11章-(5)魔法の真理証明
「……今の、本気で言ったの?レベル20以下、初期クラスで所持スキルもない、ほとんどレベルを上げてない初期ステータス並のあんたが? レベル94のわたしに? 遊んでやる……って?」
少女の顔が、怒りによりさらに冷酷さを増した。
怒りは冷静な思考を奪い去り、攻撃の傾向をより単純化させる。
いいぞ。怒れ、怒れ。奴が怒れば怒るほどつけいる隙は大きくなる。
“遊んでやる”と大言壮語をあえて口にし、俺という存在をあの女に刻みつけた……転生者を打倒するための戦術。まず“ハッタリ”はうまくいっている。
後は奴の能力を見極め、“お前の能力なぞお見通しだ”と言わんばかりに能力を解説し、奴の自信を揺さぶってやる必要があるが……
「そこまで言うなら遊んでよ……死ぬまで踊れ、イキリ雑魚」
少女が荒々しく、両手の鋼線を操作する。
同時に周囲の木々がざわめき立ち、あらゆる角度から鋼線がこちらへ迫る!
俺は自分自身の思考を冷却するため、あえて一度大きく深呼吸。
そして――斧が視て伝える鋼線の一本一本を回避。
右斜め。左前方。左斜め下。背後。右斜め。正面。背後。正面。背面左斜め。真下。正面。
息つく暇も無く繰り出される鋼線による攻撃。
回避しきれず、前髪の一部や腕、脇腹を鋼線がかすめたが、この程度は軽傷だ。
だがこれで、敵の攻撃のクセがよくわかった。
鋼線は元来、トラップに近い運用をする武器だ。直接相手に鋼線をぶつけても、重量の軽い鋼線が弾き飛ばされるので相手にダメージを与えられない。
鋼線でダメージを与えるには線を固定し、ピンと張った状態で相手に当てる必要がある。だから鋼線を張り巡らせた場所に獲物を誘い込み、切り刻む……そういった“待ち”の戦法でこそ力を発揮する。
しかし目の前の少女は“待ち”をせず、次々と鋼線による攻撃を仕掛けてくる。おそらく、森の周囲に特殊な仕掛けをしているのだろう。
彼女が左手の指を動かすと、周辺の木々がざわめく。これは左手の鋼線を動かし、鋼線を引っかけていた枝を切ったり、重しとしていた石を動かしたりすることで現れる音だ。
そして彼女が右手の指を動かすと、鋼線が絞られ、俺に向かって飛んでくる……攻撃手順として、彼女は左手で鋼線による攻撃のお膳立てをし、右手を引いて仕上げを行う。
要するに、右手を動かす瞬間が、こちらへ攻撃する合図というわけだ。
攻撃のタイミングが分かれば、攻撃の“波”も把握しやすくなる。紙一重で躱し続けてきた攻撃も徐々に体が慣れ、余裕を持って回避できるようになってきた。
“ハッタリ”と“機先”は問題なく使えている。ここまではいい。
だが、ここからが問題だ。
ここから、どう攻めるかが問題なのだ。
敵は遠距離から未だに攻撃をし続けている。回避し続ければ鋼線の“仕掛け”も減り、攻撃のチャンスが巡るかと思ったが、一向にそんな気配は見せない。
おそらく奴の能力……“スキル”か何かだろう。攻撃をしながら新たに鋼線を張り巡らせ、次から次へと新たな仕掛けを作っているのかもしれない。
であれば、避けているだけでは奴に勝つことはできないだろう。体全体を使って避け続けるこちらとは違い、奴の攻撃は指先を動かすだけ。持久戦に持ち込まれれば、明らかに体力の消耗が激しいこちらが不利。
攻撃に打って出る必要がある。だがその方法が問題だ。
こちらから近づくのは悪手。鋼線を使う者が得意とするのは“待ち”の戦法。おそらくこちらが焦れて動くことを想定し、十重二十重に鋼線によるトラップを仕掛けているはずだ。
斧の刃を外して飛ばすことも考えたが……奴の鋼線に絡め取られ、斧を奪われる恐れもある。
奴に近づくには……魔法が必要だ。
時間操作による魔法。だが、使える魔法で現状有効なものはない。
時間停止で鋼線を止めても、新たな仕掛けにより次々鋼線による攻撃が行われる。“加速”で一気に距離を詰めたとして、加速中に攻撃を与えられない以上は無意味。
奴の目の前まで移動したとて、敵は俺以上の身体能力を持つチート転生者。即座に回避されるだろうし、回避されれば“加速”の副作用で俺は体力を大きく削られる。奴の反撃に対応することもできなくなるだろう。
敵を誘い、時間の“再生”で鋼線の攻撃を敵に与えるか? いやそれも無駄だ。これも奴のスキルかもしれないが、左手を操作している際、奴の指先の鋼線がひとりでに切れたり、または繋がったりしたのを見た。
“再生”で鋼線の攻撃を相手に与えたところで、即座に線を切られ無効化される。
“時減爆弾”および“撒微止”の攻撃はあの鋼線同様に“待ち”の能力だ。動かない敵に使うことはできない……
今のままでは攻撃を与えることはできない。奴に打ち勝つには……魔法が必要だ。
俺が今使える魔法とは一線を画す、さらに強大な魔法が。
そのためには“真理”を得る必要があるらしいが……クソッ! 未だに敵から執拗に攻撃されている状況だ。そんなことを悠長に考えている暇もない!
その時。
集中力の途切れた隙を突くように、背後から首元へ鋼線が迫っていることに気がついた。
まずい。
先ほどの攻撃を時間操作で回避したばかりだ。もう一度魔法を使うために意識を集中させるヒマがない!
回避が間に合わない……このままでは……!
瞬間――脳裏にハッキリと声を聞いた。
『任せろ』
すると。
俺の体が俺の意思から離れ、何者かの意図によって動く。
斧を盾にして背後の鋼線を防ぎ、そして攻撃の勢いを生かし、その場から大きく飛び退いた。
数瞬遅れ、俺がいた場所を無数の鋼線が交差。
敵の攻撃を見越して飛んだのか……だが、俺の体を動かしているのは……
“斧”、か?
そういえば先ほども俺の腕を勝手に操って攻撃を防いだな。イメージを頭に伝えるだけじゃなく、ついに俺の体まで操るようになったか……
だが。
この状況……悪くはない。
斧にしばらく敵の相手をさせていれば、俺自身は冷静に“真理”について集中することができる。
斧は俺に“任せろ”と言った……任せるぞ。しばらく奴の相手を。
そんな俺の思考を了承したのか、斧は俺の体を駆り、敵の鋼線の攻撃を次々に躱し続ける。
勝手に自分の体を動かされる状況。気分は良くないが、俺自身よりも洗練した動きで攻撃を回避できている……納得はできないがしばらくは任せておこう。
それよりも今重要なのは……真理。魔法の根源について。
即ち、時間とは何か。
……時間の定義は曖昧だ。水中遺跡でマーリカが言っていたように、時間の流れは皆平等に流れているわけではない。
川の流れのようにとうとうと流れるイメージだが、時の流れなどというものはこの世に存在しない。時の流れとは人の記憶と認識が脳内で作り上げた錯覚に過ぎない。
……ではその根源は? 時間という錯覚は何を元に作り上げられるのか?
それは“変化”だ。
小さな植物の芽が年月と共に大きな木へと変わる“成長”、ないしピカピカに輝いていたコインが年月と共に古ぼけてしまうような“劣化”……変化が起こる前の記憶を持ち、変化が起きた状態を観察して初めて人は時間を認識する。
……ではその根源は?
成長による細胞の動き。劣化による酸素やその他物質の動き……時間とは動き。即ち時間とは……変化する“スピード”。
時間を操るとは……変化のスピードを操作すること……!
ではその根源は!?
成長も劣化も全ては原子分子の動きに他ならない。時間とは物質の移動。時間の操作とは物質の移動速度の操作ということに帰結する!
そうか。つまり時間とは……速度エネルギーとほぼ同義……!
掴んだ! これが時間の根源、“真理”だ!
鋼線の攻撃を全て避けきったタイミングで、俺は斧に“もう大丈夫だ”と伝え、肉体の主導権を取り戻す。
「……なに? あんた、何かするつもり……?」
気配の変化か何かを感じ取ったのか、少女が攻撃の手を止めて身構える。
ありがたい。このチャンスを存分に生かさせてもらう。
俺は息を深く吸い――言葉を紡ぐ。
――証明。時間とは物質の変化であると定義する。
……わざわざこんな事を口にするのは理由がある。以前、マーリカから聞いた。魔法は科学的知識の低い者ほど高い能力を発揮するのだと。
魔法はイメージを基に作り上げられるもの。だが俺の世界の科学知識はそのイメージを固定化してしまうため、下手に科学知識を持っていると能力が極めて限定的なものになってしまうのだとか。
ならば、魔術の幅を広げるため――既存の知識は一度破壊する必要がある。
“時間”に関する俺の知識を一度リセットし、新しく構築するため――あえて“時間”の概念を宣言・定義することで、自分自身に新たな時間の定義を思い込ませる……!
――ミクロの原子分子の結合・分離による化学変化は、マクロの人や生物、物の成長・劣化などの変化と同義であると仮定。
――それら変化による速度の増減を時間の流れと仮定。即ち時間とは速度エネルギーと同様という式が成り立つ……!
ジキ、ジキ、ジキ、ジキ。
時計の秒針と歯車の噛む音が組み合わさったような音が聞こえる。
気が付くと、足下に巨大な時計の文字盤のような蒼い魔方陣が展開しており、その魔方陣を中心に大小さまざまな時計の魔方陣がめまぐるしく発生・消滅している。
俺の意識の変革と共に、俺が属する魔法自体が変化……しているのだろうか?
周りの空間が歪んで見える。魔法とは感情のエネルギーで周囲の環境を操作する術。つまり個人の感情で極小規模の事象の書き換えを行う手法だ。
……空間の歪みは、俺の意識の変革により、この世界に新たな理が書き加えられている。その証なのかもしれない。
――時間が速度エネルギーと同様ならば、時間の加速と減速は速度エネルギーに準ずる。
――加速とは物質の移動を早めただけ。100メートルを10秒で動く者と1秒で動く者に違いは無い。到達地点が同じであれば速度エネルギーの違い以外の差異は何もない。
――速度エネルギーは全ての物質に常に働いていると仮定。そのエネルギーが0に近いということは、その物質は速度エネルギーを蓄えていると仮定できる。エネルギーが0に近ければ近いほど強大なエネルギーを蓄えているという理屈が成り立つ……!
俺は、真理の獲得により時間にまつわる魔法を全て手に入れるつもりだ。
時間加速による“自分の時を操る魔法”。時間再生による“相手の時を操る魔法”。そして“時間停止”……真理を得るにはこのうちのどちらかしか選べないと考えていた。
だがそんな固定概念こそ打ち破る必要がある。
加速・再生・停止……俺がこの世界に組み込む屁理屈は、俺にとって最も都合のよい形で実現させる。速度エネルギーが時間であると仮定することで、速度エネルギー操作が自分や相手を問わず全ての時間を統べるという理屈だ。
加速も再生も停止も全て今の俺にとって必要な能力。だからこそ新しく打ち立てる定義には全てを強欲に強引に盛り込んでやる。
ついでに時間加速による体力消耗の副作用も“到達地点が同じなら差異はない”と仮定することで解消した。
――以上を以て時間魔法の定義と成す。証明終了。
俺がそう言い終えると同時に、空間の歪みや魔方陣は全て一瞬で消失した。
実感として何かが変化した感じはない。
だが確信はしている。確実に俺の魔法は、何らかの変化が起きていると……!




