9章-(12)マオが動く
「…………」
無言、そして冷たい表情のまま、巨人の腕のような銀灰色の機械手甲を振り下ろす。
とっさに斧を振りガードするが……
――ぐっ!!
重い! 破城槌で突かれたような弩級の質量が全身を貫く!!
ガードした斧ごと1メートル近く吹っ飛ばされた。こちらの斧以上の質量。まともにガードするのは悪手か……!?
「ふっ」
気軽な呼気とともにマオは一回転し、機械手甲による強烈なフックを繰り出す。
俺は先ほどの衝撃でジンジンと痺れる両手で斧を握りしめ、奴の攻撃を紙一重で回避!
しかしマオは左脚を踏みしめ、さらに回転。遠心力を上乗せし威力・速度を増したフックを再び放った。
俺はたまらず地面を蹴り後退。奴と2メートル近い距離を取る。
――ヒューリックさんの敵討ちのつもりか……?
「……」
機械手甲の拳が握られ、マオがゆっくりとこちらとの距離を詰める。
――あの人の名誉のために言っておくが……あの人は自らけじめをつけた。シャムナさんのために……おそらくこれまでの自分の罪を精算するために……
「…………」
構わず、マオは無表情で、ゆっくりと近づく。
――お前がそうやって感情のままに動くことは、あの人への侮辱にもなる。
あの人は自ら死を選んだ。だがお前がそうやって動けば……あの人は“可哀想な被害者”になっちまう。自ら過去への贖罪を果たそうとしたあの人の死が、ただ“可哀想なもの”に成り下がる。この意味がお前に分かるか……?
「…………」
マオは、構わず、機械手甲を構えて近づいてくる。
俺の発言を何一つ耳に入れていないような表情で……冷えた無の表情で、近づく。
そして。
「「「GGGRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」」」
ヴェルグを貪り尽くしたゾンビ達が、今度は俺を標的とし、ほぼ真後ろまで迫っていた。
俺は……こんな状況だからこそ、逆に鋭く、集中力をさらに絞る。
〈機先〉を。
まずは真後ろのゾンビを斬る。おそらく俺の動きに反応してマオも動く。マオの動きをマークしつつ、一旦この場を離れる。防御が7、攻撃は3だ。
「「「GGRRRRRRRRRAAAAAAHH!!」」」
よし……今だ。
俺が行動に移そうとした、その時。
マオが、一瞬で俺の真後ろへ跳び、ゾンビ達を一撃で吹き飛ばした!
――お前……!?
「邪魔」
機械手甲の一振りで5~6体のゾンビが千切り飛ばされ。
機械手甲の振り下ろしで2~3体のゾンビが潰れ散る。
恐るべき威力。しかし何故……?
俺を、助けてくれたのか……?
だが、呆然とするこちらの意識を感じ取ったかのように、マオは再び俺へ攻撃を仕掛けた。
遠心力を活かした激烈な裏拳!
寸前で上体を反らして躱す。鼻先を手甲がかすめ、顔に浴びせられる重い風圧が死の予感を感じさせた。
俺はそのままバク宙を2、3回繰り返して距離を取り、体勢を整える。
重武装を越えた過質量武装……! 重さ故に隙が多いと思いきや、取り付く隙も見せやしねえ。
理由は明確。遠心力だ。
自ら回転することで生まれた遠心力が、敵を易々と近づけぬほどの速度と威力を与えているのだ。
しかしこの戦法、どこかで……
……ダンウォード?
いや違う……俺だ!!
こいつ……さっき俺がゾンビ相手に戦っている姿から、俺の戦法をその場で即座に自分のものにしてみせたのか……!?
だとすればこいつ、とてつもない戦闘センスを持っているのでは――
「フー……」
小さくため息を吐き、マオは再び周囲のゾンビ連中を相手にする。
彼女を一つ回れば血糊が舞い、彼女が二つ回れば血肉が潰れる。
容赦ない殺戮の円舞。否、舞というには荒々し過ぎる。
あれはもはや嵐、竜巻だ。
己を中心に暴威をまき散らす凶悪な竜巻……!
しかし。
荒れ狂う暴威をくぐり抜け、一体のゾンビがゆっくりと、彼女へと這い寄っていた。
彼女は気づいていない。どうやら周囲の状況を完全に把握しきれていないようだ。
どうやら俺の戦法はマネできても、〈機先〉まではマネできないようだ。
あのまま放っておけば、ゾンビに噛まれて奴らのお仲間だ。そうなれば俺にとっての脅威が一つ消える。放置が最も正しい選択なのだろう。
……だが。
俺はマオの攻撃のタイミングに合わせ、疾ぶ。
無防備に背中を見せる彼女の側へ立ち、這い寄るゾンビを斧で叩き潰した。
……彼女の意図はわからないが、俺がゾンビ達から彼女に守られたのは事実。
であれば借りは返す。それが……スジだ。
「……!」
驚いたのか、一瞬動きを止めるマオ。
背中合わせに立つ俺と、一瞬目が合った。
その一瞬で――意思は伝わる。
「フゥウッ!!」
鋭い呼気と共に、マオが周囲のゾンビ達を手甲の鉤爪で斬り裂く。
俺は頭を下げて彼女の攻撃を避け、同時に斧のロックを解除。
彼女が頭を下げると同時に斧の刃を飛ばし、数メートル先のゾンビ達を次々に斬り裂く。
さらに。
斬り飛ばしたゾンビの肉片のいくつかに時間魔法。時減爆弾を仕掛けた。
……“固有抵抗値”による影響で、動いているゾンビには直接この魔法を与えることはできない。
時減爆弾を直接与えられるのは、無機物か他人の放つ一部の魔法。またはあのクリッターのような単純極まる生命体のみ。
ゾンビは通常、時減爆弾の対象とはならないが……肉片になった瞬間、奴らは“爆弾”の素材となる!
時間を遅らせた肉片に、他のゾンビ達が触れた瞬間――起爆!
バゴオォォン!!
複数の重い破裂音が轟音として重なり、激烈な衝撃波が地面に伏せた俺にまで容赦なく叩き付けられる。
衝撃と残響が遠ざかり、俺はゆっくりと立ち上がる。
辺りに立ちこめる白煙。煙が風に散ると……もはや動くものは確認できない。
どうやら、ようやくあのゾンビ達を駆逐することができたようだ。
少しだけ安堵した。
その時。
巨大な機械手甲の爪が俺の脳天に迫る!
――クソッ!
俺は素早く距離を取り回避。
冷たく目を細める、マオの視線が俺を捉える。
――あくまで俺が獲物ってわけか……!
「邪魔なのがいなくなってよかった……じゃ、闘ろ?」




