10章-(16)リーリエの決意
――くっ!
助けようとも思ったが……
ガシュン。ガシュン。ガシュン。
背後にはあのロボット兵。俺が助けに行けば、助けている間に二人まとめて蜂の巣だ。
時間操作、“加速”で助けるか? いいやダメだ。“加速”は使った後に体力をごっそり削られる。助けた後に攻撃されればひとたまりもない。
敵を〈時減爆弾〉で吹き飛ばした後に助けに? いや、あの魔法は威力の調整が難しい。爆風の影響でセイが足を踏み外せば……
……クソっ! 他のチート転生者並の魔法が俺にも使えれば……!
歯がみする。と、同時に視界に入る。
「…………」
リーリエ。焦りと困惑を滲ませた表情で、俺とセイを交互に見ている。
……一かバチか、彼女に賭けるしかない!
――リーリエ!!
俺が声を張ると、リーリエはびくり、と肩を震わせた。
――俺は敵を相手にする! お前がセイを助けろ!
しかしリーリエは……恐ろしい提案を聞いてしまったかのように、体を震わせ、首を左右に振る。
――おまえしかセイを助けられる奴はいない! 助けられるのはお前だけなんだよ!!
「…………無理。無理だよ……わたしなんかが……」
――リーリエっ!
「あなたやマーリカさんはすごいよ。でも、だからってわたしをあなたたちと同じように扱わないでよ……どうやって助ければいいのよ? 下手に動いたらセイちゃんを……わたしが突き落とす事に……」
自信が無い。助ける自信がない。
だってわたしなんかができるわけがない。どうせ無理に決まってる。
でも。だって。どうせ。
――しゃらくせえな!!
リーリエから伝わる後ろ向きな思考。俺はそいつを吹き飛ばすため、一かバチかの一喝をする!
びくり、とリーリエが怯えるように体を震わせた。
――できるできないじゃねえんだよ! 今は一刻も早く行動を起こさなきゃならねえ! 正念場だ! やるか、やらねえかのどっちかしかねえ!!
「……でも、わたしには無理だよ。あなたみたいな強い人ならできるよ。けど、どうせわたしなんかじゃ……」
――やるかやらねえかだ!! できるできないなんざ聞いてねえんだよ!!
「…………!」
――行動しろ! 今は選択するときだ! いいか!? 人の行動の選択肢は2つしかない! やるか、やらないかだ!! “でも”も“だって”も“どうせ”も選択肢にはない!! やるのか、やらねえのか!! どっちだ……!!
「無理だよ……わたしになんか……わたしになんか……」
――やらないんだな? セイを見殺しにするんだな? そいつを“選択”するんだな……?
「そんな!! そんな事わたしは言ってない!! わたしだって助けたい!! でも…!」
――甘えてんじゃねえ!!
「……っ!」
――“でも”。“だって”。“どうせ”……そう言えば許されるとでも思ってるのか? どう取り繕おうと結果が全てだ。やらないってことは、セイを見殺しにすることを選択したって事だ……!
「…………でも」
――“でも”。また言ったな。やる前からできない理由ばかり探してあげつらい、責任を回避し続ける……身勝手なんだよ。一人だけ責任から逃れようとするな。
“でも”、“だって”、“どうせ”といえば免罪符が得られるわけじゃない……行動を起こさなかった以上、お前はセイを見殺しにしたのと同じなんだよ……!
「でも……でも……」
――まだわからねえか!! 俺が聞きたいのは“でも”や“だって”じゃねえ! やるのかやらないのか! セイを助けるのか、見殺しにするのか! どっちを選ぶのか訊いてんだよ!!
「…………わたしは」
――行動しろ! お前の考えでお前が選択しろ!! お前がどうしたいか、お前の道はお前が選べ……!!
「…………」
ガシュン。ガシュン。ガシュン。
ロボット達は俺達のやりとりなぞ意に介さず、冷酷にこちらへ寄ってくる。
ゴゴン。ゴゴン。
石材がさらに縮み、恐怖の表情で壁に追い詰められるセイには一刻の猶予もない。
……タイムリミットだ。
もはや俺が“行動”を選択するしかない。一かバチか。攻撃されないことを祈り、“加速”の魔法でセイを助けるしか……!
俺が決意し振り返ると――予想外のものが、目に入った。
「ウウ……グルルルル……!」
目の前でリーリエが、あの村長のような銀色の狐の姿に変貌した。
その瞬間。
「ガアッ!」
人間を越えた身体能力で、一足飛びでセイの元へ跳躍!
口でセイのケープをくわえると――セイを連れて、こちら側へと飛び移った!
「はあっ……はあ……わたし……」
冷静さを取り戻し、瞬時に人の姿に戻るリーリエ。
呆然とする彼女に……セイがおもいっきり抱きついた。
「あ……」
――よく“行動”した。よく、セイを助ける“選択”をしてくれたな……
俺が振り返らずに、そう言ってやると。
「……うん!」
背後のリーリエから、力強い返答が帰ってきた。
“行動”を起こすことへの責任の回避……あの村全体を覆う、呪いめいた因習から彼女が解き放たれた瞬間でもあった。
俺は少しだけ口の端を緩め、すぐに意識を集中させる。
ガシャシャシャ!!
ロボット兵達が両腕をマシンガンに変形させ、俺へと照準を合わせた。
……次は俺が“行動”してみせる番だ。
背後の二人がロボット達の射程圏内に入る前に、俺は素早くロボット達への攻撃へ打って出た!
フルオートでの弾幕をかいくぐり、縦横無尽に駆けロボット達の首を狩る! 戦列を乱し、弾幕が薄れた所で魔法を発動。敵の一体を〈時減爆弾〉化させ、発破!
40近い兵列を、10秒以内にほぼ壊滅してみせた。
二人は大丈夫か? セイとリーリエは……!?
振り返る。お互い抱き合いながら、俺の戦闘の行く末を見守る二人。
だがその時、彼女達の背後に動く影あり。
彼岸から4体のロボット兵が現れ、セイとリーリエへ照準を合わせた。
二人はまったく気づいていない――マズい!!
とっさに時間操作、“加速”を発動させようとした、瞬間。
ズバン!
落とし穴から、銀の一閃がほとばしり、4体のロボット達が一瞬でバラバラに切り刻まれた。
あれは……あいつか。おいしいとこ持って行きやがって……
俺が安堵の息を吐くと、ロボット達を刻んだ張本人が、ムチを引き戻しながらゆったりと現れる。
「……新しい道見つけたと思ったら……やっほー三人とも。短いお別れだったわね」
氷魔法で足を落とし穴の壁面に貼り付けながら、マーリカがニヤリとした笑みを浮かべながら現れた。
――わざとかと思えるタイミングでご登場か。ありがとよ。
「わざとじゃないっつの。セイが落ちそうになってたから下で受け止める準備してたのに……あたしの出る幕なかったわね」
にっ、とマーリカがリーリエへ笑みを向けた。
――そうだな。リーリエが大活躍してくれたおかげだ。
俺も笑みを向けると――リーリエは、恥ずかしそうに下を向く。
「いや……そんな……わたしなんて……」
そう呟くリーリエの頭を、セイがポンポン、と頭をなでた。
――いや、守られてたお前がそういうやつするの、違くないか?
「?」
何を言っている? 高貴なる者が家臣を褒め称えてやったというのに? そんな尊大な意思を滲ませつつ、セイは胸を張ってみせた。
うわあ……最近俺達に慣れてきたのか、お子様皇帝モード全開だな、あの子。
「でもいいよ……ありがとね、セイちゃん」
セイはリーリエに頭ポンポン返しされ、けれど嬉しそうにはにかんだ。
根っこの部分は純粋のままだ。その辺は安心だな。
無意識に笑う。他の3人も、和やかな雰囲気で笑い合った。
サラサラ、と背後であのロボット達の残骸が分解される音。
背後を見ると――The HangedManのカードが一枚、床の上に残されていた。




