知っての通り、6大国の連中は自分たちの支配下にない転生者を恐れ、敵視するからな。考えてもみろ。今彼らがその存在を明らかにし、国々の転生者へ呼びかけたとしたら? 6大国の連中は必ず動く」


 ――敵対されても問題ないだろ? こいつらは最強のチート転生者だけで作られた組織なんだからよ。


「軍事行動ではない。奴らなら情報攪乱(かくらん)煽動(せんどう)のための行動を取る。

 例えばだ。自国にいる転生者達にこう吹き込むわけだ。『あのミズリスという連中は魔王側に寝返った転生者だ。手に入れた強大な力を悪用し、お遊び感覚でこの世に混乱をもたらす悪の組織だ』とな」


 ――そんな話吹き込まれて、そう簡単に信じるのか?


 俺が尋ねると、シヅキは無念そうにため息を吐いた。


「……残念ながらあり得ない話でもないんだよ。ここに召還された転生者の中には、“自分がプレイしていた()()()()()()に入り込んだ”と思い込んでいる者も多い」


 ――ゲームの世界……?


「〈太源理子の始祖(グランスピリット)〉達が召喚した際に記憶の一部を書き換えたのだろう。奴らは召還後、転生者にさまざまなシナリオを用意し()り込ませるからね。

 ……そして、この世界がゲームの中だと考えている連中の中には、ろくな行動をしない者も多い。プレイヤーキルと称して他の転生者を襲う輩もいれば、面白半分で国や村を襲い若い女性や食料を奪う奴もいる。

 僕達が存在を明らかにすれば、6大国の者達は僕達へ“そういう輩”とレッテルを貼り、僕達と反目(はんもく)させようと躍起(やっき)になるだろうね」


 最近のゲームは自由度が高いのを売りにしている。特に理由もなく仲間に斬り掛かったり、目に付いた家や車に火を放ってみたりといった遊びは誰しも行うだろう。


 ……そういうノリでこっちの世界に跳ばされ、挙げ句強大なチート能力まで与えられれば確かにロクな事はしねえだろうな。この世界の連中にとっても、彼らミズリスにとってもハタ迷惑な話だ。


「だから僕達は今表舞台に出るわけにはいかない。僕達が名乗りを上げる時、それは6大国の悪行を世に知らしめる時だ」


 ――悪行? 奴らの悪どさならそこら中で見て取れるじゃねえか。


「魔人側からみれば確かにそうだな。だがソウジ、彼の言っているのは転生者に向けてのものだ」

 

 ラスティナは大きな胸を乗せるように腕を組み、冷笑を浮かべながら語る。


「以前聞かなかったか? 6大国の連中に囲われた転生者は手厚い歓待(かんたい)を受け、不自由のない生活を送っていると。

 6大国に所属する転生者からみた世界は、我々の見る世界とは180度違う。人々は誰もが優しく純朴(じゅんぼく)で、自分に絶対の信頼を寄せている守るべき存在。だからこそ敵対する魔人や魔王を打倒しなければと、そのように考えてしまうわけだ」


 ――反吐が出るな。


「全くな。現段階で6大国に飼われた転生者達を説得するのは容易(ようい)ではない。だがそれも情勢が変われば不可能ではなくなる」


 ――というと?


「国が民へ与える統制(とうせい)は平和な世だけにしか通用しない。重大な危機に(ひん)すれば、たちまち嘘は暴かれてしまうだろう……敵対する勢力に国土を奪われ、食料や物資の流通網(りゅうつうもう)寸断(すんだん)され、国に余裕がなくなったとき、彼ら転生者は自分のいた世界が夢の国ではなかったと(さと)ることになる。

 半ば捨て駒のように扱われ、不満がピークに達する転生者達。そこで彼らを救う存在が現れるわけだ。ミズリスという、転生者達にとって希望となる組織がな」


 ――あからまさまに仕組んだシナリオだな。そんなんでホイホイ従うのか?


「人はドラマに弱いんだよ、ソウジ。絶望の(ふち)に立たされたとき、どこからともなく救世主が現れ、逆転する。誰もが心の奥に持つそんな欲求が、奇跡のようにドラマチックに再現されれば、誰しも状況に酔う。疑うことすらできなくなるのさ」


 ――悪党のほざく事は一味違うな。で、さっき言った敵対する勢力ってのが……ナインズか。


 ラスティナが、ニヤリと鋭く口角を上げる。


「飲み込みが早いな。我々とミズリスは最終的な目的こそ異なるが、敵は共通している。お互い利用できる部分があるからな。(ゆえ)に彼らと同盟を結ぶこととした」


 なるほどな。俺がラスティナとシヅキとの接点に納得していると、シヅキがゆっくりと俺へ近づいてきた。


「改めて……ミズリスの代表を務めるシヅキだ。同盟を結んだ以上、こちらからの要望が君へと届く事もあるだろう。今後とも、よろしく頼む」


 そう言い、シヅキは右手を差し出してきた。


 俺はしばし躊躇したが……仕方ないと諦め、彼と握手を交わした。


「君さえよければ、ナインズからミズリスへ鞍替(くらが)えしてくれてもいいぞ。君のように強い転生者は大歓迎だ」


 シヅキは笑顔のまま、ラスティナの前で大胆な事を言ってのけた。


「おっと、素敵な提案だな。どうするソウジ?」


 余裕の態度を崩さないラスティナ。


 彼らミズリスがどういう組織なのか、ほとんど情報はないが……おそらく今のナインズより悪い待遇(たいぐう)は受けないだろう。確かに魅力的だが……


「…………」


 鬼のような形相で俺を睨み続けるアオイ。よほど俺の事が憎いらしい。


 ――やめとく。一部の反対意見が凄そうなんでな。


 俺なりに丁重に断り、そこでミズリスとの会談は終わりを告げた。


 

 ……それから、なんやかんや理由をつけて3日間ほど付いてきてたリーリエと近くの村で別れ、こうして元の3人で旅を続けているわけだ。


“鍵の巫女”がここにいる以上、次の鍵のありかを聞いておきたいところだが、問題のセイ自身が何も言ってこない。


 いや、話ができないんだから言ってこないのは当然なんだが、それでも鍵のある場所とかを指し示すことすらしないのだ。


『たぶんあの子にも正確な場所はわかんないんだと思う。曖昧な伝承(でんしょう)とかで何らかのヒントしか得ていないか、あるいは鍵自体が特定の条件でしか現れないのか……』


 というのがマーリカの意見だ。鍵集めはセイの気分次第といったところだろうか。元の世界に帰るのはまだまだ先が長そうだな……


 憂鬱(ゆううつ)に、ため息を吐く。


 すると、隣のマーリカまでため息を吐いた。


 俺の気持ちを()んで……という訳では決してない。先ほどからの、背後の視線が理由だろう。


「まだ居るわねえ……あいつ」


 ――何か俺達に用でもあるのか?


「ってか、あいつ間違いなく……よねえ」


 ――転生者だな。間違いなく。


「アンタのお友達じゃないの? アンタに用があるってことはさ?」


 ――それはないな。友達はいなかったからな。


「……うわあ。うわあ……」


 ――気の毒な目で俺を見るな。ほっとけ。


 すると、背後で動きがあった。


 木立の影で俺達を盗み見ていた男が、やがてゆっくりとこちらへ近づく。


 ――俺達に攻撃しようってわけじゃねえよな?


「足取りからして違うわね。緊張してるみたいだけど、敵意がない」


 ――足音で敵意とか分かるのかお前。どんだけ化け物だ。


 そんな事を言い合ってると、ついに男が俺達の真後ろに立つ。


 さて、なにが目的だ? 俺とマーリカが背後の男を見上げた。


「……俺はムラマサ。藤江邑當(ふじえむらまさ)、といいます……」


 なんだ、いきなり名乗ってきたぞ?


 こういう場合……俺も名乗るべきなのか? それがマナーだろうか?


「お願いします! 俺を――ナインズに入れてください!!」


 唐突なことを言い、唐突に頭を下げるムラマサ。


 俺とマーリカは唖然(あぜん)としながら、お互いを見交(みか)わすしかなかった。



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