1章-(10)駕籠の鳥
その中の一人……鎧甲冑を着た、鼻を痛そうにさする大柄なヒゲの男……見覚えがある。
「〈ナイトオブナインズ〉の“3”。ダンウォード・ソーン。
小僧、ここまでの動きは見ていたぞ。少しは見直したわい」
間違いない。あの牢屋にいたヒゲ甲冑だ……あいつもナイトオブナインズ……?
呆気にとられていると、その傍らの男の姿に俺は愕然とした。
「〈ナイトオブナインズ〉の“4”。ケイン・ウージーニ……私にとってはこれが初の対面、ということになるかな……」
40代くらいの長身長髪で疲れた表情をする大男。この男にも見覚えがある。
それどころか――こいつは、牢を出た時に『伯爵』として現れた男じゃないか……!
こいつがナイトオブナインズ? ということは……ちょっと待て。ここまでの事、それは全て――
「〈ナイトオブナインズ〉の“6”。ネロシスだ。ネロさんで構わないぜ新入り? ああ、あとわけあって“7”はここにいない。一つ飛んで“8”を紹介するからヨロシクな!!」
「……〈ナイトオブナインズ〉の、“8”……イルフォンス・エン・シガノ……一つ言っておくが、“ナインズ”はネロシスのような阿呆ばかりじゃない……俺を同じように扱えば、斬る」
現れた二人組は牢から出てすぐに出くわした衛兵だった。
金髪リーゼントがネロシスと名乗り、陰気なイケメン剣士がイルフォンスと名乗った。
こいつらも“ナインズ”。
つまり、いままで会ったほとんどのやつが“ナインズ”だったということだ。
そう。
今まで会ってきた連中が……!!
「〈ナイトオブナインズ〉の“2”……シュルツ。
今の今まで騙していたことを申し訳なく思います。君の実力を測るためとはいえ、手荒い扱いをしたこともここで詫びましょう」
やはり、あんたもか……!!
ギチギチ、と足のムチがひときわキツく縛り上げられる。
ムチを持つ女。俺は憎しみを込めた目でにらむが、そいつは楽しげにふざけた茶番のタネ明かしをした。
「そ・し・て!! 〈ナイトオブナインズ〉の“5”。マーリカ……ごめんねソウジ? 今の今までここまでの顛末はぜ――――んぶお芝居だったってわけ。どう? 楽しかったでしょ?」
ケタケタと笑うマーリカ。
――クソ女が……! 何が目的だお前ら!!
「クソ女とかひっどーい。もっとキツい責め言葉考えられないの? ちょおっと語彙力足んないんじゃないソウジ?」
――ああ……!?
「……んふふ、その目はキライじゃないかなぁ? 『今すぐその面ド頭ごとカッ散らす』って顔してんじゃん? いいよ~その感じ。すっごく……」
――クソが。何笑ってやがる……! 何のマネだこれは!!
「我々の目的はお前だよ、ソウジ」
門にもたれかかっていた女――ラスティナが、地面に倒れる俺へとゆっくり近づく。
「ようこそ、ナインズへ。〈ナイトオブナインズ〉の“9”――シダ・ソウジ」
ナイトオブナインズの9。それはあのオグンだったはずだ。
――あんた、一体なにを――
「“9”のオグンは死んだ。ならば新しい“9”が必要だ。オグンすら凌ぐ実力を持つ――転生者が」
――お前は……!
「そうだよ? お前だよソウジ? オグンを倒しお前が晴れて“9”を継いだ。お前こそがナイトオブナイン。“9”番目の我々の同士だ」
――ふざけるな! これで俺がテメエらの仲間になるとでも――
俺がそう言いかけた時、何者かが背後から俺の頭を押さえつけた。
クスクスと笑う声。マーリカっ!!
「聞け、ソウジ。我らナインズの望みは3つだ。
この大陸の主要6大国の滅亡。
最大宗派フロイア聖教の滅消。
〈太源理子の始祖〉を宿す7人の転生者“七罰”の抹殺。
――まあ、平たくいえば、この世界の破壊だな」
ラスティナは艶然と微笑み、平然と邪悪な野望を語ってみせた。
世界の破壊。一昔前のゲームや漫画のラスボスがよく言う荒唐無稽な誇大妄想だ。
言葉だけなら冗談としか思えないが……目の前の女の顔を見るとそれが本気だとわかる。
ラスティナの瞳には焔のような強い意志がある――それは隠しようもないほど膨大な悪意と憎悪と憤怒。この世の存在全てを焼き払わんとする凶悪な意思が。
……本気だ。本気でこいつら、たった8人でこの世界を滅ぼすつもりだ。
そして、そんな野望に俺まで巻き込もうとしている。平然と。当たり前のように。
ふざけるな……元々俺はこんな世界と関わりはないんだ! テメエらのゴタゴタに俺まで巻き込むんじゃねえよ……!
「誓ってもらおうかソウジ。その命を賭けて、我々の理念に心血を注ぐと」
ラスティナは右足を伸ばし、靴磨きでも頼むかのように黒い皮のブーツを俺の顔の下に滑らせた。
同時に、マーリカが俺の後頭部を押さえつける。
“靴を舐めろ”
そう暗に言っているつもりか……!? こいつら……!
「どうした? 元の世界に帰りたいんだろう? 我々の同士となることが帰還への最短かつ唯一の道だぞ?」
――どういう意味だ! それは!!
「タダで情報をやるとでも? 欲しいものがあるなら行動してみせることだ。
誓え。同士にならばくれてやる」
――断る! 断る!! テメエらみたいなイカレた連中の仲間になるくらいなら――
「なるくらいなら? 死ぬ?」
瞬間。背中に三つの冷たい感触が当たる
ダンウォードが持つ巨大な槍。
ネロシスの持つリボルバーの銃。
イルフォンスの持つ細身の刀。
それぞれの先端が背中にあてがわれる。
もし、俺がマーリカの手に逆らい体を背後に反らせれば――殺す。そんな意思を感じた。
「正直、ウチらとしちゃ転生者は是が非でも欲しい手駒なんだけどね? でも、仲間にならないとちょっと困ったことになるじゃん?
あたしらの内情を知ったまま生かしておけば、後々大きなリスクになる。なら、ここで後腐れなく殺しておいたほうがいいってわけ……OKだよね? ラース?」
くくく、とラスティナが嘲笑う。
「構わん。殺せ。転生者は敵に回れば厄介だ。同士とならねば殺すしかない」
……こいつら本気か……!?
クソ、どうする、どうする……!!
「お前に選択肢なぞないぞ、ソウジ」
ラスティナが、なおも嘲笑する。
「お前の口が答えられるのはイエスのみ。
唯一お前が自由に使えるのはお前の命だけだ。
選べ転生者。同士となるか、死ぬか」
俺の眼前でマーリカが俺の懐中時計をこれみよがしに振ってみせた。俺を倒した拍子に奪い取ったようだ。
これで、さっきの魔法も使えない……!
さらにマーリカの押さえつける力が一段と強くなり、徐々に地面の靴との距離が近くなる。
靴に口づけすることも、こんな奴らの仲間になることも冗談じゃない!
だが、“じゃあ殺せ”と簡単に言えるはずもない……!
ならば、俺のとるべき道は――
『――これだけは気をつけて、総慈くん。
もし、キミに近づく人がいたら、好意を持つ人が現れたら。
それはきっと……キミを利用しようとする悪い人……
キミは他の人とは違う。だから、他の人より……慎重に』
……瑞希。
そうだ。俺の取るべき道は初めから一つしかないじゃないか。
俺の一番の目的は、元の世界へ帰ること。
この世界のことなどどうでもいい。
こんな奴らの仲間になるなどささいな事だ。逆に俺が帰るために利用してやればいい。
待っていろ、瑞希。
必ずお前の元へ行く。
必ず、戻る。
――――お前を殺すために。




