2章-(2)相棒
連れてこられた場所は……宝物庫。
昨日、マーリカにつれてこられた場所だ。
古今東西の武具が納められているといっていたが……それなら宝物庫というより武器庫じゃあないか?
「ここにはな、『伯爵』が大陸中から集めた業物が眠っておる。おおかた魔法の贄として使うつもりだったのじゃろう。伝説に謳われる驍将の由緒ある武具もあの男にとっては単なる“お宝”というわけよ……フン、魔道一辺倒の輩はこれだから……」
ブツブツと文句をたれるダンウォード。
いや、ちょっと待て。『伯爵』ってのはナインズの一人だったケイン、って人が演じていた役柄では……?
俺がそう尋ねると、ダンウォードは「ブハハ!」と繊細さとは無縁の笑い声を上げた。てかツバがかかった。最悪だ。
「いたんだよ、本物の『伯爵』がな。
もうここにはおらん。ワシらナインズが倒したからの。しかしまあ……」
言いかけて、ダンウォードは頭を軽く振り話をむりやり断ち切った。
「ともかく! さっさと中に入れソウジ!
そして、一番最初に触れた武器を一つ持って来い!」
武器を……?
脳裏で再び嫌な思い出が蘇ろうとする。
――なんで俺が……武器なんか必要ないだろ……
「たわけ! ナインズに入ったからには貴様は強くあらねばならぬ! これは義務だ! ごちゃごちゃ言い訳垂れずに持って来い!」
くそ。やはり拒否権なぞありはしない、か。
――わかったよ。適当に目に付いた奴でいいんだろ?
「ぬ? いかん! 貴様が選んではならん!
……宝物庫の中の武器は全て魔剣だ。魔剣は主を自ら選ぶ。決して自ら手を触れるな! 魔剣に斬られるぞ!」
……なんだよ、それ。
意思みたいなのがあるってのか? その魔剣とやらに?
俺は若干緊張しながら、宝物庫の扉を開いた。
すると、意外な光景に俺は唖然とする。
水だ。
一段下がった室内には足首ほどの深さの水が一面にたたえられていた。
窓すらない室内は完全に無風。波紋ひとつ浮かばない室内は、まるでガラスの薄板を敷き詰めたようにも見える。
「はは、驚いたか?」
――驚いたもなにも。こんな所においてたらサビるんじゃねえの? 武具とか?
「……簡単にサビるほどデリケートなら良かったんじゃがな。ここは、魔剣の荒ぶる気性を鎮めるためにこういう造りになっておる……感じるか? この部屋の特異さを?」
ダンウォードから手渡された松明を向け、この部屋を照らす。
蒼く澄んだ水と刃先を下にして整然と並ぶたくさんの武器。
美しい、と一瞬思った。
だが……徐々に、なにか言いしれぬ不安感のようなものが膨れ上がってくる……
……わかった。ここには“命”を感じない。
美しさと表裏一体の無機質さ。殺風景を極限まで高めたような部屋だった。
「魔剣は人の感情を食らう。故に、保管するにはいかなる感情も湧かぬ“死んだ”空間が必要となる」
――人の、感情を?
「そうだ。歓喜、悲嘆、憤怒、吃驚、諦念、羞恥、憎悪、慈愛、情欲、当惑、屈辱、希望、絶望、覚悟……所有者のさまざまな感情、意識だ。
所有者の感情をわざと刺激し昂ぶらせそのエネルギーを食らうのよ。しかも魔剣の要求は底なしだ。要求する感情の大きさも徐々に増え、所有者の負担は次第に大きくなる。
するとどうなると思う? 最終的に所有者の心は壊れる。魔剣の衝動に振り回されるだけの生ける木偶となり果てる……」
――おい……そんなもん、なんで俺が使わなきゃいけねえんだよ?
「……魔剣を使わなければならないほどに、弱い。理由はそれだけだ……」
宝物庫の中から声。
この陰気な声は、イルフォンスとかいう奴だ。
「魔剣は人の感情を食らい、絶大な力をもたらす。成りたてで剣もろくに扱えない兵卒でも、魔剣一つで千の兵を上回る力が得られる……力も身体能力も低く、魔法もろくに使えないお前では……魔剣でもない限り、ナインズには不適格……」
折れた柱の上に座り、うっとりとした表情で己の刀の手入れをしながらボソボソこちらを罵倒するイルフォンス。
……ちっ、そういえば昨日出くわした時も鬱陶しい事言ってたな。嫌味な性格してやがる。
「なに、問題はない。要はお前が魔剣の力に頼らず強くなればよい事よ。感情を食らわせる隙さえ与えなければよい」
――別にそんなリスクの高いもん使わなくても――
「ダメじゃな」
「ダメだ」
言い終わる前に、二人からダメ出しを食らった。
クソ、こんな得体のしれないもん触れるのすら勘弁願いたいんだが……
「不服か? 転生者」
イルフォンスが手入れの手を止め、ヒュン、と刀の切っ先を俺に向けた。
「……もう一度、昨日の夜をやり直すか? ナインズとして動く気がないなら……斬るのみ」
「あー、そのへんで勘弁願えんか? イル殿?」
ダンウォードになだめられ、イルフォンスは「フン」と鼻を鳴らし刀の手入れに戻った。
……本当に嫌な野郎だな。あいつ。
「フウ、まあなんだ、気を取り直して武具を持って来いソウジ」
どん、と背中を押され足が宝物庫の中の水にざぶりと入る。
……気は進まない。が、奴らの仲間になると言った手前従わなければならんだろう。
元の世界に帰るまでの辛抱だ。できるだけ魔剣とやらを使わずに乗り切る方法を考えねば……
ざぶり、ざぶり、と松明の明かりを頼りに宝物庫の中を進む。
靴と足の間にたまるブヨブヨとした不快な水の感触……靴、乾かす場所をあとで探さないとな。
武器は鉄製の間仕切りに隔てられ、鎖で封じられたたくさんの剣やら槍やらがずらりと並んでいる。
武器が選ぶ、とか言ってたが、こんな鎖でガチガチに縛られた状態でどう選ぶってんだ?
腑に落ちない思いを抱きながら歩いていると、ふと一本の剣の姿が目に入った。
仕切りの中ではなく、壁に立て掛けられている剣の一本。
刀身と合わせ全体が黒曜石のように黒く、うっすらと濡れたような艶が走る。
見とれていると、ふらり、ふらりと無意識にその剣へと近づいてしまう。
決して自ら触れてはならない――
わかっている。わかっているのに……足が……!?
瞬間。
何かに足をとられ、俺は黒い剣の手前で床の水へ頭から突っ込んだ。
……クソ。昨日といい、また足払いかよ……!
顔の水を払いながら足下を見る。
すると――1本の斧が、俺の足下に転がっていた。
壁に立て掛けられていた一本が外れた……のか? いつの間に? タイミングもいやに良いのが気になるが……
「……それだな」
イルフォンスが、呟く。
“それだ”とは……まさか、この斧が?




