10章-(11)ヒロイズム
手に入れたジャッジメントのカードをPC らしき機器に入れると――ガゴン!!
右斜め上から右斜め下へかけて硬質な音が響く。
音の方角を見ると――12個ある扉の内、右側の扉4つが開いているのが見えた。
先ほどのタロットカードのおかげか……?
そう思っていると――ガシュン!!
先ほど入れたjudgementの代わりに、“world”のカードが取り出し口から出てきた。
新しいタロットカードを入れると、旧いカードは取り出される仕組みなのだろうか?
出てきた“world”をとりあえず荷物袋に入れ、俺はマーリカへと振り向く。
――どっちに行く?
「ん~そうね…………」
4つの扉を見渡し腕組みをしながら思案するマーリカ。
やがて、す、と両手を耳に当てる仕草をする。
何か、気配でも探ってるのか?
声を掛けず、なるべく物音も立てず、彼女が何らかの答えを出すまで待ち続けた。
約1分くらいだろうか? 白いワンピースの裾をひらりと翻し、満面の笑みでこちらに振り返った。
「うん、まあ危険はないかな! ちょうど4人いるし、一人ずつ部屋入って行こうか?」
「え……」
絶望的な声を上げたのは、リーリエ。
「!」
対照的にセイは、リーリエの隣で「とうとうわたしの出番!」というやる気満々の表情だ。
「ま、待ってください……本当に大丈夫ですか? さっきみたいな妙な人形みたいな奴は出てきませんよね……?」
リーリエの疑問ももっともだ。本当に大丈夫か? マーリカに確認する。
「大丈夫だって! あの変な人形共はいない。連中特有の気配は覚えたからね。大丈夫大丈夫!! あ、ソウジは一番右端の扉ね」
――おい、なんで俺だけ行き先指定してんだよ?
「やだなぁ~他意があるみたいに勘ぐっちゃってさあ~。大丈夫だって! 大丈夫大丈夫!! あんたなら大丈夫!!」
俺なら大丈夫ってどういう意味だよ……嫌な予感しかしねえ。
「!」
「ちょ、ちょっと待ってセイちゃん!!」
やる気満々のまま左から2番目の扉へ向かうセイを、リーリエが彼女の服のオレンジ色のケープをつかんで引きとめる。
「?」
「……セイちゃん。すごいね、あなた。あの二人のために自分の身を犠牲にするのも厭わない……強いね。わたしなんかよりずっとさ……」
「???」
自嘲気味に笑うリーリエの言葉に、セイは発言の意図を理解できず目をぱちくりさせてる。
……俺はため息を吐き、リーリエに言ってやる。
――そうじゃない。
「え……」
――セイは、俺達のために犠牲になろうとしてるんじゃない。
「え……でもこうして危険な場所へ行こうとしてるのに? 自分から自分の命を危機にさらすなんて……相当な強い覚悟だと……」
――セイは、この子は、自らの意思で行動を決めている。
「そう、だから、自分の意思で犠牲を厭わない覚悟を――」
――セイはあんたとは違う。
「……え?」
――この子は、俺に剣を教わってるんだ。
「だからそれは――」
――自分の意思でだ。いいか? 俺は、俺達はセイに強くなれといった覚えはない。自分の身は自分で守れともいってはいない。
けれどこの子は自ら戦おうとする意思を持っている。俺達が旅で出会ってきた敵はどいつもこいつも絶望的なほどに厄介な連中だった。なのにこの子は怯えず、恐れず、自らの意思で状況に立ち向かうことを決めたんだ。
状況に流されて仕方なく……じゃない。この子はいつだって俺達が守ってきた。今までも、これからもそうだ。でもこの子は自ら剣を持つことを選んだ。わかるよな? 自分の意思でだ。
(剣を教わってる理由はちょっと違うと思うけどねー)
ぼそりと呟くマーリカ。何か言ったか? と尋ねたが、彼女はとぼけたように肩をすくめるだけだった。
「なんで……わたしだって自分の意思で、こうやって……」
――あんたはあの村の連中と同じだ。
リーリエは愕然と、目をみはる。
――結局は状況に流され、勝手に絶望し勝手に決意し勝手な行動を振る舞っているに過ぎない。
あんたは常に後ろ向きな行動しか取っていない。常に前を向き続けるセイとは雲泥の差だ。そんなのは自分の意思で決めたとは言わない。
「…………」
納得していないような目で睨むリーリエに、俺はため息を吐く。
――“転生者の奢り”とでも言うか? 所詮は強者の理想論とレッテルを貼り自分の殻にでも閉じこもるか? ……あの村の連中と同じようにな。
「……わたしは常に最善を考えてる。自分だけじゃなく、村全体のことを考えて……よそ者のあなたなんかに言われたくない……!」
――どっかで聞いた言葉だと思ったが……あの村長と同じセリフだな、それ。
「馬鹿にして……! わたしだって……!!」
リーリエはそう吐き捨て、褐色のおさげを揺らしながら、一番左端の扉へとズンズンと一人で行ってしまった。
……嫌われちまったか。
「不っっ器用よねえ~相変わらずさあ」
マーリカがクスクスと笑う。
――ああ言う以外、俺はやり方を知らないんだよ。
「なにやらしても自分ばっか貧乏くじ引いてさあ。そういう所もカワイイよね~」
――あの村長といい、なんにでもカワイイとか付けるよな。
「スネないでよぉ~キュンキュンするじゃん、そういうの」
アホか。
マーリカはケラケラと笑いながら左から三番目の扉をくぐっていった。
「……」
心配そうに俺を見つめるセイ。
――悪い。レジエントの街の時と同じだな。ジュンさんを説得どころか追い詰めちまったあの時と、俺はちっとも成長しちゃいねえ……
「!」
ぶんぶん、とセイは首を横に振り、ぐっ、とガッツポーズをするかのように握りこぶしを挙げてみせた。
“大丈夫だ。なぜなら結果オーライだからだ”といわんばかりの明るい表情。
最近思う。ここまで旅をしてきて、この子からはいつも勇気と元気をもらっていると。
感謝を覚えつつも……ただ一点だけ、いただけない部分をあの子に伝える。
――いい加減しゃべれるようになれよお前。
俺がそう言うと、セイは腕を組み、呆れたような顔で俺を見る。
“何を言っている? お前が言わずとも理解すればいいだけだろう?”といわんばかりの、上から目線バリバリの表情。
……たまーにこういう感じだすんだよなあ。何様だ? といいたくなるような態度や表情とか……まあお子様なんだろうが。
「!」
セイは背中のスペルソードを抜き、秘密基地にぴったりな土地を見つけた小学生のような表情で瞳を輝かせながら、左から二番目の扉をくぐっていった。
……さて。
俺は背中に背負った斧を引っつかみ、肩に掛けてため息を吐く。
気配を探るまでもない。
ガシャリ。ガシャリ。ガシャリ。
俺が行く右端の扉から、例のロボット連中が隊列を組んで近づいてきていた。
……いいさ。
俺には似合いだ。
上手く説得したり上手く立ち回ったり……どうせ俺には無理だ。
俺は壊す事しかできない。
……ああ、こんなんじゃあ、リーリエとそんなに変わらねえな。俺は。
1つ自嘲し、俺は戦場へと自らの意思で踏み込んだ。




