11章-(7)脅威にこそ立ち向かう
ドン!
と、俺は斧の石突き部分を地面に突き刺し、意識を集中させる。
「何? 何のパフォーマンス?」
俺の奇妙な行動に、敵の少女の動きが止まる。
狙い通りだ。一瞬奴の動きを止めることに成功。後は……!
俺は過去の戦いや敵対した外道共の事を思い浮かべ、胸の内から無理矢理煮えたぎるような熱い怒りの感情を引き出す!
すると感情をエサとする斧が歓喜するかのように小さく震え、同時に柄や刃先からおびただしい量の血の霧が発生した。
魔剣の血の霧。これは敵の魔法を蝕み、威力の減衰・無力化させることができる。
ただし無力化できるのはごく小規模の魔法だけ。チート転生者クラスの魔法は消せないはずだった……だが斧からの“感覚”によれば、奴の幻影魔法は他の転生者に比べ効きが弱い。
理由は「固有抵抗値」だ。この世界では直接敵の体内に魔法を発現させられず、できたとしても威力が大幅に減衰される。
どうも奴の幻影魔法は光の屈折による虚像ではなく、俺の視覚自体を操作する能力らしい。血の霧には魔法の源である“理子”の流れを遮断する力がある。故に血の霧を散布すれば固有抵抗値と相まって、あの幻影魔法は俺に効かなくなる。
……というのが斧の奴がよこしたプランのフェーズ1だ。さて、この霧だけで本当に例の幻影がかき消せるのか……
前方を注意深く観察していると、血の霧が触れた鋼線の数本が煙のようにかき消えていった……やるじゃないか斧。少しだけ見直したぞ。
「血の霧……! そうか、そういえば魔剣使いにはそんな能力も……」
愕然とする少女。動くなら今か。
俺は右斜め後方へ跳び、木々と葉の密集した茂みの中へと素早く飛び込み、敵の少女の視界から姿を隠した。
鋼線によるトラップはあるが、位置は完全に認識している。斧がイメージで伝えた鋼線の少ないルートを通り、少女を中心に周囲の森を疾走する。
「フン……暗闇と血の霧で私の視界を奪ったつもり? この程度、標的感知スキルを発動させれば――!?」
少女の言葉が止まる。茂みの向こうでまたも絶句しているのかもしれない。
まずは、一本目だ。
バキバキ……ズドン!
と、周囲の枝葉を巻き込みながら、太い樹の一本が根元から倒れた。
切ったのは俺だ。理由は……樹の幹に奴の鋼線が巻き付いていたから。
鋼線はピンと張った状態でなければ十分な殺傷能力を発揮できない。この樹はあの鋼線が織りなすトラップの1つだった。
切ったのはたかが一本だが、幾重にも鋼線が巻き付けられている所を見ると、複数の鋼線のトラップを張るための要所の1つだったのだろう。これが倒れたことで、今頃奴の鋼線の一部はたるんで「死んだ」状態になっているだろう。
「樹を狙ってきた!? 無駄な事を……!」
その時、わずかに届く月明かりが異様な光景を見せる。鋼線がひとりでに動き、俺の周囲をぐるりと巡った。
俺は……ハ、と肩を落として笑い、
10本近い鋼線をまとめて足で踏みつけ、難なく突破してみせた。
「くっ……!?」
鋼線はピンと張った状態でなければ無意味。何本巡らせようが、樹や岩に巻き付け固定させていない段階ならば何の脅威にもならん。
戦闘中のアドレナリンが足取りを軽くさせる。茂みの中を泳ぐようにとび込み、斧によって強化された身体能力をフルに活かし、またたく間に周辺一帯にあった鋼線の巻かれた木々を切り倒した。
木の伐採という、ようやく斧本来の役割を果たしたというのに、俺の握る斧は「人以外を斬るのはつまらん」といいたげな感情を抱いているようだ。つくづく物騒な奴だ。
……ともかく、これで第二フェーズは終了。
あとは、仕上げだ。
俺は茂みから出て、敵の少女の前に姿を現した。
「……なんのつもり?」
――お前の武器も、そして魔法も全て無力化した。そろそろ首でももらっておこうかと思ってな。
「……笑える。これでわたしを追い詰めたつもり?」
――なに?
「……わたしの幻影魔法は“現実”と“非現実”の垣根を消す。現実は非現実に。そして非現実は現実に……わたしのイメージは全て現実になる……!」
純白の魔方陣が再び現れる。だが奴の周囲の景色、空間が微妙に歪んでいるのは……?
まさか……あれは、俺と同じ、“真理”による事象改変が……!?
「Top of the fabrication。どうせこの世は嘘だらけ。だったら世界を嘘で駆逐する……!」
彼女オリジナルの魔法の詠唱が、ありえない事象を発露させる。
俺と少女の周囲に、白く発光する巨大な柱が7本発現。
柱は鋼線が結びつけられた状態で現れ――気が付くと、俺の周囲に無数の鋼線が張り巡らされていた。
「嘘と一緒に消えろ! ハッタリ男!!」
両手を振るう少女の動きと共に、鋼線が幾重もの斬擊を放ち。
俺の周囲の木々は0.5センチ四方のサイコロステーキ状に裁断される。
俺は――その時、一瞬の判断で時間魔法を使用!
敵の魔法で作られた鋼線の時を操ることはできない。故に、己の体を加速。
敵の少女に向かい、前進!
無数の鋼線が肌に触れ、全身のいたるところから血が飛沫く。だがこの程度はかすり傷だ。致命傷にはほど遠い。
その程度の傷で済むルートを進んだのだ。斧がナビゲートしてくれたおかげでもある。
ジグザグに蛇行するように前進! 徐々に狭まる鋼線の網の隙間をくぐり抜け、逃れ続け、最後にはスライディング気味に密集する鋼線を全て回避し切った!
「嘘……でしょ……全部避けた……?」
流石に愕然とした様子を見せる少女。
彼女が発現させた7つの柱。柱が囲む範囲は広範囲な平原が広がっていた……森の木々も、岩も、生えている草すらも粉微塵に斬り裂き果たした結果である。
先ほどの魔法を放って、原型を留めていた敵は一人もいなかった……だが目の前に、俺という例外が現れた。
五体全て欠損せずに、あろうことか生きて、立ち上がり、平然と侮蔑の笑みを浮かべる敵が。
『逃れられぬならば、前進せよ』
ダンウォードの声が再び蘇る。
『貴様の行く道にはいずれ転生者が立ちはだかるだろう。無詠唱で即座に小島を1つ消し飛ばせるほどのチート魔法を放つような、歩く戦略級兵器のような相手だ。そんな奴に出会い、もし魔法を放たれればどこへどう逃げる?』
『逃げられる場所なぞない? ふふん、そうだ。それが正解だ。逃れられる場所なぞない。ならば前進あるのみ。逃れられれぬなら進め』
『……相打ちを狙う? 違う。敵の懐にこそ活路があるのだ。良いか? どれだけ広範囲な魔術だろうと、必ず一個所だけ安全な場所がある。台風の目、即ち術者の周囲だ』
『どれだけ強大な魔法だろうと、術者本人にまでダメージが及ぶような魔法は放たん。恐れるな。目を背けるな。一瞬のひるみが死を招く。絶対致死の脅威にこそ立ち向かい、全身で飛び込んでいけい!』
その言葉に従い、俺は唯一の安全圏、即ち敵の少女の間近にあえて迫ったのだ。
……あの脳筋ジジイに関しては嫌な思い出しかないが、こうして助けられたのだ。少しは感謝してやるか。
「ありえない……ありえない……わたしは全力で……レベル50以下のザコが……なんで……」
絶対的なレベル差がある相手に対し、オーバーキルをするつもりで放った全力攻撃が回避される。なるほど己の自負や自信が大きく揺らいでいるのだろう。
……さて、仕上げだ。第3フェーズ。これで奴の心を完全に砕く。
俺は時間操作を発動。一瞬で少女の目と鼻の先へ移動し、斧の横薙ぎを放った!
「くっ!」
直前、斧の攻撃が止められた。首を刎ねるつもりで放った一撃は、少女が一瞬で張った鋼線の編網が盾となり寸前で防がれた。
「舐めるなっ!」
どこからともなく鋼線が一瞬で張り巡らされ、ほぼゼロ距離から俺に向けて奔らせた!
俺はとっさに背後へ距離を取り、そして奴の右側を回り込むように疾駆。
「どれだけ逃げても無駄なんだよ! お前の攻撃はわたしに届かない! レベル17のお前がレベル94のわたしに敵うわけがない!!」
焦りか、恐怖か、やや上ずった声で叫ぶ少女。
鋼線による攻撃を放つため、右腕を大きく振るった、
その時。
「…………え、?」
ぼとり。
少女の腕は、おびただしい血を吹きながら地面に落下した。




