11章-(4)宵闇の襲撃者
――これはどういうことだ、ラスティナ?
ピアスを通じてあの女を質す。が、奴からの返答はない。
声や物音は聞こえないが……通話ピアスの向こうで、静かに笑っているあの女の顔がありありと目に浮かんだ。
一体なんのつもりだ……戦えというのか。あの転生者と。
ともかく、あの女が答えない以上、攻撃を仕掛けてきた奴に訊くしかあるまい。
――何のマネだ? これは?
黒髪のショートカットの少女は、端正な顔立ちに冷酷な敵意を浮かべ、小さく首を傾げた。
「見て分からない? ちょっとあなたを殺そうと思って」
――あ?
「理由を話してもあなたは納得しないだろうし、わたしも手を止めるつもりはない。なら言ったところで無駄」
――ふざけるなよ。テメエ一人で理屈こねて一人で納得してんじゃねえよ。
「絡まないでくれる? イライラするからさ」
絡んでるのはテメエだろうが……そう言おうとした瞬間。
「乱切り」
ぽつりと少女が呟くと同時に、かさつく草葉の音と、びぃんと鳴る弦の音が周囲のそこかしこから聞こえ出す。
同時に――俺の周囲から例の鋼線が10本近く迫り来る!
俺は即座にほぼ地面に接地するように伏せ、頭上の鋼線の攻撃をやりすごした。
この暗闇の中、俺の目だけでは回避はできなかっただろう。“斧”がその一本一本を見極めてくれたおかげだ。
「……シダ・ソウジ。レベルは17。クラスは“ウォーリア”。所持スキルはゼロ。傾統術属性は“時間操作”……転生者でここまでひどいステータスは初めて見た」
少女はスマホのフリック操作のように指を動かしながら、空を見つめてブツブツ呟いている。
見覚えがある。たしかあの七罰の一人、リントの奴がやっていた行動だ。たしか俺のレベルだとかを見てるんだったか?
奴の目にはRPGのステータス表示みたいなもんが見えているのだろうか?
「今まで生きてこられたのは、その魔剣の斧があったからってこと……なんであんたみたいなのを“彼”は特別視してるんだか……」
――彼?
「……あんたには関係ない」
少女が指先の鋼線を動かすと、またもガサガサと周囲に音が鳴り、程なくして一本の鋼線が足下目掛けて飛んできた。
軽くジャンプして回避。が、それを狙っていたかのように、宙にいる俺に向けて幾本の鋼線が奔る。
……焦るな。回避はできる!
寸前。俺は服の下の時計に触れ、時間操作魔法を発動。
鋼線の時を遅らせ、その間に地面へと着地。頭上では時が戻った鋼線が絡まった糸くずのように無人の空間を縛り上げていた。
「時間操作……おかしいな。たとえ魔法を使ったとしても、レベル94のわたしの攻撃をレベル50以下の奴が避けられるわけないのに……」
少女は不愉快そうに眉を寄せ、ブツブツと不満を漏らす。
事情は不明だが、俺を殺すといった言葉はどうやら本気のようだ。
だが攻撃自体はまだまだ余力を残しているように思える。敵はチート転生者だ。戦って勝つのは容易ではない。
そしてこの鋼線、おそらく周囲の森一帯に張り巡らせているのだろう。時間操作で逃げたとしても、あの女は遠隔からでも攻撃を仕掛けてくるはずだ。
この状況、どうするべきか……
悩む俺の耳に、突然耳慣れた声が飛び込んできた。
『わーお。ずいぶん愉快なパーティに巻き込まれてるみたいね、ソウジ』
マーリカ。
左耳の白いピアスから、やけに明るい彼女の声が届いた。
――起きてたのか?
『まあね。ここからじゃ戦闘音は聞こえないけど、戦場のピリついた気配は感じ取れる。嫌でも起きるわよ……隣のお姫様'sはおねんね中だけどさ』
――丁度いい。手を貸してくれ。
『なんで? あんた一人でなんとかなるっしょ?』
――敵はチート転生者だ。
『……なるほど』
マーリカはしばし沈黙したあと、予想外のことを口にする。
『うん。ちょうどいいかもね、それ』
――なに?
『あんた一人で倒しなさい。そいつ』
――おい、冗談言ってる場合じゃ――
『冗談じゃない』
マーリカの声は、笑みを収めた冷徹な声色だった。
『そもそもの話、あんたも敵同様の転生者でしょ? 七罰でもない相手なら、あんた一人で倒せるくらいになってくれないと。その辺のチート転生者の一人や二人、まとめて倒せるくらい強くなってもらわないと困るのよ。わたし達が』
――だが敵は――
『勝てるわよ。あんたなら』
――俺はやつらのようなトンデモチート能力は無い……
『確かにね。魔法の扱いや規模、肉体の膂力や俊敏さ、反応速度……どれをとっても今のあんたはチート転生者に劣る。
でもね、1つだけ、他の転生者達より優れているところがあんたにはある』
――それは?
『経験値よ』
RPGでよく聞くフレーズに絶句していると、マーリカがため息まじりに口を開く。
『言っとくけど、転生者達がよく使う“レベル上げ”とやらのための数字じゃないわよ? あたしが言ってるのは“兵”としての戦闘経験のこと』
――戦闘経験……
『……短い間だったけどさ、ここまで旅してきて、いくつもの死線を越えてきてるでしょ? あんたは』
――ああ……
汽車を襲った強盗団。街を飲み込むほどの影の巨人。街を支配するマフィア共。クリッターやゾンビの群れ。果ては巨大な人型戦闘機械。
そして。
最強格の転生者“七罰”の一人である、レベルがオーバーカンストした転生者、リント。あらゆる攻撃の因果を跳ね返す転生者ケイシ。あらゆる影を実体化させる転生者ジュン。巨大な機械手甲と音波魔法でこちらを圧倒しかけた転生者、マオ……
改めて、こんな連中と戦ってよく生きていられたもんだな……
『あたしの目から見れば、あんたはまだまだ至らないとこばかりの未熟者……でもね、1つだけ評価してるとこがあるのよ? 強敵ばかりと戦い、勝利してきたあんたの経験値だけは褒めてあげていい』
…………
『自信持ちなさい。あんたはそこのチート転生者みたいな、ザコばかりを相手にしてきた奴とは違う。どんな転生者も目を剥くような経験をしてきたんだから。負けるはずないでしょ?』
――俺一人で、本当に勝てるとお前は思うのか……?
『これまでの旅で教えてきたはずよ? チート転生者との戦い方を。思い出しなさい。必要なのは“勝利への執念”。それを軸に戦術を組み上げる……吸血鬼達の村であの転生者を倒した方法は?』
――敵のレベルを下げる。敵の能力を見極め、その上で貶めて敵自身に己の能力を過小評価させるハッタリ……
『ちゃんとご丁寧に能力を解説してやるのも忘れずにね? チープな敵役みたいにさ。次に教えたことは?』
――“機先”。あらゆる戦闘に使える戦闘技術、だったか?
『ピンポーン。敵の攻撃の“波”を見極め、操り、最低工数で最大戦果を上げる技術……集団戦だけでなく、対個人戦闘でも使えるってこと忘れてないわよね? あの機械人形の前であたしが見せてあげたでしょ?』
――ああ。
『それじゃあこれは覚えてる? あの水中遺跡であたしがアンタに言った“宿題”』
――あ……
通信ピアスの向こうから、呆れたようなため息が聞こえた。
『チート転生者は剣だけで倒せるほど甘くない。あらゆる局面で魔法を使いこなせてこそ勝機が生まれる……今のアンタの魔法は限定的な力しか使えない。真の意味で魔法を使いこなすには、魔法の“真理”を掴む必要がある』
――時間がない。何かヒントでもいい。そいつを教えては――
『言ったでしょ? 真理は教えて“知った”だけじゃ無意味。アンタ自身が“掴む”必要がある。目先の理論理屈、固定概念に縛られていては一生掴めない。根源はどこにあるのか――それを見定める必要が――って、ついヒント与えちゃったわ。全く……』
――根源。俺の使う魔法の、根源……
『ともかく、アンタにとってはここが正念場よ。これまで教えたことの総ざらいってこと。今までの経験から学んだことを全部ぶつけてやんなさい。伊達に死線くぐってないってことを見せつけるといい。んじゃ、あたしはもう一眠りするから。よろしくー』
わざとらしい欠伸と共に、マーリカからの通信は途切れた。
「お仲間でも呼んでた? 駆けつけるまで持ちこたえられるといいね」
転生者の少女が、見下すような目をしてそう言った。
俺は……そんな少女に向けて、とびきり邪悪な笑みを浮かべてみせる。
「何がおかしいの?」
――自惚れるなよ。テメエ如き、俺一人で十分お釣りが来る。
斧の柄を地面に突き立て、土を抉りながら素早く描く。
菱形に横線を引く図形。“残視の目”。
この図形を描くことで己の中のスイッチを入れられる。
こいつは殺す、というスイッチを。
俺は斧を肩に掛け、ありったけの殺意を込めて言った。
――そのくだらねえオモチャ使って掛かってこい。遊んでやるよチート野郎。




