10章-(8)湖中遺跡
歩いて数分程度の所に、ピラミッドのような四角錐の巨大な建造物がある。
反対側は、暗く深い湖の底。
端まで行って見ると、半球状の分厚いガラスのようなものにぶつかり、これ以上は先に進めそうになかった。
……このガラスを破って湖の上へ……いや無理だな。どれくらいの深さかはわからないが、ダイビング装備ナシじゃ上がれない深さってことはわかる。
……あの建物に行くしかないってことか……
ため息を吐き、元の場所へ戻ると……セイとリーリエが、風呂にでも入ってきたように、人心地ついた顔で床に座り込んでいた。
見れば、彼女達の服や髪は先ほどとは打って変わり、ふんわりと乾いた状態であった。
――乾燥完了か?
「おかげさまでね」
同じく髪もワンピースも完全に乾かしたマーリカが、俺の問いに笑みを返す。
髪や服を乾かせたのは、彼女の魔法のおかげだ。
マーリカの魔法の本質は“熱の移動”。服の外側を急激に冷やし、逆に熱のベクトルを服側へと反転させればーー服を熱し、ついでに蒸発した水分を凍らせて排除することができる。
水に足場を作ったり、ドライヤー代わりになったり……ずいぶん便利な魔法だな。
ただ、この濡れた衣服の乾燥魔法、たった一つだけ欠点がある。
それは……
「それじゃあ、つ・ぎ・は? ソウジぃ~? 洋服乾かすために、脱ぎ脱ぎしよっか~?」
瞳を輝かせ、口元からヨダレを垂らしながら、マーリカが期待満面の顔で俺に言った。
……そう。乾燥魔法の欠点。それは服を脱がないと乾燥させられないということだ。
彼女の魔法によって熱が反転すれば、衣服が急激に高温となる。もしも服を着ていれば、たちまち熱湯を掛けられたリアクション芸人のようにのたうち回ることになるだろう。
……ちなみに俺が先ほど一人でこの遺跡を探索していたのは、彼女達が服を脱いで乾燥させている場から離れるためでもあった。
何度も「絶対に振り向くな」とリーリエに釘を刺され、「見たけりゃベッドの上でいくらでも見せてあげてもいいのよぉ?」とマーリカのウザキモい挑発にも耐え……「へえ、この人女の人の裸覗くんだ……」というセイのやや軽蔑したような目が特に辛かったな。
無論覗くようなマネはせず、うっかり不可抗力で見てしまうラッキースケベも残念ながら持ち合わせておらず、俺が戻る頃には三人ともビショビショ状態から柔軟剤のCMのタオルのようにフワフワサラサラに乾いていた。
で……問題は俺だ。
「ホラホラ男の子なんだしさあ? 女子みたいに恥ずかしがってないでさあ……ジュルっ。おっといけないヨダレヨダレ……」
とりあえずこんなケダモノの前で脱ぐなんて嫌すぎるし。
「み、見ませんよ! わたしは……もちろん! きょ、興味なんてないですし!?」
赤面し、急いでそっぽを向くリーリエ。
背中を見せる彼女の頭に、狐のような尖った耳がぴょこんと立った。そういえば、感情が高ぶると変身が解けるって村長が言ってたな……
「…………」
セイは、俺からまったく目を背けず、じっとアツい視線で俺を見つめていた。
……いわゆる知的好奇心ってやつだろう。「一体男の体はどういうつくりになっているのか?」という興味。買ってもらった恐竜図鑑を読みふける小学校低学年男子みたいな、ワクワクの止まらない瞳で俺を見つめているのだ。
……珍獣か俺は?
ともかく彼女らの前で脱ぐなどありえない。なので。
――俺はいい。
「えっ? ビッチョビチョの状態で構わないってこと?」
ーー着たままでいい。
「……マジで言ってる? さっきも説明したけど、あたしは温度の細かい調整とかできないよ? 全身火傷するかもしれないんだけど……」
――構わない。
「…………はぁ。ま、アンタは曲がりなりにも転生者だし? 怪我の治りも早いから、多少の無茶はできるかもだけど……マジでいいのね? それで?」
俺が頷くと、マーリカはしぶしぶ納得。俺の胸のあたりに手を置き、小声でブツブツと魔法を唱える。
その瞬間。
ジュッ!!
――――っちいっっ……!!
急激に衣服が熱を持つ。まるで服の下に熱湯でも注ぎ込まれたような。
飛び上がり、その場で床をのたうち回りたくなったが……耐える。
猛烈に熱いが……微動だにせず、じっと耐えてやった。
まあ、単なる意地だ。
くだらない格好つけだが……悲鳴を上げてのたうち回って終わるような、格好悪いザマよりはマシだ。
とはいえ……熱っちい……そういえば全身の6割が火傷を負うと命の危険に陥るって聞いたことが……いかんいかん! 弱気になるな! 耐えろ! 耐え抜け俺!!
脳裏をかすめる嫌トリビアにもへこたれず、俺は熱が引くまでなんとか耐えきって見せた。
「大した根性だけど……その根性は裸になる方に向けたほうがよかったんじゃないの? まあいいけどさ」
残念そうにマーリカが俺から手を離す。
俺は制服の周囲に現れた霜のような氷を払う。すると、先ほどまでぐしょぐしょだった制服は見事にサラッサラの状態に乾燥していた。
ちなみに腕や胸元をまくってみても、とくに火傷の跡はなかった。転生者でよかった……この世界に来て、初めてそう思った。
ただ服が重なっている場所はなかなか熱が引かず、パンツが未だにアチアチ状態だが……平静を保つ。絶対に熱いとか言わない。絶対に。意地だ。
「髪のほうも乾かそうか?」
マーリカが尋ねたが、俺は首を横に振った。服がビショ濡れだと体が冷えるし問題だが、髪程度なら問題ない。自然乾燥させればいい。
しかし、俺の考えは女子連中から見るとかなり異端のようだ。
「はああっ!? 服以上に髪の乾燥は重要でしょうが!? キューティクル痛むわよアンタ!?」
「そうですね。自然乾燥だと髪の艶が損なわれます。髪が濡れたらすぐに乾かす。これは鉄則です」
「…………」
セイが信じられないものを見る目で俺を見る。
それほどか? そんなにダメなのか? 髪乾かさないのは!?
女子連中の圧力に耐えかね、俺は髪の乾燥も頼み――再びのアチアチに耐えるはめになった。




