10章-(9)異質なる遺跡内部
衣服とついでの髪を乾かし、俺達はピラミッドのような遺跡の内部へと足を踏み入れる。
遺跡内部は完全な闇。
しかし、その時。
「……わお。すっごいわね、これ」
呆然と呟くマーリカ。
彼女と同じく、俺達全員がその光景に見入ってしまった。
完全な暗闇に沈む遺跡。その天井から……ポツポツと光が灯る。
明るいオレンジの光。先ほどの、床のレンガの隙間に流れていた光る液体だ。
光る液体は、音もなく天井の数カ所からレンガを伝い、天井からゆっくりと周辺を光で浸蝕してゆく。
天井から床へ、アミダクジのような幾何学的な光の筋が広がり、闇に沈んでいた通路がオレンジ色の光で満たされる。
……幻想的でもあり、一方で人為的な気配も感じる。不思議で奇妙な光景だった。
「……」
見とれていたセイが、人差し指を光る液体に近づけ――
「ダメよセイ。得体の知れないモンには生身で触らない」
マーリカに襟首を掴まれ、セイの指は謎の光る液体から遠ざけられた。
「やっぱり危険……なんでしょうか? この液体?」
リーリエに尋ねられ、俺は「分からん」と首を振った。
……だが、得体の知れない液体に囲まれている状況だ。不安の一つを解消するためにも、この液体が有害なものなのか確かめなければ。
俺は斧の柄の先端、石突き部分をゆっくりと近づけてみた。
その時。
『やめろ』
という斧のマジトーンの声が脳裏をかすめ、俺は「お、おう」とそれ以上液体に斧を近づけるのをやめた。
「ど……どうしたんですか?」
心配そうに尋ねるリーリエに、ため息を一つ吐く。
――とりあえず、触らない方が無難らしい。
「そ、そうなんですか……でも大丈夫なんでしょうか? こんな狭い通路でけっこうな量の光る水が流れてますけど……溢れてきたり、とか……」
「大丈夫よ。ちゃんと排水されてるみたいだしさ」
不満げなセイの襟首をホールドしたまま、マーリカが楽しげに答える。
「本当ですか……?」
――まあ確かに、壁を覆い尽くすほどの量が流れているんだ。排水してなきゃ、とっくに足首まで浸かってるよな。
「そういうこと。足下の光る水よりもさ、今は目の前の出来事に注意するべきだと思うわよ?」
マーリカに促され、俺とリーリエが正面を見る。
細い通路が終わり、その先に広大に開けた空間がある。
通路の先で立ち止まると――音もなく光る液体が、天井から地面へ幾何学模様を描きながら垂れる。闇に覆われた空間が、徐々に全貌を露わとしていく……
「わあ……」
リーリエが感嘆の声を上げる。
おそらく直径で100メートル近くあるのではないだろうか? 大げさなほどだだっ広く、綺麗な円形の部屋だ。
俺達が足を踏み入れると、先ほどの通路のように光る液体が流れ――まるでオレンジ色の夜景のただ中にいるかのような、壮大かつ美しい光景が俺達の目に飛び込んだ。
部屋の周囲には、閉じた扉が11個……もしかすると、俺達が来た通路のように各通路に道が続いているのかもしれない……だとすれば、俺達が来た道を合わせて12本の道が繋がる部屋といえる。
そしてその中心には、巨大な台が設置されていた。
艶のない鉛色の台。天井に幾本の太いコードが伸び、根元が大きく張り出している見た目は、まるで発芽した球根のようでもある。
……周囲に気配はない。やや警戒しながら、俺は恐る恐るその台へと近づいた。
幾本もの鉛色のコードが絡みついているような見た目の台。
反対側へ周ると――さらに奇妙なものを見つけた。
「ソウジさん……これって……?」
――こいつは……
リーリエの問いに、俺は答えを明言できずにいた。
闇色の沈む四角い板――それはまさに、パソコンのディスプレイのようだった。
そして腹の下辺りに張り出した台には、銀色の大きな球体と、左右に2対ずつ、黒いスライドスイッチが埋め込まれている。
……最初にパソコンのディスプレイのようだと感じたからか、俺はそのスイッチ類を直感的に、“キーボード”の一種ではないか? と思った。
マウスとキーボードの機能を究極的に簡易化させると、こういう形になる。そんな印象を受けた。
そして最も奇怪だったのは……
「!」
「セーイ、だから変なの勝手に触らないでって……何それ? 見たことないカードだけど……」
セイから取り上げ、マーリカが不審げに見つめる2枚のカード。
“world”と“hermit”と書かれた古めかしい絵柄のカード……間違いない。タロットカード……だ。
マーリカから受け取り、手にとってまじまじと観察する。
トランプよりも少し細長い、ただのカードだ。
しかし裏返すと、HDDの端子のような金色の縞模様がカードの端に見える。
…………
視線を動かす。目の前のPCのような台に、細長いスリットが3つ、見えた。
……これか?
このタロットカードを入れればいいのか……?
何故この異世界にPCのようなものが?
なぜ俺達の世界のタロットカードがここに……?
思わせぶりに台に置かれていたが……誰かがここに置いた? 俺達が来ることを見計らって……?
さまざまな疑問が頭の中を駆け巡り、半ば混乱しながらも……俺は二枚のカードをスリットに差し込んだ。
カチリ。
小気味よい音と共にセットされる。
俺は一歩後ろへ下がり、暗いディスプレイを凝視した。
だが。
期待に反して――ディスプレイは沈黙を保ったままだった。
「なに? ソウジ、今のなんかの鍵みたいなやつだったんじゃないの?」
――俺もそう思ったんだが……
拍子抜けして肩を落とすと――聞こえた。
ガラガラ。
ゴロゴロ。
何かが転がる音。しかも大量にだ。
何だ? 俺達は台から離れ、音のする方へ目を向ける。
すると――俺達が来た道から、大量の銀色の球体がなだれ込んで来ていた。
――マーリカ。
「そうね。ちょっとヤバイ感じするかな……セイとそっちの村娘は離れて」
セイとリーリエは、緊張の面持ちで言われるがまま、先ほどの台を盾にするように身を隠す。
さて……ここからどうなる?
まさかあれ全部爆弾ってことはないよな……?
身構えていると――俺の目の前で、予想外の事が起きる。
シキン!
澄んだ金属音と共に、球体達が突如として変形。
細い人の形をしたロボット形態へとトランスフォームして見せた!
――なっ!?
「ブリキ製の……人形? アーティファクトの一種……?」
困惑する俺とマーリカをよそに、球体は続々とロボット形態へと変化してよく。
丸みを帯びた手甲や兜を身につけたような姿に、頭部にはセンサーのような赤い光点が3つ。全身が艶のないクロムカラーのロボット達。
一体何なんだこいつら……いや、この状況は……?
中世丸出しの異世界に跳ばされ、ここに来て二足歩行のロボット……?
わけがわからん。一体なんなんだこれは?
しかし。
状況が何一つ飲み込めない状態で、俺は、ひどく既視感のあるものを見た。
カカカカシン!!
澄んだ金属音と共に、ロボット達の腕が変形。
無数の穴が空いた排熱孔に、先端が少し膨らんだ照星付きのマズル。
あれは……まさかあれは!!
ジギン!!
ロボット達が俺とマーリカに標準を合わせ、筒状になった両腕の先端を向ける。
間違いない! あれは――
「? なにこいつら? 一体何がしたいの?」
未だ状況が飲み込めていないマーリカへ、俺は叫ぶ!
――伏せろっ!!
刹那。
30近いロボット達が、俺達目掛けライフル弾をフルオートで発砲した。




