10章-(14)魔法の真理
――俺が自分の魔法を理解していない? どういう意味だ?
「アンタさ、自分の魔法がどんなものなのか、自分の口で説明できる?」
――時間を操作する。読んで字の如く、それが俺の魔法だと……
「“時間”ねえ。その時間ってさ、結局誰の“時間”なのよ? 自分の時間? 相手の時間?」
――それは……
「わかってると思うけど、“時間”って自分のものと相手のものとで別物なのよね。
例えば時速60kmで走る汽車があったとして、その中で子供が進行方向へ向けて秒速50センチの速さでボールを転がすとする。そのボールの正味の速度は?
子供の目から見れば秒速50センチ。でも列車の外から見た人の速度は時速60km以上の速さで動いていることになる……“時間”ほど定義があいまいであやふやな概念はない」
……相対性理論の原型だな。こんな中世丸出しの異世界で、異世界人の口から聞くのは少し驚いたが。
「前も言ったと思うけど、転生者の一番の武器はイメージ。
特に魔法を操る場合、術者がその魔法についてどれだけ明確に、具体的に理解しているか……実感を伴う“本質の獲得”が重要となる。例えばさ?」
マーリカの足下で藍色の魔方陣が弾け、俺と彼女の周囲に強い風が吹き上がる。
「あたしは“氷使い”。読んで字の如く、あたしの魔法は氷を司る」
ふわり、と足下から握り拳大の水の球が現れる。
「氷使いは氷を操作する。氷で敵を刺突したり、氷の剣で斬ったり、敵を凍らせたり……それが氷使いの一般的な戦闘スタイル。けど……」
風が水を球状に形作り、それは大きなグミのように、ふるふると震えながら目の前まで移動した。
次の瞬間。
「……〈蒸破〉」
パアン!
マーリカが呟いた瞬間、水の球が一瞬にして沸騰、蒸発し……跡形もなく弾け飛んだ。
「氷の操作。それをイコールで“熱の移動”と理解し、実感できた時……ただの氷使いには到達できない“本質”が手に入る」
…………
「何なら“真理”と言い換えてもいい。物事の根源・本質を理解できたとき、アンタの魔法は確実に変化する。これまでとは比べものにならないほど、強力に」
――どうやったら手に入る? その本質……真理とやらは?
俺が真面目にそう尋ねると、しかしマーリカは茶化すようにクスリと笑う。
「さあね? あたしの魔法じゃないんだし、あたしが知るわけないじゃん?」
――お前、ここまで仰々しいこと言っといてそれかよ……
「まあまあヘソ曲げないでさ。ヒントだけはあげるから」
んなもん曲げてねえが、まあくれるというならありがたくいただこう。
「アンタの魔法は大きく分けて2種類ある。“自分の時を操る魔法”と“相手の時を操る魔法”の2つにね。同じような時を操作する魔法と思えるけど、この2つは全く別物。
今までは大雑把に“時間魔法”として扱えたけど、このままボンヤリとした状態で本質を理解できていないと、確実に術者としての成長は止まる……魔法が使えないってのは致命的よ?
特にアンタはこの先“チート転生者”達と何度も戦う事になる。魔法を使わないで勝てるような生易しい連中じゃない。今までの戦いで嫌ってほど味わってるでしょ?」
これまで刃を交わした転生者は4人。
最強の転生者。あらゆる攻撃を無効化する、七罰の一人のリント。
全ての攻撃の因果を反転。相手に跳ね返す“神”レベルの魔法を操るケイシ。
影からあらゆる武器を実体化させ、果ては20メートル級の巨人すら生み出したジュン。
こちらの攻撃を即座に学習する恐るべき潜在能力に、固有抵抗値すら貫通する音波魔法の使い手……マオ。
……これまで生きてこれたことすら奇跡にすら思える。どいつもこいつも、とんでもない化物だった。
転生者達を殺す……それはラスティナを含めるナインズ達の考えであり、俺自身は奴らと進んで戦いたいとは思わない。
だが、元の世界への帰還と引き替えにナインズに荷担している以上、きっと転生者との戦いは避けられないだろう。
であれば、生き残るため、元の世界へ帰るため、俺は強くならなければならない。“機先”による戦闘技術だけでなく、魔法を使った戦いでもチート転生者達と対抗できるぐらいに……
「んふふ、今のままだとどれだけヤバイかってのが実感できたみたいね。それじゃあお待ちかねのヒントをあげる。
“物事の真理は常にシンプル”。自分はどんな魔法を使えるか、根本の根源から考えなさい。“時間魔法”とは何か。ぼんやりとイメージしてもダメ。ウダウダあれこれ理屈をこねるのは愚の骨頂。いい? “本質”を突くことが重要なの。揺るぎない本質を自分の中に一本打ち立てる。それができればいくらでも応用が効かせられる。
氷使いのあたしが、風を起こしたり水を爆発させたり……みたいにね」
マーリカの言ったことを自分の中で咀嚼し、理解しようと努める。
5度ほど言葉を反芻させて、彼女に言った。
――すまん。わからん。
「いいよ。一回言っただけですんなり理解できるとも思ってなかったし」
やれやれ、と言わんばかりに肩を落とすマーリカ。……ムカつくな、なんか。
もう一度彼女の言ったことを思い返す。
ぼんやりとしたイメージはダメ。
それは先ほど言っていた、“自分の時を操る魔法”と“相手の時を操る魔法”の2つのことだろうか。
自分の時間を操る魔法。それは自分の時間を早める“加速”の魔法が該当する。
他者の時間を操るのは……リントやケイシを倒す決め手となった時間再生。相手の魔法をリピートして相手に返す魔法だ。
〈時減爆弾〉や〈撒微止〉といった時間停止はどちらに分類するべきか迷うが……ともかく、マーリカの言葉に従うなら、俺は“自分の時を操る魔法”と“相手の時を操る魔法”のどちらかを選ばなければならないようだ。
“加速”の魔法には今までかなり助けられた。転生者のケイシの攻撃をとっさに避けたり、複葉機の上でクリッター達を撃破するときなど、この魔法がなければ乗り切れなかったことは多くある。
では“再生”の魔法はどうか?
リントやケイシを倒すことができたのは、この魔法のおかげと言ってもいい。あのマオですらこの魔法のおかげで追い詰めることができたのだ。
……どちらも、今後戦い続ける上で必須ともいえるほど重要な魔法だ。
どちらか選ぶなどとてもできない。どっちも使えるようにイメージするべきだろう。
“時間”というデカイ括りだとダメだ。ならこの2つ、いや“停止”魔法を含めて、時間以外で共通することは……?
………………
…………
……
だめだ。
まったく共通点が浮かばねえ。
……要するに最終的に今まで使ってたような時間魔法のような結果が得られればいい。例えば、俺が“加速”を使った時、相手は“停止”ないし“遅延”する。そういう関連性をうまく解釈して……だめだ。結局イメージがボンヤリとしたものとなる。
ウダウダあれこれ理屈をこねるのは愚の骨頂。まさしくその通りになったな。
答えのとっかかりすらつかめねえ。どうすりゃいいんだか……
「悩んでるねえ。んじゃ、これ宿題にしちゃおっかな」
――宿題?
「うん。“真理”を見極めて、もっとマシな回答をすること。期限はこのヘンテコなダンジョン抜け出すまでの間ね」
――おい、そんな勝手に――
「それじゃ次はそっち、時計盤で言うところの5、右下の部屋かな? とりあえず行ってみよー」
俺の話を聞かず、マーリカはセイと一緒に右手を楽しげに突き出し、鼻歌まじりに右下の部屋へと入っていった。
……“自分の時”と“相手の時”。どちらも選ぶなんて都合の良い選択肢はないように思える。ここで、どちらかを選ぶべきか決めないとならないか……
「…………」
やや心配そうな顔で俺を見つめるリーリエ。俺が視線に気づくと、彼女はぷいっとそっぽを向いてマーリカ達の後へと続いていった。
ここでウダウダ考えていても仕方ない……
俺は思考を切り上げ、3人の後を追った。




