10章-(13)タロットの謎
「んちゃっす~結構待たせちゃったかな~……ってありゃ、怪我してんのソウジ?」
陽気な様子で現れたマーリカが、俺の頭の怪我を見てそう言った。
――油断した。
「あの人形共にやられたっての? あんだけ戦ったのにまだ遅れを取っちゃうんだ?」
――5メートル級の奴が奥にいたんだよ……
「大きさは関係ないっしょ? 結局は新手の敵を前にして浮き足だったのが原因。戦闘経験の浅さと、“機先”の練度不足ってことよ」
――人が怪我してんのに言うことはそれだけか……
やっかみ半分でそういった。
マーリカとは対照的に、傍らのセイは心配そうな表情を浮かべ、じっと俺がハンカチで押さえている出血部位を見つめている。ちなみにこのハンカチはセイがくれたものだ。
「…………」
リーリエもまた、怪我をした俺へチラチラと心配げな視線を向ける。だが俺が彼女の方へ向くと、フイっと顔を背けてしまう。まだ嫌われているようだが……心根はやっぱり優しい娘なんだろうな。
そんな二人に比べ、マーリカの奴は怪我をしたことを責めるように問題点を指摘する。不満の1つくらい言いたくもなる。
「は? なにアンタ、それじゃああたしに『た、大変! 大怪我してるじゃない!! 大丈夫!? すっごく痛そう!! はわわ!!』とか言って欲しいの? 言われて満足なの? 死ぬの?」
――いやそんなん求めてねえしあざと過ぎてドン引きだし、なによりちょっと不満言っただけでなぜ人を死へ誘おうとするのか。
「キャラじゃない事してもあたしもアンタも幸せになれないってことよ……てかさ、アンタちゃんと魔法使ってる? あたし等とは違って転生者は魔法に反作用が起きないんだから、実質使い放題じゃん。魔法使ってれば楽勝だと思うけど」
――俺の魔法は加速・停止・巻き戻しの3つしか使えないからな。どれも直接敵を倒す技じゃねえし……
「人形自体を時減爆弾化させればいいじゃん? あいつらあのゾンビよりもマナ入ってないからできると思うけど?」
――あ、そうか。
今までの戦いから、なんとなく動いている奴には時減爆弾は使えないという意識がすり込まれていたのかもしれない。爆弾化させてれば、こんな傷を負うまでもなく倒せていたのかも……
「……ちょっと詳しく聞こっか? あの扉の先でどんな戦いをしたのか」
マーリカに促され、俺は先ほどの戦闘をつまびらかに語った。
全て聞いた後、マーリカは腕組みをしながら一言。
「なるほどね。魔法さえ使いこなせてれば怪我も負わずに圧勝してたでしょうね」
――わかったよ。次は爆弾化させて倒すさ。
「……う~ん、そういうことじゃないんだよな~」
――どういう事だよ?
「ま、その話は後で。今の問題はコレでしょ? ほら、あたしの扉にもあったから」
マーリカは懐から、1枚のカードを取り出した。
Justiceのカードだ。
ちなみにリーリエはSun、セイはWheel of Fortuneのカードをそれぞれ手にして戻ってきた。
……このカードが今、俺を悩ませる要因となっている。
とりあえず扉が開いた順、太陽、運命の輪、正義、そして月のカードを順番に入れてみる。
だが先ほどとは違い、次の扉が開いたりするような、何らかの仕掛けが動くことはなかった。
また、カードを入れている間に気づいたが、どうやらカードを入れるスロットは3つあるようだ。先ほどのように2枚入れればいいのか、ここから3枚入れればいいのか……それすらもわからないのだ。
……月・正義・運命の輪・太陽……ダメだ。逆の順に入れても開かない。
関連性の高そうな太陽と月、正義と運命の輪を2つセットで入れても無反応。
先ほどまでは、一枚のカードを入れれば古い方のカードが戻された。だが今回は2枚差しても戻ることがない……これはスロットに3枚入れるのが正解ということか?
クソ……ここに来て妙な謎かけ要素入れてきやがって……どういう法則でいれればいいのか、皆目見当がつかん……!
「今までは順番通り入れてれば勝手に開いたのにね~……その絵柄とかになんかのヒントがあるのかも。ソウジ、その絵の意味とかわかる?」
後ろで見ていたマーリカがそう言った。
――このカードは元々占いとかに使うものだ。確か一枚一枚になんらかの意味があったと思うが……さすがに意味まではわからん……
「う~ん、何か共通点とかないですか? 色とかモノとか……ほら、こっちの太陽と正義のカードでしたっけ? どっちにも人が書かれてますから……」
リーリエに言われた通り、その2つのカードを入れてみたが、全くの無反応。
……まずいな。水も食い物もないってのに、こんな所で閉じ込められ続けるのは……
問題の解けない苛立ちと焦りが、心臓の鼓動を早める。
こんな所で死ぬまで閉じ込められるなんざゴメンだ。だが……何かヒントはないのか? なにか……!
その時。
くいくい、と制服の裾を引っ張られる感覚。
振り返ると――セイだった。
なんだ? 元気づけてくれるのか?
無意識に顔がほころんだが――当の彼女は、いたって真面目な顔をしている。
「!」
びしっ、とカードの一枚を指さした。
太陽のカード。その上の方――“XIX”、これはローマ数字表記で“19”だ。
「!」
続いて、セイはびしっと俺の胸元を指さした。
指さされた場所に手をやると――固い感触。黒染めの銀時計があった。
これのことを言ってるのか……? この時計が一体……?
胸元から取り出し、コンソールの上に置いた。
すると――彼女の言わんとしていることがわかった。
俺の時計の数字表記はローマ数字。
カードの上の数字と同じ……ってことか。
「!」
両手を腰に当て、得意満面の顔で頷くセイ。
まあ……よく俺の時計の数字との関連性に気づいたよな。
そこは凄いとは思うが、カードのヒントには……!?
その時――俺は気づいた。
時計。1から12まで刻まれた時計盤。
そしてこの部屋。1から12まで規則正しく扉の並んだ、円形の部屋。
これは……
そうか。そういうことか!
扉を開ける法則を完全に理解できた。俺は脱力するように、大きく息を吐いた。
なんだ、理解できれば単純。謎掛けなんて大層なものでもない……
「?」
可愛らしく小首を傾げるセイに対して、俺は優しく頭をなでてやった。
お前のおかげだ。ありがとうな。
「?」
困惑しつつも、まんざらでもない顔ではにかむ、セイ。
そんな様子を見て、マーリカは口を尖らせる。
「お子様と遊んでる場合? ここから出る方法を考えるのが先でしょ?」
――ああ。出る方法……次の扉を開く方法はわかった。
「……マジ? んじゃ、ちょっとやってみせてよ」
俺は1つうなずき、手に入れたカードを手際よく入れていった。
まずは“審判”のカードを1枚入れ、続いて“運命の輪”を入れる。
そして“審判”を抜き、“太陽”を入れる。
“運命の輪”を抜き、“正義”を入れる。
最後に“太陽”を抜き――“月”を入れる!
すると。
ガシャン!
右斜め後ろの扉が開いた。
「やるじゃない! んで、一体どういう理屈なの?」
――簡単だ。要は“引き算”だったのさ。
「……わけわかんないんだけど?」
俺はちょっとドヤ顔になりそうなのを抑えつつ、冷静な表情で解説する。
――まずこの部屋のことだが。部屋の数は12。そしてこれは時計の数字とリンクしていると考えてくれ。
「ふんふん?」
――最初に開いた扉は、俺達が最初にここに入ってきた扉。ここから真正面、つまり時計で言うと“12”に当たる扉だ。
そしてここにあったのが“世界”と“隠者”。カードの名前や絵柄に意識が行きがちだが……ここではこの上端、数字の部分にのみ注目する。
「はあ……」
リーリエはピンと来ていない様子で首をひねる。俺は構わず解説を続ける。
――“世界”のカードの数字は21。そして“隠者”のカードは9……21から9を引くと?
「あ……“12”!」
リーリエは驚きに目を見開いた。
――そしてロボット連中を倒して手に入れたカードが“審判”。これの数字は20。“世界”を抜いて“審判”入れる。数字の大きい方から引くとして、“審判”は20で残っている“隠者”は9。つまり――
「引き算すれば11……なるほどね」
マーリカは腕組みをしながら頷く。
――“運命の輪”の数字は10。“太陽”は19。“正義”は11。“月”は18。
最初に“審判”を入れて“運命の輪”を入れれば10。
“運命の輪”を入れた状態で“太陽”を入れ、数字の大きい方を引けば9。
“太陽”を入れたまま“正義”を入れれば8。
“正義”を入れたまま“月”を入れれば7……という理屈だ。
「なるほどねえ……カードの数字の大きい方から順に引けば、時計盤の数字の位置と同じ扉が開くってわけ……」
――そういうことだ。セイのお手柄だ。
「!!」
セイはちょっとだけ泣きそうに瞳を潤ませ、弾けるような笑顔で元気いっぱいに右手を上げた
初めて手柄を立てられたことに感動した、といった様子だった……ずっと俺達に守られていたことを、コンプレックスに思っていたのかな……
「ふ~ん……でもさ、時計盤とリンクしてんなら、開くのは左側の扉じゃない? なんで右側が開いてるわけ?」
マーリカの鋭い指摘に、俺はぎくりとする。
――あー……たぶん見方が違うんだろう。こう、時計を真上から見る感じじゃなく、真下から見るというか……左右反転してるんだろ。たぶん?
「たぶん? って何よ……まあ扉が開いたからいいけどさあ」
マーリカは過程に納得いかない様子だったが、とりあえず結果には満足した様子だった。
「それでは……次はあの扉、でしょうか……」
やや緊張した様子で尋ねるリーリエ。
「まあそうなるけど……その前にちょ~っとトークしててもいい?」
マーリカはそう言うと、俺の方へと真っ直ぐに向き直る。
「で、さっきの話の続きだけどさ……ソウジ、アンタそろそろ、自分の魔法の“本質”ってのを選んだほうがいいわよ?」
――魔法の……本質?
「そう。アンタの魔法の系統は“時間操作”。名前の響きだけなら十分チート級だと思うけど、アンタの魔法は他の転生者に比べて一歩及ばない。その理由わかる?」
――時間魔法はハズレだとリントの奴が言っていた。それに俺は他の転生者達と比べ、中途半端な召喚のせいで力も足りないと……
「そうじゃない。そうじゃないのよ」
肩を落とし、マーリカが首をゆっくり左右に振る。
「もっと根本的なことなのよ。もっと。単純に」
マーリカはため息を吐き、そしてこう続けた。
「アンタの魔法が弱い最大の理由……それは、アンタ自身がアンタの魔法を理解していないからなのよ」
あああ間違えた! 扉開ける方向間違えた! 左から開けなきゃダメじゃんこれ!
うわーやっちまった。申し訳ないですマジ。今さら直すのもアレだし残しときます……




