10章-(18)幸福を与えるだけの機械
「異界の旅人達よ……ようこそ」
俺は、唖然として――その威容を見上げた。
「私は製造番号D11298……“And a Taker”のバージョン3」
球場くらいある大広間、その中央に、15メートル近い高さの巨大な女性型の像が鎮座していた。
先ほどのセリフは女性像から発せられていた。クロムシルバーに輝くボディと、冷酷な女神の如く美しくも恐ろしい顔……もしかするとあれも、先に戦った巨大ロボットのように動けるのか……?
「フン……Undertaker(墓掘人)? てことはアンタがそこの脳みその墓守ってこと?」
マーリカが腕組みをしたまま、あごをしゃくってみせる。
彼女の視線を辿ると――先ほどの映像にあった、カプセルのようなものに詰め込まれた脳が40基近く、女神像の後ろの壁面に貼り付けられていた。
「この世界で捕らえた人々を解体・加工し、保護。酸素と栄養素を与え、VRでの理想的な第二の人生を楽しまれている」
「この世界で……捕らえた……って、まさか……!」
リーリエの顔からサッと血の気が引く。
彼女の村で生贄となった者達だ。村長の話では以前、生贄が逃げた後20人近くが犠牲になったと聞いたが……その犠牲者の脳もあそこにあるのかもしれない。
――何が目的だ。何のためにこの世界の人々の脳を集める……?
「“And a Taker”は人類の幸福を管理するシステム。ここがどのような世界だろうとも、その根幹は変わらない」
――幸福の管理だと? 人を脳みそだけにすることが?
アンダーテイカーは俺の指摘にも全く動じず、淡々と無機質に答える。
「肉体を残すことはパフォーマンス性の低下に繋がる。不要な栄養素を肉体の分まで与える必要がある。また、肉体はわずかな刺激でも脳へとフィードバックする。それは脳への“ストレス”と同じ。故に肉体は処分した」
――皮肉が通じないとは機械らしいな。俺はどう見てもそこの脳みそが幸せそうには見えないっつってんだよ……!
「幸福とは“ストレス”を排し、当人に好ましい環境を提供することにある。“And a Taker”は脳へ光学的刺激を与えることで人々に現実とほぼ変わらぬ第二のリアルを与える。
その世界は誰もが幸福で、自由で、誰一人不幸になることはない。人は誰もが平等に幸せになる権利を有し、“And a Taker”はそれを立証するために存在する」
「ふうん……1つ訊いていい? なんでアンタはそういうお優しい慈善活動をしてくれるわけ? 人間のためにそんなことしてアンタに何の利益が?」
“くだらない”とでもいいたげに笑うマーリカの質問にも、アンダーテイカーは真面目に答える。
「理由は2つ。1つはそれが“And a Taker”に与えられた使命ゆえ。
もう1つは“And a Taker”の“ストレス”を排除する目的がある」
――お前のストレス……?
「システムの維持・拡張を行う場合、不要な古いデータや断片化したデータが現れ、処理する必要に迫られる。だがそれらは“And a Taker”を形作る要素の1つでもある。処理することはできない。だがデータを蓄積させることは“And a Taker”の処理速度を鈍らせる“ストレス”となる。
故に“And a Taker”は人の脳を必要とする。不要なデータを人にとって“幸福な夢”へ還元・出力し、人の脳にデータをインプットさせる」
――なに……!?
「困惑と怒りの感情を関知。感情の理由を尋ねる」
――データを保存する機器ぐらいテメエで作れるだろうに。なんで人の脳を使う……!?
「回答。メモリー機器は“And a Taker”にとっての肉体と同じ。処理速度に影響がなかろうと、機器に負荷を与えることは“And a Taker”の“ストレス”となる。故に“And a Taker”とは異なる記録媒体が必須。
人々は“And a Taker”のデータを娯楽として享受し、“And a Taker”は“ストレス”を軽減。無駄の無きシステム。無駄とは“ストレス”と同義。“ストレス”無きシステムは人々も“And a Taker”も幸福へと導く」
――人様の脳を外付けHDD扱いか。冗談じゃねえ……
「“And a Taker”はその感想を偏見と認識。バイアスを解く施策に移る」
すると、アンダーテイカーの声はこれまでの感情のないフラットな音声から、突然保母のような柔らかい口調と声色に変わる。
「――あなた達は誤解しています。私は一人の例外もなく、人々を幸せにしたいのです」
ほう?
俺とマーリカはアンダーテイカーをにらみつけながら、ひとまず口上を聞いてやった。
「あなた達の世界の事は知っています。未だ差別意識が跋扈し、強者の身勝手により弱者が食い物にされる……不平等な世界。私はそんな“ストレス”にまみれた世界を救いたいのです」
「へえ、そう。ごくろーさん」
「確かに、脳だけが剥き出しになった彼らの姿に忌避感を覚えるのは理解できます。しかし、彼らは幸せです。考えても見てください。あなた達の脳は外部刺激による電気信号から現実というものを把握しますが、それらは所詮脳が作った幻影とも言える。私が作りだす仮想現実とそう代わりはないのです。
人にどう見られようと、どのような姿になろうと、あなた自身が幸せになれればそれでよいではありませんか?」
――お前が与えた幸せを受け取るだけの人生。それは生きてるとは言わん。生かされてるっつうんだよ。全く魅力的には思えないな……
「……難しく考えすぎですよ。ただ目の前の幸福だけを追い求めることは悪い事ではないでしょう?」
「思考停止して快楽だけを得続けろっての? アンタ、さっき“愚者”のカード寄越してくれたけど、あれってもしかしてあたし等に“ああなれ”って意味だったの?」
マーリカの言葉に、アンダーテイカーはとびきり嬉しそうな声で答えた。
「その通りです。人の幸福と知識・知恵は無関係。そればかりか、知識を得れば得るほど人の思考は煩雑化し、大きな“ストレス”を抱えることになる。人は愚かになるべきなのです。知識を放棄し、思考をかなぐり捨てた時……人は無制限の幸福を受け取ることができるのです」
――本性を現したな。
「そうね。結局言ってることは独裁国家の言論統制とほぼ変わんないし」
「……あなた達は勘違いをしています。私は本当に、あなた達の幸せを想って……」
アンダーテイカー。おそらく、こいつの言っていることはある意味で真実だ。
こいつ自身は本当に人の幸福に繋がると思って行動している。そしてそれによってあの脳だけになった人々も幸福を得ていることは事実なのだろう。
……ストレスの忌避。そして安易な幸福の追求。俺が元いた世界では、そういう傾向が年々強くなっている。
テレビや小説、漫画、アニメなど、さまざまなエンタメで“ストレス”が排除されている。深く考えさせられる作品が減り、代わりにわかりやすく、とっつきやすいストレスフリーなものばかりがもてはやされる。
……少し攻めた作品を出せば、たちまちSNSで酷評されマウント取りに夢中な連中の餌食になる、ある意味言論の無法地帯ともいえる状況も原因とはいえるが……
「ストレスストレスって目の敵にしてるけどさ、ストレスってそんなに悪いものなの?」
マーリカが、ため息とともにそう言った。
「過度なストレスは確かに毒だけど、ある程度のストレスは自分を成長させるための成長痛みたいなもんでしょ? ストレスを全部取り除いたら、何も考えない、1つも成長できない、何一つ変わらない。虚しさしか残らないと思うけど?」
「成長と幸福はどう繋がるのですか? 成長することがそれほど幸せなことでしょうか?」
「……少なくとも、思考放棄して幸福感だけ得るような、お薬キメてアヘってるだけの状態よりも健全な幸せでしょうよ」
マーリカは笑みを浮かべ、アンダーテイカーの理論を否定する。
「アンタは手段と目的を取り違ってるのよ。人は幸福になるために生きているわけじゃない。人が生きる理由は“何かを成し遂げること”、“何かを生み出すこと”。この2つだけ。幸福感なんてのは、この2つのうちどっちかを達成したときに得られる副産物にすぎないのよ。
目的を達成できなければ虚しさしか残らない。本当の幸せを得るには、多少のストレスを犠牲に成長し、人生の目的を達成しなければならない……小手先の幸福感でごまかしても意味がないってこと。
おわかり? ストレス取り除けば幸せになれるほど人間様は単純にできてないってこと、お人形ちゃんに分かるかな?」
「あなたは勘違いをしています。私の与える夢は依存性薬物の投与とは異なります。仮想現実に住む人々はそれぞれ目的を持ち、それこそ何かを成し、何かを生み出すために生きている。一人一人が成長しながら、自分の夢に真っ直ぐに進む。これこそあなたの言った真の幸福ではありませんか?」
――違うな。根本から間違っている。
アンダーテイカー。マーリカ。二人の言葉について考えた結果、俺は自分なりの答えを出した。
――仮想現実で第二の人生……確かに本人にとっちゃ幸せかもしれない。でもな、いつかは終わりが訪れる。そこの脳が寿命を迎え、自分の人生を振り返った時……自分にとって都合の良い、作りものの仮想現実の思い出ばかりだと……やっぱり虚しいだろうよ。
「…………」
――終わり良ければ全てよし。結局最後に自分が何を成すことができたか、人生の目的にどれだけ向き合えたかが重要だと、俺は考える。
「……セイ、と言いましたね? あなたはどう考えますか?」
アンダーテイカーから突然話しかけられ、セイがビクっとする。
「小さく非力なあなたでは、この危険に満ちた世界で生きるのはとても辛いことでしょう。苦痛のない幸せな世界に行きたいとは思いませんか?」
「っ!!」
セイはアンダーテイカーの言葉に全く惑わされず、明確な意思を瞳に宿し、首を真横に振った。
「……ではリーリエ、あなたは……?」
「わたし……?」
リーリエが呆然と答える。
「あなたの村の人々は、初めは拒否したものの、最後には私の提案を受け入れ、幸福に満ちた仮想現実へと旅立ちました。あなたも彼らと同じように……」
「わたしは……」
「生贄に選ばれたということは、あなたは彼らから捨てられたのと同じです。可哀想に……あなたにはもう帰る場所はありません。でも大丈夫。私があなたの居場所を作って差し上げましょう」
「……」
目を伏せるリーリエに、アンダーテイカーはたたみかけるように言葉を続ける。
「迷う必要はありません。これは仕方のないことです。他に行き場のないあなたが一人で生きていけるほどこの世界は甘くない。そこの3人の意見に付き合う必要はありません。あなたはあなたの幸せを追い求めなさい」
「仕方が……ない?」
リーリエが、うつむけていた顔を上げる。
意思のこもった強い瞳で、アンダーテイカーをにらみつけた。
「仕方ないってなに? そんな言葉でわたしを決めつけないで! 縛らないで! 仕方ないとか、“でも”とか“だって”とかで言い訳するのはもうやめたの! わたしの幸せはわたしが掴む! あなたなんかに管理される筋合いはない!!」
あいつ……
落ち込んだ顔でボートを漕いでいた時とはまるで別人だ。ずいぶん変わったな。
だが、4人全員の説得が失敗に終わったアンダーテイカーは、先ほどと同じく冷淡な声色に戻る。
「言語理解は確認。しかし言語による意思疎通が不能。原因は余分な知識、ノイズの蓄積によるバイアスと判断……人類の幸福に知識や知能は不要。プランA、言論による服従の未達を確認し、プランB、武力による制圧を慣行する」
――結局は暴力に頼るのか。
俺はため息を吐き、斧を構え直す。
――人は自分の与える施しに満足してりゃいい。人類に知恵や知識は不要。そう言いたいんだろうが、それならよ――
「いかにも人類の英知面してるアンタが、一番不要な存在ってことよねえ……!」
笑みを浮かべる俺とマーリカに対し、奴は着々と戦闘態勢を整える。
「戦闘不能を確認後、速やかに脳を摘出する。戦闘モード、“ストライク”に移行」
アンダーテイカー、女神像のようなその姿が、大きく変貌した。




