10章-(17)世界の提示
……さんざん俺の頭を悩ませてくれたタロットの謎だが、扉が1つ1つ開くのであれば、まったく頭を使わずに扉を開けることができる。
吊し男のカードを差すと、次はコンソールの真後ろの扉が開く。
その扉を攻略すればChariotのカードが出る。そのカードをコンソールのスロットに差せば、コンソールの真後ろの扉が開く。
その扉を攻略すればThe Empressのカードだ。それを差せばまた次の扉が……といった具合だ。
途中でTemperanceとStrengthの2枚が出てきた時は少し焦ったが……なんのことはない。二枚とも差せば次の扉が開いた。
……せっかく謎を解いたってのに、なんか釈然としないな……
「いよいよラストの扉ね……人をこんなとこに閉じ込めた奴の顔を拝めるかな」
嗜虐的な笑みを浮かべるマーリカ。
そういえば、なぜ俺達がこんな超古代文明じみた遺跡に閉じ込められているのか、その理由はまだわかっていなかったな。
あのタコ足の化物の仕業……だろうか?
しかしあの化物がこんな文化的なものを作るだろうか? そういう知能があったとしても、わざわざ人間サイズに作る必要性がどこにある? 第一こんな遺跡を作る理由は?
……何者かが、あの化物を操って俺達をここに連れてきた……と考えるほうが自然だ。
何者だろうか? 遺跡の構造やこの足下の光る液体。ロボット達を見ても、ここの文明の者ではない。
俺と同じく別の世界からやってきた転生者なのか……?
だが、俺達を始め、村人をさらったり村を襲ったりした理由は……?
俺達の靴音だけが響く、静謐な通路を何度も曲がる。
すると。
目の前に、3メートル近い高さの分厚い金属製の扉が現れた。
「ふふん、いよいよ決戦ってとこかな?」
マーリカがそう言うと、リーリエが不安げな顔で俺に振り返る。
――そんなに不安か?
「……大丈夫です。それよりも……あの、わたしでも役に立つでしょうか?」
――リーリエ……
「わたし、全然魔法とか使えませんけど……それでも役に立ちたいんです。わたしにできることってないでしょうか?」
――いや、気持ちは嬉しいんだが……
ふと傍らを見る。
俺の左隣で、セイが背中のスペルソードを構え、フンフンと鼻息荒く敵との戦いに備えていた。
――よし。じゃあこの子を守ってやっててくれ。
「!?」
セイが俺のセリフを聞いて愕然とした表情を見せる。
「……! わかった!! ソウジさんとマーリカさんも、無茶はせずに……!」
リーリエはセイを後ろからぎゅっと抱きしめるようにして、無茶しそうなセイを優しく抑えつけた。
「~っ!!」
セイは俺の判断に抗議しているらしく、リーリエの腕の中でじたばたしている。もちろん、どれだけ暴れても魔人でもある彼女の力をふりほどくことはできないようだが。
うらめしそうな瞳で俺を睨むセイに苦笑し、俺は背中の斧を下ろした。
エレベーターを彷彿とさせるような簡素な鉄扉。ボスのいる部屋としては味気なさすぎだが……気を引き締めねば。
と、その時。
「……ん? なにこれ?」
マーリカが何かに気づく。
俺は彼女の背後から、彼女の見ている文言をのぞき込む。
それはこちらの言語、シアル語で短くこう書かれていた。
【お前の“世界”を提示せよ】
「世界? 世界を提示? なにそれ?」
首をかしげるマーリカ。
だが俺はその時、この問いへの答えをピンと閃いた。
荷物を入れていた小袋を漁る……あった。
The Worldのカードだ。
カードを軽く掲げると――ガシュン!
どこかにあるセンサーが感知したらしく、鉄の扉がひとりでに勢いよく開いた。
さて、いよいよボスのお出ましか……
と思いきや。
「……誰もいないんだけど……」
マーリカがきょろきょろとあたりを見回す。
光る液体の流れる、無人の室内。
しかし……部屋の奥に、見覚えのあるものがあった。
中央の広間にあったものと同じコンソール。
試しに中央の球を指で動かすと――
ブウン……
と、音もなく、俺達の正面に巨大なディスプレイ状のホログラムが現れる。
「ちょ、な、なに!? ソウジアンタなにしたの!?」
マーリカは機械音痴が初めて触れたパソコンに大慌てするようなリアクションを見せる。
――俺は何もしてない。触ればこういう動作をするよう始めから設定されていたんだろう。
緑色のディスプレイはさらに左右にも現れ、巨大な三面鏡のように展開した。
ホログラムのディスプレイに、シアル語の短い一文が映し出される。
【こちらの“世界”を提示しよう】
すると、三面のディスプレイに映像が映し出された。
それは――俺の元いた世界によく似ている、別の世界の歴史だった。
最初に映し出されたのは白黒の街の写真。未舗装の道路を馬車が走る、ゴシックな見た目の建物が建ち並ぶ光景。
電線や電柱はなく、代わりにあちこちに建てられた煙突からドス黒い煙が吐き出されている……世界史の教科書に載っていた、産業革命を思い出させた。
蒸気機関の発明など、発展する街並みを映す画像。しかしそれは徐々に陰惨な戦争の画像に変わる。
焼夷弾によって焼き尽くされた街並み。だが年代を経るごとに徐々に復興し、近代的な高層ビルまで現れる。
希望に溢れる光景……に見えた。
だが違った。
最初に見た産業革命。そこから始まった合理主義。システムへの依存。
戦が終わり平和に発展する街の奥底で、それらの問題が菌糸のようにゆっくりと根を広げていたのだ。
決定的となったのが、量子コンピューターの開発。
これまでのコンピューターとは桁違いの演算能力により、その世界の文明はさらに加速する。
人間とほぼ変わらない挙動を見せる高精度AI。
バイオテクノロジーの知見を応用したナノマシンの発明。
化学反応により安価かつ高効率にエネルギーを得られる、火力や原子力に代わる新しいエネルギー源、“リキッドライト”の発明。
……ちなみにリキッドライトとは、先ほどからこの遺跡に流れているあの光る液体のことだ。この遺跡の仕掛けやロボット達を動かす動力源だったらしい……
ホログラムの画像は急速に発展していく街並みを映すが……同時に没落していく人類の姿も見せていた。
発達したAIが人類を不要と判断し反旗を翻す……そんな映画や小説は腐るほどあるが、その世界ではそうはならなかった。
AIとそれを搭載したロボット達は一貫して人類に従い、献身的ともいえるほど人類に尽くしていた。
人類のために造られた存在として、その存在意義を誇らしいほどに全うしていたのだ。
……道を踏み外したのは人類の方だった。
AIとは人の代理ができる存在。つまり……AIが発達すればするほど、人は“他人”を必要としなくなる。
社会活動は全て巨大な公共システムに任せ、食事は自宅のロボットが提供。娯楽はコンピューターが全て与えてくれるし、友人も恋人も家族もAIで済ませることができる……
やがて人類は、身も心もシステムへと依存する。
肉体の管理は機器に任せ、精神はネットの中に預け、苦痛もストレスもなく際限なく幸福を与え続けられる中で……人はついに思考すら放棄する。
保育器の中でただただ甘やかされる赤ん坊のように。彼らはシステムに依存しきり、ついにはシステムの一部へと成り果てた。
だから――
この世界からの侵略行為、100年前の“異世界征伐”にすら抵抗できなかった。
人類であれば無分別に保護するAIに、AIの創る仮想現実へ赤子のように依存する人々。一体誰がこの侵略者達に抵抗できようか?
その世界の人々は残らず殺され、AI達は侵略者達を新たな主人として丁重に迎え入れた。
……そこで、映像は終わった。
ホログラムが消え、静寂だけが残された。
「……今のって……」
恐る恐る尋ねるリーリエに、俺は頷く。
――かつてこの世界の軍に侵略された、別次元の世界の記録だな。
ため息を吐く。高度な技術の発達の末に、逆にシステムに依存し乗っ取られる……これもまた1つのディストピアな終末といえる。
画像の人々は最終的に人の体を捨て、脳だけの状態で活動していた。生きている、というより生かされているといったほうが正しいかもしれない。
しかし……あの世界、本当に俺のいた世界とは無関係なのだろうか?
現にSNSへの依存や、スマート家電の需要の高まり、AIを用いたシステムの普及など、俺達はあの世界と同じく、徐々にシステムへの依存度を高めてしまっている。
……あるいは、俺の住んでいた世界の未来の姿なのかも……
「まあ、どういう結末を辿ったのかはなんとなくわかったわ。人間、楽な方に流されると際限なくなっちゃうからねえ」
マーリカは自分達の世界より遙かに技術の進んでいた世界を、まるで小馬鹿にするかのように笑う。
「衣食住、全て足りたらアホになる。多少のストレスとハングリーさがないと、成長ってすぐに止まっちゃうからね。成長が止まれば滅びるだけ。侵略前にすでに滅んでいたのよ、さっきの世界はね」
――楽しそうだな?
「そりゃそうよ。あたしのいる世界と関係ないもん。思い入れがなければギャグに等しい結末だもの……それともソウジ、さっきの世界に何か思うところでもあるの?」
――別に……悪趣味だと、そう思っただけだ。
すると――ガシュン!
目の前のコンソールが、スロットから1枚のカードを出した。
カードを手に取り……俺は大きく肩を落とした。
「ソウジさん……?」
――いや、俺達を呼んだ奴もずいぶんと悪趣味みたいでな。
この部屋の前に手に入れていたカードはThe Hierophant。数字は“5”だ。
“6”のLoversから引いて“1”。残った法王のカードから1より小さい数字にできるカードはもうない……と思っていたが。
最後に“0”のカードが残っていた……しかも、よりにもよってこんなカードが。
「どんなカードなんですか? それ?」
――The Fool。“愚者”を意味するカードだ。
「愚者……」
絶句するリーリエ。
ふん、と俺は鼻を鳴らす。
あの世界を評したもの……というより、このカードを俺達に寄越した以上、これは俺達への挑発だといえる。
「……面白いじゃん。どっちが愚か者か、証明してあげなきゃねえ」
マーリカが言い終えた後、ガコン! という音と共に、新たな扉が現れた。
ご丁寧に俺達全員をご招待か。
ここまでさんざんもてなしてくれたんだ。茶番を仕掛けた張本人の姿、是非とも拝ませてもわらないとな……
ジリジリと高まる怒りの感情を抑えつつ、俺はマーリカ達3人と共に扉をくぐり、細い通路を進む。
通路の先に扉。愚者のカードを掲げると、重い音を立てて扉が開く。
斧を構え、扉の中に入ると。
そこには、予想外のものがいた。




