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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
十一章「邂逅。宵闇の果てに」
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11章-(2)“愚者”の意味

「く……」


 歯がみするクルルド村長。


 彼を無視して部屋を出ようとすると――扉の前に、俺達を村長の下へ案内した筋肉質の男、ゲイリンが憎々(にくにく)しげに扉の前に立ちはだかっていた。


 ――どけよ。


 にらみ付けながら、ぽつりと呟く。


「ち、」


 ゲイリンは舌打ちし、不承不承ながら俺達へ道を(ゆず)った。


 三人を先に行かせ、俺はクルルド村長とゲイリンへ振り返る。


 ――殺してもよかったんだぞ、俺は。


「なに……?」


 ――“九回目の新月”が全ての原因だと言っていたが、あんたの行いは全くスジが通っていない。村の存続のために村人を生贄(いけにえ)にし、さらには人を殺す――俺には、村の存続というお題目を隠れみのに、進んで村人を犠牲(ぎせい)にしているようにしか見えない。


 お前達はスジが通っていない。殺すべき対象だ……


 クルルド村長は、グッと感情を押し殺したような表情で、努めて冷静に答える。


「……この世界は非情だ。村を出ることも、捨てることもままならぬ。その決断をしてどれだけの犠牲が出る? どれだけの者が私を非難するだろう。そして、どれだけの者達が私から離反(りはん)し……自滅(じめつ)してしまうだろう。私は……絶対的な破滅から……村の子らを守りたかった。それだけだ……」


 ――違うな。


 俺は首を振り、唖然とするクルルド村長とゲイリンへ言った。


 ――あんた達は人々を守りたかったんじゃない。決断を迫られ、目をそらしただけに過ぎない。あんた達は誰も守っちゃいない。誰一人守れていない。ただ自分たちの立場を、現状を、守っていただけにすぎない。


「……わかったようなことを……父上がどれだけ……!」


 激高(げきこう)するゲイリン。奴に向き直り、言った。


 ――その言葉、そっくりお前らに返してやるよ。


「何を……!?」


 ――村の人々のため? わかったようなことをほざくなよ。そんな理由で納得すると思うか? できると思うのか? 友人が、家族が、恋人が犠牲になり、あげく殺されて……“村のためだから仕方ない”で許すと思うか? 

 しかもあんたらの語る未来はすべて“かもしれない”で終わる類いの妄想だ。真実を話せば犠牲がでる“かも”。村を捨てればさらに犠牲が増える“かも”とな……村人と一度でも話をしたか? 誰にも話していないなら、そいつは本当の被害妄想だな……!


「お前……」


 ――許せるわけねえだろう。あんたらの妄想で犠牲になったと、殺されたと言われ、納得できるわけねえだろう……! わかったような事をほざくなよ。スジが通らねえんだよ、あんたらのやったことは!!


「これ以上の愚弄(ぐろう)は許さぬ……!」


「やめろゲイリン! そいつに近寄るな! そいつは転生者だ!!」


 悲鳴にも近い声で、クルルド村長が絶叫する。


「あの鉄でできた化物すら倒した怪物……! 我々がたてついて勝てる相手ではない! 下がれ!」


「……父上」


「下がれ! 勝てぬといっている! お前だけは死なさん、決して……!」


 俺は、呆れたように鼻を鳴らしてみせた。


 ――大勢を救うために少数を犠牲にする……確かそんなこと言ってたよな? やってみせろ。村人達を救うため、てめえの息子を犠牲にしてみろよ……!


「グルルァッ!!」


 ゲイリンが白銀の狐の姿となり、俺に向かって(おど)りかかる。


 俺は冷静に――冷たい殺意を胸に、背中の斧の(つか)を握った。


 一撃で首を()ね飛ばしてやろう。そう思った、その時。


「やめい!」


 突如、ゲイリンの足下からいくつもの鎖や皮の拘束具(こうそくぐ)が出現。俺へ牙を()くゲイリンを、あっという間に縛り上げてしまった」


「…………」


 クルルド村長の足下に展開していた、朱色の魔方陣が溶けるように消える。どうやらゲイリンを縛ったのは彼の魔法のようだ。


「……わかった」


 観念(かんねん)したかのように、クルルド村長は肩を落とした。


「……お前の言いたいこと、よくわかった。もうよい。もう言い訳はせん……好きにしろ。村の者達に真実を話したいならそうすればいい……私は罪を犯した。もはや目は(そむ)けまい……」


 こうしてリーリエは、村人達にあらいざらい全て話した。


 当然村人達は動揺(どうよう)。若い数人の若者が怒りを(あらわ)わにし、村長を捕らえようと息巻いていたその時、村長とゲイリンは自ら村人達の元に姿を見せる。


 二人は終始うつむいたままだった。数人の村人達から罵声(ばせい)を浴び、軽い暴動すら起きそうな雰囲気が漂う。


 それを危惧したのか、自警団(じけいだん)の者らしき男が2人を奥へと連れて行く。それきり村長達は、再び姿を見せることはなかった。


 リーリエは、複雑な表情で二人の後ろ姿を見ていた。


 憎しみの感情は抱いていたはずだ。己の家族の命を理不尽な理由で奪った彼らを。だが彼女はそれ以上に悲しんでいた。このような結末を招いてしまった、この村の在り方というものに。


 だから私怨(しえん)よりも、公平な裁きを求めた。この村の変化を求めて。村の存続のための犠牲者をこれ以上増やさないために……


 ……命には命で(あがな)わなければならない。それこそが最も公平で、それ以上にスジの通った解決法はないと考えていたが……こんな答えもあったのか。己の怒りを押し殺し、理性と法でもって相手を裁く。


 犠牲の連鎖を防ぐ、理想的な解決法……リーリエに教えられたようだ。


 ……しかし、理想は、ただの理想だ。


 この短い旅の間にも、法で裁くだけでは生ぬるい外道を大勢見てきた。


 法で裁けないならば。その価値すらないのなら……俺の斧は、そんな連中にこそ振うべきなのだろう。


 絶対的な正義はない。完璧な正しさなんてものはない。正しい答えはない。


 リーリエが彼女なりのスジを通したように。俺は俺のスジを通すだけだ。


 …………


 パチパチと燃えるたき火を見つめるリーリエ。


 水底に沈んだ過去から現在へと浮上するように、俺は閉じた目を開き、再び尋ねた。


 ――お前は、これでよかったのか?


「…………」


 ――認めたくはないが、あの村長のいう事も一部は合っている。お前が一人で生きていくには厳しい世の中だろうよ。


 ――他の村人達と一緒に出ても良かっただろうし、あのお前を助けたバアさんのように、また同じ過ちを繰り返させないためにあえて村に残るって道もあった。お前が行こうとしている道はおそらく一番キツイ。それでも――


「それでも、兄さんは一人で村を出ようとしていたから」


 リーリエは、そう言って笑った。


「今ならなんとなく分かるかな。きっと、他の人と同じ道を行くだけじゃ結局今までと同じだと思うから。だから決めた。自分一人でどこまでやれるか、試してみようって」


 ――決意したんだな?


「うん。立ち止まったらまた不安や心配事に捕まっちゃうと思うから。だから今は考えない。目の前の道だけをひたすら進むだけだよ」


 ――そうか。なら、餞別にこれをやろう。


 俺は懐から、一枚のカードをセイの頭越(あたまご)しにリーリエへ手渡した。


 アンダーテイカーの水中遺跡で、最後に手に入れたタロットカード。


 The Fool(フール)のカードだ。


「これ……確か、愚か者とか、そんな意味のカードですよね……?」


 露骨(ろこつ)に嫌な顔を浮かべるリーリエに、俺は苦笑した。


 ――うろおぼえだが、そのカードは“新たな旅立ち”を意味するカードでもある。


「旅立ち……?」


 ――いい天気の空の下、軽装で上機嫌な男の姿が描かれてるだろ? 家もなく、家族や恋人もなく、金もなさそうな男の行く先は、一歩踏み外せば断崖絶壁(だんがいぜっぺき)のガケの下。だから“愚者(ぐしゃ)”なんて名前が付けられている。


「はあ……」


 ――なんの後ろ盾もない危なげな姿だが、それは逆に、そいつを今まで縛ってきたしがらみが全て解け、誰よりも身軽で自由だという事も意味している。新たな旅への不安をふりほどき、勇気だけで新たな旅路へ繰り出す者……“愚者”はそういう意味を持つ。


 ――これは始まりの“0”を冠するカードだ。誰しも初めは無知で愚か。だからこそ大きな事を成し遂げる。大きなものを手に入れられる。そういう意味を持っているんだ。


「…………」


 リーリエは俺からカードを受け取り、何度もカードを裏返しながら、まじまじと見つめる。


「……本当ですか、さっきの話……?」


 ――い、いや、だからうろ覚えだと……


 つい目線を外してしまった俺に、リーリエはクスクスと楽しげに笑った。


「いいですよ。本当かどうかなんてそんな事は。馬鹿正直に信じてあげます。これは――わたしのお守りとしてもらっちゃいますね」

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