10章-(15)空意地の勇気
「とりあえず先頭はあたし。ソウジはしんがりを務めて。非戦闘員のお姫サマ二人を前後でガードしましょ」
横幅5メートルくらいで広さに余裕のある通路だったが、俺達はレトロなRPGのパーティーのように、縦に並んで歩く
。
――この先にも敵はいるのか?
「いるよ。まあそんなに数は多くないから、楽勝だと思うけど」
――ならなんでこんな警戒しながら進んでるんだよ?
「念には念をね。こんなダンジョン自体がアーティファクトみたいな場所、何が起こるかわかんないしさ」
セイとリーリエが、不安げな表情で俺とマーリカを交互に見る。
――この二人は元の広間に残したほうがよかったんじゃないか?
「あそこが安全ともかぎらないでしょ? あたしかアンタの目の届く所に置いとかないと、こっちが不安になるし」
――なら俺か、お前が単身で乗り込むべきだったんじゃないか?
「分断しちゃうとそれはそれで危険なのよね~。なにが起こるかわかんないんだからさ、ここ」
じゃあなんでさっき俺を単身で敵がわんさかいる部屋へ向かわせたんだよ……とか愚痴ろうとも思ったが、反省どころか絶対ニヤつきながら「苦戦するとは思わなかったのよお~。想定外だったわ~。アンタがこんな弱いとは予想外だったわ~」とかほざく姿が想像できたからやめた。
……癒やしが欲しい。我知らずため息が出た。
ここんとこデスマーチじみた戦闘の連続だ。「大丈夫?」とか、「頑張ったね! 疲れたと思うしちょっと休もう?」とか言ってくれる……優しい言葉を掛けてくれる誰かが欲しい。
現実、俺の周りには人が苦労してる姿を見てケラケラ笑うド鬼畜女のマーリカと、優しい言葉どころか声すら一度も聞いたことがないセイ。絶賛嫌われ中のリーリエしかいない。
ナインズと通信できるピアスからも、俺を応援してくれる声など届くはずもない。まあ、このピアスはナインズ以外は使えないし、シュルツさんはともかくあのザ・女王様のラスティナや、パワハラ脳筋のダンウォードがねぎらいの言葉を掛けてくれるわけもないが。
……ここに瑞希がいたら、俺になんて言ってくれるだろうか……ユウムがいたら、元気づけてくれるかな……
度重なる戦闘に、先ほどの謎解きやら魔法の真理やらで脳をフル回転させたせいで、体も精神も疲弊しているのだろう。とりとめのない妄想が頭の中を行き来する。
集中力が切れかけたその時、事態が急転する。
「ありゃ?」
ガコン!
という音とともに――マーリカの足下に大穴が開いた!
「きゃああああっっ!!」
悲鳴と共に彼女の姿が足下の闇へ消える。
――マーリカ!
素早く穴へと近づいた、その時。
「なあに?」
落とし穴から突如、平然とマーリカが顔を出す!
――ぎゃああっ!!
今度は俺が驚きのあまり悲鳴を上げてしまった。
――落ちてなかったのかよ! いきなり顔出すな!!
「アンタが呼ぶから応えてあげたのに……このあたしが、落とし穴ごときにやられるわけないでしょ?」
やれやれ、といわんばかりにため息を吐くマーリカ。見れば、落とし穴の中は蜘蛛の巣のごとく氷の足場が張り巡らされていた。
……つくづく化物だな。なんならお前のほうがチートなんじゃねえのか?
「ん~……罠のためにこしらえた穴なんでしょうけど、音の反響具合からして……もしかするとこの先に別の道があるかも。んじゃ、あたしこっちの道から行くから」
とん、とん、と身軽な足取りで、マーリカは氷の足場伝いに落とし穴の下へと潜っていく。
――おい! そんな勝手に……!
「アンタなら二人まとめて守り切れるでしょー!? ま、頑張ってー!」
穴の奥深くからそんな声が届き、それきり彼女はこちらへ声を掛けることはなかった。
……簡単に言ってくれるな。俺一人だけならともかく、この二人を守りながらだと、あの小型のロボット兵達にすら遅れを取る可能性があるのに……
「ソウジさん……」
不安げに声を掛けるリーリエ。そしてセイ。
……俺が弱気になれば元も子もない。
ビビった奴から負ける。それがこの世界での戦いのルールだ。
迷っている余裕なんてない。俺がやるしかない……!
――問題ない。先に進む。
今度は俺が先頭となり、俺達三人は落とし穴を飛び越え、通路の先を進む。
正直マーリカが抜けた状況はかなり痛いし、この先の戦闘をこなすことに不安はあった。
けれど俺が強がったセリフを言ったことで、少しだけ、二人の表情に安堵の色が見えた。
それだけでも意地を張った甲斐はあった。
そう思い、先を進む。
◆◆◆
進む先には、いくつものトラップが仕掛けられていた。
縦横の格子状に照射されるレーザー。
一見何の変哲もないが、近づくと人も物体も全て分解してしまうナノマシン領域。
俺はそれらのトラップに冷静に対処した。
レーザーを放つ機器には壁ごと斧で粉砕し、分解ナノマシンに対しては血の霧を散布。血に含まれる鉄イオンがナノマシンのエネルギー源である電波を遮断し、ナノマシンは行動不能に。結果、難なく通ることができた。
背後の二人を見る。怯えていないか確認した。
もしも二人のうちどちらかが、恐怖のあまり逃げ出してしまうと厄介だ。敵にとって大きなチャンスを与えることになる。
だが……二人の表情は予想外のものだった。
怖がっているどころか、安心しきっていて……むしろ、俺に対して“この人すごい……”とでも言いたげな羨望の眼差しを向けていた。
怖がっていないのはよかったが……あまり期待されるとプレッシャーを感じるんだよな。贅沢な悩みなのかもしれないが……
頭を軽く振り、再び進む先に集中する。
……ここまでは問題はない。
問題は……あの連中だ。
ガシュン。ガシュン。ガシュン。
想定通り、あのロボット兵達が隊列を組み、こちらへと行進してくる。
後方を振り返る。セイとリーリエ。あの二人の背後に……敵の気配はない。
よし。
――二人とも距離を取れ。片付ける。
セイとリーリエは頷き、急いで後方へ距離を取ろうとした。
その時。
ガゴン!
突如、マーリカを落としたあの落とし穴が開き――二人を飲み込もうとした!
「ひ……!」
寸前でリーリエは崩れていない彼岸の足場にしがみつき、なんとかよじ登ることができた。
セイは――!?
視線を左右に動かすと――いた。
落とし穴の左端。長く張り出した石材の突端に、危なっかしくバランスを取りながら立っていた。
二人とも無事だ……だが、安堵するのはまだ早い。
ゴゴン。ゴゴン。
音を立て、徐々にセイが乗る石材が壁へ吸い込まれるように短くなっていく。
このままでは――セイが穴の下へと落ちてしまう。
マーリカが落ちたときに確認したが、落とし穴の高さは地上の光すら届かないほど深い。落ちれば間違いなく……命を落とす。




